第1話 振られてばかりの人生に終止符を!!
「好きです! 俺と付き合ってください!!」
これで何回目の告白だろうか。中学の卒業式の日――俺はクラスの女子に告白した。
「ごめんっ、光一くんは友達として好きなんだけど……」
――見事に玉砕。また、ダメだった。
……まあ、分かってたけどな。
いつもそうだ。見上げた空は、やけに青かった。それが余計に、ムカついた。
普通でいい。普通に学校へ行って、普通に笑って、普通に彼女ができる
――それだけでいいのに。
それが、どうしてこんなに難しいんだ。
ぶすくれたまま帰り道を歩く。
カツン、と足元の小石を蹴る。
もう一度。カツン。
……ああ、イライラする。
家に帰る気にもなれなくて、気づけば見知らぬ住宅街に入り込んでいた。
「……いけね、ここどこだよ」
来た道を戻ろうと振り返った、そのときだった。
――神社があった。
小さくて古びた神社。
名前はかすれて読めない。
鳥居はひび割れ、風に軋む音を立てている。
その足元に――猫の像がひとつ。
不思議と、目が離せなかった。
気づけば、俺は中へ足を踏み入れていた。
賽銭箱の前に立つ。ポケットを探ると、五円玉がひとつ出てきた。
「……まあ、いいか」
軽く投げ入れて、手を合わせる。
(高校に入ったら、彼女が欲しい!!)
目を閉じた。
その瞬間、ざあっと風が吹いた。
さっきまで穏やかだった空気が、一変する。
木々が大きく揺れ、葉の擦れる音が耳の奥に残った。
一瞬、世界から音が消える。
風も、葉音も、遠くの車の音さえも。何もかもが切り取られたみたいに消えた。
静かすぎる。異様なほどに。
『その願い、叶えてやろう』
耳元で声がした気がして、ぞくりと背筋が粟立つ。
――そのときだった。
ピシッ。
乾いた音が、目の前で鳴る。
「……は?」
空間に、ひびが入っていた。まるでガラスのように、空気そのものが裂けている。ありえない。なのに、確かにそこにある。
ひびはゆっくりと広がり、枝分かれするように増えていく。
――パキン。
軽い音が聞こえた。次の瞬間、空間が割れた。その向こうは、底の見えない闇。その奥で――何かが動いた。
人影だった。
「……っ」
喉がひゅっと鳴る。逃げなきゃいけないのに、体が動かない。
影はゆっくりと近づいてくる。足音もなく、ただ“存在”だけが迫ってくる。
そして――す、とこちら側に踏み出した。
『ふふっ。やっと見つけたにゃ』
鈴を転がすような声。
目の前に立っていたのは、巫女装束を着た女だった。俺よりも背が高い。すらりとした体つき。
無駄のない線の細さ。
けれど、その立ち姿には妙な圧があった。
人間に似ている。けれど、人間じゃない。
頭の上の猫の耳が、ぴくりと動いた。
『ひかえおろう! わらわが、この神社の神じゃ!』
胸を張り、指を突きつけてくる。
滑稽なはずなのに、笑えなかった。
「あ、の……あなたはいったい……」
気づけば、敬語になっていた。
『ん? わらわか? さっき言ったじゃろ。この神社の神じゃ。久しぶりの参拝者でな、つい嬉しくての』
きょろきょろと辺りを見回し、満足げに頷く。
『じゃからこうして出てきたわけじゃ。気分もいいし――願い、叶えてやろうかと思ってな』
にこり、と笑う。その笑顔に、なぜか胸がざわついた。
(……願いって、まさか)
俺は、さっきの願いを思い出す。
「彼女、ってことか……?」
その言葉を恐る恐る口にする。
『その通りじゃ。叶えてやるのじゃ』
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「本当か……?」
思わず声が震える。
『うむ。わらわは嘘はつかぬ』
力強く頷くその姿は、説得力があった。
マジかよ……。さっきまでの失恋のショックが、嘘みたいに消えていく。
(彼女、できるのか……)
胸の奥が一気に熱くなる。思わず拳を握りしめた。
『ただし――条件つきじゃ』
空気が変わった。
「……条件?」
少女はすっと目を細める。
『一年以内に、ある人物を“死の運命”から救え』
その声だけが、妙に重い。
『それが条件じゃ』
「……は?」
理解が追いつかない。
『そして――果たせなければ』
彼女は、くすりと笑った。
『お主の命をもらう』
「は?」
今度は、はっきりと声が出た。
「ちょっと待て、それどういうことだよ!」
一年以内に誰かを救う?できなかったら、死ぬ?ふざけんなよ。
「俺は確かに彼女がほしいと願ったけど――寿命一年とか聞いてねえぞ!!」
気づけば、体が動いていた。
「舐めんなっ!」
神様に向かって拳を振り上げる。――が。
『やれやれ……』
次の瞬間、目の前に指があった。
――見えなかった。
いつ出されたのか、分からない。
ただ、気づいたときには。
額に、軽く触れられていた。
デコピン。
――ドンッ!!
「うわああああっ!!」
体が勢いよく吹き飛んだ。神社の脇の茂みに叩きつけられる。
肺の空気が一気に抜けた。
「がっ……!」
呼吸ができない。肺が潰れたみたいだ。
背中に鈍い痛みが走る。
何だ、今の……?
ただ、触れただけじゃなかったのかよ……。
全然見えなかった。
『願いをしたのはお主じゃ。取り消しは――しないぞ?契約は成立しておるからの』
吹き飛ばされて、離れていたはずなのに、気づけば、神様は目の前にいた。見下ろしてくる。
その瞳には、さっきまでの軽さが一切なかった。
(やばい……)
直感で分かる。これ、逆らっちゃいけないやつだ。
(……もしかして俺、とんでもない願いした?)
喉がひくつく。
『というわけで、頼んだぞ。五十嵐光一よ』
「はは……すいませんでした……」
乾いた笑いしか出なかった。
この出会いが、俺の人生をぶっ壊すなんて。
この時は想像していなかった。




