婚約が嫌で追放された聖女の復讐
「さあ、こちらです。ユーディリナ殿」
全身銀の鎧を纏う騎士様に案内され、宮殿内を足早に歩く。
片田舎から荷馬車に揺られ、到着早々のことだ。
騎士様は忙しなく目的地へと歩みを進める中、この宮殿内の風景には私も少し考えに耽る部分があった。
かつての職場でもあるのだから、当然と言えば当然なのだが。
「この部屋です。こちらにエリオット様がいらっしゃいます。殿下は急を要する状態につき、何卒お力添えをよろしくお願い致します」
「ええ、承知しておりますわ、ハルゲン殿。全力を尽くすことをお約束致しましょう」
当たり前のように訪れていたこの宮殿も、今となってはもう縁遠い場所だと、そう思っていたのにね。
私はハルゲンに促されるように、部屋の中へと入室していった。
先日、私は追放されました。
とはいえ、国を追い出されたとか、そのような大々的な話ではなく片田舎の地方へと、いわば左遷のようなものですかね。
当時、このヴィトリア王国での筆頭聖女として、絶対的な地位を有していた私に対して、忌むべき者がいたのでしょう。
と言うのも筆頭聖女になれば、次期国王最有力候補との婚約が決まる。
これはヴィトリアの長い歴史の中で、続けられてきた伝統だった。
当然ながら筆頭聖女になった者で、婚約を断った人は誰もいない。
殿下と婚約が決まれば、将来は安泰。
やがては王妃として、他の者たちからは羨望の眼差しを向けられることだろう。
そのため、同じ聖女として筆頭と呼ばれる存在になるために、努力を積み重ねてきた者たちから疎まれていたことも理解できる。
しかしだ。
それは同性——つまりは聖女に限った話だけでもなかった。
次期国王候補である殿下からしても、ヴィトリア国王の座を得るには、筆頭聖女との婚約が必須となるということ。
王になるからには、婚約相手の選択権はない。
それでも、殿下には意中のお相手が存在する。
どちらかなんて選べない——それならばと。
殿下は自らの権力を誇示し、私にあらぬ疑いをかけて、片田舎の教会へと左遷という形で追放しました。
それに伴って、空席となった筆頭聖女の座には彼が常に目をかけていた女性を配置。
晴れてお二人はこれから婚約を結ぶ流れへと、なっていくことでしょう。
だけどそのようなことをせずとも、私としては殿下との婚約に全くと言っていいほど興味はありませんでした。
正直、断ろうとすら考えて、それで筆頭聖女を降ろされることになったとしても本望であると。
左遷された身とはいえ、村の皆様は私を歓迎してくださり窮屈だった王都に比べて、とても開放的で居心地の良いゆったりとした日々を送っていました。
そんな中で私は突然、再び王都へと駆り出されることになっていた。
「——うぅ……ううぅ…………ッ! ユーディリナッ! 貴様ここに何しに……ッ!」
「殿下! 動かれては余計痛みに苦しむだけです! 安静にしてください! ユーディリナ殿はあなたの容態を診てもらうためにお連れ致しました」
「要らぬ。そんな者は必要なッ…………うぅ………」
ここは王都にある宮殿内部、第一王子エリオットの自室。
私を見るや否や、真っ先に状態を起こし敵意を向けるエリオットだが、そく床に臥す。
従者に宥められ手厚い看病の下、皆が一様に献身的に動いていた。
「ユーディリナ殿、いかかでございましょう? 数日前からずっとこのような状態なのです。医者に診てもらっても原因は分からずじまいで……」
しばらくの間、エリオットの様子を観察していた私に、ハルゲンは不安げな表情で恐る恐る尋ねていた。
まあ心配なのは分かりますが、ちょっとは待たれなさい。
観察を続けているうちに、彼が患っているものの正体について、ある程度は把握できた。
「ふーん、なるほど。エリオット殿下は呪いにかかっているようですね」
「呪い……ですか? それは一体……?」
「誰かの悪意によって、意図してこのような苦痛を味わわされているということです。病ではありません。エリオット様も敵の多いお方だ。心当たりくらいはおありでは?」
「——それは…………」
ハルゲンは私からの問いに言い淀む。
心当たりがあるのかないのか、この表情は前者かな。
どうやら思い当たる節はあるようだった。
派閥やら王位継承権やら、様々なしがらみによる争いは表にならないだけで、裏では数多く存在するのでしょう。
ああ、大変だぁ。
「このままだと衰弱し続け、やがては命を落とすこともあり得る」
「そ、そんな! ユーディリナ殿。呪いというのは治せるものなのでしょうか?」
「治すことは可能でしょう。しかし私に頼むよりも、新たに筆頭聖女になられたシエスカに頼むのが道理ではありませんか?」
私からの指摘に、この場にいる者全てが同じように渋い表情へと変わる。
「シエスカは、消えた。俺を……祈りで治そうと、彼女が……白い光に包まれた瞬間、気づいた時には……いなくなっていた…………」
微弱な声量で、風前の灯のエリオットは語った。
恐らくは呪いが強力だったことによる弊害。
シエスカ本人の技量が足りず、聖女の力を使い果たした彼女は浄化されてしまったのだろう。
「なるほど。だから私はこうして呼ばれたと」
「それは……! ハルゲンが勝手にやったことだ! お前の力なんぞ、借りん……!」
「と、申されておりますが、ハルゲン殿。私は帰った方がよろしいか?」
「滅相もございません! 何卒、ご尽力を賜りたく存じます」
こうも露骨に煙たがられては、このまま放棄して帰ったとしても、誰も文句は言わないでしょう。
しかしハルゲン殿に、そこまでお願いされては断れぬというもの。
彼とは筆頭聖女の頃からの知り合い、何かと世話になっていた。
けれど、申し訳ないが聖女の力を実行するにあたり、一つの懸念が存在する。
「分かりました。しかし今の私は聖女としての力を思うように行使することが叶いません。これまでと手順が異なり、驚かれるかもしれませんがよろしいですか?」
「それはそれは、筆頭聖女を解任されたことと何か関係が?」
「無いとは言えないでしょうね。何か精神的な、自分でも理解し得ない現象が起こっているのかもしれません」
あなたのせいで私はスランプに!
なんて真っ向からは言いませんが、原因を作った本人は横になったまま微動だにせず、不貞寝していた。
「聖女の力を他者に与える際、これまでなら対象者を祈るだけで問題なかったのですが、今は物理的にしか送ることができません」
「物理的となると、エリオット様に触れれば良いということですか?」
さすがはハルゲン殿。
中々に的を射た回答ではありますが、今の私ではもう一歩踏み込まなければいけません。
「はい。ですがそれだけでは足りない。触れるだけでは呪いの根幹である深部には届きません」
「では、どうすれば……? どうしたらエリオット様は救われるのです!? 殿下がこの苦しみから解放されるのなら、私たちは何だって協力させていただきましょう!」
よし。
ハッキリと言いましたね。
言質はしっかりと取りましたよ。
動揺を露わにして、救いを求めるハルゲン。
何やかんやで、このロクでなしのエリオットでも、臣下たちにここまで慕われて幸せ者だな。
ならば、今度はあなたが応える番ですよ。
「なあに、簡単なことです。ユーディリナ最終奥義——聖女のビンタ。これを実行させていただきます!」
「ふ、ふざけんなッ! そんなの認められるわけ……イテテッ!」
もう手段を選ぶ余裕はないのでは?
本来ならグーの方が効き目は絶大なのだが、そこは王族の顔を立ててあげます。
私の平手打ちでも、十分な効果は見込めるでしょう。
「私が溜めた聖力を右手に集約して、直接エリオット様の顔面にブチかます。あなたが救われるには、もうこの方法しかありません」
「分かりました! ユーディリナ殿の言う通りに致しましょう!」
「はあ? ちょっと待てハルゲン! 俺は嫌だよ! ユーディリナに殴られるなんて!」
いえいえ、殴りませんとも。
ただビンタをするだけです。
それにこれは単なる暴力ではなく、医療行為に類するものと言って相違ない。
無論、手加減も致しません。
力を弱めることで呪いを解除できなければ、意味がありませんからね。
「殿下! 私はこれ以上、あなたが苦しみ続ける姿を見るのはもう耐えられない! それはこれまで殿下に、御身を捧げてきた従者たち全員の総意です!」
「——ハルゲン……」
「ではでは、この書類に一筆よろしくお願いします。一応私にも立場というものがありますから、念のためです」
「分かりました。では殿下サインを!」
「お前、やけに乗り気だな……」
「当然です。エリオット様の御身が第一ですから」
話を勝手に進めるハルゲンに対して、訝しむエリオット。
要約すると、"ビンタの弊害によって、後遺症を負ったとしても、責任は負いかねます"といった内容。
この一件で、逆に私の立場が危うくなるようなことがないようにと、自らの意思で救いを求めた、その証明としての契約書だ。
その後もエリオットは駄々をこね続けた。
呪いの解除が約束されるとはいえ、自らの手で追放した者にビンタされるなど、そのような屈辱は耐え難いものであると。
なら私はそれでも構いません。
サインをしなければ、私は何もしない。
こうしている間にも、呪いの進行は止まることを知らず、エリオットの断末魔が室内に響き渡る。
一時的なビンタによる激痛と、この先ずっと死ぬまで続く呪いの苦痛を天秤に——
後遺症は、まあ滅多にないでしょう。
そして従者たちの説得の甲斐あって、エリオットは遂に決断する。
「分かった、サインする。そのかわり約束しろ! 必ずこの呪いを解除すると……! もし失敗すれば、お前の首をはねる……!」
「言われるまでもありません。そこは聖女として、どんなに不調であったとしてもキッチリこなして見せます」
エリオット自らの手で、書面に名前を記す。
高らかに宣言しても、一抹の不安は拭えないようで、暗澹とした表情をしていた。
避けられないようにハルゲンと、もう一人の従者がエリオットを後ろから支え、しっかりと固定しながら上体を起こす。
「さあ、やれよ……なんか乗せられてる気が、しなくもないがな…………」
「エリオット様、一つ言い忘れておりました。そんな投げやりで、閉鎖的なお心持ちでは、せっかくのビンタも効力を半減させてしまう恐れがあります」
「——フン、下らん。この俺が……下民どもと同じように、お前に縋るとでも……?」
「己が矜持を守るために、ここで勝手に朽ち果てたとしても私は一向に構いません。あなたに受けた仕打ちを返すには、とても良い機会だとございますのでね」
そのような怪訝そうな面持ちで、待ち構えられても気分が乗りませんわ。
私はね、よりエリオットに屈辱を与えたいのです。追放されたことを、根に持っているように見せてでも。
だから、願いなさい。
救いを求める敬虔な信徒のように。
さすればどのような者であっても、聖女は救いを差し伸べることでしょう。
「だから願ってくださいませ、救われたいと——」
「——くっ〜〜〜〜〜!!!」
わなわなと、身を震わせて恥辱に塗れた顔をしていた。
これまでの私の発言に対する真偽は、彼には把握できない。
だからこの呪いの苦しみから解放されるために、エリオットは全霊を捧げて身を捧げる姿を披露する。
私は右手を上げ、振りかぶったのと同時に躊躇いなく一閃。
恐怖を感じる間も与えなかった。
「——うっ…………!」
風を切り裂き、対象の左頬を寸分違わず正確に捉えた一撃は——スパンッ! と発砲されたかのような大きな音を響かせる。
気づいた時には、すでにエリオットは部屋の端まで吹き飛ばされ、身体をよろけさせながらその場に崩れるように倒れ込んだ。
「これにて、呪いの解除は完了しました。以後、身体が完全な状態になるまで安静になさってください」
それでは——と、この場にいる皆様に対しても、今後は療養に努めるよう説明し私は引き上げる。
これは私見だが、呪いで受けた苦痛よりも損傷は大きそう。
泡吹いてるし、事後ピクリとも動かない。
恐らく私の言葉が、彼の耳に届くことはなかったようだ。
エリオットの自室を後にし、役目を終えた私は帰路に着く。
宮殿内をしばらく歩いていると、不意に後方から声を掛けられた。
「ユーディリナ殿。この度は殿下をお救いいただき感謝致します」
ハルゲンだった。
駆け足で私のもとまでやってきて早々、お礼の言葉とともに頭を下げる。
「別に構いませんよ。私は満足致しましたから」
未だ手に残る余韻を、私は堪能中だ。
感触は物凄く良かった。
それにあんな機会は滅多にない。
普通なら、王族に手を挙げるなんて極刑も同然。
それを堂々と、周囲の目を気にすることなく呪いの解除と称して、ブチかませたのだからこれほど気分の良いことはない。
いろいろと思惑通りにいったことも含めてね。
「時にユーディリナ殿は、もう筆頭の地位にはつかないおつもりで?」
「私がですか? そりゃ無理無理っ!」
「あなたに変わって筆頭聖女となったシエスカは姿を消し、再び空席になりましたのでね。ユーディリナ殿以上に、実力の伴った聖女は他におりますまい」
「ご冗談を。私は勿論、エリオット様も婚約する気はないでしょう。喜んで後進に譲りますわ」
これ以上あの人のそばにいたら、本当に何をしでかすか自分でも分からない。
今度は回りくどい手段など取らず、己の欲のままに直接的な判断を下す可能性だってゼロじゃない。
それはお互いのためにはならないでしょう。
「ここらが引き際としては最善。憂さ晴らしはできましたのでね。これでも田舎暮らしを満喫していますのよ?」
「それでは、やはりユーディリナ殿は——」
沈痛な面持ちでハルゲンは考え込む。
今回の一件、元凶を処断すべきか否かを。
ハルゲンも、ずっと不思議に思っていたのだろう。
まがりなりにも筆頭聖女だったシエスカが全く歯が立たず、エリオットに呪いをかけたのは一体誰だったのかと。
そこまでの強力な呪いを掛けられる存在は、そう多くはいない。
彼も呪いについて詳しくはないとはいえ、私の発言から何かに合点がいったようで、それにより彼の中で迷いが生じさせているようだった。
「ユーディリナ殿。今の言葉は聞かなかったことに致しましょう」
「ふーん、よろしいので? 今後ヴィトリアの脅威となるかもしれませんよ?」
「本来であれば国家反逆罪として、私の一存で処分しても良いところですが、今回はエリオット様にも落ち度はある。此度の一件でユーディリナ殿の復讐心が満たされ、後顧の憂いなく済むのなら、最早あなたは脅威になり得ない。しかし次はありません。今回だけは私の胸の内に閉まっておきましょう」
「やはりハルゲンはさすがですね。私を敵に回さないのは利口というもの」
「かくいう私も以前、あなたに救われた身。これでも恩を感じているのと同時に、標的にされても敵わんのです。おっかない噂はたびたび耳にしておりますので」
「へぇ〜、気になりますね〜、その噂とやら。情報源を潰しに行きましょうか?」
「いえいえ、一端とはいえその手腕、十二分に拝見させていただきましたから。何卒ご容赦を——」
お互いの間に流れていた重苦しい雰囲気とは打って変わり、冗談を飛ばし合い両者ともに笑みを浮かべる。
ハルゲンとはそれなりに長い付き合いだった。
役割は違えど私たちは王族の側で従事し、筆頭聖女だった頃は苦節を共にした間柄だ。
それまで培ってきた互いの信頼は未だ健在していると、ハルゲンがそう判断してくれたことは素直に嬉しい。
「今後も何かあれば、再び手を差し伸べますよ。聖女ですからね。もう私から関与することはないでしょうが——」
その言葉を最後に、私は宮殿を後にする。
久々に外気を全身に浴びて、一仕事したと実感した瞬間。
「あっ、念押しするのを忘れた」
エリオットとの間に交わされた契約書。
あれには他にも、呪い解除成功時の報酬についても記載されていた。
意表をついてとか、どさくさに紛れてとか、そんなセコいことするつもりはない。
王族のエリオットにとっては、気にも留めないものだったのだろう。
それでもただの一国民からすればだ、一生遊んで暮らせるほどの大金。
そのお金は聖女として片田舎の発展、活性に役立てようと考えていましたけど。
「まあ、お支払いはしていただけるでしょう。もしも——」
契約不履行——なんてことになってしまったら。
その時は再び、私自ら宮殿に足を運ぶことになるかもね。
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