9、僕たちが山手高校にサッカーで勝つ!ー凪山定期戦 中編ー
「スバくん、頑張ってねぇー! 」
試合開始直前、グラウンドの中央に整列して始まりの挨拶をしようというときだった。たくさんの応援に紛れながらも一際大きい声援が観客席となっているグラウンドの端っこのほうから聞こえてきた。見ると、コトが応援に来てくれている。オレンジの髪はたくさんの人の中でも目立つ。
「それでは礼 」
「よろしくお願いします 」
審判の声で両者礼をするとそれまで引き締まっていた空気がさらに引き締まるのが感じられた。僕もコトだけでなく麻衣ちゃんやクラスメートたちの思いを背負っているので当然のことながら気合が入っている。
『ぴーーー』
甲高いホイッスルがグラウンド全体に響きわたって、いよいよ僕たちの試合が始まった。
僕のポジションはミッドフィルダー。攻めも守りも両方するポジションだ。
ちなみに他のメンバーについても少し触れておこう。まず、純はディフェンス、宅哉が僕と同じくミッドフィルダーで芽衣がフォワード。
両チームのエース級も紹介しておくと凪沢高校はサッカー部でも特別上手い純はいいとして、山手高校はフォワードの入江太一で中学のときは全国大会優勝経験もあるそうだ。
「みんな作戦通りいくぞ 」
純がみんなをまとめるようにそう言う。作戦とは一言でいえば入江封じ。つまり1番厄介な入江に2人ものマークをつけて封じると後はとりあえずパスしとけば何とかなるというもの。
何とかなるだろうという適当なところはいかにも頭の悪そうな純が考えた作戦だが、今回に限っては相手も寄せ集めの選手でろくに戦略もわからないので仕方がないというべきだろうか。
さて、始めはこちらボールで純から僕にパスが送られる。ここはかっこよくドリブル突破を狙おうと一歩目を踏み出した。
ーなっ? -
いつの間にかボールは前からなくなっていた。まさか僕自身も気づかない間にあの入江っていう奴に奪われたというのか。これは想像以上に厳しい戦いになりそうだ。
「おい! お前はどうしてそんなことができるんだ? 」
なぜだか、純に呆れられたように笑われる。そこでやっとさっきのボール消失事件の謎が解けた。空振りをした。ただそれだけのことだったのだ。
自慢ではないが運動神経が超絶悪い。50m走は12秒台、野球ならバットに当たったことはないし、試しにピッチャーをやればボールはキャッチャーのほうではなくなぜか外野方向にしか飛ばないのなんてむしろ神技だと思う。
「スバスバ、サンキュー! 」
芽衣は僕が置き去りにしたボールを素早く拾ってどんどんと迫り来る奴を抜かしていく。麻衣ちゃんには少々劣るにしても双子というだけあって姉のほうも運動神経はいいようだ。これはあの入江だけでなく芽衣も注意しなければならずそうなると相当厄介なチームだ。
「サッカー部を舐めんなよ! 」
サッカー部のエースは名だけのものではない。他の人は止めるのに歯が立たなくとも純はものの見事に奪い返して今度は宅哉にパスをする。
「宅哉、パスだ 」
下手ながらもパスを要求してやる気は見せておく。観客席のほうでは僕がパスを要求しただけで笑いが起きているのだが、どうしてだろうか。
宅哉は僕の下手さを知ってながらも要望どおりパスをだしてくれた。しかし、これまた不思議と前にボールはない。言っておくが今回ばかりは僕がミスをしたというわけではないし、ボールに触れる余地さえなかった。
ボールは僕に届く前に入江に奪われてすでに2人が軽々と抜かされていた。入江についていたマークも意味無く剥がされていた。もはやただの素人のブロックでは空気と同様だ。
「くそっ、行かせねえぞ 」
純が入江を抜かさせないようにする。純はうちのサッカー部のエースだ。止めてくれるかもしれない。
ほんの一瞬はそんな期待も胸にあった。だが、そんな期待を抱いた自分が馬鹿だったと思ってしまうほど純も抜かされた。そのままキーパー抜かしという異例のことまでして1ゴール目を決めた。
「おぉーー! 」
山手高校側の観客席からは歓声が上がり、凪沢高校側からは反対にため息が漏れる。まだ始まって5分も経たないとはいえ、こちらにいいところがない。入江は止められないし、僕はドリブルのミス、宅哉のパスはカットされてしまう。
相手との差は歴然としていてどう手を打てば良いのかすら分からない。
「こっちも一本行くぞ! 」
純が気持ちを入れ替える意味でそう言うが、その言葉にすら自分が太刀打ちできなかったことへの絶望の気持ちが溢れ出ていた。
ボールはハーフラインからで先ほどと同様、純から僕にパスが来る。ドリブルで空振りをするという同じミスは2度としてはいけない。
僕には1人の女の子がガードに来ているが、幸いにもそこまでサッカーのできる子ではないようだ。下手くそながらも懸命にドリブルをして抜かした。あの僕がなんと1人を抜かせたのだ。
「よっしゃーっ!! 」
珍事に興奮して思わずガッツポーズをする。でもあの暗い場面であの僕がドリブルを成功させたのだ。これは喜んでも構わないだろう。
「おい、だからお前はどうしてそんなことができるんだ? 」
「あ・・・・ 」
ドリブルが1回成功したことに喜んで足を動かすことを忘れていた。その隙にボールは先ほどの女子に取られる。何とか宅哉の好ガードによって相手がボールを外に出してくれたがあのまま速攻を食らっていたら危なかった。
「まったく・・ 」
宅哉だけでなくチームメイト全員がこちらを見て呆れ笑いをする。観客席のほうからも笑いの声が聞こえる。それまでどこか暗かった雰囲気が急に僕のプレイで明るくなった。
これが結果オーライというやつか。そのプレイを機にみんなの動きが少しよくなったように思える。入江だって2人でかかれば何とか抑えられるようになった。
開始から15分が経って前半を終えたが、その時点で1対0。まだまだ押され気味ではあるが十分同点、逆転だって狙える範囲だ。
「何か良い作戦はないのか、サッカー部。いくら多少は抑えられるようになったとはいえ何か新たな手を打たないと点は取れないぞ 」
後半が始まる前の5分休憩。水分補給としてスポーツドリンクを飲みながら皆で集まって作戦会議だ。とりあえず、サッカー部で実戦経験は豊富な純に意見を求める。
しばらく考える素振りを見せるが首を振って思いつかないことを示す。
「僕が1つ思いついたんだけどいいかな? 」
宅哉は頭の回転が速くてこういうときはものすごく役に立つ。
「相手の脅威はやっぱり入江だ。だから入江につくマークを4人に増やして完全に潰しに行く。そうしたら守備でも相手が入江以外ならなんとか止められるし、攻めでもパスを取られることは少なくなるからやりやすくなると思う。入江に4人もついたら攻めも守備も数が減るからリスキーではあるが、相手も素人だという部分をつけばこれが一番勝機があると思うんだ 」
「相手にはまだあの芽衣ちゃんだっけ? あの子がいるからなんともいえないが、宅哉に任せるよ。みんなもそれでいいな? 」
『おー』
満場一致で後半の作戦は決まった。
『ぴーーー』
5分の休憩も作戦会議をしていたらあっという間に終わりホイッスルの音で後半が始まる。
「行かせてもらうぜ、てめえら! 」
前半はこちらから始まったので後半は山手高校のボールからだ。ボールは入江が持ち早速抜かしていこうととするが作戦通り、4人が取り囲む。
「ちっ 」
流石の入江でも4人に囲まれては抜かせないみたいで仕方なく芽衣にパスを出す。
さて、ここからが僕たちの出番だ。ここで簡単に抜かれてしまってはあの作戦が成り立たなくなってしまう。僕が芽衣について通させないようにする。
「おっ、何かの作戦なのか? スバスバを敢えてウチにつけて抜かさした後に何かしてくるつもり? 」
いや、僕は真面目に止めにいってるんだけどなぁ。だけど芽衣が僕を見下してくれたのは好都合だ。油断は隙になるし、僕だって燃えるものがある。
ーここは絶対に止めてやる! -
意識は芽衣だけに注いで一挙手一投足を見逃さないようにする。すると、芽衣の体が右に動こうとしているのが分かった。止められる!
イメージとしてはこうだ。相手が右に来るのだからそれを含めて相手が来る地点を予測。そこに単純に回りこむだけでなくボールを奪うためにも素早く足を出す。そして足に当たったボールは転がって前にいる宅哉の足元に到達する。よし! 大丈夫だ。
「おっりゃー! 」
イメージ通り先に右に行って足を素早く出す。僕にしては無駄な動作はなく会心の出来だった。
ーあれ? -
本日3度目。なぜかそこにはボールがない。嘘だろ、今度は一体なにをやらかしてしまったんだ?
芽衣を見ると右ではなく左方向にドリブルをしていて、次の1人も抜いていっている。フェイントをされたのか。つまり右に行くように見せかけて、僕をその右に意識付けさせた後、左にいって抜いたのだ。
芽衣を止めることができなかった僕たちは山手高校に完全に敗北したのだった。
2話続けてスポーツ中心になりましたが、次話は凪山定期戦の後編でありながらコトとのラブコメディっぽい展開に出来たらと思っております。




