第3話 畑と狩りと猫の舌
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朝靄が森を包み込む。
泉の水面に陽光が差し込み、きらきらと輝いていた。昨日は黒猫クロハと出会い、従魔契約を交わした。その余韻がまだ残る中、俺は畑の前に立っていた。
「よし……今日から本格的に“農業生活”スタートやな」
そう呟きながら、俺は両手をかざす。
昨日、平地を作った時と同じように「土よ、柔らかくなれ」と念じる。すると畑一面の土がふかふかに耕された。手を動かさんでも鍬いらず。……とはいえ、魔法だけに頼るんはどうにも性に合わん。
「これやと楽すぎて逆に不安やな……。ちょっとは自分の手でもやっとくか」
地球時代、ホームセンターで買った小さいスコップを使ってプランターを掘り返したことを思い出す。鍬なんて無いけど、枝や石でそれっぽい道具をこしらえ、少しずつ土をならしていった。
「ふー……魔法でできるんはわかっとるけど、こうやって汗かく方が気持ちええな」
額を拭った時――
「……やれやれ。わざわざ面倒なことを……」
木陰からクロハがのそりと出てきた。黄緑色の瞳が半分眠たげに光っている。
「なんや、朝から見とったんか?」
「見とったいうか……アンタ、魔法で一瞬でできるもんを、わざわざ時間かけとる。効率悪いやっちゃなぁ」
「ええねん。汗かくことが大事や。達成感っちゅうもんがある」
「ふーん……人間てのは、ようわからん」
クロハはあくびをして、尻尾を揺らした。
……なんやろな、この猫。ツッコミ入れてくるくせに、どこか見守ってくれとる感じもある。
◆
畑の形は整った。問題は――植えるもんや。
種がない以上、この森で採れる植物から始めるしかない。
「さて、クロハ。食える草とか実とか、知っとる?」
「まあ多少はな。けど気をつけや。森には毒のあるもんも多い。下手に食うと腹壊すで」
「せやな。……一緒に探しに行こか」
俺とクロハは森を歩き始めた。木漏れ日が差す小径を抜けると、低い茂みに赤い実がなっていた。
「おっ、ベリーじゃないか?」
「それ、“スベリベリー”や。名前は似てるけど毒や。食うと腹下して三日は寝込むで」
「おぉ、それはアカンやつや!」
「わい、前の主に食わされてな……腹がねじれるほど痛かったんや」
「前の主って……魔女とかいうてたな」
「ふん……まあ、その話はまた今度や」
クロハはそっぽを向いた。目の奥に一瞬だけ、懐かしむような寂しさがよぎった気がする。
……その過去は、いずれ聞かせてもらえればええやろ。いまは食料探しや。
◆
さらに森を進むと、根本に丸っこい芋のようなものが埋まっているのを見つけた。
掘り出してみると、さつまいもに似た形。
「これは?」
「“ドン芋”やな。蒸して食えば甘い。森の獣も好物や。安全やで」
「おお、これは収穫や!」
俺は無属性魔法で土を柔らかくして、いくつも掘り出した。土の匂いと一緒に、甘い香りがほのかに漂う。腹が鳴りそうや。
「よっしゃ、これを畑に植え直そ。繁殖できれば主食になる」
「アンタ、ほんま農耕のことしか考えとらんな」
「それが目的やからな」
俺は笑いながら畑にドン芋を埋め直していった。
◆
昼頃。
腹も減ってきたんで、焚き火を起こして試しにドン芋を一つ蒸してみる。葉っぱで包んで火の中に放り込み、しばらく待つ。やがてほくほくとした香りが立ち上った。
「おお……芋の焼ける匂いや。懐かしいな……」
割ってみると、中は黄金色。ほおばると、甘みが口いっぱいに広がった。
「うまっ! これは大当たりやで!」
思わず感動してクロハにも差し出す。
「ほら、食うか?」
「……芋? いらん。わい、肉か魚しか食わん」
「偏食かい!」
「猫に野菜押し付けんなや。腹壊すで」
「まあ、せやな……。ほな、肉も確保せなあかんな」
◆
そういうわけで、午後は狩りに挑戦することにした。
といっても武器も何もない。そこで俺は枝を集め、魔法で石を削って槍の先っぽを作った。即席やけど、それっぽくはなった。
「さて、行くでクロハ」
「わい、狩りは手伝わんで?」
「いや、せめて獲物見つけるくらいは頼むわ」
「しゃあないなぁ……」
森を歩くと、クロハが耳をぴくりと動かした。
「前方に“ピョコウサギ”や。でかい耳のウサギみたいなんやけど、跳ねる力が強いで」
「お、肉になりそうやん!」
俺は息を殺し、茂みの先を覗いた。
いた。灰色の毛並みのウサギが草を食んでいる。俺は槍を構え――心を決めて投げた。
――ドスッ。
運よく命中した。ウサギは短く鳴き声をあげて倒れる。
「……やった……! 獲れたで!」
「へぇ、やるやんか」
クロハが珍しく褒めてくれた。俺は胸の奥がじんわり熱くなった。
地球では、スーパーで肉を買うだけやった。命を自分の手で獲ることの重さを、いま実感していた。
「……ありがとうな、ウサギ。ちゃんと食わせてもらうで」
◆
夕方、焚き火の上で串焼きにしたピョコウサギを頬張る。
肉の旨味が噛むほどに広がり、腹に染み渡った。クロハも横で尻尾を振りながら肉を食っている。
「……やっぱ肉は最高やな!」
「せやろ? これで野菜の不味さを忘れられるわ」
「いや、野菜も大事やぞ? バランスやバランス!」
言い合いながら食べる夕飯は、不思議と楽しかった。
こうして腹を満たし、畑に種芋を植えた今日一日。小さな一歩かもしれんが、確かに“暮らし”が始まっている。
火の揺らぎを見つめながら、俺は思う。
――この森で、クロハと一緒にのんびり耕していける。
その確信が、心の底から湧いてきた。
◆
「なあ、セツ」
「ん?」
「……悪くないな。アンタとおるのも」
クロハが小さく呟いた。普段の棘が抜けた声やった。
俺は少し笑って、火にくべた枝をつついた。
「せやろ? これから、もっとええ生活にしてくで」
――夜空に星が瞬く。森の静けさの中、俺らの生活は始まったばかりや。
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次回 第4話「森の恵みと初めての来訪者」
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