~2~
ダグラスは森の奥深くに住む少女と別れ自分の所属する冒険者協会がある街へと歩く。
「まさかな精霊と契約できる人間がいるとは」
100年に1度、それよりも珍しいのかもしれない。
普通は稀有な存在、神の使いのような存在、契約者が確認されたのち国に保護され国民が崇める対象になるが、その力は、とても強大で世界が混乱するときに産まれやすく、しばしば勇者となる者も居るのである。
ダグラスは、そのことを己の心にとどめておくことにした、あんな悲しい境遇の少女を、そんな運命に巻き込むなど考えられなかったから。
「それにしても、こんなに深い森だったとは確か狼王が支配する森だったか奴が支配する領域に入ってないと良いのだが」
この辺りは色々な狼の魔物が出ることで知られ、あんな小屋で一人で住む少女が居るなんてことを驚いたのだが2、3日、一緒に過ごすうちにバロンという精霊の力は強く感じたこともあり納得したのです。
青年の今回の依頼は村の畑を荒らす青色狼の駆除であり深追いしすぎて森の奥まで入ってしまったのが、いけなかったらしく、あんな目に遭ってしまったのだった。
辺り一面の銀世界、青年は、ゆっくりと雪をかきわけるようにして歩きながら目印を頼りに歩いていた。
「太陽が、あっちにあるから合ってるか」
途中、人が登れないような崖があっても青年は不思議と何も驚いた様子がないように簡単に登って行き山頂から見下ろすと遠くから街からの煙が見える。
「時間がないな急がないと」
青年の魔法は金と呼ばれる、とても珍しいもので雷を起こすことが出来る。
それは勇者と呼ばれる存在が時々、手に入れられ空から雷を落とし敵を焼きつくし、その力は強力と言い伝えられてるが青年の力はとても弱く、魔力も少ないことから静電気ほどの力しかないのだ。
青年の右手には魔力がこめられた魔力水晶と呼ばれる結晶を加工した増幅器の指輪をつけている。
彼は、そのお陰で敵を痺れさせるぐらいの威力を出せる。
これは、とても高価なもので、どういった経緯で手に入れたのかは後々分かることになる。
「やっと到着したかぁ」
すると何かの匂いをかぎつけたように遠くから砂埃を上げながら突進してくる小さな姿が見えた。
「だーーーーぐーーーらーーーすーーーー」
それは青年よりも幾分か小さく幼い姿のように見える女の子である。
「あぁ、ラヴィ、ただいま」
顔面を涙でぐしゃぐしゃにしながら茶色の兎耳を揺らしながら抱きつき泣き喚いている。
「帰って来る日に帰ってこないから心配で心配でぇぇ、でも匂いがしたから、すぐ来たんだよぉぉ」
「ごめん崖から落ちてさ、んで助けてくれた人が居て、どうにか帰ってこれたよ」
「ばかぁぁぁぁぁ」
兎族のラヴィは青年が作ったパーティのメンバーの一人である。
彼のパーティは大きなハンマーを持った大柄の男と狐族の女性、自分を含めた4人。
その中でも初めてパーティとして一緒に行動したのがラヴィだったのである。
身長は150cmほど柔らかそうな髪の毛をフワリと揺れ顔は幼く見える。
(だが俺より4つも上だっ)
ダグラス17歳、ラヴィ21歳、4つも上でダグラスよりも年上なのである。
「ダグのバカァ・・・・・」
ダグラスの胸に顔をうずめて泣く彼女の長い耳がペチペチと顔に当たる。
「悪かった悪かったから」
ラヴィの頭に手を乗せ撫でてやると暴れることもやめて静かに泣いている。
「さぁ帰ろう協会に報告もしなきゃいけないし」
「うん」
二人で街を歩いていると生きて帰れたんだなと実感する。
深い森の中で雪に、あのまま埋もれていたら俺の命は無かっただろう、あの出会いがなければ。
深い森で精霊と契約した少女との出会いがなければ。
「はい、依頼は完了しておりますね、おかえりなさいダグラスさん」
受付の女性が青年に笑いかけ嬉しそうにしている。
それが何故かと言えば期日を過ぎても帰って来ない場合は死んでいる可能性があり協会側が探しに行くこともないが、その仕事を達成していなければ新たにハンターを雇うのだが、そのときに死んだことを確認することもあるのだから。
「良かったですねラヴィさん」
「うんっ」
俺はCランクのハンターだ、Cランクに残っているのにもワケがあるのだがラヴィはBランク、他のメンバーもAとBなのだ。
「あっラヴィ、早めに、ちゃんと帰るから先に家に帰っておいてくれるか?ルーンに渡さなきゃいけないものがあるんだ」
「ルーンに?何?」
明らかに不満そうな顔をしているのが分かるが他の女性に会うときは、こんなもんなんだが頬を膨らませてる。
「あぁ、たまたま魔力水晶を手に入れたんだが加工してもらいたいんだ」
「ふーん」
「本当だってば、すぐ帰るから」
ルーンという女性は俺に、この魔力増幅器の指輪をくれた女性で一般人には決して会うことが出来ない重要人物なのである。
魔力水晶を加工できる者は限りなく0に近く、彼女の存在を知られたくない国が彼女を軟禁しているのでした。
別に酷いことをされることもなければ大事にされ与えられた屋敷の中では何でもすることが出来るが一生を屋敷の中で過ごさなければならないのです。
ルーンと知り合ったのも偶然なのだが、その時に一度、街を案内したときに彼女は喜び、それから、たまに顔を出すことを許してもらっているが、そのときに旅の話を聞かせるのでした。
ラヴィは渋々と家路に足を踏み出すと、まだ少し泣いているようで何か後ろめたい気持ちになるが、しょうがないと心に言い聞かせてダグラスもルーンが住む屋敷へと向かう。
俺が住む街と貴族達が住む王都までは馬で3日ほどの距離がある。
そして貴族達が住む区域に向かうと様子が違う。
馬車を借りると、それから3日ほどの旅路になりラヴィも一緒に連れてってやりたいが王都へ行くと彼女はちょっとした有名人なので面倒臭がるのだ。
早く帰らないとラヴィにも怒られる上に他の仲間にも早く会いたかったので馬を休憩はさせながら急いで王都まで向かい、やっとのことで王都が見えてくると馬車を預けてルーンが住む貴族区へと向かったのだ。
大きな屋敷が立ち並ぶが次第に家の間隔があいてきて広大とも言えるような敷地の中に大きな屋敷が立っている上級貴族が住む屋敷が見えてくる。
一般の居住区とは豪華さも違う。
その一画に広い敷地に、それほど大きくはないが屋敷が立っているのが見えてきた。
ルーンは狙われる存在で、それを守る兵士も相当な腕であるが、あの時、それが仇になるとは彼らも思わなかっただろう。
そして屋敷に着くと門の前に見知った兵士が居り、ダグラスを目にすると、いつものようにボディチェックをし、武器や携帯している荷物などを預ける。
「ダグラス、これは?」
「あぁ、ルーンへの土産と偶然手に入れた魔力水晶でルーンに加工してもらおうと思って」
「そうか」
そんな願いなど通常なら門前払いだがルーンの願いならば、それも通るらしく、それでも彼女の命を救った者に与えられる正当な対価であろうと思う。
「かなり大きいな」
「今回の依頼で崖から落ちたときに偶然に見つけて」
「そうか話はルーン様にも伝わって心配しておられた顔を見せてやれ」
「ありがとう」
魔力水晶は細かく砕くことで魔法を行使するための道具などにもすることが出来るが形を保ったまま変化させ、しかも能力を使わせるように出来るのは選ばれし人間のみなのだ。
そのルーンが居るお陰で、この国の安全、兵士の優位性が保たれているのは間違いないのだが、それも口止めされているので外に漏れることはないし、もし漏れてたとしたら俺の命は無いのである。
中に通され庭を歩いているが、これが長い。
なんといっても庭が広く道以外を歩けば巡回する兵士などに殺されても文句は言えないほどの厳重さなのである。
大きな扉をノックすると自然と扉が開いて彼女に仕えるメイド長が青年を向かい入れ屋敷の中へと案内される。
上の階にある屋敷の主が居ると思われる場所へとは向かわずに薄暗い地下へと続く階段へと案内される。
それは、いつものことだったので何とも思わないのだが地下へと行くと、そこにも兵士が一人立っている。
扉が開かれ中へ進むと多くの本に囲まれた本棚の中心で本を読む屋敷の主であるルーンが座っていた。
「こんにちはダグラス」
「久しぶりだねルーン」
「心配したのですよ貴方は私の友人なのですから」
「ちょっとな」
「うふふ、今回はどんな冒険をしたのかしら?」
「まぁな」
薄桜色のローブを身に纏った眼鏡をつけた女性は嬉しそうにダグラスを見る。
「お前が好きだって言ってた店のパン買ってきたから」
「まぁ、嬉しい」
「それとさ、これなんだけど」
ゴトリ
机の上に決して冒険者が手に入れることが出来ないであろう魔力水晶が置かれる。
「こんなに大きい水晶、何処で手に入れたの?しかも純度が物凄く高いわよコレ」
「今回のことで偶然な、たまたまだったんだ」
「大きな結晶なら純度が低いものだったら幾らでもあると思うけど、これは私も、ほとんど見たことがないわ」
「それでさ手が空いたときで良い、うちのメンバーに魔力増幅器を作って欲しいんだ」
「良いわよ貴方の頼みだもの、いくつ?ラヴィちゃんは元気?」
「3人分だ、ラヴィは元気すぎるほど元気だよ」
「あの子に心配かけたらダメですからね!貴方のことを本当に想っている人なんですから」
「分かってるさ」
魔力水晶にもランクがあるのだがルーンの話によればAクラスとSクラスの間なのだそうで旅の話を食い入るように聞いていると難しそうな顔をしている。
「それで貴方はどうしたいの?」
「黙っているつもりだ、それが知られるまでは」
「そうね私も絶対に言わないわ」
精霊と契約した少女に自分を重ねたのか辛そうな顔をするルーン。
彼女も、その力が顕在してからは、ほぼ囚われの身であり、それは彼女にとって辛いことであるのだ。
「私も本でしか見たことがないのに貴方は、よほど珍しい物と出会う才能があるのね」
「確かに」
ルーンとの出会いも、そうだった。
そして二人は時間が許す限り暗い地下室で話し、ラグの冒険譚を楽しそうに聞いている女性の姿が、そこにはあったのです。
「そうだルーン、もうすぐ誕生日だろ?何か欲しいものあるか?」
「そうねぇ、お金で手に入らないものが良いわね」
「それじゃ増幅器の礼もしなくちゃいけないし屋敷の外でガーデンパーティとかどうだ?許してもらえればだが」
「本当?嬉しい」
「まぁ、俺のパーティを一応呼ぶが許してもらえるかな」
「一応聞いてみるわね、それじゃあ楽しみにしているわ」
この願いも許されることは、まずないと言って良いほどないだろう。
それでも願うことぐらいは許されるだろう。
そして屋敷を出るとダグラスは宿へと帰り一晩を明かすと家がある街にと帰路を歩みだした。