カプチーノはいかが?
その後、私はなんとか帰れそだと思える程の雨になるまでしばらく時間がかかりそうに思えたので、とりあえず今まで一度も入ったことのないコーヒーの店「レトロ」に雨宿りがてらコーヒーの一杯でも頂こうかという結論に至った。
店内に入ると、入り口のドアに付けられた小さな黄色の鐘がからん、からんと音を立てた。
年代物なのか、それとも雨のせいだろうか、その鐘は多少錆び付いた音を奏でていた。
店に入って最初の印象は、中世のヨーロッパ風味、といえば伝わるだろうか、店内には落ち着いたジャズミュージックが流れ、カウンター越しの長いテーブルが、良く映画の西部劇で出てくるバーのイメージに近いものがあった。
カウンター以外の他の席もアンティークに包まれ、正にレトロな雰囲気を醸し出していた。
何より、一番驚いたのはおそらく店長であると思われるが、その店長の風貌である。
年の頃は45〜50歳くらいだろうか。白髪交じりの髪の毛、一度見たら忘れられないだろうというくらいの特徴的な顎髭。
本人にとってはそのつもりはなくても、この人のトレードマークなのだろうと観た人を納得させる存在感がある。その大柄な体には中々に不釣合いなエプロン姿は、なんとなく親しみを与えてくれる。動物に例えるなら、失礼ながら熊といったところだろうか。
「いらっしゃい」
熊がしゃべった。いや、もとい、正確には店長が私に対して喋ったのである。
改めて辺りを見回すと、私の他に客はいなかった。
ということは間違いなく私宛てに向けられたいらっしゃいであることが分かった。
私はとりあえず、カウンター越しの一席にちょこんと腰をおろした。
「初めてのお客さんだね」
「あっ、ハイ」
「あんまり君みたいな年頃の子はここには来ないから、もし君みたいな可愛い子が来てたなら忘れるはずはないからね」
熊さんはなかなかに饒舌な方だった。こういった商売柄、そうなってしまうものなのだろうか。とりあえず、その大柄な風貌とはいささか不釣合いに思えた。
「ご注文は何になさいますか」
「あ、えっと、何にしましょう」
熊店長(仮)はハハハ、とやっとその風貌に似合ったガサツな声で笑った。
「では、当店ご自慢のカフェ・カプチーノはいかがでしょう」
熊店長は張り裂けんばかりのナイススマイルで言った。
「じゃあ、それにします」
私は熊店長に勧められるままにカフェ・カプチーノを注文した。ちなみにカフェ・カプチーノがどういった感じの飲み物であるかはよく分からなかった。
熊店長は慣れた手つきでコーヒーを入れていた。その様はどうしてなかなか、カッコいいものだった。
「お待ちどうさまでした」
熊店長はそう言って私の前にそっとカフェ・カプチーノと呼ばれるらしい飲み物を置いた。コーヒーの上に泡立てたミルクが乗っかっている。私は先程まで雨に濡れ、体が冷えていたこともあったので、さっそくこの未知の飲み物を飲んでみることにした。
「あ、これおいしい」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。私の拙い感性ではこのコーヒーのおいしさを上手に表現できないことが悔やまれるが、とにかくコクがあるというか、まろやかというか、とにかく私が今まで飲んだどのコーヒー(といってもせいぜいインスタントくらいだけど)よりも美味しかった。
「旨いだろ〜」
「美味しいです」
お世辞ではなく、本気でそう思った。
「それは良かった」
私はしばし始めて飲むカフェ・カプチーノの味を楽しんだ。残り少なくなってくると名残惜しくなってきた。
それほど私にとっては大きな感動だったのだ、このコーヒーは。そして私はコーヒーを飲み干した直後、重大な失敗に気付くことになる。