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大江戸転生物語  作者: 右尾ミロ
第一章:天使の産まれた家
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第弐話:天使と名付けられた童(わらべ)乳を飲む

三度変更を余儀なくなりし候。

面目なし!

 千代田城より田安御門をくぐり、飯田町を抜けて小石川御門を出れば前方に御三家の水戸徳川家の上屋敷が見えてくる。

 この屋敷の敷地は八万七千坪あまりの広大なモノで、現在の後楽園や東京ドームなどが建つ一帯は全てが水戸徳川家に与えられた土地であった。

 水戸家の屋敷から視線を左に転じると、そこには長屋門を有する旗本屋敷が数軒並んでいる。

 江戸時代において人々の生活の様式は家屋敷の造りから(まげ)の結い方に至るまで、様々なものがその者の身分により決められていた。

 長屋門が許されるのは各大名家や上級武家だけであり、これらの屋敷の主が高禄を()む身分高き武家であることが分かる。


 小石川御門から見てこの屋敷並びの一番手前にあるのが、神代家に与えられた屋敷である。 

 神代家は三河徳川以来の譜代家臣であって、安房国安房郡に三千六百石もの所領がある。小石川に二千坪の土地を有し、家格も知行高三千石を超える寄合席にあたるので大名家の屋敷のように神代家の屋敷の造りは『政務を行う表と家族が生活する奥』とのふたつに分けられている。




 そんな神代家の屋敷の『奥』の一室に一人の赤子が寝かされている。

 

――どうやら俺がいるのは武家の屋敷みたいだけど、一体どうなってるの?


 こんなことを赤子が考えているのは信じられないことだが、事実この布団に寝かされている赤子が頭の中で考えたことだ。

 

 赤子の姿をした男の名前は山田総一朗、西暦2014年の夏に交通事故に遭って病院に入院していた。

 病室の生暖かさにじんわりと汗をにじませて眠れない夜を過ごしていた彼は、不意に激しい頭痛に襲われたのでなんとかナースコールをしようと手を伸ばしたところまでは覚えているのだが、ゆっくりと目を開け気付いてみると赤子になっていたのである。


――俺は26歳で、親からタバコ屋を継いでのんびりと暮らしていた……よな?


 赤子が寝かされている部屋は四方が襖に仕切られた六畳間で、庭に面した襖だけが明かりを入れるために開け放たれている。

 だがおかしなことに、赤子の目に入る光景は彼が想像していた武家屋敷の日本庭園ではなく、どう見てもそれは『畑』であった。


――さっき俺を見に来た人は侍と武家の女性といった人だったのにどうして庭が畑になってるんだろう?

考えられるのは、どこか田舎の土豪の家、江戸に暮らしていても生活が楽じゃない御家人の家、実は江戸時代とか全く関係ない異世界?


 小さな手を揺り動かし「だ~だ~」とあどけない声を出していると、廊下の先からしずかな足音が聞こえてくる。

 赤子の前へとやって来たのは十五~六の娘で、簡素な矢絣の着物を着ている。


「あら天使丸様、お早いお目覚めで御座いますね。

 先ほどまでぐっすりとお眠りでございましたのに、よねが離れている間にお起きになられたのでございますか?

 でしたら、お泣きになって知らせてくださいまし。天使丸様が起きている間によねが離れていたと奥様がお知りになったらお叱りを受けてしまいますから。

 さあ、お乳をあげますからね~」


 よねは『天使丸』と呼ばれる赤子の乳母である。

 身分ある家の女性が子供の世話などの雑事を自分でするのはよろしくないとされ、よねのように子供を身篭(みごも)ったが流産してしまったり、病気で亡くした女性がまだ母乳が出ている間に乳母として働くのはよくあることだった。


「天使丸様はほんによくお乳をお飲みになりますね、あたしもなんどか舐めたことがあるけどそんなにおいしいものだとは思いませんでしたよ」


――そりゃ美味しいものじゃないけどさ、乳首に吸い付くという行為がなんだか楽しいんだよな


 母乳の味は女性の食生活の影響が強く出る。

 生臭いものを食べれば、生臭い乳が。

 脂濃いものを食べれば、油っぽい乳が。

 子供の体調を左右するのは母乳の栄養にかかっていると言える。


「お殿様やお兄上さまたちもお体が大きいですから、天使丸様もいっぱいお乳を飲んで大きくなりましょうね!」


――うぐうぐっ、今日は何だか魚の味がするでござる






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