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──白い。
ただ、それだけの空間だった。
果ての見えない虚無の中心に、ひとつだけ黒く浮かぶものがある。
硬質な輝きを宿した小さな装置……愚者のPDA。
私は静かに歩み寄り、震える指先でそれに触れた。
《全プレイヤーの初期配置を指定してください》
冷たい文字が、無音の世界に滲む。
【ラァラ】「……これが、愚者に与えられた権限」
私は小さく呟いた。
【ラァラ】「次のゲームを、どう始めるかを選ぶ力」
胸の奥が軋む。
前のゲームの記憶が、容赦なく脳裏に蘇る。
第6区画で八神恭介に出会った時には、すでに遅かった。
彼らは全滅し、プレイヤーの半数が既に死亡していた。
戦車が、力が、死神が……。
ただの偶然の分断が、彼らを死地へ追いやったのだ。
あの悲劇を、繰り返してはいけない。
【ラァラ】「……ラエルと、赤ん坊は少し離して……必ず一緒にさせます」
ラァラが『死神』なので、このラエルは『運命の輪』だった。
私は二つの小さなアイコンを摘み上げるように指先でなぞり、遠い区画へ並べて置いた。
あの子を最も長く守るのはラエル──その未来を必ず作る。
黄金の勇者。翠玉の勇者。
侵入禁止を無視する力。
それらを束ねれば、誰も侵せない最終防衛になる。
そうでなければならない。
ラエルに託すのだ、私が守りきれなかった「未来」を。
【ラァラ】「……ヨーゼフは、離します」
『隠者』の彼の孤独は呪いであり、救いでもある。
誰かと隣り合った瞬間、彼の命は首輪の爆ぜる音に消えてしまう。
それを防ぐためには、一人きりの道を歩かせるしかない。
その孤独が、彼の生の証だから。
私は画面にそっと触れ、彼を少し先行させるように配置した。
【ラァラ】「……パブロは危険。だいぶ離れた場所に」
『戦車』の彼は血を求め、死を欲する戦車。
条件はあまりに残酷で、存在そのものが他者を試す刃だ。
皆の中に置けば、すぐに争いが芽吹いてしまう。
ならば、最初から隔離するしかない。
全員が合流してから……皆で囲んで、殺さずに捕らえる。
それが唯一の道だと、自分に言い聞かせる。
【ラァラ】「……他の皆は、一箇所に固めます」
私は呼吸を整え、残りのアイコンをひとまとめに配置していく。
分断させない。
今度こそ、一つの群れとして。
【ラァラ】「……権蔵も、ここに置きます」
『力』の彼の望みは殺しではない。
ただ「アバターを止めること」だから。
それならば、まだ一緒に歩めるはずだ。
戦車と手を組む前に、平和を選ぶ仲間の輪へ迎え入れる。
あの人を説得できるかどうか、それが分かれ道になるだろう。
【ラァラ】「そして……私も、皆と一緒に」
私は静かに指を止めた。
『死神』の条件は“全員の死”。
──けれど、そんなものに意味はない。
ラァラはそれを放棄する。
最高の死神とは、誰も殺さない死神。
矛盾を抱えたままでも、それでも私は歩む。皆のために。
配置を終えた瞬間、画面に淡い光が走った。
《初期配置、確定しました》
冷ややかな声が虚空に響く。
けれど私の胸には、小さな確信が宿っていた。
【ラァラ】「……これで。最悪の悲劇は、繰り返させない」
白い空間が静かに解けてゆく。
次のゲームの大地が、ゆっくりとその姿を現していくのを、私はただ見つめていた。
こうして私の選んだ初期配置は──
赤ちゃんを守り、事故死を防ぎ、戦車を隔離するための最善策として刻まれた。




