13、僕が体育倉庫でかくれんぼやってません。-ほのかとの約束 後編ー
「あーすまんが糸谷。体育倉庫から走り高跳びで使う棒を出していてくれないか 」
雪前さんが転入してから数日が経ったある日の昼休み。次の5時間目の体育では走り高跳びをやるのだろう。今日の日直である僕は休み時間にもかかわらず先生にそう頼まれた。
折角の昼休みという貴重な時間が削られるのには不満ではあるが、先生からの頼みを断ることはできない。それに日直の仕事は一定間隔で誰しもやらなければいけないこと。その度にこういった雑務を押し付けられるので僕だけに不公平というわけでもないのだ。
「はーい 」
少々嫌々感が漂う返事になったがそれでも真面目に体育倉庫へと向かった。
「あれ、スバくん 」
体育倉庫に向かう途中の渡り廊下。購買に行っていたのかタマゴパンを1つ持っているコトに出くわした。
数日前までは頬へのキスのせいで気まずかった(もっとも気まずく思っていたのは僕だけ)のだが、椎名さんからのアドバイスもあったおかげで普通に話せるほどまでには回復した。
回復したと言っても心の奥底では気にしているのも確かである。
「どこ行くの? いっつもなら教室で田川くんとか佐々倉くんといる時間だよね。どうしたの? 」
「日直の仕事で体育倉庫まで行くだけだよ。ところでコトこそ購買でパン買うなんてどうしたんだ? 普段は弁当だったよな 」
コトは毎日自分で弁当を作って持ってきている。だからこそパンを買っているのは不自然だった。
「家のガスの調子が悪くて。それより手伝おうか。荷物運びなら1人より2人のほうがいいんじゃないのかなぁ 」
「いや、いいよ。大した量じゃないと思うからわざわざ二人ですることではないよ 」
折角の申し出で2人きりになる事ができるチャンスではあった。けれど、それで気を遣わしてはコトの気持ちがどうこうというより僕自身が嫌だった。それに2人で分担するほど量が多くないのも事実だ。
「そういえばさ・・例の転校生って一体なんだったの? 聞こうとは思っていたんだけど学校ではクラス違うしバイト先でも休憩時間が一緒になることがなくて機会がなかったから 」
それまでのまさにいつも通りの口調から一変して急に言いにくそうにそう言う。なぜ言いにくいことか、その真意は僕には知り得ないことだがこの機会はちょうどいい。僕も変な誤解とかが起こる前に説明しておきたかったのだ。
「小学校低学年の頃に一度遊んだことがあるだけだよ。付き合ってるとかそういうのは雪前さんの嘘だから、心配しないで 」
「別に・・心配はしてないけどさ。じゃあ私はこれで行くわね 」
こちらを見ないように少し横を向いてそう言うとさっさと去っていってしまった。教室の方向とは逆のもと来た道をたどっていく。買い忘れでもしたのだろうか。
とにかくこれで気がかりだった雪前さんの嘘の件も伝えられて一先ず安心だ。早くしないと昼休みが終わってしまうので僕もさっさと体育倉庫へ向かった。
「えーっと、これでいいのかな? 」
頼まれた走り高跳び用の棒を2つ出し終えた。後は体育倉庫の鍵を閉めて終わりというときにふと体育倉庫の端に置かれた緑のマットが目に入る。そういえば走り高跳びをするのならマットも必要であろう。折角頼まれたのだからこれも運んだほうがいいに違いない。
そう考えてそのマットに手をかけたはいいものの、ここで問題が生じた。
「これを1人では厳しいなぁ 」
走り高跳びで使うマットは普通のマットとは違って大きくて重い。こんなの1人どころか2人で運ぶのだって難しい。こんなことならコトの申し出を断るのではなかった。
ー試すだけ試してみようかー
1人で運ぶことなんて不可能だと理解できているはずなのだが、もし1人で運んで頼まれてもいないことをちゃんとやっていたらかっこいい、そんな余計な欲望が生まれた。
マットの端と端を持って持ち上げようとする。予想通りというべきか持ち上がらないばかりかびくともしない。
あきらめずにもう一回挑戦だ。今度は腰を少し沈めて足も踏ん張って精一杯の力を出した。
ーおっ!ー
僅かにそれこそ1センチにも満たないぐらいだが持ち上がる。この調子でもっと。さらにさらに力をこめる。
ーえ、うわっ?!ー
少し浮き上がったのはよかったものの遂にその重さに耐え切れなくバランスを崩す。そのままマットの下敷きになるように倒れこんで目の前はまっくらになった。
早く何とかしないと。すぐに立ちあがろうとすると足にズキズキと痛みが生じる。倒れた時に足をどこかに打ったようだ。このマットの重さと足の痛みがあっては自力で起き上がることはできない。おまけに埋もれた状況では声もまともに響かない。
あれから約5分が経過したぐらい。チャイムが鳴って昼休みが終わった。だんだんと外が騒がしくなってくるのが分かる。今はこのまま授業が始まれば僕がいないことに気づいて探し出してくれると期待するしかない。
授業が始まってからさらに5分ほどが経過した。まだ誰も探し出してくれない。あぁ・・重いし臭いし最悪だ!
この時間ならすでに出席は取り終わっているから僕のいないことに気がついているはずだ。となると先生が探そうとしてもおかしくのだが、なんといったって体育の先生はあのいい加減なやつだ。
毎回どんなスポーツをやらせるしにしてもうまくやるコツとかを教えたり練習とかさせずに試合をやらせてそれで終わりというシステムの先生だ。それだけならまだしもその試合すら見ておらず時間がきたら終わりの笛だけ鳴らしている。
噂によれば僕たちが試合をやっている間はゲームをやっているだとか、成績はサイコロを振ってつけているとかいう。そんないかにも生徒がでっち上げたような噂ではあるが、これがこの先生なら試合の間は姿は見えないし、テストも行わないので強ち完全にデマだとも思えない。逆にいえばどうやって成績をつけているのかは凪沢高校の7不思議の1つである。
さて話を戻すがつまりこのいい加減な先生なら、トイレにいって遅れている程度だろうと思って出席を取った時にいなくとも出席扱いにしているかもしれない。そしてそのまま僕がいないことを忘れているなんてことも十分にありうる。
さらにマットがまだ出ていないなら出すためにここまで来てくれて見つけてくれると読んでいたが冷静になってみるととんでもないミスをしていることに気がついた。
もとからマットは出ていたのだ。ここに残っているのは2つあるうちの残りで1つは既になくなっている。棒を運ぶ時に気がつけていていたはずなのにヒーローになりたいという欲から気づけなかった。
始めから無駄なことをしていたというわけである。出ていたマットは前のクラスで使ったのをもう一度運ぶのが面倒だからそのままにしていたというところだろう。
『キーッ』
半ば誰かに見つけてもらうのを諦めかけていた。ところが、さび付いた体育倉庫の開く甲高い音が聞こえた。
「よいっしょっ 」
僕にのしかかっていた重くて臭いマットはいとも簡単に宙に浮かび僕はやっと地獄から解放される。正直今日、このまま放置されれば気絶してしまうとさえ思っていた。
「みーいつけた 」
マットがどかされ現れたのは雪前さんの顔だった。他に誰もおらず雪前さんただ1人。
「もしかして・・1人でどかしたなんてことはないよね。こんな重いものを 」
「私を舐めてもらっては困るわ。このぐらい余裕よ。逆にこれをこち上げられないなんてすばっちってホントに男の子なの? 」
確かに僕の腕は細く、ついでにいえば肌も色白、顔は童顔、女子の出す高い声も出せると女子要素は強いかもしれないがれっきとした男だ。普通に考えてこのマットをどかせられなかった男の僕が異常ではなくこのマットを簡単にどかした女の雪前さんのほうが異常だ。
「だけどどうして僕がここにいるって分かったの? 」
「かくれんぼしているなら当然こんな隠れるのにうってつけの場所は探すに決まっているじゃない 」
「かくれんぼ? 僕はマットに埋もれて立ちあがれなかっただけだよ 」
「そんなことどうでもいいの。それより・・かくれんぼの完全勝利の祝福はないのかなぁ? 隠れるのも探すのも勝ったのだけれど 」
そういえばあの時の別れ際にかくれんぼの続きをやると約束したっけ。雪前さんはそのことを言っているのだ。正確には今のは僕は隠れようとしていなかったのだからノーカンにして欲しいところだが、この際どうでもいい。
見つけてくれたことにお礼もしなくてはいけないから祝福をしてあげることにした。
「いいよ。具体的にはどうして欲しいの? 」
「デートプランは男の子が考えるものだよ 」
「デート!? 」
顔が見る見るうちに赤くなっていくのが自分でも分かった。
遅くなってすみません。




