プロローグ
おいしいコーヒーの入れ方
二月も中旬に差し掛かったものの、まだまだ外に出ると肌寒く、私は最近買ったお気に入りのグレーのマフラーを巻いて外に出た。
空にはあまりおだやかではない色をした雲が幾重にも連なってふらふらと泳いでいたが、別段遠出するわけでもないので、私は傘を持たずにそのまま家を出た。
慣れ親しんだ街の通りも今日は愚図ついた空模様のせいか心無し元気がないように見受けられた。
ふと、何かに勘付き、道路の脇から力なく飛び立った小鳩を見て、雨、もしかしたら降ってくるかもしれないなぁと今更ながら傘を持ってこなかったことを悔やんだ。
ぽつん、と鼻の頭に滴が触れる感触があった。
郵便局までは歩きで片道十五分から二十分程かかるのだが、どうやらこのままでは私が家に帰るまで天気の方はもってくれそうにない。
母親から預けられた封筒と自らの父へ当てた手紙をポストに入れた直後、大粒の雨が街に注がれた。
私は濡れるのを覚悟で走って家路に着こうとしたが、日頃の行いが悪いのか、いかんせん雨脚が強くなり、仕方なくたまたま目に入った一度も入ったことのない喫茶店の前で雨宿りをさせてもらうことにした。
ポケットからハンカチを取り出し、顔を一通り拭うと、ハンカチはもうこれ以上の水分は吸収不可能です、といわんばかりにびしょびしょになって教室を掃除し終わった後のボロ雑巾のようになってしまった。
はぁ、と深いため息をつき、私は雨が弱くなるのを待った。
あまり長く店の前で立ち尽くしているのもばつが悪いし、店の人にも不審がられるだろう。
そして何よりこの店に入ろうとしているお客さんとすれ違うのがなにより気まずい。
なんてことを考えている内に、店内からコーヒーの心地良い香りがここまで匂ってくるのを感じた。
匂いを嗅ぐ事に限ってはプライスレスなので、私はその香りにしばらく鼻を預けていた。
そのとき、郵便局の方角から男の人がバタバタと傘も差さずに走ってくるのが見えた。ははぁ、どうやらあの人も私と同類だな、と思うと、何故だか軽い親近感が沸いてきた。
特に他にやることもないのでその人のことをじーっと観察していたら、その男は私が軽い親近感を抱いたことを悟ったのだろうか、私のほうに向かって(正確にはこの喫茶店に向かってだと思われる)ドタドタと走ってきた。
そして、私の目の前でストップし、
「ふぃー、参った参った」
と、かなり参ったご様子で肩で息をしながら呼吸を整えていた。