06
声の主は、瓦礫の影からゆっくりと姿を現した老人だった。
背はやや曲がり、肩幅は広いが動きは慎重で、歩みごとに長く地面を踏みしめる。
日に焼けた顔に刻まれた皺は深く、年季の入った戦場の地図のようだ。
【鬼瓦剛】「わしは鬼瓦剛……『法王』じゃよ」
名乗りのあと、遥香は頷き、口元をわずかに歪めた。
その仕草は、何かを隠すというより、軽く皮肉を含んだ笑みだった。
【遥香】「俺らは、さっき向こうの区画で同じように共闘しようって話で集まってたんだけど。方向性の違いってやつ? 小競り合いがあってさ。なんかクリア条件も競合しそうだし、今は別行動を取ってる」
話の端々から、まだ消えていない緊張の残り香が漂っていた。
ラエルがわずかに目を細め、短く問う。
【ラエル】「競合しそうとは?」
その声色は淡々としているが、耳は一言も漏らさぬよう研ぎ澄まされている。
遥香は片手を軽く広げ、肩をすくめるようにして答えた。
【遥香】「連中は積極的にクリアを目指す好戦的な集まりだったから。ほら、俺らは非戦闘型アバターでほとんどがこどもの集まりじゃん。ちょっと無理かなって思ったんだ。で。俺らだけじゃ心許ねぇから、このじいさんにガイドを頼んでた」
説明のあいだ、鬼瓦剛はただ静かに立ち、周囲を見渡していた。
まるで地図の線を頭の中でなぞるように、視線は遠くを泳ぐ。
【ラエル】「ガイド?」
ラエルの短い問いに、遥香の口角が上がる。
【遥香】「このじいさん、全体マップが見えるんだ」
その一言に、ラエルの表情がわずかに変わる。
瞳の奥に、計算する光が宿った。
【ラエル】「それは大きなアドバンテージだね」
肯定を含んだ声色は、先ほどよりも幾分柔らかい。
しかし次に返ってきた言葉は、再び現実的な条件だった。
【遥香】「その代わり。じいさんのクリア条件……“全てのエリア区間に侵入する”だからさ。遠回りはするかもしれない。付き合ってくれないか?」
ラァラが一歩前へ出て、慎重に口を開く。
【ラァラ】「方向性の違いとは、もしかしてそれが原因ですか?」
問いに、遥香はすぐさま頷く。
その反応は、用意されていたかのように早かった。
【遥香】「察しがいいね。そうなんだよ、あいつら、全部のエリアを回らないと行けないのは無駄だし、リスクが高いってさ。その戦闘型のアバターは飾りかよって、感じ」
ラァラは一瞬だけ赤子を見下ろし、その寝顔から視線を戻す。
声は穏やかだが、理路整然とした響きがあった。
【ラァラ】「たしかに、全てのエリアを回らないといけないのは無駄です。でも、無駄ということは非効率的なので、他のプレイヤーもそんな無駄はしないはずです。そうすると、必然的に他のプレイヤーと遭遇する機会も減るでしょう。それだけで危険は減ります。無駄とリスクは直接関係がないです」
その分析に、遥香は短く笑い、補足を加える。
【遥香】「じいさんのクリア条件は誰とも競合しない。エリアを回るだけだから、このじいさんが誰かを襲うこともないぜ」
鬼瓦剛は、ふとラァラの腕の中に抱かれた赤子へ目を落とした。
老いた瞳が一瞬だけ柔らかさを帯び、深い皺の奥に感情の影を覗かせる。
【鬼瓦剛】「ほう。こんな幼子までゲームに参加させられおるのか……。これも何かの縁じゃわい。道を共にするなら歓迎しよう」
その言葉に、ラエルが軽く顎を引き、頷く。
【ラエル】「じゃあ、決まりだね」
彼の声は落ち着き払っていたが、その眼差しには方針が固まった者特有の硬さがあった。
【ラエル】「戦闘はこっちが受け持つ。君たちを護衛する。戦闘に不向きな君たちは、俺たちみんなのクリア条件満たす助けてをしてくれればいいし、クリア条件が競合したり、足手まといになれば見捨てる」
【遥香】「……ああ、それでいい」
互いの役割がはっきりと線引きされ、場の空気が少しだけ締まる。
遥香は腕を組み、短く頷いた。
【遥香】「そうと決まれば、次の区画へ向かうぞ。じいさん、案内頼む」
鬼瓦剛はその呼びかけに静かに頷き、ゆっくりと歩を進める。
長い旅路の始まりを予感させる足音が、廃墟の道に響き渡った。
こうして、異なる経歴と目的を持つ二つの陣営は、一つの道を共に歩み始めた。
瓦礫と風の中、その背中は同じ方角へと向けられていた。
◆・◆・◆
瓦礫の街並みを抜けると、道はやや傾斜を帯び、じわじわと上り始めた。
両脇には崩れ落ちたビルの残骸が壁のようにそびえ、進路を狭めている。
剥き出しになった鉄筋は夕陽を受けて鈍く光り、アスファルトには黒々とした焦げ跡と、爆発の衝撃で抉れた深い穴が点々と口を開けていた。
足を踏み入れるたび、細かな瓦礫が靴底で砕け、かすかな音を立てる。
先頭を行くのは鬼瓦剛だった。
節くれ立った手に古びたPDAを握り、時おり画面を覗き込んでは進行方向を確かめる。
その歩みは重く確実で、まるで何十年も戦場の地図を踏破してきた兵士のようだ。
【鬼瓦剛】「この先を左じゃ。次の区画境界まで、そう遠くはない」
低く落ち着いた声が、瓦礫の谷間に反響する。
その響きは奇妙な安心感を与えるが、同時に重い警告のようにも聞こえた。
剛の背を追うように、ラエルとラァラが並んで進む。
ラエルは目を細め、視線を常に周囲へ巡らせていた。
廃墟の屋上、ひび割れた壁の影、崩れかけたバルコニー――そのどこかに潜むかもしれない気配を探るように。
ラァラは腕の中の赤子をやさしくあやしながら、足元の瓦礫を慎重に避けて歩く。
赤子の小さな手が空を掴むように動くたび、彼女はかすかに微笑む。
だがその瞳の奥には、冷静な計算と警戒心が途切れることなく潜んでいた。
最後尾の遥香は、麻衣と莉杏を庇うように歩幅を合わせ、時おり軽口を飛ばして場の張りつめた空気を和らげようとしていた。
【ラエル】「なぁ、じいさん。あんたのアバターってどんな見た目なんだ? こう、派手な鎧とか着てんのか?」
軽い調子の問いに、先頭の剛は歩みを緩めず答える。
【鬼瓦剛】「……白銀の勇者じゃよ」
その言葉に、遥香が片眉を上げ、興味深げに笑う。
【遥香】「へぇ、強そうだな。防御タイプか?」
【鬼瓦剛】「遠距離攻撃型じゃのう。時間経過で強化はされるらしいが……今はまだ力を蓄える段階なのかのう」
剛の声には、自慢の響きはない。
むしろ、静かに力を秘めている者だけが持つ落ち着きと、わずかな含みがあった。
彼がPDAを傾けて見せると、画面には無機質な文字が並んでいた。
【アバターの能力】白銀の勇者(所有権失効中)
このアバターは侵入禁止エリアの数が増えるほど強化される
【鬼瓦剛】「それに、わしのアバターは絶賛、行方不明中じゃわい」
短い言葉が落ちると、会話は途切れた。
その隙間を縫うように、風が通り抜ける。
遠くで鉄骨がきしむ乾いた音がして、見上げれば崩れかけた高速道路の高架が夕陽を浴び、錆色に輝いていた。
【鬼瓦剛】「このルートなら、進入禁止エリアを避けつつ進めるようじゃ。だが……」
剛は歩みを止め、ゆっくりと振り返る。
その視線は一行を順に舐め、声色を低く引き締めた。
【鬼瓦剛】「油断は禁物じゃ。こういう死角の多い場所は、待ち伏せにうってつけじゃからな」
ラエルはその忠告を素直に受け止め、小さく頷く。
同時に腰のPDAを握り、指先で軽くタップした。
【遥香】「ラエルは、アバターを出しておかないのか?」
【ラエル】「必要ない」
短く返す声に、遥香は口元を歪め、からかうように言葉を重ねる。
【遥香】「なんだよ。共闘相手にも内緒かよ」
【ラエル】「……じいさんと同じような、終盤になるほど強くなる戦闘型だよ」
あっさりとした口調だが、詳細を語る気配はない。
遥香はわざと大袈裟に肩をすくめ、冗談交じりに吐き捨てる。
【遥香】「じゃあ、今はまだ役に立たないってか……まいいや」
その一言が、周囲の空気をわずかに張り詰めさせた。
廃墟に潜む夕闇が、より濃く滲むように感じられる。
【遥香】「……行こうぜ。境界はすぐだ」
短く告げると、一行は再び歩き出した。
瓦礫を踏む足音だけが、錆びついた街と夕焼けの静けさの中に、途切れ途切れに溶けていった。
No.00【愚者】??????
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.01【魔術師】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.02【女教皇】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.03【女帝】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.04【皇帝】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.05【法王】鬼瓦 剛 / 生存中
【クリア条件】全てのエリア区画に侵入する
【アバターの能力】白銀の勇者:このアバターは侵入禁止エリアの数が増えるほど強化される(所有権失効中)
【PDAの特殊効果】全体マップを閲覧可能
No.06【恋人】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.07【戦車】パブロ・アベラルド / 生存中
【クリア条件】3人以上のプレイヤーを直接殺害(プレイヤー自身で殺害しなければ無効)
【アバターの能力】このアバターは一度受けた攻撃に耐性を得る
【PDAの特殊効果】このプレイヤーは他のプレイヤーの追跡系効果を無効にする
No.08【力】蠚破甦 権蔵 / 生存中
【クリア条件】ゲーム終了時までに全てのアバターが機能停止
【アバターの能力】このアバターが機能停止したアバターのステータスを吸収する
【PDAの特殊効果】??????
No.09【隠者】ヨーゼフ / 生存中
【クリア条件】ゲーム終了時まで誰とも遭遇しない
【アバターの能力】このアバターは機能停止されるたび、プレイヤーの元へ再召喚される
【PDAの特殊効果】指定したPDAにメールを送信し、返信相手のクリア条件・アバター能力・特殊効果をすべて閲覧できる
No.10【運命の輪】ラァラ / 生存中
【クリア条件】ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満
【アバターの能力】翠玉の勇者 : このアバターの半径5m以内に他のアバターは近寄れない
【PDAの特殊効果】このプレイヤーは進入禁止エリアを無視できる
No.11【正義】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.12【殉教者】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.13【死神】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.14【節制】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.15【塔】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.16【悪魔】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.17【星】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.18【月】江瑠戸 遥香 / 生存中
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.19【太陽】麻衣、莉杏
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.20【審判】
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
No.21【世界】赤ん坊 / 生存中
【クリア条件】ゲームの開始から最も長く行動を共にしたプレイヤーとゲーム終了時まで生存
【アバターの能力】黄金の勇者 : このアバターはあらゆる他のアバターの干渉を受けない
【PDAの特殊効果】あなたはPDAがありません。ゲームの開始から最も長く行動を共にしたプレイヤーとPDAを共有します
No.?【????】ラエル / 生存中
【クリア条件】??????
【アバターの能力】??????
【PDAの特殊効果】??????
◆現在地:第8区画 ホド