ラウンド1:我が流儀~海の戦い方~
(オープニングでの四者四様の哲学表明が残した、重く、しかし熱を帯びた静寂がスタジオを支配している。中央のモニターに浮かび上がっていた『ROUND1』の文字が、静かに脈動している。司会者のあすかは、手元のタブレット『クロノス』を一瞥し、穏やかな、しかし確信に満ちた声で口火を切った)
あすか:「『奪う』、『富を得る』、『秩序を築く』、そして『大義を成す』…。皆様、ありがとうございました。その一言一言が、皆様の航海の全てを物語っているかのようです。ですが、その哲学は、いかにして生まれ、いかにして実践されたのか。私たちも、その航跡をより深く辿ってみたいのです」
(あすか、コンパスローズが描かれた床をゆっくりと歩み、対談者たちに等しく視線を配る)
あすか:「最初のラウンドのテーマは、『我が流儀~海の戦い方~』。皆様が海と対峙した時、その戦いの根幹にあった哲学とは何か?なぜ、その戦い方を選び、貫き通したのか…。その魂の羅針盤が指し示した方角を、お聞かせいただきたいのです。…では、オープニング同様、この方に口火を切っていただきましょう。黒髭殿」
(スポットライトが黒髭を照らし出す。彼は待ってましたとばかりに、テーブルに乗せていたブーツを床に下ろし、不敵な笑みを浮かべた)
黒髭:「ケッ!流儀だの哲学だの、小難しい言い方しやがるな、嬢ちゃん。俺のやり方は、さっきも言った通りだ。『恐怖』だよ。それ以上でも、それ以下でもねえ」
あすか:「その『恐怖』という流儀。なぜ、それを選ばれたのですか?あなたも、元は高名な海賊ベンジャミン・ホーニゴールドの部下だったと伺っています。彼から、戦い方を学ばなかったのですか?」
黒髭:「ホーニゴールドの旦那は甘すぎたのさ!元は同胞だったイギリスの船は襲わねえだの、無駄な殺生はしねえだの…くだらねえ感傷だ。おかげで、いちいち面倒な追いかけっこや斬り合いをしなきゃならねえ。俺は思ったね。戦うこと自体が、そもそも間違いなんだと」
ドレーク:(面白そうに相槌を打つ)「ほう、戦うことが間違い、ですか。海賊にしては、随分と平和主義的なご意見ですな」
黒髭:「平和主義?ハッ、違えよ、面倒なだけだ!いいか?こっちは命がけで海に出てんだ。船は傷つけたくねえし、こっちのクルーだって死なせたくねえ。相手の船員を殺したところで、何の儲けにもならねえ。一番いいのは、相手がこっちを見た瞬間に、戦意を喪失して、全ての財産を差し出すことだ。そうだろ?」
ネルソン:(吐き捨てるように)「…臆病者の詭弁だな」
黒髭:(ネルソンの言葉を無視し、さらに続ける)「そこで『恐怖』よ。俺はまず、旗で脅す。黒地に、槍で心臓を突く骸骨だ。これを見ただけで、半分はションベンちびる。次に、俺自身の見た目だ。この長え髭に、火をつけた導火線を編み込んで、煙をもうもうと立てながら現れる。腰には6丁のピストル、胸にも弾薬帯。悪魔そのものが現れたと思わせるのさ。そうすりゃ、大抵の商船の船長なんざ、『お、お助けを!』と泣きついてくる。戦わずして、勝利よ。これほど効率のいい戦い方が、他にあるか?」
あすか:(クロノスを操作し、壁のモニターに黒髭の海賊旗と、導火線を編み込んだ彼の肖像画を映し出す)「記録によれば、黒髭殿の活動期間において、あなたが直接殺害した人間の数は、驚くほど少ないとされています。これも、その『恐怖』という流儀の成果なのでしょうか」
黒髭:「当たりめえだ!噂ってのは、火よりも速く広がるからな。『黒髭は残忍非道だ』『逆らうと皆殺しにされる』って噂を広めときゃ、俺が何もしなくても、勝手に恐怖が歩き出す。俺は、ただその後を悠々とついていくだけよ。楽な商売だぜ」
ドレーク:「なるほど、なるほど。つまり、あなたの流儀とは、戦術というよりは『演出術』。あなたは戦士というよりは、舞台役者というわけですな。なかなか興味深い」
黒髭:「役者だぁ?てめえ、馬鹿にしてんのか?」
ドレーク:「いえいえ、褒め言葉ですよ。観客(相手)の心を読み、どうすれば最も効果的に恐怖を植え付けられるかを計算する。その知恵は、賞賛に値します。…まあ、いささか…品がないやり方ではありますがね」
ネルソン:「品がない、だと?ドレーク、貴様も同類だろうが。海軍軍人の風上にも置けん。戦いとは、勇気と勇気、知恵と知恵がぶつかり合う、神聖なものだ。このような、ハッタリと脅しによる不戦勝など、唾棄すべき卑劣な行いでしかない!誇りはないのか、貴様には!」
黒髭:「誇りだぁ?ケッ、そんなもんで腹が膨れるかよ、エリートさん。俺たちは、てめえらみてえに国から給金をもらってるわけじゃねえ。今日を生きるのに必死なんだよ。綺麗事並べてる暇があったら、ラム酒の一杯でも飲んでる方がマシだね」
あすか:「ありがとうございます、黒髭殿。あなたの流儀、その根底にある『実利主義』と『合理性』、そして類まれなる『演出術』、よく分かりました。…では、その黒髭殿に『品がない』と評された、ドレーク殿。あなたの『スマートなやり方』とは、一体どのようなものだったのでしょうか?」
(スポットライトがドレークに移る。彼は、ネルソンからの敵意と黒髭からの嘲笑を、余裕の笑みで受け流している)
ドレーク:「そうですね。私の流儀を語る上で、まずご理解いただきたいのは、私とそこの黒髭殿とでは、根本的な立場が違う、ということです」
(ドレーク、懐から一枚の羊皮紙を取り出すような仕草をする)
ドレーク:「私には、女王陛下から賜った『私掠許可証』があった。これは、我が国イングランドと敵対する国家、主にスペインの船舶に対し、攻撃し、その積荷を拿捕することを『公式に許可する』という、大変ありがたい証明書でしてね。つまり、私の戦いは、黒髭殿のような無差別な海賊行為とは一線を画す、『国家による公的な軍事行動』の一環だったわけです」
黒髭:「へっ、紙切れ一枚で偉そうに言いやがる。やってることは、船襲ってモン奪うってんだから、俺たちと何が違うってんだよ」
ドレーク:「大違いですよ。第一に、目的が違う。私の目的は、敵国スペインの国力を削ぎ、我がイングランドを富ませること。そのために、彼らの虎の子である、新大陸からの財宝船を狙う。これは、明確な国家戦略です。第二に、その利益の使い道も違う。私が得た富の半分は、出資者である女王陛下と国家に納められる。いわば、私は『国営企業の経営者』のようなもの。私の成功は、イングランドの成功に直結していたのです」
あすか:(モニターに、新大陸とヨーロッパを結ぶ航路図と、財宝を積んだガレオン船の絵を映し出す)「ドレーク殿の上げた利益は、当時のイングランドの国家歳入を上回ったこともある、と。それが、後のスペイン無敵艦隊との戦いにおける、海軍増強の資金源にもなった、というのは有名な話ですね」
ドレーク:「ご理解が早くて助かります、あすか殿。そう、私の流儀とは、単なる戦闘ではない。『国家を動かすための、壮大なビジネス』なのです。リスクを計算し、最もリターンの大きい獲物を狙い、最小限のコストで仕留める。そのために、航海術を磨き、地理を学び、敵の動きを読む。戦いは、そのビジネスを成功させるための、最終段階に過ぎません。だからこそ、無駄な殺生はしないし、拿捕した船の船員も、不必要に傷つけることはない。彼らも、次のビジネスの情報をくれる、大事な『情報源』になり得ますからな」
ネルソン:「…詭弁を弄するのは、その辺にしておけ」
(ネルソンの低い声が、ドレークの流暢な語りを遮った。その隻眼は、氷のような冷たさでドレークを射抜いている)
ネルソン:「貴様がどれだけ言葉を飾ろうと、やっていることの本質は、海賊行為と何ら変わりはない。その『許可証』とやらは、貴様の欲望を正当化するための、都合の良い言い訳に過ぎん。国家の威信とは、そのような小狡いやり方で得られるものではないのだ。敵国の富を盗むのではなく、敵国の『戦力』そのものを叩き潰してこそ、真の勝利であり、真の国益となる!貴様のやり方では、海に真の秩序は永遠にもたらされん!」
ドレーク:「お言葉ですが、提督。あなたの言う『秩序』とは、いわば完成された庭園を維持する庭師の仕事。私の時代は、まだその庭の土地すら定かではなかった。荒野を切り拓き、どこに金脈が眠っているかを探し当てる、開拓者の仕事だったのですよ。やり方が違うのは、当然のことではありませんかな?」
ネルソン:「開拓者だと?笑わせるな!貴様も、そこのゴロツキも、同じ穴の狢だ!海を己の欲望を満たすための草刈り場としか見ておらん!そのような者たちに、海の何を語る資格があるというのだ!」
(ネルソン、席を立ち上がらんばかりの勢いで、二人の『海賊』を断罪する。黒髭は面白そうにニヤニヤと、ドレークは少し困ったように肩をすくめている。三者三様の『流儀』が、早くも互いを全く相容れない存在として認識し、激しく火花を散らす。あすかは、その嵐の中心にいるネルソンに、静かに、しかし促すように視線を向けた)
あすか:「…ありがとうございます。ネルソン提督、その熱いお言葉、あなたの『流儀』の表明と受け取ってよろしいでしょうか。では、そのお話、詳しくお聞かせください。なぜ、あなたの戦いは、そこまで『敵主力の殲滅』にこだわるのですか?」
ネルソン:(ドレークと黒髭から視線を外し、自らの信念を語り始める。その声には、揺るぎない確信が満ちていた)「決まっているだろう。海に巣食う病巣は、その根を完全に断たねば意味がないからだ!ドレーク、貴様のような通商破壊は、所詮もぐら叩きに過ぎん。財宝船を一隻沈めたところで、敵はまた新たな船を出す。それは、大局を変える一手にはなり得ん」
ドレーク:「しかし提督、その『もぐら叩き』が敵の財政を確実に蝕み、ひいては艦隊を建造する力そのものを奪うのですが?」
ネルソン:「時間稼ぎにしかならん!真の『制海権』とは、敵が、そもそも海に出てくることすら諦めるほどの、絶対的な力の差を見せつけてこそ得られるのだ!そのためには、敵の主力艦隊、そのものを叩き潰す以外に道はない!敵の海軍を無力化して初めて、我が国の船は、世界のどの海でも安全に航行でき、我が国の平和と繁栄は永続する。これこそが、海軍の、そして私の、唯一にして至上の使命だ!」
あすか:「その使命を達成するため、提督は『ネルソン・タッチ』と呼ばれる、常識破りの戦術を生み出されました。敵の艦隊に垂直に突っ込むという、あの…」
ネルソン:「戦術とは、机上の空論ではない。常に変化し、進化するものだ。敵が横一列に並んで撃ち合うのが常識ならば、その常識のさらに外側を行くまで。だが、重要なのは奇策そのものではない。その無謀とも思える作戦を、完璧に遂行してくれる、我が部下たちの存在だ」
(ネルソン、わずかに誇らしげな表情を浮かべる)
ネルソン:「私の流儀の根幹は、『信頼』だ。作戦の意図を全ての艦長に共有し、彼らを信じ、権限を委ねる。そして、彼らもまた、私を信じて命を懸けてくれる。だからこそ、我が艦隊は、まるで一つの生き物のように動くことができるのだ。ハッタリや金で釣った寄せ集めには、到底真似できまい」
黒髭:「ケッ、お綺麗なこった。結局てめえも、その『信頼』ってやつで大勢の人間を死地に送り込んで、名を上げたんだろうが。俺みてえに正直に『欲望のためだ』って言う奴と、国だの平和だのって御託を並べる偽善者と、どっちがマシかねえ?」
ネルソン:「貴様のような男に、名誉のために死ぬ兵士の崇高さが分かってたまるか!」
ドレーク:「まあまあ、提督。あなたの理想は実に素晴らしい。ですが、そのやり方は、いささか…柔軟性に欠けるやもしれませんな。常に艦隊決戦ができるほど、敵も、そして海も、甘くはない。時には嵐をやり過ごし、時には敵の補給路を断つといった、地味な仕事も必要でしょう。あなたの流儀は、あまりに『潔すぎる』」
ネルソン:「潔さ、結構。それこそが我が英国海軍の誇りだ。小細工を弄さず、正々堂々と敵を打ち破る。それ以外に、真の勝利はないと知れ!」
(ネルソンが言い切った、その時だった。これまで静かに三人の議論を聞いていた鄭成功が、初めてネルソンに直接、問いを投げかけた)
鄭成功:「…ネルソン提督、一つ問うてもよいか」
(鄭成功の声は静かだったが、場の全員の注意を惹きつける力があった。ネルソンも、初めて鄭成功を対等な相手と認めるかのように、向き直る)
ネルソン:「…何だ」
鄭成功:「貴殿の語る『国家』『平和』『秩序』、いずれも見事なものだ。それは、守るべき偉大な祖国を持つ者の、正しき誇りであろう。…だが、もし、その国家そのものが、敵によって奪われ、地図の上から消え去ったとしたら…貴殿は、いかに戦う?その『秩序』とは、誰のためのものになるのだ?」
(鄭成功の問いに、ネルソンは言葉を詰まらせる。それは、彼が一度も考えたことのない、彼の世界の根底を揺るがす問いだった)
ネルソン:「それは…仮定の話だ。我が大英帝国が、滅びるなど…」
鄭成功:「私にとっては、仮定ではない。現実だった」
(スポットライトが、鄭成功を荘厳に照らし出す。彼の背後のモニターには、広大な明の版図と、それに取って代わった清の版図が映し出される)
鄭成功:「我が流儀…それは、そなた達のいずれとも異なる。我が戦いは、ネルソン提督のように守るべき国家があってのものではない。ドレーク殿のように、後ろ盾となってくれる女王がいるわけでもない。そして、黒髭殿のように、己の欲望のままに生きる自由もなかった」
あすか:「鄭成功殿、あなたの流儀とは…」
鄭成功:「我が流儀とは、『国家を再建するための、全ての行い』だ。海とは、我が亡国の民が生きるための、唯一残された領土。艦隊とは、軍隊であると同時に、流浪の民であり、移動する政府であり、そして、国を再興するための資金を生み出す、巨大な商船団でもあった」
(鄭成功の言葉に、ドレークが目を見張る)
ドレーク:「商船団…?それは、つまり…」
鄭成功:「そうだ。私は、海を『経営』した。東シナ海から東南アジアに広がる、広大な交易網。それが我が軍の生命線であり、兵站線だった。日本の銀、中国の絹、東南アジアの香辛料。それらを取引して富を築き、兵を養い、武器を買い揃えた。我が艦隊が港に寄れば、そこは市場となり、海に出れば、それは無敵の軍隊となる。軍事、経済、政治…そのすべてが、分かちがたく結びついていたのだ」
あすか:(クロノスに、鄭成功の交易ルートを示す地図を映し出す)「鄭成功殿の築いた海上ネットワークは、当時、ポルトガルやオランダの東インド会社を凌ぐほどの規模を誇ったと言われています。それは、まさに海の上に浮かぶ『帝国』だったのですね」
鄭成功:「帝国、というよりは、巨大な『事業』だ。そして、その事業の目的はただ一つ。『大義』を成すこと。すなわち、明王朝の復興と、異民族の支配から民を解放すること。我が兵士たちは、金や恐怖のためだけに戦ったのではない。失われた故郷を取り戻すという、共通の目的のために戦った。だからこそ、私は彼らに、国家のそれと同じ、厳格な規律を課した。我々は海賊の寄せ集めではない。滅びた国の魂を受け継ぐ、最後の『国民』なのだからな」
(鄭成功の壮大な語りに、スタジオは静まり返る。それは、他の三人が生きてきた世界とは、あまりにスケールが異なっていた)
黒髭:(呆れたように首を振り)「…面倒くせえ。国だの民だの、背負うもんが多すぎやしねえか。俺には、まっぴらごめんだな」
ドレーク:(感嘆のため息をつき)「…これは…参った。私の『ビジネス』など、まるで子供のままごとのようだ。国家そのものを、海の上で一から経営する…。その発想も、規模も、私の想像を遥かに超えている」
ネルソン:(これまで鄭成功に向けていた敵意が消え、代わりに、一人の軍人として、あるいは指導者としての敬意がその目に宿っていた)「…それは、もはや一軍人の戦いではない。…王の戦いだ。守るべき国を失いながら、自らが国そのものとなって戦う…。鄭成功殿、貴殿の背負うものの重さ、このネルソン、今、確かに理解した」
あすか:「恐怖、利益、秩序、そして、大義…。ありがとうございました。皆様の『流儀』、その魂の形が、今、ここに、はっきりと示されました」
(あすか、クロノスを操作すると、壁面の4つのモニターに、それぞれの流儀を象徴する船の映像が並んで映し出される。黒髭の『アン女王の復讐号』、ドレークの『ゴールデン・ハインド号』、ネルソンの『ヴィクトリー号』、そして、無数のジャンク船を率いる鄭成功の巨大な旗艦)
あすか:「それぞれの流儀は、皆様が背負われたもの、生きた時代、そして目指した海の姿、そのものでした。どれが正しいというわけではなく、どれもが、皆様の物語には不可欠な羅針盤だったのですね。実に、興味深い」
(あすか、円卓の中央に進み出る)
あすか:「では、その流儀をもって、皆様は一体、どんな『勝利』をその手に掴んだのでしょうか。次のラウンドでは、皆様の生涯で最も輝かしく、そして最も誇らしい『戦果』について、お聞かせいただきたく思います」
(モニターの『ROUND1』の文字が消え、代わりに『ROUND2』の文字が浮かび上がろうとしていた)