雲みたいな親友は
──買い物自体はあっという間に終わって、俺たちは食料品でパンパンになったリュックと共に柚希のマンションに向かって歩いていた。
「おさないでよ~もう。 転んじゃう」
「ころんで強くなれ、少年」
「そんな、理不尽な~」
「男だろ」
「それは湊もじゃんっっっ」
「俺は、もう今日だけで4回は転んだぞ」
柚希の背中を片手で押しながらずんずんと進んでいるとわざとらしく「おっとっと」と言ってきたから、俺も手を放してカラカラと笑いながら痛い自慢をしていると目と鼻の先の電柱に勢いよく頭をぶつけたのは俺だった……な、ナンデェ???
「ふっ、あはは!ドンマイドンマイ」
「人の不幸を見て笑うなよっ」
普段の俺のように腹を抱えて笑い転げている柚希。 あまりにも楽しそうに笑うものだから、それがちょっとムカついて足をゲジゲジと蹴ると数メートル先のマンションまで逃げるように走り出したから、俺も慌てて追いかる。
「きゃ~!おいかけてこないでっへんたーい……へへ」
「柚希こらっ!誤解招く言い方するな!ばかっ」
途中で、無駄に甲高い声でそんな馬鹿な事を言い出すから一瞬、心臓がヒヤリとした。 周りに誰もいなかったのが不幸中の幸い。同級生に痴漢扱いされた挙句に、通報までされたんじゃ俺の名誉が微塵ものこらない。なんて言い訳をしつつマンションの中に勢いよく滑り込む。柚希が指紋認証で通った入口が閉まらぬうギリギリ
しかし ……鬼畜なことに、柚希を乗せたエレベーターはあと少しで手の届く俺を置いて7階に昇り始めた。 流石に柚希もそれは予想外だったのか、「アッ」とした顔をしていたが、すぐにその顔も見えなくなった。思わず「まじか」と悲鳴にちかい声を出してしまう。
少し上を向いて、スーハーと呼吸をする。それから意を決して 「舐めるなよ、サッカー部(下働きを)」と軽く舌なめずりをしてから隣にある階段を駆け上り始める。幸いな事にまだ体力が余ってたから、目的の階に辿り着いたのはあっという間だった。
「ハァッハァッ……よっしゃっ、勝ったぜ」
さすがに息は切らしてしまったが、どうやらエレベーターは他の階で1度だけ止まったらしく、柚希はまだギリギリ到着してないようだった。
そしてついに7階にやって来たのを確認して、満面の笑みで両手ピースで待機していると、扉が開いてすぐに馬鹿みたいに笑っていたのだが……。
「ハッッ、静かにッ」
思いのほか通路に笑い声が響き渡るものだから、慌てて口を塞ぐと「んぶっ」と情けない声を出してきた。こんどは俺が妙にドツボにハマって吹いてしまうことに。 すると今だとばかりに柚希に同じ事をやり返されて「んぐっ」と情けない声を出してしまった。
「いっ、いこっか……怒られちゃう」
「だな、ふぶっ……くっ」
「し、静かにしてよ!もう、んっふふっふ」
二人そろって笑ってはいけない緊迫(?)とした時間を耐えてようやく、柚希の家の玄関の前に辿りつく。柚希がリュックからゴソゴソと鍵を取り出して扉を開けた……はずなのに、なぜかドアノブが回らない。さっきまでの楽しい空気から一変して俺の背筋に冷や汗が伝う。
「おい……柚希。まさか閉め忘れたのか?」
思わず、じっと柚希に批判的な視線を向けると、両手をブンブンと振って否定してきた。
「まっまさかァ!? し、しめたよ!……たぶん」
「最後の一言で一気に怖いんだけど……」
それからもう一度、鍵を差し込むと今度こそドアノブがしっかりと回って扉が開いた。 なんとなく、少しだけ警戒をするように、何があってもいいように俺の片手を柚希の肩の前に………………ん?
──俺の鼻を掠めたのは腹も踊る良い匂い。それは奥の方から漂ってきていた。
「なーんだ」
それを確認した俺は肩の力を抜いて、そのまま両腕で一気に柚希の背中を押しながら「ワッッッ」と叫んだ。
すると、さっきまでの俺と同じように警戒してた柚希が「ギャァァァ」と大声を上げてそのまま玄関に流れ込んでコケた、その刹那──
少し遠くからガシャン、ドンッガンッゴロゴロ、ガジャンッと何かが落ちて崩れる音と一緒に「ウワァァアー!!」と叫び声が聞こえてきた、恐らく人の。
その叫び声に再度、肩をビクッと揺らした柚希だったが、声の持ち主に随分と聞き覚えがあるようで、呆れたようにため息をついて落ち着きを取り戻し始めていた。案の定ドタバタと慌てた足音と共にやって来たのは、やけに細身でスラリとした眼鏡の似合う男性。
俺も何度か話したことのある柚希のお父さんだ。まじで誰が見ても優しい顔してる。まぁ、いまはただ、情けないだけの顔をしているようだが。
「びっ、びっくりしたよ、もう……湊くん来てたんだ」
「あはは、少し一緒に。こんばんはっす」
俺たちの姿を確認した柚希の父親は心底安心したように胸に手を当ててゆっくりと深呼吸していた……やはり本調子ではない様子。あえてみぬふりして俺もにこにこと挨拶を返した。
「もう、おと~帰ってきてたなら教えてよ! ご飯の材料買ってきたのに~。 それにしても、びっくりさせられたのは僕だよ……2人にね!!!」
「ははっごめんごめん、早く病院も終わったから。材料は、明日使わせてもらうよ」
どうやらまだ怒ってるらしい柚希は、玄関に腰を下ろしたまま靴を脱ぎながら、プンプンと文句を言っていた。対して柚希の父親は後ろ首をぽりぽりとかいて、所在なさげにしている。 それが、まるでうちの母さんに叱られてしょんもりとしている親父の姿と重なったせいで笑いそうになった。
それにしても柚希も柚希の父親も、まだ2人揃って目尻に涙が溜まっているのを見るに、俺からしてみれば似たり寄ったりな親子だと思う。いろいろな意味で。
……なんて事を思っていると柚希の父親が両手をパンッと叩いて「ほらほら、寒いからリビングにきなさい、ご飯食べよう」と言ってきた。 柚希も立ち上がって、ノリノリな様子で「ん! たしかに良い匂い!湊、はやくいこ~」と誘ってくる。
2人揃って(まぁ、食べるつもりで約束してしまっていた柚希はともかく)俺が一緒に食事をするのが大前提かのような、そんな会話に思わず胸がホカホカと熱くなる……まぁ、でも。
「あ、いいよいいよ。用事思い出したから俺は帰るわ」
「『えぇ……!?』」
「なんでっ、そんなに驚くのさっ……あははっ」
ただ、帰るとそう言っただけなのに、またもや2人揃って同じような顔でギョッとした顔で驚くものだから、追加で俺は腹を抱えて笑い転げることになってしまった。 ここに居ると腹筋が持たない。
「でも、また来ます」
「まぁ夜も遅いからね。 うん。また柚希とあそんであげて」
「たしかに、柚希クンと遊んであげますね」
「2人揃って僕を子どもみたいに! 僕もう、高校生だからね!?それにしても湊はわざとでしょ~!わかってるから!もう!」
1人だけ、何かを訴え続けていたから、そんな彼の頭をちょっと背伸びして撫でる。
長男に幼いころから身につく「ヨシヨシ」のスキルで。 それにしたって、父親の遺伝子なのか、俺よりも背が高い末っ子気質な親友がちょっと恨めしい。俺だって別に小さい訳じゃないってのに、背伸びをしなければいけないのが。
それから、区切りをつけるように肩を1つ、竦めてからぺこりとお辞儀をした。
「じゃあ、お邪魔しました。柚希もまた月曜日な~」
「またね~湊」
「湊くんも気をつけて帰るんだよ~」
なんとなく、寂しくなってしまいそうだったのを必死に悟られないように「スッ」と返事をしてからドアノブを回し、いつの間にか2つに増えていた羊雲を横目に外に出た。




