8.
“パァーン!”
大広間では、城内にいる者たちがローレパンネルをクラッカーで出迎えた。
「お帰りなさい!ローレパンネルちゃん!」
その中にアンパルス、ショクパネフ、カレリアスと、一家の父、ジェイムスもいる。ローレパンネルは呆然とすることしかできなかった。
「ローレパンネル。大きくなったのぉ。こうしてまた、我々の前に姿を現しただけでも、実に喜ばしいことだ。みんな、お前が元気で生きていると願っておったのだぞ」
ジェイムスは、ローレパンネルに近付き、手を差し出した。
「クッ!ふざけやがって」
ローレパンネルはジェイムスに対し、背中を向けた。そして、服の胸元にある紋章を掴みながら話した。
「この十三年、私がどう過ごしてきたか分かるか?私は、今日までの大半の時間を、バイキナル家で生きてきたのだ。私はそこでずっと言われてきたことがある。何だかわかるか?」
ジェイムスたちは互いに顔を見合わせたが、何の事か分からなかった。
「な、何の事だ」
「分からないか。今、私がここにいること自体、大問題なのに気付かないようだな」
「何を言っておる。お前はわしの娘ではないか。ここにいて問題なわけがなかろう!」
「さっきも言っただろう。私は十三年もの間、バイキナル家で生きてきたとなぁ」
ローレパンネルは、体の向きを戻し、鞭を手にした。
「“ジャムピエール一家は敵!全部叩き潰せ”とな」
「やめんか!ローレパンネル」
「父上、お離れください!」
アンパルスとショクパネフ、カレリアスはジェイムスの前に立ち、腰の剣に手を伸ばした。大広間の中はざわつき、緊張が走った。
「血の繋がった者同士の争いなど、二度もしたくなかったのに、残念でなりませぬ」
「フン!世話が焼ける妹だぜ」
しかし、ローレパンネルは鞭を床に落とした。一気に緊張が解け、アンパルスら三人は拍子抜けした。
「こうなってしまうのだ。突然、暴れ出してしまうかもしれない。だから、私がここに身を寄せるのは危険だ。すまないが、帰らせてもらう」
ローレパンネルは後ろを振り向いた。ジェイムスは、ローレパンネルに問いかけた。
「どこに帰るのだ?」
「うっ…」
ローレパンネルは何も言えなかった。そこまで考えていなかったのである。
「まさか、バイキナル城に帰るつもりなのか?お前はバイキナル家に誘拐されたのだぞ。それを知って居続けても、楽しいわけがなかろう」
「ふざけるな!どうせ、妹が産まれたから私の事を気にもしなかったんだろう。だから、十三年も放っておけたんだ。そんなところに居られるとでも思うか!」
「何だと貴様ぁ!」
“ボガァッ!”
「ふぅっ!」
カレリアスは、ローレパンネルの態度に苛立ち、握り拳で殴りかかった。ローレパンネルはそのまま床に崩れた。
「カレリアス、何てことをするんだ!」
カレリアスはアンパルスの言う事に耳を貸さず、胸倉を掴んで立ち上がった。
「何が十三年も放っておいただと?え?俺たちは必死になってお前を探したけれど見つからなかったんだよ。それに何だ。妹が産まれたからお前の事を気にもしなかっただと?お前、メロリーヌがいる前でそんなことが言えたもんだな」
「カレリアス、もうやめろ!」
カレリアスはローレパンネルを突き飛ばすように離した。
「わしは、お前がどこで育ってきたかは気にはしない。お前は、我がジャムピエール家の長女だ。ここで暮らす権利はある。決して、産まれたところに帰ってきて悪いことはない」
「それは、本当か?」
「そうだ。わしらだけではなく、こうして城で勤める者全員、お前が帰ってくるのを待っておったのだ。そうだろう?」
部下たちは歓声を上げた。
「どうやら待ちきれんようだな。今日はお前が帰ってきた記念だ。盛大に祝おうではないか」
一同はグラスを手にした。
「ほら、今日はお姉ちゃんが主役なんだよ。グラス持って!」
「あ、ああ…」
ローレパンネルはメロリーヌに押され、中央に立ち、グラスを手にした。
「では、ローレパンネルが帰ってきたことを祝福して、乾杯!」
「乾杯!」
大広間は一気に盛り上がりを見せた。ある者は突然歌い、またある者は踊り出し、ローレパンネルの帰りを祝った。一方のローレパンネルは、席で黙って座っているだけだった。そこにショクパネフとカレリアスが立て続けに近付いた。
「そこで座っているだなんて、もったいないですよ。私と一緒に踊ろうじゃありませんか」
「そんなものに興味はない!」
「おいおい、今日はお前が主役なんだよ。主役がそんなんでどうすんだ。ほら、盛り上がろうぜ!」
「うるさい!黙れ」
「チェッ、つまらん妹だな」
「もう、お兄ちゃんたちはあっち行って!お姉ちゃん、私と踊ろっ、ねっ!」
メロリーヌはショクパネフとカレリアスをどかすと、ローレパンネルの腕を掴んで引き上げた。
「うわぁっ!おい…」
ローレパンネルはメロリーヌに合わせて踊った。最初は動きがぎこちなかったが、徐々に慣れてくると、次第にメロリーヌの動きに合っていくようになった。更には笑顔も見せている。
「父上、二人とも楽しそうですね」
「そうじゃな。あれだけ会いたいと願っておったのだから、こうして会えたことが嬉しくてたまらないのかも知れんなぁ。いつもは男兄弟に囲まれて、窮屈しておったんだろう」
時間はあっという間に過ぎ、宴はお開きとなった。撤収後、一家は居間に移動したが、ローレパンネルはそこで何かおかしなことに気が付いた。
「ところで、聞きたいことがあるのだが……」
「どうした?何でも聞いてみなさい」
「母上の姿がないが、母上はどうしているのだ?」
ジェイムスたちは、その質問にうなだれた。
「ひょっとして、母上は…」
「残念だが、五年前に亡くなってしまった」
「な、何だって!」
ローレパンネルは、自分の母が既に亡くなっていたことを知り、衝撃を受けた。
「母さんは、お前が帰ってくることを誰よりも願っておったのだ。紹介が遅れたが、この方は母さんがいなくなってから、我々の身の回りの世話をしてくれている、バタローネだ」
バタローネは、ローレパンネルに一礼した。
「何てことだ…」
「母さんがどんな顔か見たいか?」
ローレパンネルは首を縦に振った。
「では、付いてきなさい」
ジェイムスたちはローレパンネルを居間の奥に案内した。そこの壁には、アンパルスら五人を産んだ母の肖像画が掲げられていた。
「母さんは、お前が誘拐されてから毎日のようにお前の話をしておった。そして、最後は“隣に、ローレパンネルがいてほしかった”とつぶやいて、息を引き取ったのだ。お前は我がジャムピエール家の長女だったから、それだけ思いが強かったのだろう」
「母上……」
ローレパンネルは肖像画の前に跪いて、母の死を悔やんだ。自分がジャムピエール家から誘拐されたと知り、会ってみたかった母に会うことができず、涙を流した。
「さぁ、今日はもう遅いから、ここで寝なさい。メロリーヌ、後はお前に任せたよ」
「うん!お姉ちゃん、行こう」
メロリーヌはローレパンネルの手を引いて部屋に戻った。この頃にはローレパンネルの緊張も取れ、メロリーヌと気軽に話ができるようになり、部屋の中はいろんな話で盛り上がった。そのせいか、就寝時刻を越えてしまい、バタローネに指摘された。
「メロリーヌ様、ローレパンネル様。お休みの時間でございますよ」
「はぁい!お姉ちゃん、どっちで寝る?良かったら、私のベッドで寝ていいよ」
「いや、このソファーで良いよ」
「じゃ、お休み。お姉ちゃん」
「お休み。メロリーヌ」
メロリーヌはロウソクの火を消し、部屋の中を暗くした。
翌朝、一家は居間に集まった。
「ローレパンネル。ゆっくり眠れたかね?」
「ああ、向こうのベッドは床が堅くて腰が痛くなるから、助かったよ」
「それは良かった。さぁ、ご飯にしよう」
一家は朝食をとった。ローレパンネルはバイキナル家の朝食よりもおいしいことに驚いていたが、表情は冴えなかった。
朝食を済ませたローレパンネルは、ジェイムスに声を掛けた。
「父上。実は、話があるのだが……」
「どうした?聞こうじゃないか」
ローレパンネルは、月明かりに照らされたメロリーヌの寝顔を見ながら、自分の今後を考えていたのである。
「私は、やはりここにいることはできない」
ジェイムスら一家は、ローレパンネルのこの発言に顔を注視した。自分の出生が分かり、居続けるものと思っていたからだ。
「そ、それは本当か?」
ローレパンネルは、首を縦に振った。
「と言うことは、バイキナル家に居続けるんだな?」
「いや、もうあんなところにいる気にはならない。あの家の方針に疑問を持っていたのだ。いずれは没落する。これから愛馬と一緒に、旅に出ようと思う」
一家は、ローレパンネルの話を黙って聞いていた。
「それで、いいんだな?」
「ああ、本当に親不孝な娘で申し訳ない」
ジェイムスは、目を閉じてうなずき、こう返した。
「そうか。それがお前の答えならば、わしは止めんぞ」
それから一家は城の外へ出た。ローレパンネルは、壁に繋がれていた愛馬を引き連れ、一家と向き合った。
「最後まで、みんなには迷惑をお掛けして申し訳ない」
「お前が出した答えだ。わしらを気にすることはない」
ローレパンネルは、アンパルスら兄たちに目を合わせた。
「アンパルス兄さん…」
「いつでも帰りを待ってるよ」
「ショクパネフ兄さん…」
「せっかくこうしてお会いできたのに、また離れるのは辛いです」
「カレリアス兄さん…」
「やめてくれよな。俺、そういうの好きじゃねえんだ。また来てくれよな、いつでも相手になってやるよ」
そして、最後はメロリーヌを向いた。
「メロリーヌ……」
メロリーヌは三人の兄とは違い、ローレパンネルに抱き着いた。
「お姉ちゃん…行っちゃやだ。どこにも行っちゃやだよぉ」
「メロリーヌ、離してくれ」
メロリーヌは目に涙を溜め、今にもこぼれ落ちそうだった。
「どうして?どうして行っちゃうの?私のお姉ちゃんなら、一緒にいて!」
ローレパンネルは、メロリーヌを体から離した。
「お前も、数年経てば騎士の称号を得るんだろう?これからもっと大変なんだ。いつまでも泣いてたら、バカにされるぞ」
「本当に、帰ってくる?」
「ああ、お前が私のことを忘れなければな」
ローレパンネルは、メロリーヌの頭を撫でると、愛馬に跨がり、出発しようとした。
「待つんだ。ローレパンネル」
ジェイムスはローレパンネルを止め、中身が入った麻袋を渡した。
「わしからの気持ちだ。受け取りなさい」
袋の中は食料や、国の中で使用できる貨幣が入っていた。
「こんなに…いいのか?」
「何も気にすることはない。さあ、行くが良い!無事を祈る」
ローレパンネルは、愛馬の方向を変えさせ、手綱を引いた。
「はぁっ!」
ローレパンネルを乗せた愛馬は、勢い良く城の正門を出た。一家は、姿が見えなくなるまで見送った。
「父上、本当にこれでいいのですか?」
「あいつが自分で決めたことだ。わしらがとやかく言うことではない。さあ、こうしていられん。仕事を始める時間だ。城に戻ろう」
メロリーヌは、バタローネにすがりついて泣いた。
「お姉ちゃぁ~ん!うえぇぇぇ~ん!」
「ほらほら、そんなんじゃローレパンネル様も喜びませんよ」
その日の夜、ローレパンネルは洞窟の中に身を潜めていた。ジェイムスから受け取った麻袋の中を探ると、中には自家製のパンが入っていた。一口食べると、その味に驚いた。
「これは…おいしいじゃないか。しかも、何だこれは」
ローレパンネルが中身を見ると、やや黒いものが入っていた。ジャムのようにも思えるが、果実のような酸味はなく、独特の風味に感動した。
「あいつも、このパンを食べてたのかな……」
ローレパンネルは洞窟の外に出た。ふと空を見上げると、大きな満月が地面を照らしていた。 すると、月の表面に何か写っているように見えた。
「んっ…メロリーヌ?」
ローレパンネルは、月の表面にメロリーヌの顔が映っているように思い、目をこすった。再び月を見上げると、やはり普通の月だった。
「違うか…どうやら疲れているかもしれない。もう寝よう」
ローレパンネルは洞窟に戻り、火を消した。
ちょうどその頃、メロリーヌも部屋から空に輝く満月を眺めていた。思い浮かぶはもちろんローレパンネルの顔である。
「お姉ちゃん…私、もう泣かないよ。お姉ちゃんみたいな立派な騎士になるんだもん」
メロリーヌは、溢れそうな涙を拭いて窓を閉めた。




