10、僕が保健室で彼女と・・ー凪山定期戦 後編ー
「それで・・スバくん。これからどうしよっか? 」
あのサッカーの試合が終わって間も無く、僕はコトと2人になっていた。どうしてこんなことになったのだろう。麻衣ちゃんはすぐにバスケの2回戦があったから仕方がないとして、先ほどまでは純や宅哉はもちろん、芽衣だって2回戦はまだ先だというのに。
「スバくーん!! 凄い活躍だったね。感動しちゃったよ 」
時間を少々さかのぼって試合直後。動き回って汗もだらだらかき、疲れた体を休めるためにも木の下で純、宅哉、芽衣とともに座っていた。
そこへコトがこちらへ駆けてきて、大きな声でそう言う。本人は励ましのつもりで言ったのかもしれないがどう考えても皮肉としか聞こえず返って心が傷つく。
「おお、神凪じゃねぇか! お前の声援、すっげー響いてたぞ。それで勇気が出た面もあったしサンキューな 」
「私もすっごい大きい声出す人がいたから見たらコトちゃんで驚いたよ 」
「あれ? 神凪さんと芽衣ちゃんは知り合いだったの? 」
宅哉が芽衣とコトは学校が違うはずなのに、コトを知り合いであるかのように話をしているのに気づく。
2人は同じメイド喫茶で働く仲間として知り合ったのだが、あれ以来メイド喫茶「ゆーりん」には来ていない宅哉が知らないのも無理はない。何しろコトが入ってきたのは宅哉が1度来た時の数日後だったのだから。
「そういえば、神凪ってあのゆーりんってとこで働いてたよな。じゃあもしかして神凪がそこのメイドで芽衣ちゃんが客っていう主従関係なのか!? 」
純の思考はなんでそっちに発想がいくのだろう。しかも主従関係っていうと何だかやばく聞こえる。さっき宅哉から芽衣はメイドとして働いていると聞いたところなのだから普通は同じ職場で働いていると考えるだろう。
いや、こいつに普通という言葉を使うのが間違っているのか。ミジンコと同じぐらいの脳では当然と考えるべきだったのだ。今後は反省しなければならない。
「なるほど、そういう関係か。これは面白そうだ 」
もちろん宅哉は純の考えに頷いたわけではない。おそらく純とは違って普通以上の頭を持ち合わせている宅哉ならコトがゆーりんで働いてる情報さえ入れば瞬時に2人の真の関係を見抜いたはずだ。
それを踏まえた上で面白いという発言は今後どのような悪行をされるか知れたものでない。
「ところで僕はそろそろ生徒会の仕事に行かなくちゃ行けないんだ。力仕事で純も貸して欲しい。悪いが僕たちはここで離れさせてもらうけどいいかな? 」
今日は山手高校主催のため宅哉には何も仕事が無いと言っていた。つまりさっき突然入った急用ということか。純はまだそのことを知らされていなかったようできょとんとしているが腕を掴まれて引っ張られていく。
「ちょっと待て。なぜ俺だけなんだ。昴も連れていったらいいんじゃねぇのか 」
純と宅哉がいなくなって僕1人になるのは寂しいだろうという配慮かあるいは自分だけ嫌な思いをするよりかは僕も道連れにしようという作戦か。
いずれにせよ僕は助けになるのであれば多少しんどい仕事でも請けて構わない。純のことも考えて「僕もやろうか」と言い出そうとするも宅哉が必死になって純を説得しようとする。
「いいから僕についてこいよ。昴に迷惑をかけるのは悪いだろ? 」
「なら俺はいいのかよ! とにかく昴も連れて行こうぜ 」
「アメ玉1個でどうだ? それでどうだろうか? 」
「2個ならいいぜ 」
「分かったよ。ほら 」
桃とブドウの味のアメをズボンのポケットから取り出し純に放り投げる。それを受け取った純は1個から2個に増やせたと思い何とも満足気な顔をしているが、実際に今の交渉で得をしたのは宅哉だ。
何しろアメが1個から2個になったところでなんら損失はないからだ。
だって考えてみて欲しい。ただのアメ1個だぞ。袋入りのやつを買えば安い時で1つせいぜい5円程度。おそらく宅哉が今渡したのもそういう袋詰めで買った安いやつだ。
このくらいのことで騙される奴なんて普通いないのだが、ミジンコぐらいの頭の純からすればこれが普通。うん、何もおかしくない。
「行くぜ 」
ついに純と宅哉が去って、残るは僕、コト、芽衣の3人だ。これでも十分やりづらい環境だがそれに追い討ちをかけるようにして芽衣が切り出す。
「ウチも次の試合のウォーミングアップしなくちゃいけないなぁ 」
一体どうしたのだろう。前の僕との試合では準備運動すらしていなかった。それがまだ開始まで1時間弱ある2回戦のウォーミングアップをするだと?
僕たちのチームはそれほどまでに舐められていたらしい。それなのにギャフンと言わせてやるどころか完敗してしまったなんて。今更ながら情けなくなってくる。
「次の試合頑張ってね! 」
「おうよ。優勝してやるよ 」
芽衣はコトの思いも背負いつつグラウンドの待機所のようなところへ駆けていった。
そのような経緯で特に用もない僕たち2人が取り残されたわけだ。
そういえば、どうして宅哉は僕について来て欲しくなかったのだろう。僕をこんな雑用で使わせるのに気が引けたという理由なら、宅哉は優しいやつとはいえ、そのような気を遣う奴ではないのであり得ない。
か弱い僕に力仕事が無理だと思ってのことなら、失礼すぎる。いくら人よりかは力が劣るといっても生徒会の手伝いなんてダンボールを運ぶとか程度だろうからまったく問題ない。
だが、今はそんなどうでもいい理由を考えている時ではない。今は妙に気まずいこの2人の状況で何をするかが問題だ。
「とりあえず、体育館でやってるバレーボールの試合でも見に行くか 」
「うん 」
バレーボールを選んだのに深い理由はない。パンフレットを広げて始めに目に付いたから選んだだけだ。別にバレーボールが好きというわけでもないし知り合いもいないので見ても面白いかどうかは分からないが何もせずつっ立ておくよりかはマシだろう。
「意外と人は少ないのかな? 」
体育館に入るとバスケの時よりも人は少なかった。ちょうど12時で昼時だからだろう。僕たちもすっかり昼ごはんのことを忘れていたがサッカーをしたせいでおなかも十分空いている。この試合を見終わったら弁当を食べよう。
「えーっと・・・・ 」
途中から入ってきたので試合の現状を確認する。点数はまだ始まったばかりのため3対1と凪沢高校がリードはしているがまだまったく分からない。
メンバーは・・。凪沢高校のほうにクラスメートがいるか確認していたのだが、ふと山手高校側に見知った顔を見つけた。
「ねぇ、スバくん。あれって金井さんだよね 」
そう。眼鏡はしていなくとも栗色の髪とその顔立ちは同じメイド喫茶で働く金井さんだ。思えば丹沢双子の1つ先輩であるわけだから当然山手高校の一員としてこの凪山定期戦にも参加しているのは当然のことだ。
ー帰ろっかなー
もし見つかればどんな嫌がらせを受けるか分からない。そうなる前にさっさと体育館を出ようと思ったのだがその前に。
「スバルくんじゃない! 」
いかにも何かたくらんでいると言っているニヤニヤした顔をしながらそういう。流石に僕を「ゆーりん」のスバルちゃんだとばらして店の評判を落とすことはしないがその顔を見る限りこの後待っていることが恐ろしい。
「んじゃあ行くよ! そーれ 」
ボールを高々と上げて金井さんがサーブを打つ。
ーおいおいー
そのボールは勢いこそ強いもののコート内に入る気配は無く僕のいる方向に飛んできている気がする。角度的に考えて真面目にやったら僕の方向に飛んでくることはあり得なくて狙ってやったのだろう。
一応試合中、それにまだ序盤で勝ち負けもはっきりしていないところでそんなことをしていいのか疑問ではあるが、とりあえず顔に当たったら痛いので手で覆い隠す。
ーあれ? -
あれから5秒後ほど。いっこうにボールが当たる気配はない。それなりの距離はあったし外したのだろうか。恐る恐る目を開けると、床に倒れて目を閉じたコトがいる。
僅かな時間のことで何が起こったのか瞬時には理解できない。地面に転がるボール、僕にボールが当たらなかったこと、今コトが倒れていることそれらを総合させてようやくその状況を知った。
「コト! コト! 大丈夫か!! 」
金井さんが僕に打ったサーブが左にずれてコトに当たったのだ。
まだ12時30分を少しすぎた辺りで試合はまだまだ行われている。芽衣の2回戦はもうすぐ行われるはずだ。僕は1回戦に負けたため試合に出場することはもうないが本来なら応援に行かなくてはならない。
だが、今僕は保健室のベッドの横。コトが倒れたまま目を覚まさないので様子を見ている。保健室の先生曰く頭に強い刺激を受けたことで一時的に気を失ってはいるが時期に目を覚ますだろうということだ。
それにしても可愛いなぁ。恥ずかしくて普段はまじまじと見つめることはできないがこうして気を失っているとそれができる。ついつい目は柔らかそうな桜色の唇のところにいってあらぬ想像をしてしまう。
ー今なら大丈夫かな? -
まだ気づく気配はないしサッとやっちゃえば誰にもばれることはない。そんなことやってはいけないことだと分かっていても考えれば考えるだけ心を抑えきれなくなってくる。
ー1瞬だけならー
目を閉じてゆっくりと唇をコトの顔のほうへ近づけていく。もう少し。もう少し。
「何してるの? スバくん 」
「うわあぁっ 」
もう後10数センチというところで不意にコトは目を開いた。咄嗟に顔を上げて離れようとすると座っていた椅子から転げ落ちそうになる。
「大丈夫!? 」
「あ、うん大丈夫 」
「それでスバくんは何をしようとしていたの? 」
目からして完全に僕を疑っている。何か良い言い訳は・・。
「ほ、ほこりだよ! 服にほこりがついていたから取ってあげようと思って・・ 」
「ふーん、そうなんだ。それより私はどうしてこんなところにいるの? 」
何とか誤魔化せたが、もしばれていたら男として最悪だ。寝ている隙をついてキスをしようとするなんて。
さて、とりあえず急なことだったので何も理解できていないコトにあらかたのことを話した。コトはそれを聞いて一応は納得したようだ。
「へぇーじゃあスバくんはずっと私の隣にいてくれたんだ。お返ししなきゃね 」
妙に嬉しそうにコトはそう言う。僕からすれば目を覚ました時に誰もいないと不安がるだろうから横についておくのは当然のことだ。それでもそうやって礼をされるのはいい気分だ。
『ちゅっ』
突然のことだった。1瞬ではあるが確かに生暖かく柔らかいものが僕の頬に触れた。それがまさか指だったなんて変なオチはない。ちゃんと頬にキスをされた。
こうして僕は長かった恋の第一歩を踏み出したのだった。
少々遅くなってしまいましたがいつもより少し字数は多めなのでご了承ください。
ここ数話あまりコメディー展開を出せずで・・。できれば出していこうとは思っているのですが難しいものです。
ではまた次話で。




