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一瞬の沈黙のあと、私はすぐさま走り出した。
オーリンはぶるっと身震いすると、私のあとを追いかけながら叫んだ。
「おい、待てよ!」
さすがにオーリンはすぐに私に追いついた。陸上の短距離走で学校イチをとるだけある。
……単に私が遅すぎるだけかもしれないけど。
「まあまあ、そんなかっかすんなって。今は瞬間移動も使えないし、外はすごい嵐だぜ?しょうがない、俺がおぶってってやるから」
はあ?それだけは勘弁、とそう口からでそうになったそのとき、なんとソフィーが廊下の先から現れた。 たぶん私たちがこんな夜中に騒いでいたのが聞こえたのだ。
彼女も見かけはおばあちゃんのヒューマノイドロボットだけど、ジーヴスと違って物覚えはいいし、変なところで頭が切れるからあなどれない。
しかもカンフーの達人ときている。そのぽよんと出たお腹からはとても考えられないけれど、実力は確かだ。
一度親にカンフー教室に連れていかれそうになったとき、この目で見た。いかにも強そうな髭面の先生を一瞬でものの見事に倒してしまったのだ。
そのとき先生は青ざめていた。
私とオーリンは目を合わせた。
……私たちも青ざめた。
「あら、ソフィー。もしかして起こしちゃった?」
私はさりげない感じでそう尋ねた。
隣でオーリンも言い訳をはじめた。
「ソフィー、やあ、久しぶり。俺がなんでここにいるのかって?これにはわけがあって、そう、母さんがこいつは夕飯も食べないで何やってんだって、見てこいって言われて来たんだ」
私は小さく舌打ちした。
ソフィーは訝しげに眉を寄せた。
「こんな時間にですか?お嬢様はテーブルですっかり寝てらしたんで、奥様にはとっくに連絡を差し上げたはずですが」
オーリンのまぬけめ。私は慌ててあいだに入った。
「ほら、こんな日でしょ?きっとなにか行き違いがあったのよ。それよりソフィー、毛布をかけてくれてありがとう。おかげですごくあったかかったの!」
私の言葉にすっかり気をよくしたみたいで、彼女は
「二人とも、もしや眠れないんでしょう。お屋敷じゅう騒がしいから。とくに今日は一日中ひどいもんで、そうだ。ホットミルクはいかがです?きっと気分が落ち着いて、いくらかましになるはず。それともココアは?おやつも用意しましょう」
と言い出した。
私はそれにのっかることにした。
「いいわね、わたしちょうどお腹すいてたの。ほら、昼以降なにも食べてないから」
それで話は決まった。
ソフィーはそれからマスコミを含む迷惑な野次馬連中と、一時的に雇ったが使えない警備員たちへの文句をひとことふたこと言うとココアを入れに階段を降りて行った。
ソフィーが立ち去ると、オーリンが感心したように言った。
「すげーな、ソフィー。やっぱりお前の話しか聞かないじゃんか。父さんがわざわざ作らせただけあるな」
「それはあんたがソフィーに危険人物認定されてるからでしょ。それより今のうちに早くいきましょ。急がないと、ソフィーはココアを淹れるのだってすぐよ。でもどうやって本邸まで行く?」
私がそう言うと、オーリンは片手でひょいと私を持ち上げて、なんと俗にいうお姫様抱っこをした。
私はやつの胸を拳で殴った。
……効果はゼロ。無念かな、記憶にある限りはじめてのお姫様抱っこの相手が兄とか悲しすぎない?
念のため注釈すると、オーリンと私には30センチくらい背の差がある。私は155センチしかないのに、なんとやつは190センチ近いのだ。
双子なのになんでこんなに身長に差があるのかは両親に問い詰めたいところ。
しかもオーリンは鍛えている。つまり私に勝ち目はない。
結局、私はオーリンにむ・り・や・り、お姫様抱っこされるハメになった。
そしてなんとオーリンは離れから出るとき、片手で傘を刺して、ザーザー降りの雨の中、2階から飛び降りたのだ!
「あんたがスーパーマンを目指してるって、聞いたことなかったけど?」
「ああ、言ってなかったからな」
……いちいちこっちにウィンクしてくるな。
オーリンはそのまま邸の小さな林の周りをぐるっと半周し、本邸の玄関から例の盗聴が行われている部屋に移動した。
……最悪だ。絶対カメラマンに写真を撮られた。私は必死に目を瞑って寝ているフリをした。
オーリンはきっと、こんな夜中にわざわざ妹をふかふかのベットまで運ぶ優しいお兄ちゃんだと勘違いされたにちがいない。
……むかつく。ほんとむかつく!
しかし背に腹は変えられない。
普段テレポートになれきったこのひ弱な脚では、オーリンに運んでもらう何倍の時間がかかったかわからないし、幸いジーヴスは性懲りも無く結界の張ってある門から不法侵入してこようとするマスコミ連中を追っ払うのに必死で、きっとみつからなかったはず。
ソフィーとジーヴス 個性が強いヒューマノイドロボットのじいじとばあや。




