ダッシュ
「なんでって、PUMAが一番カッコいいからかな、他にもナイキとか、アディダスとかあるけど、やっぱPUMAが一番早くて、スポーツマンって感じで、カッコいいからかな、良くわかんないかも知れないけど、そういうこと」
言っている意味がよくわからなかった。
特に一番早くて、という下りが意味不明だったが、とにかくお気に入りであるらしいことは良く分かった。
私はスポーツタオルで顔や髪を拭った後、洗って返しますと、一応礼儀正しい対応をしたが
本音をいうと、それはちょっと面倒くさいという気持ちがあった。
「ああ、いいよ、そのまんまで」
じゃあ、お言葉に甘えて、といった具合で私は彼に幾分かの水分を含み多少元気なくふやけ気味になったPUMAのスポーツタオルを返した。
「ここの店、入ったことある?」
このタイミングで初めてこのお店の話が出ました。
いうまでもなく雨宿り専門のお店ではない。店の入り口にある看板を見ると
「コーヒーの店レトロ」
と書いてある。どうやらこの喫茶店の名前はレトロというらしい。
確かに名前のとおり、概観は古ぼけて、といったら失礼だが、良く言えばどこか懐かしい感じでもあり、趣を感じさせる作りになっている。
「……」
突然、男は何かを深く考え込んでいるような神妙な顔つきになっていた。
「あの、どうしたんですか」
私はまるでつい1分前までとは別人のようなその顔を見て、思わず尋ねた。
「うん、いや、なんでもないよ。あっ、ぼちぼち雨が弱くなってきたね。これならなんとか帰れそうだ」
確かに先程までと比べれば多少雨は弱まっていたが、依然として結構な量が降り続けており、なんとか帰れそうだ、という結論を出すにはいささか時期尚早ではないかと思えた。
「じゃあ!縁があったらまた会おう」
そういって彼は降りしきる雨の中を、背中にプリントされたPUMAのごとく全力疾走で駆け抜けていった。
私はその背中をしばらく呆然と見つめていた。果たして私は彼と縁があるのだろうか。