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そこでひと呼吸おくと、リベルは床を睨んで続けた。
「しかもなにか、とんでもなく大きなことを、だ。
そうしたら、ほらみろ1ヶ月前、急に姉さんが心臓病で一刻を争うって、だから父さんが姉さんを冷凍して未来に送るんだって、政府が発表したってのを聞いたんだ!
ーーおかしいよな?ありえないだろう!姉さんは今だって元気だ、本当に病気だったら、そんなふうに立っていられるはずがないじゃないか。
なあ、なにをしようとしてるんだ?あの狂った科学者たちは姉さんを未来に送ってなにをさせるつもりなんだ?……答えてくれよ、お願いだから!」
彼はもう、気を緩めたら泣き出してしまいそうな気分だった。
「……なにも知らないまま、このままもう一生、会えないかもしれないのか?」
再び部屋には沈黙が降りた。姉のぴくりともしない背中が、彼がなにを言おうと、現実は、未来は変わらないことを物語っているかのようだった。
「……わかった、もういいよ。僕じゃあ、姉さんの変わりにはなれないよな。僕は”出来損ない”だから」
リベルは、なぜか頭が朦朧とするのを感じながらもそう口にした。
その言葉に、今までまったく反応のなかったアリスが、急に振り返って彼に歩み寄り、その腕で彼を力いっぱい抱きしめた。
「……そんなこと言わないで、いつも言ってるじゃない。あなたは完璧……欠陥品はあたしだもの」
リベルは抱きしめるアリスの手を振り解いて、彼女を睨んだ。
「……あの助手だろ?あいつがきてから、姉さんは変わった」
彼女の瞳が一瞬、遠くのほうを見つめた、気がした。いや、彼の勘違いだろう。
アリスはいかにも悲しそうな、申し訳なさそうな表情になった。
「コンラッドは関係ないわ。……リベル、本当にごめんなさい。でも、今言えることはなにもないの」
リベルは本当はもうとっくに諦めていた。わかっていたからだ。自分がなにを訴えたところで、ひとつも状況は変わらないことを。
……でももしかしたら、姉さんさえ、アリスの気持ちさえ変わってくれれば!そう思っていたから、わかっていたのに、いざあらゆることが絶望的になると、彼の目にはついに涙が溢れ出した。
アリスは彼の顔を覗き込んだ。その瞳にほんの少し迷いの影がよぎった。
「……でも、そうね。もし覚悟があるなら、答えはもうあなたの頭のなかにあるはず。
……ねえ、リベル。世界でひとりだけのあたしの弟、姉さんの話を聞いてくれるかしら?これが私の最後のお願い」
アリスはもう一度弟の背に腕を回した。
リベルはアリスの温かな腕のなかで意識が遠くなっていっているのを感じた。
……おかしい、なにかおかしい。なんで僕はさっきからこんなに、、……。
彼は最後の気力を振り絞って、アリスを見上げた。
今回だけは絶対にきかないぞと思っていたのに、澄み渡ったそのスカイ・ブルーには、いつだって彼を頷かせるだけの力があった。今回もそうだった。
リベルは渋々頷き、アリスはそれを確認すると、まるで子守唄でも歌うように静かに言った。
「……自由になるのよ。大空を飛ぶ鳥のように、なににも縛られず。あなたには自由に生きてほしい」
もう立っていられないほど朦朧としている頭で、彼は必死に言葉を紡いだ。
「……僕が、姉さんを自由にする。きっと、僕が、すぐに解、凍してみ、せるか、ら……」
アリスは、徐々に力の抜けていくリベルを支えながらふっと笑った。それはどこか冷めたような、諦めたような表情でもあった。
そして彼に微笑みかけた。
それはまさに、神がこの世に遣わした天使のような笑みだった。
「ええ、そうね。きっと、あなたが生きているうちにまた会えるわ……」
そのささやきを聞いたのを最後に、リベルはついに気を失ってその場に倒れた。




