痴女と獣人の俺が恋愛なんてできるはずがない
この世界には二種類の種族が共存する。
一つは人間、もう一つは獣人と呼ばれる種族である。しかし、どの世界にもヒエラルキーというものは存在しており、人間は獣人を虐げる立場にあった。
獣人は人よりもずっと強く頑丈であるが、数が極端に少なく寿命が短いため、人間に従うことで共存することを選んだ。
結局勝敗を決めるのは力ではなく、数なのだ。
そんな獣人の主な仕事とは、奴隷のような重労働を課せられたり、その強靭な肉体を使った護衛であったりする。給金は雀の涙ほどだと言っていい。
かくいう俺も狼の獣人であり、傭兵として護衛の仕事をしている。今回は、護衛対象をある国へ送り届けることまでが仕事になっている。
「ねぇねぇおにーさん、今夜私と交わりませんかぁ?」
そう言って俺の腕に手を絡めてくる護衛対象の女は、もしかしなくても阿保なのかもしれない。
「…触るな」
道具としか見ていない獣人である俺を誘うなど、馬鹿にしているとしか思えない。
「つれなぁ〜い」
そう口を突き出しながら言う女は、まだあどけなさの抜けない美少女と言える顔をしている。
その顔であの言葉を吐き出すのだから女というのは怖いものだ。
それにこの女、おかしなことに獣人を雇うにしては破格の値段を払っている。金勘定もできん馬鹿なのか、それとも何処かの令嬢なのか。…おそらく前者だが。
「俺は何からお前を守ればいい」
女からは護衛としか聞いておらず、仕事内容を全くと言っていいほど教えてもらっていない。まあ、いつものことだが。
「愛」
「馬鹿か」
つい口から出た俺に非は無いだろう。
話を聞くと、女は国で愛人を作りまくった挙句にそれがバレて複数から命を狙われいてるらしい。
「馬鹿か」
「二回言います?…仕方ないんですよぉ。私は全員を平等に愛してしまったんです。ただそれが彼等には理解されなかったというだけのこと…ああ、何という悲劇!」
「黙れビッチ」
「私雇用主ですよねぇ」
それから国へ着くまでに村々を回りながら過ごす間、毎日と言っていいほど貞操を狙われた。何度か事故のふりをしてこのゴミを亡き者にしようかと思った。
「おにーさん、おはようございます。いい朝ですねぇ、まるで私達のかけがえのない朝のひと時を神様が祝福しているようですぅ」
無駄にいい笑顔を向けてくる目の前の美少女は、何故か昨日よりも元気に見える。それどころか謎の色気も見える。本当に鬱陶しい。
「お前、昨日より何処かツヤツヤしていないか?」
「あ、気付かれましたか。実は昨夜何人か引っ掛けてそのまま先程朝を迎え、帰ってきた次第ですぅ」
「お前は一度刺された方がいい」
堂々と複数との逢いびきの旨を告げるこの女に羞恥心は無いのだろうか。というかそういう奴らから逃げているのではなかったか。
「お前のような顔だけの女に引っかかる男が多いことに、男として情けない」
「いえ?昨日の夜を共にしたのは女の方たちですよぉ」
「…それは重要か?」
「重要ですぅっ。私は男も女も、少年も少女も、人妻も老父も全てを愛しているんです。愛する方たちを一つにくくるなどできません!」
「博愛クズか」
最後の村に着いた時には女はそこらの男と女を食いまくっていた。頼むから自重して欲しかった。そして俺を襲うことをいい加減諦めて欲しかった。というか腕に手を絡めるな、歩きにくい。
村では女に向ける視線に殺気が混ざっていることに早々に気付いた。おそらくは必ず通るこの村で待ち伏せをしていたのだろう。
「見られているな」
「はい、やはり美しいというのは罪ですねぇ。この顔でいったい何人を惑わしてしまうのか。ああ、自分の美しさが憎い」
「馬鹿か」
馬鹿女は放っておいて殺気の方へ意識を向けると同時に、物陰から何人かが一斉に襲いかかってきた…俺の方に。
まあ、腐っても獣人である。たかが一般人数人に負けるわけがない。
が、納得がいかない。
「何故俺が襲われるんだ」
「あんたが悪いんだろう!彼女を誑かして!他国へ連れて行くなんて、何て非道な!!」
「そうよ!!彼女はあんたみたいな最低野郎に騙されているのよ!何て可愛いそうに!」
他にも何人かが口々に俺に暴言を吐いているが、つまるところこいつらの中では、俺は女に様々な横暴な行為を行うクソ野郎らしい。
こいつらは頭が沸いているのだろうか。
どう考えても悪いのはお前らを捨てた女の方だろう。
女は傍観をきめこんでいる。少なからず彼らに罪悪感を抱いているのかもしれない。あ、違う、あれは腹が減った時の顔だ。まじかあの女。
「この、卑しい獣が!!」
捕まえた内の一人が吐き捨てた。久しぶりに聞いた言葉に驚く。
そう、久しぶりなのだ。
女は、一度たりとも俺に対しての暴言を口にしなかった。
女と旅をする前は毎日聞いていた言葉のはずなのに。
「…獣とか関係ないでしょう。人も、動物も、植物も、私はこの世界に存在する全てを愛しているんですぅ。勿論、彼も」
口を閉じていた筈の女が、倒れこむ男に近すぎるほど顔を近付け狂った独裁物語を告げる。
お前たちが私に意見できるわけがないだろう、と。
まるで恋人に、家族に、人形に語るように。
女と一緒にいることで分かったが、実際のところ女は興味が無いのだ。周りの反応など。自分が満たされればそれでいいとさえ思っている。
何て自己中心的な女だろうか。
だが、俺はそれが
「私はただ愛しているんですぅ」
安心したのだ。
気を休めれることに。
心地良かったのだ。
心を置けることが。
俺は、この女がー
「たとえ、彼が不能でも」
「誰が不能だああ!!」
女のストーカーたちを村の自警団に突き出した後、すぐに目的地の国に到着した。俺と女との旅もこれで終わりだ。終わってみると呆気なく、少し感慨深くなって…こないな。むしろ夜に要らぬ心配をしないで済むようになってホッとするくらいだ。
だから、きっとこの胸の痛みも気のせいだ。
「お前にとって俺は何だ?」
「何ですかぁいきなり」
本当に何を言っているんだ俺は。咄嗟に出た自分の言葉に驚く。
「そうですねえ、愛すべき内の一人、ですかね」
女はやっぱり女なようで、俺の期待する言葉を吐くことはなかった。それにガッカリしたのか、ホッとしたのか。
「あ、おにーさん、この後の仕事って決まってたりしますか?」
女が別れを欠片も悲しんでいないことに何故か少しイラついた。
「…いや、決まっていない」
むしろ獣人を雇うこと自体珍しいのだ。仕事などそうそう入ってこない。
「なら、追加料金を払うので私の護衛を続けませんかぁ?報酬は弾みますよ」
笑いながら話す女の口ぶりでは、俺が断るとは露ほども思っていないようだった。もともとの報酬の値段も仕事を断らせないためだったのかもしれない。
女の得意顔にいい気分はしないものの、気分が少し高揚した。まだ、俺は女の横にいていいらしい。
「構わない」
なら、この気ままな猫のような女が飽きるまでは、側にいようかと思う。
「あ、言い忘れてましたけど、私あなたの同僚と弟さんにも手を出したことあるんですよぉ、世間は狭いですね〜」
こいつやっぱ埋めよう。
楽しんでくれたら嬉しいです。