2、僕はご両親の前で彼女やってます。
家からの最寄り駅「塚本駅」の目の前にある噴水に腰掛ける僕。どこかおかしなところはないか、10秒に1回以上のペースで確認し、少しでもしわがいくごとにピシッと伸ばす。
駅前なので僕の前を通り過ぎていく人は多いのだが、そのすべてが僕を見ていっている気がした。さらには僕を見てみんなが笑っているとさえ思えた。
今の僕の服装は白のワンピースに、いつもメイド喫茶でしてるのと同じウィッグに化粧。おまけに下着までもが濃い目のベージュのブラジャーとパンティーを付けている。下着まで女の子のにしたのは仮に透けて見えたとしてもばれないようにするためだ。
いくらメイド喫茶で日常的にメイドの格好をしているとはいえ、普通の日に外で女の子をするとなると緊張する。
では、なぜこんな格好をしているのか。メイド喫茶でいつもしていたら女装に目覚めたというわけではなく、もちろんこの前、宅哉に
「来週の日曜日、僕の彼女のフリをして欲しい」
と頼まれたからである。だから今日の服だって、店で買って選ぶのは僕がしたが、お金は宅哉がすべて出してくれた。
そういえばもう一つ大事なこと、なぜ宅哉が彼女のフリをして欲しいとか言ってきたのかにも触れておくべきだろう。結論から言えばこいつの両親を誤魔化すためだ。
というのも親に無理矢理お見合いさせられそうで、断りたいのだと言う。僕に言わせれば「別に付き合っちゃえばいい」なのだが、本人は自分の決めた人と付き合いたいらしいし、僕もメイドの弱みを持たれている以上断ることもできない。
「すまん、遅れた」
しばらくして宅哉が急いでこちらに駆けてくる。上はブランド物の赤のチェック服にジ-ンズ、黒の帽子を被ってかっこよく決めてきている。
「ううん、今来たとこ」
10分近くもそわそわと待っていてむかついた気持ちを押しとどめながら社交辞令風に笑ってそう言う。それにこのセリフって普通早く来すぎた男のほうが言うものだろう。
尤も僕がここに来たのが集合20分前で、今が集合10分前だから、宅哉は遅れずにむしろ早く来ているので僕のほうが本当に早く来すぎてしまっただけなのだが。
「そう、なら良かった。昴のことだから僕なんかよりももっと早く来て困っているんじゃないかと心配していたんだよ」
「そ、そんなわけないじゃない。こんなとこ早く来すぎても暑いだけだよ、宅哉」
「おい、名前」
「えっ、あぁ、うん。えーっと・・・・宅哉くん」
この呼び方は宅哉が少しでも彼氏、彼女っぽく見えるようにと提案したもので、宅哉は僕のことをいつも通り昴、僕は宅哉のことを宅哉くんと呼ばなくてはいけない。
それは2人だけのときでもだ。いつどんなときにボロが出るか分からないから慣れておくためだ。
さて、そうやって宅哉のことを宅哉くんと呼んだ僕だが、顔を赤らめるとまではいかなかっただろうが、声は小さくなった。
行く前に何度も宅哉くんと呼ぶ練習はしたのにいざ目の前にすると慣れなくて恥ずかしくなったのだ。
「さあ、電車に乗ろう」
そんな僕をお構い無しに宅哉は1人で改札のほうに行く。僕も立ち上がって改札を潜り抜けた。
家族連れとか、どこかに出掛けるおばあさんたち、私服の学生たちで電車の席はほとんど埋まっていた。1つしか席は空いておらず宅哉は立ったので僕も立とうとしたのだが、彼女だからということで座らさせられた。まったく実際は男だとあいつも分かっているのに・・。
何か話しをするわけでもなく、先ほどから僕はまた周りの目線が気になってしまった。
前の席の学生は漫画を読みながら笑っているが、実際は僕のことを笑ってるのかもしれない。
隣の席のおじさんは妙に僕に近い気もするが、席がいっぱいで仕方なくなのだろう。内心はこんな気持ちの悪い女の隣から一刻も早く離れたいと思っているに違いない。
ーそういえば宅哉はどうなのだろうー
宅哉は僕が男の昴だと明らかに知っているわけである。だが、さっきから会話の数は少ない。もしかしたら宅哉ですら、頼みごとのために僕を利用したが、実際はこんな僕のことを気持ち悪いと思っているのだろうか。だんだんと不安になってくる。
「今日のお前、可愛いぞ」
今まで広告のほうを眺めていたはずの宅哉が不意に呟く。
「えっ? 」
「だからその・・可愛いって。言い忘れてたから」
とことん人の心の中を読むのが上手いやつだ。それにしても別に宅哉のことが好きとか、というよりもともと僕たちは2人とも男ではあるが、褒められると嬉しいではないか。不安が一気に吹っ飛んで嬉しさとそしてこんな人前で可愛いといわれたことへの恥ずかしさがこみ上げてくる。
「さあ、降りるぞ」
電車に乗ったのはほんの2駅だけ。
「神崎山駅」で降りて、そこから5分ほど歩いて着いたのはお洒落な一般的な喫茶店だ。(ここでの一般的とはつまりメイド喫茶ではないということだ。)
宅哉の両親に会うといっても家に行くわけではなく仕事の合間に話す程度らしいので仕事のオフィスから近いらしいこの喫茶店で会うことになっているのだ。
「いらっしゃいませ」
この店のマスターらしきおじいさんが皿を拭きながら出迎えた。席はカウンター席だけで席には30から40代ぐらいの夫婦が座っているのみ。おそらくあれが、宅哉の両親だろう。
「やあ、父さん・母さん」
何やら会社の経営の難しい話をしており僕たちが来たのに気づいておらず、宅哉が話しかけると驚いていた。
すぐに宅哉に隣の席に座るよう促すが、僕には何の指示も無くどうしようか困惑していたが、宅哉に「挨拶」と小声で言われた。
「あ、あの、私は糸谷昴といいます。宅哉くんとお付き合いさせて頂いております」
深々と丁寧にお辞儀すると、ようやくご両親はこちらを振り向いてくれた。もしかしたら今の無視も僕のことを試していたのかもしれない。
「うん。君が昴ちゃんか、宅哉から話は聞いているよ。宅哉が選んだだけあって顔は可愛いし、礼儀もきっちりしている子のようだ。君なら宅哉のことを任せられるかもしれん」
思いのほか高評価のようだ。宅哉はお見合いが回避できそうだからか嬉しそうだ。だが、もちろんそれだけで終わりというわけでは無かった。
「だがねぇ、昴ちゃん。我が家に嫁ぐからにはこの会社をも支える覚悟でなくてはならんのだよ。そこで君に質問だ。妻として会社を支えるのに一番大事なことはなんだと思うかね。この答えによっては君を嫁がせるわけにはいかんのだよ」
え、えーっと・・そんなこといきなり言われても会社経営とは無関係の僕には分からない。宅哉に助言を求めようにもお父さんにじっと見つめられてとてもそんなことできない。
経営学の知識を完璧に覚えるとか、社長のバックアップを漏れなくするとか・・かな?
色々考えるが、早く言わなければお父さんもそう長くは待ってはくれない。あーもう!
「僕に会社の経営とかよく分からないんで、宅哉くんが帰ってきたら明日もしっかり仕事できるように癒してあげようと思います」
何を言っているんだ、僕は。咄嗟に出た答えだが、こんなのが正解な筈無いじゃないか。宅哉も呆れた顔でこちらを見てくる。本当にごめんなさい。あなたのお見合い阻止は僕にはできませんでした。
恐る恐る顔を上げると・・何とお父さんはにこやかな顔をしていた。一体どうしたのだろう。
「いやー君は本当に素晴らしいよ。見た目も礼儀も考え方も素晴らしいなんて非の打ち所が無いよ。合格だ。将来は家に嫁ぐといい」
おかしなことに合格判定だった。