勇者のトキ
人間はいつだって矛盾している
冬弥はいつも考えていた。
世界は犯罪や悪意で溢れ返っていて人間は平和を大切だと唱える
けれど人間は世界を平和にするためには戦争をなくすべきだといいながら、最も近くにある
苛めや暴力という問題から常に目を背けている
自分が巻き込まれるから、自分には関係のないことだから、他人がどうなろうと自分には
関係のないことだ……自分の身を削っても平和をきづこうとするような勇気のある人間はいない
冬弥という少年はそんな考えを持つ、実に消極的で暗い性格の持ち主だ。学校や塾でもあまりしゃべることもなく、友達もお世辞にも多いとは言えない。塾の帰り道もにぎやかな街から遠い、家までの暗い夜道をいつも一人で帰っているような少年だった。
冬弥が数人の若い男達に人通りの少ない路地裏に連れ込まれたのはつい先ほどのこと。
塾の帰り道、いつも通り商店街を帰っていた冬弥はいつの間にか彼らに囲まれていた。周りの大人たちは冬弥のことを憐れんで見ていたり、自分が絡まれなかったことを安堵しているような表情をしていた。
冬弥は自分を助けようとしなかった彼らを軽蔑したりしない。
自分達も知らず知らずのうちに彼らと同じことをしているとわかっているから。
それは一つのあきらめで、こんな世界に生まれてしまった自分が悪いんだという何とも無気力な考えだった。
「で、お前どこの誰だ? 」
路地に連れ込まれた後先頭を歩いていた男が振り返り品定めするかのように質問を始めた。
初めて出会ったであろう男たちに急に連れ去られ、何をされるのかと思った矢先に「お前誰だ?」
などと意味不明な質問された冬弥はおびえながらも精一杯の力を振り絞って質問に答え始めた。
「あの… 、滝崎冬弥… です」
「どこの所属だ? 」
「…所属? 」
何のことか分からず分からず戸惑っていると痺れが切れたのか、そばにいた男が掴み掛ってきた。
明らかに怒っている様子のその男は大声で怒鳴り始める。
「しらばっくれてんじゃねぇよっ、 お前もどうせあいつらの回し者だろうが! 」
男は冬弥の首元を掴むとぐっと手に力を込めて冬弥を宙吊りにした。人間ではありえないような力に驚きながらも、首を掴まれ呼吸もままならない冬弥の意識は確実に奪われていく。男はそれでも力を緩めることはない。ものすごい力で自由を奪われ、もう少しで意識が途切れる、そう思ったとき男の力が急に緩み冬弥は地面に叩きつけられた。
「おいおい、何勝手に殺そうとしてんだ? ”赤鬼”」
軽い口調とともに現れたのは一人の男だった。男は整った顔立ちをしていて、ホストのような格好で胸ポケットに一輪のバラを指していた。男が現れた瞬間辺りの空気が緊張につつまれ、さっきまで興奮していた男も冷静を取り戻している。
「”火竜”さん……」
「なに寄ってたかって小さな子供苛めてんだ? 」
火竜と呼ばれた男は軽い足取りで男達の間を抜けていくと冬弥の前でしゃがみこんだ。
「なっ、よく見ればこんな可愛娘ちゃん捕まえて…… 女の子は丁寧に扱わなきゃダメだろ? 」
そう言うと今度は片足をたてて冬弥に手を差し伸べながらキザっぽく一言
「怪我は無いかい? かわいい御嬢さん」
周りの空気が凍る… 男達はキザ男の寒さに凍りつき、冬弥は急に出てきた勘違いキザ男によって頭が混乱して喋りだせない。そのことを恥ずかしがっている、と解釈した男はさらにモーションをかけ始める。
「こんなところで出会えたのも運命に違いない、よかったら僕と一緒に夜の街をランデブーしませんか? 」
胸に刺していたバラを差し出しながら、誰も止めないことをいいことに喋り続ける男、質問攻めに合う冬弥は喋ることもできずただただ混乱していた。そのとき、いち早く回復した赤鬼と呼ばれる男がようやく慌てて止めにかかった。
「待ってください火竜さん! 」
「まだこいつの正体が分かってません、うちの登録にはいなかったんでもしかしたら機関の奴らの罠かも… 」
「あぁ… そうか、まぁでもうちに登録されてないってこと確かなんだな? 」
赤鬼に諌められながらもなおも男はにやにやとした軽い口調で返答する。
「じゃあ、とりあえずこの子は”仲間じゃない”ってことだな」
少し声のトーンが下がった気がり男は考えるようにうつむいた。
「なら…… ”喰っちまっても”問題ないわけだ…… 」
「え? 」
男の口調が急に変わり、それと同時に周りの空気がズンとのしかかってくる。さっきまで夜で寒いと感じていた風が今は少し生暖かく感じた。
瞬間、男の身体はみるみるうちに巨大になり、おとぎ話に出てくる様な空を覆う2枚の翼をもつドラゴンとなった。地面のコンクリートは熱と重さに耐えられなくなったのかひび割れ、巨大な口からは鋭い牙がのぞき、ギラギラとした黄色の目がこちらをしっかりととらえている。
感じたことのないほどの圧倒的な恐怖を前に冬弥は立ち上がることもできず、目の前にある信じられない現実をただただ見つめることしかできなかった。
巨大なドラゴンが周りの建物を震わすような怒号を上げ、冬弥を喰らわんと襲い掛かってくる。
さっきまでいた男たちはすでに逃げてしまったようだ。助けを呼ぶこともできず、冬弥はこの世の理不尽さを肌で感じていた。ドラゴンの牙が迫り冬弥が恐怖して目をつぶったとき、時が止まったかのように時間が長くかんじ頭の中で男の声が聞こえた。
『助かりたいか? 』
何者か分からない声が頭の中でこだまする。
『死にたくないんだろう? 』
死ぬ、こんなところで? 世界は腐っている、理不尽なことばかりだと理解している。
でも…… こんな意味の分からない死に方なんて嫌だ!
『ならば言え… 今を生きるために、俺を受け入れろ! 』
冬弥は今ある力を全て振り絞って命いっぱい叫んだ。
「僕は… 生きたいっ!」
すると、喰われそうになる寸前で冬弥の身体が急にひかり始め、その光が冬弥に襲い掛かっていたドラゴンの吹き飛ばした。吹き飛ばされながらもドラゴンは宙で体制を整え冬弥からしっかりと視線を離さない。自分を吹き飛ばすほどの力に少しの戸惑いを見せるが強者としての誇りがそれをすぐにかき消し獲物を見据える。
光が収まりかけ冬弥が見えかけたとき、ドラゴンが動いた。太い大樹の根のような尻尾を振り回し、冬弥めがけて叩きつけた。周りの建物を破壊しながら迫る巨大な尾被害を受けた建築物は音を立てて崩壊していく、しかし、光に包まれた冬弥はそれを片手で受け止めた。
「たかがドラゴンが粋がってんじゃねぇよ!」 ドスの利いた普段の冬弥からは考えられないような言葉づかい、雰囲気、今の冬弥はまさに別人だった。
異変を感じとったドラゴンはすぐさま冬弥にくらいかかろうとした、が… いつの間にか手にしていた飾りのほとんどない銀色の剣、それを使い冬弥はドラゴンの胸を突き刺していた。
苦しそうなうめき声をあげ、急所を貫かれたのかドラゴンは力なく倒れていく、ズシンと重量感のある音を立て動かなくなったドラゴンから冬弥は剣を引き抜いた。
「相手が悪かったな、おめぇじゃ俺には勝てねぇよ… 」
冬弥を包んでいた光が徐々に収まっていく。
「俺は、勇者だからな」
そう言うと冬弥は意識を失った。