第壱話:天使、生まれる
――享保元年(1716年)
将軍徳川家継の死去に伴い、新たに徳川吉宗が八代将軍として武家の頭領の座についた。
しかしながら、この物語の主役は大人気の暴れん坊ではない。
――江戸 小石川 神代忠時の屋敷
「と、と、との~~!!!!」
禿頭で小柄な老人がドタドタっと廊下を踏み抜かんばかりに駆けている。
この年老いた男の名は里田庄三郎という、神代家の用人をかれこれ三十年ほど務める実直な老人である。
目当ての場所まで着いた庄三郎は、力強く障子戸を開けた。
「う、う、産まれましたぞ!」
老人が入った部屋は六畳ほどの数寄屋造り。
そこには四十代くらいであろうか髷に白髪が覗ける男性が廊下に背を見せ端座していた。
「これ庄三郎、そう大きな音を立てるでないわ騒々しい。
それで、奥も子も無事か?」
「はい!!立派な男子をお生みになられましてございまする。
産婆が申すには、伊代様もお子様もお体には異常は見られぬとのことでございます。
ささ、早う産屋の方へおいでくだされ」
殿と呼ばれた男は庄三郎に追い立てられ、出産のために設けられた離れへと赴いた。
離れには布団が敷かれており、その上には額をうっすらと汗で湿らせた女性が横になっている。
「伊代、でかしたぞ」
「お前様、わたくしもはじめての子ですゆえ無事に産まれてくるかと心配しておりましたが、なんとかこうして無事に務めを果たすことが出来ました」
伊代はそう言うと自分の隣で産婆に抱かれる小さな赤子を見た。
「おお、いい子じゃ。わしがそなたの父の神代忠時じゃ~。
伊代、こやつそなたに似て良い顔立ちをしておるではないか」
忠時は嬉しそうに赤子を覗き見ながら伊代に言った。
「そうでしょうか?わたくしは目鼻立ちが亡き義母上に似ておるように見えます」
「そうかそうか、うむうむ。
豪壮なる神代家の武の血が流れ、更に今は亡き母上の実家の櫻井家の美貌という良い所をも受け継いでいると見える。
恥ずかしながら長男も次男もわしに似たのか図体ばかりで武芸はさっぱりじゃし、それに前妻の亜紀に似てしまって面相も褒められたものでもない。
この子には文武両道の士になってもらいたいものよ」
この日神代家に四人目の子供が誕生し、それから数日後に幼名を『天使丸』と決められた。
後日親戚や知人に対して天使丸のお披露目が行われたのだが、あまりにも泣かないために周囲を心配させることもあった。
だが両親や兄弟、乳母や家臣が声をかけるとそちらをじっと見ていることがあったり、時折質問に応えるように頷いたりと、あるものは「聡明そうですな」と褒め、あるものは「気味が悪い」などと感じたりもした。
彼の正体は享保の世ではなく、平成の時代を生きそして死んだ男性。
そう『転生者』なのであった。
この物語は現代よりおよそ三百年前、
日本を侍が統治していた時代のお話。




