番外編:英雄たちの休憩室~麦わらの海賊のアニメを見たら~
(本編の荘厳なスタジオとは打って変わり、暖炉の火がパチパチと燃える、豪華で落ち着いた雰囲気の休憩室。革張りの深いソファがコの字型に置かれ、中央のテーブルには、様々な時代の飲み物や軽食が、まるで魔法のように用意されている。壁に掛けられた巨大なモニターには、司会者のあすかが「未来の娯楽の一つです」と言って残していった、極彩色の不思議な絵物語…すなわち『アニメ』が、音声付きで流れている。ソファでは、先ほどの激論を終えた四人の王たちが、思い思いの格好で寛いでいた)
黒髭:「うぉっひょー!なんだこりゃあ!おい見ろよ、提督!あの麦わら帽子の船長、腕がビヨーンって伸びやがったぞ!面白えじゃねえか、これ!」
(黒髭は、子供のようにはしゃぎながら、ソファの背もたれに乗り出して画面にかじりついている。その手には、ラム酒らしき飲み物がなみなみと注がれたジョッキが握られている)
ネルソン:(ソファに深く腰掛け、眉間に深い皺を寄せながら、腕を組んでいる)「…やかましいぞ、黒髭。そもそも、なんだこれは。これが、未来の『絵物語』だというのか?色彩は目に痛いし、登場人物たちの服装は乱れきっている。特に、あの麦わら帽子の男!海賊の船長でありながら、威厳のカケラもない。ふざけているのか!」
ドレーク:(ワイングラスを優雅に回しながら、面白そうに画面を眺めている)「まあまあ、提督。そう目くじらを立てずに。これは、我々の時代の写実的な絵画とは、表現様式が異なるのでしょう。それにしても…『悪魔の実』ですか。食べた者に、海に嫌われるのと引き換えに、不思議な能力を与える秘宝、ねぇ。実に、興味深い設定ですな」
黒髭:「だろ!?俺様も食ってみてえぜ!体から闇が出てきて、何でも吸い込んじまう実があるんだとよ!最高じゃねえか!おい、ドレークの旦那、お前ならどれがいい?」
ドレーク:「私ですか?うーむ…そうですねぇ、姿を透明にできる能力などがあれば、スペインの王宮に忍び込んで、作戦計画書を『拝借』するのも容易くなるやもしれませんな。ビジネスの効率が格段に上がる」
ネルソン:「貴様は、どこまで行っても盗人根性が抜けないのだな…。そもそも、なんだ、あの三本の刀を振り回す剣士は!一本でも達人になるのは至難の業だというのに、三本とは…曲芸の類か!だが、あの斬撃の鋭さ…ふむ…」
(ネルソン、口では批判しながらも、緑髪の剣士の戦闘シーンには、思わず見入ってしまっている)
鄭成功:(静かにお茶をすすりながら、これまで黙って画面を見ていたが、初めて口を開く)「…あの『悪魔の実』。それは、天が与えた異能か。それとも、人の驕りに対する呪いか。強大な力を得る代償として、母なる海に見放される。…実に、示唆に富んでいる」
黒髭:「難しいことは分からねえがよ、とにかくスゲェってことだ!見ろ!今度はコックの足が燃えてやがるぜ!なんだ、あの船は料理人も戦うのか!」
ドレーク:「戦闘員の専門化がなされていないようですな。航海士の女性は天候を操り、船医に至っては…人間の言葉を話す、青い鼻のトナカイだ。…鄭成功殿、あなたの艦隊にも、このような多才な者たちは?」
鄭成功:「我が艦隊にも、様々な技を持つ者はおった。だが、獣が人語を解するというのは、さすがになかったな。…だが、興味深いのは、そこではない」
(鄭成功の視線は、画面の中で、傷だらけになりながらも仲間を守ろうと叫ぶ、麦わら帽子の船長に注がれていた)
鄭成功:「彼らは、血の繋がりも、生まれた国も、種族さえもバラバラだ。にもかかわらず、あの船長の下、一つの『家族』として機能している。彼らを繋いでいるのは、金でも、恐怖でもない。ネルソン提督の言う『信頼』に近いが、もっと原始的で、絶対的な『義』のようなものだ。…それは、ある意味、私が目指した『国』の、一つの理想形なのかもしれぬ…」
ネルソン:(鄭成功の言葉に、ハッとした表情を見せる)「…確かに。あの麦わら帽子の男は、品性下劣で、到底、指導者の器とは思えん。だが…仲間のためとなれば、己の命を懸けることを、微塵も厭わない。その一点においては…その一点においてのみ、リーダーとしての資質を認めんことも、ない…」
黒髭:「お、なんだよ提督、分かってきたじゃねえか!あの船長、『海賊王におれはなる!!!!』って言ってたぜ!いいじゃねえか、威勢が良くて!そうでなくっちゃな!」
ドレーク:「その『海賊王』という称号も、面白い。どうやら、この物語の世界では、それになるための条件として、『ひとつなぎの大秘宝』と呼ばれる、伝説の宝を見つけ出す必要があるようですな。その市場価値は、一体どれほどのものか…。国家予算を遥かに超えることは、間違いなさそうだ。もし、この宝の存在が確かなら、私なら王室を説得して、国家規模の探索プロジェクトを立ち上げますな」
画面の中から聞こえる声:「・・・長きに渡り研究を続け、夢半ばながら、”空白の100年”に打ち立てた仮説を報告したい!!!」
鄭成功:(画面から聞こえてきた言葉に、ピクリと反応する)「…ほう。『空白の100年』。失われた歴史、か。そして、それを読む力を持つ、仲間…。歴史を独占しようとする『世界政府』と、それを取り戻そうとする者たちの戦い。…他人事とは思えぬな」
ネルソン:「世界政府、だと?あの物語に出てくる『海軍』は、その世界政府の直属の軍隊のようだが…将校たちの質の低さは、目に余るな!正義を掲げながら、平気で民間人を犠牲にする者、曖昧な正義を振りかざし、何もしない者。人とは思えぬ、まさに犬と猿だ!これでは、民の信頼など得られん!我が英国海軍の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわ!」
黒髭:「まあ、そう熱くなるなよ、提督。物語なんだからよ。…にしても、あの麦わら、敵だった奴らを、どんどん仲間に引き入れてやがるな。俺たちも、ああいうのがあったら、面白かったかもな」
ドレーク:「お断りします。私は、あなたのような品のない方と、パートナーシップを結ぶ気はありませんので」
黒髭:「んだと、コラ!」
ネルソン:「私も、断固として拒否する!海賊と『仲間』になるなど、天地がひっくり返ってもあり得ん!」
鄭成功:「…ふむ。もし、この四人で一つの船に乗ったとしたら…どうなるか。誰が船長を務める?」
(鄭成功の、唐突で、しかし、核心を突いた問いに、三人が押し黙る)
黒髭:「そりゃ、もちろん、この俺様だろう!」
ドレーク:「いやいや、船の経営と資金調達は、私の専門分野ですよ」
ネルソン:「艦隊の指揮は、専門教育を受けた私以外にあり得ん!」
(三人が、子供のように言い争いを始める。鄭成功は、その様子を、面白そうに、そして、少しだけ楽しそうに眺めている)
鄭成功:「…決まらぬな。どうやら、我々の船は、港から一歩も出られずに、座礁するようだ」
(鄭成功の静かなツッコミに、三人がハッとして、バツの悪そうな顔で黙り込む)
ドレーク:「…まあ、いずれにせよ、この絵物語、なかなかどうして、骨太な物語のようですな。未来の人間は、このような壮大な夢物語を、娯楽として楽しむのか」
ネルソン:「くだらん。…だが、まあ、暇つぶしには、なった…か」
黒髭:「おう!最高だったぜ!おい、嬢ちゃんはもういねえのか?この続きが見てえんだが!」
(黒髭が、誰もいない空間に向かって叫ぶ。英雄たちは、すっかり、未来の絵物語に夢中になっていた。自分たちの生きた、血と硝煙の匂いがする海の記憶を、ほんの少しだけ忘れ、ただの物語の観客として。その顔には、本編の激論の中では決して見せることのなかった、リラックスした、人間らしい表情が浮かんでいた)