終章
僕と先輩は、廊下を並んで歩いていた。
「本当はね、私、翔子が羨ましかったのかも知れません」
「羨ましい?」
僕はいきなりの告白に、先輩の表情から探りを入れた。けど、そこには綺麗な笑顔があるだけで言葉の真意は測れなかった。
「そう。羨ましかった」
「それは婚約者がいることがですか? それとも、性格がですか?」
僕は先輩の表情を再び探りながら質問した。龍神先輩から聞く話では、妹さんの性格は天真爛漫そのものという話だ。先輩の表情からは得られたのは、妹を想う姉の顔だけであった。
「多分、両方かしら?」
龍神先輩は複雑な感情を帯びた表情をした。
「多分、妹さんも、龍神先輩が羨ましかったんだと思いますよ」
僕は先輩を励ますように言った。
話を聞く限りでは、先輩は距離が近すぎて妹さんを見失っているように感じた。
太陽は月に嫉妬し、月は太陽を羨ましく思う。僕の想像が正しければ先輩と妹さんは、恐らくそういう関係なのだろう。
「うふふ、ありがとうございます。もし、そうだったら嬉しいですね」
先輩はニコリと微笑んだ。見ていると嬉しくなるそんな微笑をする。
「あの角を曲がれば、もうすぐです」
先輩は足早になり、僕に先行した。僕はそんな先輩を見て、心から嬉しく感じた。先輩は角を曲がるとある部屋の前で足を止めた。
もしかしてこのドアの向こうは?
「そ、その私の部屋へ寄っていきませんか? な、何のお持て成しもできませんが……」
先輩は顔を赤くして俯きがちに誘う。最後の台詞は小さすぎて僕の耳には届いていない。
「よ、喜んで」
僕は照れながらもその誘いに乗った。
扉を開けるとそこは雪国ではなく、先輩の部屋だった。まあ、当たり前だな。
綺麗に片付けられた部屋は、さすがにお嬢様だけであり、お洒落な部屋である。これにはお洒落四天王も認めざるを得まい。
「あ、そんなにあちこち見ないで下さい。恥ずかしいです」
「すいません」
僕は手短に謝った。しかしそんなことを言ってもどこを見ていれば良いのやら……。
「紅茶で良いですか?」
龍神先輩の優しげな声が今は心地良い。僕は「お願いします」と返答して、手近な場所に腰を降ろした。
龍神先輩が紅茶を運んでくると僕の対面に腰を降ろす。
「本当のこと言うとね、私、戸田君のこと前から知ってたの」
僕は目を瞬かせた。そして、まじまじと先輩を見つめる。
「結構、前から氷魔君に聞いていましたの。私を探している少年がいるというお話。それで私はピンときました。もしかしたら四月の初めに見かけた少年かも知れないって……」
え!? 先輩は覚えていてくれたのか? 僕は少し感激していた。
「僕は先輩にもう一度会いたくて、でも会えなくて……。それで水影先輩たちに協力をお願いしたんです」
先輩はゆっくりと頷き、慈愛に満ちた瞳で僕を見た。
それから僕と先輩は何を話したのか良くは思い出せなかった。何だかんだ言っても僕は結構、緊張していたみたいだ。
水影先輩から電話が着たのが午後十時過ぎ。みな帰ると言うので僕も帰ることにした。
涼子先輩は名残惜しそうに玄関まで僕達を見送りにきてくれた。
黒塗りの高級車で数人送り届けると残っているのは、僕と水影先輩、黒神先輩だけになった。
「イチちゃん。首尾はどうよ?」
水影先輩が唐突に口を開く。質問の意図を上手く読み込めず、僕は生返事をした。
「ほう、部長命令を完遂できなかったとな!? こいつはめちゃ許せんよな~」
水影先輩は僕に近づき素早く手首の関節を極める。僕は車内だったので逃げることも出来ず苦悶の呻きを上げた。
「まあまあ水影先輩。どうやら彼は涼子先輩のホットラインを入手したみたいですし。これから先に期待しましょう。部長命令を完遂できなかった罰は、追々と……。部員は生かさず殺さず……」
黒神先輩の表情が黒く変貌した。
げえっ!? な、何でそんなこと知ってるの?
僕は観念したように全身で項垂れた。
了