3.
バイキナル城では、城主のハフヒーホがローレパンネルの帰りを待っていた。
「ローレパンネルの奴、アンパルスを捕らえたかのぉ」
ハフヒーホは一度空を見上げると、今から十三年前のことを思い返した。
「わしはジャムピエールの産まれたばかりの子を分捕れと言ったのだがなぁ…」
ジャムピエール家との決闘で川の堤防が決壊し、陣地の浸水で撤退したことで兵力の半数近くを失い、事実上敗北したバイキナル家は、一気に貴族としての地位を下げることとなった。妻には逃げられ、更に追い打ちを掛けるかのように、ハフヒーホの後継者候補だった唯一の子息がこの世を去り、お家存続が危ぶまれていた。
『このままでは、ご先祖様に会わせる顔がない。何とかしてでも、目的を果たさねば…』
貴族としての地位が下がった今、兵力を増強できるほどの金銭的な余裕は無かった。そこで、領地内に住む富豪に掛け合い、何とか資金援助が得られたが、その際に突き付けられた条件により、ハフヒーホは更に苦しむこととなった。
『ねぇ、ご飯まだぁ?』
ハフヒーホが富豪から資金援助を受ける条件として、富豪の娘であるドーキンズを住まわせることとなった。ただ、このドーキンズがかなりわがままな性格であり、バイキナル家の立場が弱い事に漬け込んで、あれやこれや言ってくるのである。
『大体ね、これはあたしのパパが汗水流して稼いできたお金なのよ。だからあたしが自由に使ってもいいじゃない!』
これに対し、ハフヒーホや部下たちが注意しにくい状態にあった。何を言っても、ドーキンズの態度は変わらないばかりか、更に悪化していくのだった。
『へぇ、あたしが何のためにこんな薄汚い城に住んでると思ってるのよ。あたしがここにいるおかげで、あんたたちは楽できるのよ。え?あたしはいつでも出ていく覚悟はできてるわ。そうしたらどうなるか、分かってるでしょうね!』
ドーキンズの同居は、将来ハフヒーホと結婚することを前提としてのことだったが、ドーキンズにはその気が無かった。部下たちは逆に富豪がバイキナル家を乗っ取ろうとしているのではないかと疑う声も出始めていたが、誰もそのことは言えずにいた。
『これでは、もう終わってしまう…』
ハフヒーホは、先祖代々続く国家統一の夢を諦めかけていた。そんな時、ハフヒーホの耳にある情報が舞い込んできた。
『ハフヒーホ様、ご注文の品をお持ちいたしました』
『おお、ホランドル。いつも無理を言ってすまんなぁ。ほら、約束の金だ』
『ありがとうございます。確かに受け取りました』
骸骨のような顔をしたホランドルは、国の中を移動しながら商売をしている商人であり、バイキナル家も得意先として利用している。
『あ、それからですね…』
ホランドルはハフヒーホにあることを伝えた。
『ジャムピエール家に子供ができたようですよ』
『何?あそこは何人産むつもりだ。既に四人も産んでおるだろう。え?アンパルスに、ショクパンヌ、カレリアス、それにローレパンネルだろ?あの夫婦はどんだけ頑張っておるんだ』
敵対関係にあるジャムピエール家は後継者候補が三人もいる。片やバイキナル家は後継者候補がいない。このままでは逆にジャムピエール家に潰されるのも時間の問題と、ハフヒーホは思った。
『お?そうだ。これはチャンスでもあるぞ。フフフ…』
ハフヒーホは部下を一斉に呼び、思い付いた秘策を話した。それを聞いた部下たちは動揺を隠せなかった。
『それは、大変危険なことでございます!』
『万が一、見つかったらどうするのですか?』
ハフヒーホはざわつく周囲を落ち着かせた。
『もちろん、危険なのは承知の上だ。お前たちもただ事では済まされないぞ!これはお家存続に関わる重大な要件なのだ。避けては通れぬぞ。ええい!このままジャムピエール一味を繁栄させるわけにはいかん!今こそ衰退させるチャンスだ!』
ハフヒーホは部下と共に対策会議を開いた。そして、実行の日を迎えたのである。
『良いか、後継者問題はお前たちの頑張りに掛かっておる。失敗は許されん。必ず成功させるのだ!健闘を祈る!』
『はっ!』
バイキナル家の部下数名は、バイキナル城を出てジャムピエール城へ向かった。寝静まった町を歩いていくが、誰も出歩いておらず、その姿を目撃されることはなかった。
『よし、始めるぞ。必ず生け捕りにするのだ』
『はっ!』
部下たちはリーダーの号令で、ジャムピエール城の門番二人に近付き、背後から布を顔に被せた。布には強力な催眠ガスが染み込ませてあったので、門番は顔も確認する暇さえなかった。
『うぐっ!うう…』
『おうっ!ぐぅ…』
部下たちは、効果に驚きながら防毒マスクを被った。
『こんなの吸わされたら、俺たちだってイチコロだ!』
『今からこれを撒くんだから、しっかり顔を保護しろよ』
部下たちは城の中に入った。城の中では、ジャムピエール一家や、業務に携わる者たちが眠っていたが、撒き散らした催眠ガスで誰も起きなかった。
『ここが子供部屋だ。まだ起きているかも知れないから気を付けるんだぞ』
子供部屋は誰かが起きている可能性もあるので、部下は慎重にドアを開けた。子供たちは深い眠りに入っていた。
『よし、全員寝てるぞ。小さい奴を分捕れ』
部下はベッドで寝ていた子供の一人の誘拐した。念のため、催眠ガスを少量吸わせ、運ぶときに起きないようにした。
『これで目的は達成だ。だが、城に戻るまで気を抜くな。行くぞ!』
部下たちは意気揚々とバイキナル城に戻っていった。
ハフヒーホは、部下の帰りを待っていた。
『あいつら、うまくやっておるかのぉ』
ちょうどその時、任務を済ませた部下たちが城に到着した。
『殿、只今到着いたしました!』
『おお、ご苦労じゃった。早ようこっちへ来い!ああ、子供は落とすなよ』
誘拐したジャムピエールの子供は麻袋に入れられていた。ベッドに寝かせると、袋の口を緩めた。
『さあ、我が子とのご対面じゃ!』
ハフヒーホは気分が高揚していた。しかし、ハフヒーホは袋から全体が見えると愕然とした。
『おい、こいつが一番小さい子供か?』
『えっ?』
『こいつは、四番目の子供のローレバンネルだ!』
部下たちは一斉にお互いの顔を見合わせた。
『だって、一番小さい子供だって言ってたもんな』
『ちゃんと確認して誘拐したのになぁ』
ハフヒーホは、ざわつく部下たちを黙らせ、こう言った。
『ええい!わしはジャムピエールに産まれた一番小さな子供を分捕れと言ったのだ!』
『そ、そんなぁ!』
部下は確かに、ハフヒーホから“一番小さい子供を分捕れ”と聞いた。それで子供部屋から一番小さい子供を分捕ってきたので間違いではない。ただし、ハフヒーホは産まれたばかりの子供を分捕るように伝えたつもりであった。互いの思い違いで、ミスが起こってしまったのである。
『申し訳ございませぬ。防毒マスクを付けていたので、前が見えにくかったのであります!』
『我々は、子供部屋にいた四人から一番小さい子供を…』
『四人。ちょっと待て。あそこは子供が産まれたのだから五人のはずだ。あと一人はどこなんだ?』
すると、黙って聞いていたドーキンズが口を挟んだ。
『バカね。誰も産まれたばかりの子供を、自分から離れたところで寝かせる親なんかいないに決まってるでしょ。そんなことも考えられないの?』
『何だと?お前、子供もおらんのにそんなことが言えるなぁ』
『それぐらい常識よ。親の立場になってみれば誰だって分かるわよ。もし自分の見ていないところで、自分の子供が危ない目に遭ってたら困るでしょ?それと同じことよ。これだから男ってダメな生き物よね』
ハフヒーホは文句も言えず歯痒い思いをしていたが、ドーキンズはそのことを見抜いていた。
『言いたいことは分かるわよ。人ん家に住んでおいていい気になりやがってって。別に追い出してもいいのよ。こんな薄汚いとこなんかに長いこと住む気なんかないんだから。そうなったら、ここも終わりだからね!』
バイキナルはドーキンズに成す術は無かった。
『ところで、連れて来た子供ってどんな子?まぁ、可愛いじゃない。あたしの好みにぴったり!』
『でも、こいつは二歳だぞ』
すると、ドーキンズは思いもよらぬことを言ってきた。
『あたしこの子気に入っちゃった。ねぇねぇ、あたしがこの子の面倒見るわ!』
『えっ?いいのか?』
これまで城内の業務を何一つ行わなかったドーキンズが、自分から仕事を名乗り出たのだ。思わぬ事態に一同は驚いた。
『だったら、俺の面倒も見てほしいなぁ…』
ドーキンズは形相を変えた。
『自分のことは自分でやりなさい!』
『は、はい…』
ハフヒーホはドーキンズの助けを借り、ローレパンネルを徹底的に指導した。最初は怯えて泣いてばかりいたローレパンネルは、次第にハフヒーホに従順となり、騎士としての才能を伸ばしていった。ハフヒーホは常に“ジャムピエール一家は敵!全部叩き潰せ”とローレパンネルに叩き込ませ、常にジャムピエール一家に見立てた人形を攻撃させた。
そして、十五歳の誕生日を迎え、叙任の儀式を経てローレパンネルは正式に騎士として戦うことができるようになった。儀式を済ませた後、ハフヒーホはローレパンネルにこう告げた。
『ローレパンネル。これを持ってお前は正式に騎士となった。今からお前は、ジャムピエール一家を滅ぼすのだ。まずは手始めに長男のアンパルスを叩き潰せ!』
そして今日、ハフヒーホは行動に出たのである。
『ローレパンネルよ。アンパルスは昼になる前には必ず領地内を見回る。倒すならその時だ。必ず探し出して息の根を止めよ。良いな!』
『はっ!』
『では、健闘を祈る。行け!ローレパンネル』
ローレパンネルは、白馬に乗って城を出た。




