雨宿り
私は多少動揺したが、念のため顔を確認したところ私の記憶している限りでは面識がなかったので、軽く無視をして早く雨脚が弱まるのを願った。
「雨の野郎、行き成り降ってきやがって、畜生」
男は独り言とも私に対する会話ともつかない台詞を吐いた。
その台詞に対して何か相槌を打つべきなのか、それとも独り言なので無視するべきだろうかという狭間で私が迷っていると
「君も雨宿り?」
と今度は間違いなく私に対する問いかけであるということが確認できたので私は答えた。
「そうなんです、いきなり降ってきたので、ビックリです」
本当はもうすぐ降ってくるだろうという予感はしていたけれど。
「空が愚図ついてたからなぁ」
男は良く見るとなかなか整った良い顔立ちをしていた。
雨に濡れた髪の毛がより一層彼の端整な顔立ちを引き立てているようだった。
「君は、この辺に住んでるの?」
突然男は身の上話を始めた。
雨も全く止む様子が無かったので、しばらく私は雨宿りの神様が偶然生んだこの出会いを楽しむこととした。
「ハイ、ここから歩いて10分くらいの所に住んでます、あの、あなたはどちらに住んでらっしゃるんですか?」
全く同じ質問を聞き返すというのは初対面の探りあいの段階ではよくあることで、決して私のボキャブラリーがないというわけではないということをここで声を大にして言っておきたい。
「いや、オレは隣町に住んでるんだ。一人暮らしさ。今は大学に通ってる」
「大学生なんですね、何年生なんですか」
「今二年生、といっても、一浪してるから、年は二十一なんだけどね」
「でも、もっと若く見えますよ、最初見たとき私と同い年くらいなのかなと思いましたもん」
「確かに顔が子供っぽいってよく言われるよ」
「子供っぽいっていうか、その…カッコいいと思いますよ、凄く」
良く分からないキレの悪いお世辞が彼にとってツボだったのか、彼は目を丸くさせて苦笑いを
浮かべた。
「君みたいな可愛い子にカッコいいって言われるとは、今日はいい日だな。ここに雨宿りにき
て正解だったよ」
というと、彼は持っていたスポーツバッグからPUMAの大きなスポーツタオルを取り出し、
私に差し出した。
「風邪引くといけないから、使って」
私は一瞬戸惑いながらも、どうも、と小声で感謝の意を表しそのタオルを受け取った。
良く見ると、彼の服装は上から下までPUMA一色で、黒のPUMAジャージにPUMAのス
ポーツバッグ、チラッと見えたソックスもお馴染みのピューマの走っている絵がプリントされているのが見て取れた。
「PUMA、好きなんですか?」
それだけPUMAで全身を固めておいて嫌いということはないだろうと思ったが、気になったので一応聞いてみた。
「あぁ、コレ、オレのこだわり。PUMA以外は基本買わない」
「なんで?」
咄嗟に出た言葉がタメ口になってしまい私は少し焦ったが、彼はそんなことはおかまいなしといった口調で語りだした。