6.
アンパルスとカレリアスが戻ると、ジェイムスは暗い顔をしていた。
「何てことだ…」
「私たちがローレパンネルと戦っていることを止めに入ったのでしょう。私たちが周りに気を付けていれば、こんなことにはならなかったのです」
メロリーヌは医師の検査の結果、特に異常は見られなかった。生い茂った草がクッションになったことが幸いだったのだろう。但し、鞭が打ち付けられた箇所が赤く腫れており、痛々しかった。それだけ、ローレパンネルの鞭が尋常ではない強さであるかが窺える。
「メロリーヌ、目を覚ましてくれれば良いのだが…」
皆の表情が暗くなる中、そこに訪問者が現れた。商人ホランドルである。ホランドルはバイキナル家だけではなく、ジャムピエール家も得意先としていたのだ。
「失礼致します。ジェイムス様、ご注文の品をお届けに参りました。良い小麦粉と小豆が入ってきましたよ…あら、皆様揃ってどうなさったんですか?」
ホランドルはソファーで横たわっているメロリーヌの姿に驚愕した。
「ななっ!メロリーヌちゃん。これは一体、どういうことなんですか?」
「ローレパンネルにやられたのだ」
「ローレパンネルって、バイキナル家の…」
「いや、ローレパンネルは、私の娘だ」
「ええっ?それはどういうことですか?」
ジェイムスは、ローレパンネルが十三年前に誘拐されたことを話した。
「いやぁ、そんなことがあったんですか。こりゃ知りませんでしたなぁ…」
ジャムピエールは頭を抱えた。
「こんなことになるなら、城の警備をしっかりするべきだったのだ…」
「父上、落ち着いて下さい」
「過ぎたことを悔やんでも、何ともなりませぬ」
「でもよぉ、あいつをあのまま放っておいたら、いつ悪さするか分からんからな。あくまであいつは、バイキナル家の手下だ」
「それは分かっておる。ただ、メロリーヌに出会ったことで心が揺らいでおるかも知れん」
「でも、どうすれば、ローレパンネルはここに居着いてくれるのでしょうか」
誰もが、この難しい問題に頭を抱えた。
「あ、あの…」
「どうした?バタローネ」
「ローレパンネル様を、みんなで暖かく出迎えてあげるのはどうでしょうか?」
「なぜ、そうしようかと思ったのだね?」
「みんなに暖かく出迎えてもらえば、ローレパンネル様もきっと、居着いてくれると思ったんです!」
「だが、それを実行に移すとしても、どのようにしてここまで連れて来れば良いのだろうか…」
「何だよ。みんなその気になってるじゃねえか。まあいい、妹が生きてるってことが分かったんだ。俺も知恵を絞るか」
一同は、どのようにしてローレパンネルを城へ連れ戻すか考えたが、答えは出なかった。
「そうだ、君にお願いしよう」
すると、ジェイムスはホランドルの存在に気付き、あることを告げた。
「わ、私がですか?そんなこと、できますかなぁ…」
「この作戦を成功させるには、君の力が必要なんだよ。やってくれるかな?」
「そこまでおっしゃるなら、ご協力させていただきます!」
それから、ホランドルはジェイムスにお願いされたことを実行することにした。
「はぁ、あんな無茶を引き受けてしまったものだ。いくら何でも大得意様のジャムピエール様でも、あれはやりすぎだと思うがなぁ」
ホランドルはブツブツ文句を言いつつ、次の配達先へ向かった。
「さぁ、ここも大得意様だから大事にしないとね」
ホランドルはバイキナル家の城にたどり着いた。
「バイキナル様、ご注文の品をお届けに参りました」
「いつもご苦労だのお。ところでだな、ここに来るまでに、ローレパンネルの姿を見なかったか?」
「えっ?いいえ」
「ここを出たきり戻って来んのだ。どこで何をしとるかのぉ」
ホランドルは笑いながら答えた。
「フフフ…。まあ、ローレパンネル様もお年頃でございますからね。親から離れたいと思うのは当然でしょう」
「そうなのか?」
「私も、同じくらいの子がいましてね、最近、近寄らなくなってるんですよ。なんか骸骨ぽくって嫌ってね。お前も同じ顔じゃないかと笑ってますが、女の子って、そんなものですよ」
ハフヒーホは、ローレパンネルの気持ちが分かっていなかったのかと思った。
「まあよい。どこかで見かけたら、城に戻れと伝えてくれんかのぉ」
「へぇ。かしこまりました」
ホランドルは仕事を終え、荷車を引いて帰路を急いでいた。すると、広場の池の前で一人で佇むローレパンネルの姿を見付けた。
(あっ、見付けてしまった…よし、あれをするか…。本当はやりたくないけど、変なこと引き受けちゃったなあ。)
ローレパンネルは自分の鞭でメロリーヌを叩き、気絶させてしまったことを悔やんでいた。
「メロリーヌ…済まない。もうお前とは会うことはできない」
「いやいやいや…。これはローレパンネル様。こんなところで何をしてらっしゃいますか?」
ホランドルはローレパンネルの隣に腰掛けた。ローレパンネルは警戒している感じで見ていた。
「いや、変なことはしませんよ。あら、何やら悩んでそうですね。何かあったんですか?」
「ほっといてくれ。赤の他人のお前に話したところで、何になる」
「私もね、あなた様ほどの年の子がいますからね、分かるかも知れませんよ。ほら、何でも打ち明けてくださいな。お力になれるかもしれませんよ」
ローレパンネルは、鼻から息を吐いた。
「私は、騙されたのだ…毎日、朝から晩まで、ジャムピエール家を滅亡させろとばかり言われてきた。だが、私はジャムピエール家で産まれただなんてなぁ…」
「え?そうなんですか」
ホランドルはジェイムスから話を聞いたが、ここではあえて知らない振りをした。
「アンパルスは血の繋がった兄妹だと言ってきやがった。最初は私の気を緩ませて攻撃するのではないかと思ったさ。けれど…」
「けれど?」
「妹がいたのだ。突然私の目の前に現れたメロリーヌが、私と顔が似ていた。戦う気力を失ったよ。それで城に戻って父上を問い詰めたら、私は十三年前に誘拐したと白状しやがったのだ」
「はぁ、ハフヒーホ様も酷いことを考えたものですなぁ」
ホランドルは笑顔を見せてこう答えた。
「だったら、きっぱりとバイキナル家と縁を切ればいいんですよ。そしてジャムピエール家に戻れば、ジェイムス様もきっと喜びますぞ!」
「何だと?」
ローレパンネルはホランドルを睨みつけた。
「あ?私、いけないことを言ったみたいですね……」
「私が戻ってきても、誰も喜ぶわけがないさ。取り返しのつかないことをしてしまったのだから」
「え?それはどうしてですか?」
ローレパンネルはため息をひとつすると、鞭を手にして顔をうつむかせた。
「この鞭で、私を止めようとした妹を…メロリーヌを倒してしまった。だから私が戻ってきても誰も良い顔するはずがない。門前払いされるだけだ」
「はぁ。じゃぁ、このままバイキナル家に身を寄せるつもりで?」
ローレパンネルは、ホランドルのこの一言に対し眉間にしわを寄せ、ホランドルをまた睨んだ。
「あ、いや…どうなさるかは、あなたがお決めになればいいんですよ」
「あんな没落しそうなところ、二度と戻るものか!私はあの石頭貴族に誘拐されたのだぞ。そんなところに居着けとでも言うのか!」
「あわわ…ローレパンネル様、怖いですぅ…」
ローレパンネルはホランドルの反応に呆れていた。
「結局、お前に話をしたって、私の気持ちなど分かるまい」
ローレパンネルは、立ち上がって広場から去ろうとした。
“パシッ!”
「おわぁっ!」
ローレパンネルは足を掴まれ、倒れ込んだ。ホランドルはローレパンネルの足に縄を巻き付けていた。
「き、貴様!何をする気だ!?」
「フフフ、ハフヒーホ様に、あなた様を見かけたら連れて行くようにと言われました。さあ、行きましょうか」
「くっ、離さぬか!この骸骨野郎!」
「その言葉は褒め言葉にございます。先祖代々、こんな顔ですからね!フフフ」
すると、ホランドルはローレパンネルの顔に布を被せた。布には睡眠薬が染み込ませてあり、それを吸い込んだローレパンネルは膝から崩れ落ちた。
「ううっ、ふざけやがって…グフッ」
ホランドルはローレパンネルの意識がなくなったことを確認すると、荷車に乗せた。
「さあ、連れて行きましょう。あくまでも女の子だから傷つけないように…と」




