女勇者のさらい方
歴史上、初めての女勇者。
そう聞くと、大陸中が沸き立ちそうだと思わないか。
平民の出身、騎士団の誰より華奢で美しい女性が、身の丈ほどもある勇者の剣を振るう。
まるで、童話で語られる戦女神だ。
────でも。俺が知る彼女は、ただひたすらに孤独だった。
神託により招集されたのは、平民の女の子。
騎士団長、大神官、魔法使いの俺をメンバーとして、復活した魔王の再封印のため旅立てと言う。
扱えてしまったのだ、彼女は。
勇者にしか手にできない宝剣を、軽々と片手で。
民は沸き立った。何なら、俺たちパーティーメンバーも沸いた。
だって、すごいだろう。華奢で平凡な女の子が、無表情でバタバタと大の男たちをなぎ倒していくんだ。
訓練なんかするより前から、彼女の強さは圧巻だった。
数千年ぶりの魔王復活のせいで大陸は翳り、国は荒れ、人が死に、村が消える。
そんな中、大歓声と共に俺たちは旅に出た。
最初の頃は、よかったんだ。魔物や魔族を倒し、人々を救うたびに、勇者とその一行は称えられた。
目に見えて国の空気が澄み、傷だらけの俺たちもまた心を奮い立たせ、ついに魔王を倒した。
封印じゃない。倒したのだ。これ以上の功績はない。
もちろん、最後の一手は勇者によるもので、彼女は身を投げ出してまでやり遂げた。
けれど。
勇者というのは、旅が終われば、夢物語の英雄でしかない。
大怪我を負った勇者が不在の夜会で、囁く声がする。
『勇者は魔王に腹を裂かれたらしい』
『子が孕めぬなら、王子の報奨にもなりはしない』
『男の中に女一人、いい思いをした報いだろう』
耳にした騎士団長は咆哮の勢いで怒鳴り、大神官は神の御前に駆け、俺は────彼女の隣に戻った。
誓って。俺たちは、女神ラルキスに誓って。真摯に神託を遂行した。
疚しいことなど何もない。そんな暇が、そんな余裕がどこにあるというのか。
魔物だらけの道のりで、魔族の不意打ちを警戒して、夥しい数の罠をくぐり抜けて。
何度死にかけたか、何度仲間を失いかけたか、想像すらしないのか。
憤りよりも、なんというか、虚脱感が苛んだ。
────なあ。勇者。もういいんじゃないか。
俺は、俺たちは、きみの名前すら知らない。年齢もわからない。
ただきみはリーダーとしてそこにあり、確かに俺たちを導く立派な勇者だった。
きみを尊敬する。
きみは、もう解放されるべきだ。
わたしは子を成せぬからな。
そう、彼女は嘲笑う。諦めたように、でも強い生命力を宿した瞳で。
旅が始まった頃は、もっとあどけない喋り方をしていた少女は、勇者という立場を求められ続け、長い年月をかけて甘さを削ぎ落としていた。
魔王にトドメを刺すため、彼女は己の身を囮にした。
その命と引き換えるつもりだったのは明白だった。
騎士団長の適切な応急処置と、大神官による上級治癒魔法と、俺の継ぎ接ぎの魔力譲渡。
意識のないまま王都に戻った彼女は、丸ふた月眠ったままだった。神官総出の治療が施されてようやく、目を覚ましたのだ。
「だから何だと言うんだ。王子との結婚が報奨などと、ふざけたことを」
吐き捨てた騎士団長は、すでにその立場を辞して、ただのルスターだった。
「あなたは素晴らしい。生きていてくれてよかった」
大神官アドニスは、涙を堪えられないようだった。
俺は────
「…………」
何が、言えるというんだろう。
彼女が誰より勇敢なことなど、とうの昔に知っている。素晴らしい人であることも。
ひたむきで、まっすぐで、少し不器用な。
「……あんたは、ただの女の子だよ」
初めて会った時から。今もずっと。
こちらを見る翡翠の瞳に、困惑が揺れている。
見失ってはいけないだろう。きみは。
「変わらず、ただ一人の女の子だ」
静かな嗚咽が、胸に鋭く刺さった。
何が言えるだろうか。
あの日から、俺はずっと考え続けている。
つまり、俺は彼女に伝えたいことがあって。
戦いが終わったら、魔王を倒して無事に帰ったら、必ず言おうと思っていたことが、あって。
だけども。
今、傷ついた身体でさらに傷を受ける彼女に、言える言葉はあまりに少なくて。
褒賞として抱えきれないほど莫大な資産を得た俺は、それでも、彼女にあげられるものがないと、途方に暮れている。
野花や小鳥を愛でる彼女に、高価な物を差し出すほど、愚かではないつもりだ。
だから。
傷がそれなりに癒えて、絶対安静が解除された日。
目いっぱいの勇気を──それはもう、魔王と対峙するよりも大きな勇気を──振り絞って。
俺は、彼女に手を差し出した。
キョトリと目を瞬かせる彼女に、頑張れ俺、と震える膝を叱咤する。
「花のアーチがあるよ」
あ。間違えた。いやいや、勢いは大事だ、このままいくぞ。
「赤い屋根の、小さめの平屋。庭にちっちゃい池と、白石の歩道と、緑の垣根」
驚きに見張る彼女の翡翠の瞳が綺麗で、そうだよ、と頷く。
いつだったか、束の間の休息の時間に話したよね。
戦いが終わったら、平和になったら、どんな暮らしをしたい?
「お隣さんは、徒歩三十分。でも、俺の転移魔法でどこでも行ける。……そんで、入り口は、花のアーチ」
可愛らしい夢だなと、ほっこり笑いあった日は遠い。
だけど、ちゃんと覚えている。きみとのことなら、何だって。
「一緒に帰ろ。俺、きみが大好きなんだ」
いつから、なんて知らない。きっかけもわからない。
ただ、もうずうっと。ずーっと前から、俺は彼女のことばかり追いかけてきた。
「ただの女の子のきみと、俺。案外いいと思わない?」
国は、勇者一行が今後も政治的に大きな役割を担うことを期待してる。
でもさ。もう、充分やったと思うんだよ。もう、いいだろう。
「きみを攫ってもいい?」
息を潜める元騎士団長と大神官は、目を閉じて聞かない振りをしている。いい奴らだ。
頼むよ。頷いてほしい。そんで、この手を取ってよ。
生涯、勇者の宝剣を身に秘めるきみを、俺は俺にできる精一杯で守るから。
ほっそりとした小さな手が、震えながらそっと触れる。
ドキンッと大きく胸が跳ねた。
「…………さらわれたい」
よっしゃ。思わずぎゅっと強く握りしめた手は、まだ震えていて。冷たくて。
大丈夫、大丈夫。元々平民の俺たちだ。あたため方くらい知っている。
逃げたいと言ってくれたことに安堵して、俺はそのまま、転移魔法を発動させた。
早く。早く、俺たちの家へ帰ろう。
それで、ずっと言いたかったことを。
『改めまして、俺はイグル。きみの名前は?』
お粗末様でございましたm(*_ _)m




