~1~
彼女はバロンと出会ってから森の中を彷徨い帰り道をバロンに尋ねても答えてはくれなかった。
森の奥深くに住むことを決めるとバロンは小さな小屋を建ててくれたのだが一瞬の出来事だったために何か起こったのか少女には理解できなかった。
そして夏が過ぎ冬が近づき辺りにはチラホラと雪が舞う季節がやってくると、ほどなくして外は一面、銀世界に包まれて行ったのです。
「わぁっ綺麗ね、ばろん」
火をくべた暖炉が小屋を暖めてくれ質素な生活はあるが自分一人で生きていくには厳しい環境でありました。
<良いのか?>
「何のこと?」
バロンに授かった命は彼女に過ぎた物は渡すことは出来ないが、ある程度のことは役に立つようにと彼の宿主であるルシルヴァに言われている。
<主が望めば、もっと豊かに暮らせるのだぞ>
「ばろん、私はね今でも十分幸せなのよ?家があって冬でも温かいし貴方が居るもの」
無垢な笑顔を向けるとバロンは困ったようにユラユラと光が揺らめいている。
「あはは、ばろんったら照れてるの?」
<そんなことはない>
彼は命ぜられた通りに行動するだけなのだ感情など無いはずなのだが、この少女と過ごすうちに彼の中の何かが知らないうちに少しずつではあったが動いたように見えた。
「暖かいね」
暖炉の前で嬉しそうに少女は微笑む。
「みんな元気かな」
ぼそりと彼女は呟くようにして少し寂しい顔をしたのである。
辺りは暗く真っ暗な暗闇の中にポツンと暖かそうな明かりが見える魔物達が支配する闇が広がっていた。
「はぁっ・・はぁっ、くそっ・・ダメか」
青年が一人、雪の中へ倒れ込むと彼の体は段々と冷たくなっていき目を開け続けることすら出来ず目の前は霞んでいくのである。
「俺は、このまま死ぬのか悔しいものだな」
そして霞む目に淡く光る物が見える。
(魔物なのか・・・雪が降っているのに火の魔物とはな)
それでも良いと思えた雪の中で火の魔物にやられるとは滑稽だなと。
「待てっ!雪の中で火属性の魔物なんているはずがないじゃないか俺はバカか・・・」
蜃気楼のようなものかもしれない死ぬ前の最後の幻かもしれない、なれども足掻くことは出来ると這うようにして、その明かりを目指すと小さな小屋が見える。
ドンッドンッ
「あら?」
<待て誰かが居る>
「大変!!こんな吹雪の中、外に居るなんて」
<待てと言っているだろう>
バロンが静止しようと動くよりも早く雪で重くなったドアを開け放ったのである。
そこには一人の若い男が体中傷だらけで倒れていた。
「ばろんっお願いだから、この人を中に入れてあげて!!」
慌てるようにバロンに用を頼むとドタドタと暖炉へと急ぎ火を取り出すとカマドへと火を入れ湯を沸かし始めた。
そして仕方ないと言った様子でバロンは彼を抱えると家の中、暖炉の側へと彼を放り投げるように転がす。
「ばろんっ!!めっ!!」
<ふんっ我の命は主を守ることだ>
「もおっそれは嬉しいけど今は、それどころじゃないのっ」
再び少女に怒られるとバロンは困ったようにユラユラと揺らめきながら宙に浮かぶ。
湯が沸くと桶へと入れると足を温め首に湯を含ませた布をかける。
すると一瞬、青年は目を覚ましたように薄く目を開けると再び目を閉じてしまった。
「ふぅっ~~多分これで大丈夫ね!ばろん私のベッドに、この人を入れてあげてくれないかしら?」
<何故、我が・・・>
「良いから早くっ!!」
神の化身であるはずの彼はブツブツと何かを呟きながら従う他ないために言われるがままに少女のベッドへと青年を運んだのである。
「ありがとうね、ばろん」
そうバロンに声をかけると眠たそうに暖炉の側で、うとうとと眠りに落ちてしまうのでありました。
そんな彼女に優しく毛布をかけてやるとバロンも寄り添うように彼女の近くで静かに佇むと夜は静かに更けていくのでした。
朝、少女は目覚めると青年が寝ている部屋へと入り窓を開ける。
「ばろん見て、とても良いお天気ね」
昨晩の吹雪が嘘のように空は青く太陽が地面を照らすと雪に反射されキラキラと輝いていた。
「んっ・・・ここは」
「あら、眩しかった?ごめんなさい」
「いや、君は誰だ、どうして俺は此処に」
「お兄さん覚えてないの?昨晩、吹雪の中、私の家の前に倒れていたのよ?」
「あぁ・・・」
その青年は思い出した。
彼の所属する組織からの依頼をこなし、まだ夜まで時間があるからと村から移動して帰る途中で何かに襲われ崖から落ち偶然にも助かったものの道に迷っているときに明かりが見えたんだった。
「私の名前はナターシャよ」
「俺の名はダグラスだ」
「素敵な名前ね」
ナターシャは優しく微笑むと青年の顔を覗きこんだ。
「俺を助けてくれたのは君の両親か?」
「んーん、ここに居るのは私と、ばろんだけよ!ばろんが、お兄さんをここまで運んでくれたの」
「そうか、その助けてくれた方に、お礼を言いたいのだが何処に?」
「何処ってお兄さんの目の前に居るよ?見えないの?」
少女が指さす方には何もない。
<普通の人間には我は見えない。主が特別なのだ>
「あのね、ばろんは普通の人間には見えないんだって」
この少女が何を言っているのか青年は理解できなかったが、きっと何処かにバロンという者が居るのだろうと納得して再び目を閉じたのだった。
「お兄ちゃん疲れてるみたいだね、ばろん行こう」
眠りへといざなわれるときに声が聞こえドアを閉める音が聞こえると青年は再び深い眠りへとついたのでありました。
そしてナターシャは雪深い森へと遊びに行くとバロンと共にひと時遊んでいると青年は目を覚まし服を着ると荷物を確認すると何か取り出す。
バタンッ
体を雪で濡らしながらナターシャは家へと入る。
「お腹減ったね、ばろん」
<我は腹なぞ空かぬ>
「あははっそうだね、お兄さん起きたの?」
ナターシャという少女が誰かと話していたと思うのだが誰も居ない。
(まさか、この少女が魔物なのか魔女というやつか)
山の奥深くに潜み魔法の研究をする者達を魔女と総称される。
それは性別に左右されることなく総称して魔女とされるのだが、彼らは魔導の深淵を知るために日々、研究を重ねていくうちに、ある一定の者達は人間という道から外れてしまい魔物のようになるのでした。
(まさかな)
目の前に居る無垢な少女からは何も感じられない自分の気のせいだと思いこむと少女に話しかけるのだった。
「昨日は助けてくれてありがとうナターシャ」
「うぅん良いのよ」
「それでだが、この付近の村や街などは分かるだろうか?」
少女が首を振る。
(やはりバロンという者が帰ってくるまでは何も分からずか)
しょうがないなと思いながら、溜息を一つ吐き出すと先ほど自分の荷物から取り出した干し肉と堅パンを手に取る。
「腹が減ったろ?礼に何か作るよ」
「本当っ?お兄さん料理できるの?」
「まぁな」
手際よく台所へ立つとカマドへと入れた木に触れる。
パチパチッ
音がすると思ったら小さな火が起こる。
「わぁっお兄さんも魔法が使えるのね」
「バロンさんも使えるのかい?」
「うんっ凄いのよ火が一瞬でつくのよ」
魔法の錬成には、ある一定の工程を踏まなければならず小さな火でも一瞬で起こるなどということは普通の人間にはありえないことで魔法を使うよりも道具を使ったほうが楽なほどである。
(バロンという男、相当、魔導に精通した者なのか・・・)
<ほぉ、珍しい力を持つな雷とは>
「ばろんっ雷って珍しいの?」
青年はギョッとする顔をすると目の前の少女を驚くような目で見る。
「お兄さんが使った魔法って物凄く珍しいんですって」
「な・・・なんで分かるんだ?」
「だって、ばろんが教えてくれたのよ?」
飛び退くと自らの剣を手に持つと少女の方へと構える。
<こやつ敵意を出したな>
バロンの光が攻撃をするときは赤く変化するのを見たナターシャは怒鳴った。
「ダメよっバロン!」
すると元の色に戻ったがナターシャを守るように少女の目の前で警戒をしながら浮かぶ。
「お前は魔物かっ」
「うぅん違うよ」
「ではバロンという者は何処に居る」
「ここに居るよ?」
指さす方を見ても何もない。
(分からないっどういうことだ)
<こやつを傷つけたくないのか?>
バロンが声を発すると少女は小さくコクリと頷いた。
<やれやれ主は我の契約者でなければ一瞬で勝負をつけるのだが>
小屋は静まりかえると青年はジリジリと間をつめていく。
<ナターシャ、精霊と契約していると答えろ>
「お兄さん、私、精霊と契約をしているのよ」
無邪気に笑う彼女の言葉に、また驚いた顔をしている。
(話には聞いたことがある・・・精霊と契約することが出来る人間が居ると)
精霊はエレメンタルと呼ばれ様々な元素から成り立っており火、水、土、風などの属性と共に光、闇の属性で人には絶対に見ることが出来ないが人は、それに願うことで魔法を成就させるのだ。
しぶしぶと剣をしまうと片方の膝をつき右手の拳を胸へと当てた。
「誠に申し訳ない精霊の契約者だったとは」
「えっ!?えっ!?」
ナターシャは戸惑ってしまう。
なぜ青年は、こんなことをしているのか。
<精霊の契約者とは稀有な存在なのだ、そして敬うべき相手だということだ>
「言葉が難しくてわかんないよ、ばろん」
<凄く珍しいから、みんなが大事にしなければならない相手なのだ>
ポカーンと口を開けて言葉の真の意味は良く分からないがバロンに言われて顔の前で手をブンブンと振りながら青年を見る。
「違うよ?そんな凄い人じゃないよ私、ただ、ばろんが見えて声が聞こえるってだけだよ」
「俺は文献でしか見たことがないが言葉を発することが出来るのは上位精霊だけで、それと契約している君は特別な存在なのだ」
「ぶんけんって?」
少女は今まで、そんな言葉を聞いたことも本を読んだこともない。
「いや、大丈夫だがバロン様に伝えてほしい悪かったと」
青年は、それを察したように言葉を発した。
「うんっ大丈夫だよ、あっ火が」
火にかけた鍋が吹きこぼれると慌てて青年はカマドから鍋を下ろした。
「わぁっ良い匂い」
「あぁ、俺はハンターだからな料理ぐらいは出来ないと」
「ハンター?」
「まぁ、スープが冷めちまうから食べながら説明するさ」
そして二人は出来たてのスープをすすりながら笑いあう。
「ハンターってのはな」
大陸にある各国や街には冒険者協会なんて物があるらしい。
「まぁ、何でも屋だな」
協会が受けた仕事を俺らが受けるらしいのだが彼は人間に害する魔物を退治したりするのだが、たまに魔物の中には役に立つアイテムに変わる物があるらしく、それらの仕事を受ける。
「へぇ、お兄さんは魔物さんを退治するのね」
「その他にも薬草採取をするハンター何かも居るな」
「そうなんだ」
興味深々な様子で食い入るように話を聞く彼女を不思議がりながらダグラスは話を続けたが、その少女の境遇を聞くと顔を曇らせた。
「そうかアイビスの丘での戦争で両親を・・・」
そして顔を曇らせるようにテーブルにうつむいた。
「あっでもね、ばろんと出会ってからは、ずっと幸せな毎日なのよ?」
彼女の目の前をフワリと行ったり来たりする光を目で追いかけていた。
「そうか大変だったんだな今も街に戻りたいか?」
「うぅん気にはなるけど、ばろんがダメだって」
まぁ、街に戻るよりも精霊の加護を受けていた方が良いんだろうなと納得する。
「今、国は結構やばいことになってる・・・つっても分からないよな」
そして、かきこむように昼食を食べ終わると外に出て薪割をしてくれている。
「ねぇ、お兄さんのこと話してくれないかしら?」
「はぁ?俺のことかぁ」
彼は14歳の頃、家が貧しかったこともあり冒険者協会に登録したのだが最初は家の草むしりや大工仕事をしたりして結局は貧乏しながら暮らしていたらしい。
その時、偶然出会った仲間とパーティを組んで現在でも一緒に依頼を受けていることを話す。
「今回は?」
「あぁ、今回の依頼は簡単なもんだったんだが依頼料も安くてな、けど放っておけないから俺だけで来たら、この有様さ」
苦笑するように笑うと椅子から立ち上がりバッグの中を何やら探している。
「よしっ一度、俺は街に戻るけど、また礼をしに来るよ」
「えっ?道が分かるの?」
「あぁ、空に星が見えるだろ?あの位置で大体の方角が分かるのさ」
いつの間にか薄暗くなってくると大きく強く輝く星が、ちらほらと見えて空に散らばっていくのが見えた。
自分が落ちた位置を確認しながら方角を確かめると星の位置で簡単な地図を書いて行く。
「これで良いな」
「凄いのね」
青年が持っていたのは星の角度などを測る計測器と言っていたがナターシャが首をひねりながら可愛らしい仕草をしている。
「また来るときに何か欲しいものがあるか?」
「んー?パンが手に入らないから」
「じゃー小麦か、分かったよ、それに何か家畜が居た方が良いな」
そう言うと小屋の位置を正確に調べたようで各所にナターシャが教えた目印が書かれていた。
ダグラスはナターシャが寝るまで話してやると、うとうとと寝て彼の方へと倒れ込んでスヤスヤと寝てしまう。
「すまないバロン様、彼女をベットまで送ってくださいますか?」
空気が揺らぐのを感じるとナターシャは優しく抱えられるように宙を浮かびながら移動していく。
「本当に居たんだな」
初めて、その光景を見た彼はボソリと呟いたのだった。