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オープニング

(古代神殿を思わせる、荘厳で薄暗いスタジオ。壁には古びた世界地図や天球儀が飾られ、船の丸窓を模したモニターには、静かに揺れる海の映像が映し出されている。床に描かれた巨大なコンパスローズの中心、司会者席に立つあすかに、一本のスポットライトが静かに降り注ぐ)


あすか:「……波の音だけが、時の始まりを告げていた時代。星の位置だけが、世界の広さを示す羅針盤だった頃。海は、畏怖であり、希望でした。生命を育む母であり、すべてを呑み込む墓場でもあった。故に人々は、その無限の青に己が運命を問い、乗り越えんとする者たちの物語を紡いできたのです」


(あすか、ゆっくりと顔を上げ、カメラに柔らかな笑みを向ける)


あすか:「時間と空間を超え、そんな『物語』の英雄たちが集う場所…『歴史バトルロワイヤル』へようこそ。物語の声を聞く案内人、わたくし、あすかと申します」


(あすか、胸元で優雅に一礼する。手にしたタブレット『クロノス』の画面に触れると、スタジオの照明がゆっくりと明るくなっていく)


あすか:「今宵のテーマは『海を制する』。ある者は国家の威信を懸け、ある者は富と栄光を求め、ある者は何ものにも縛られぬ自由を叫び、そしてある者は、失われた祖国という大義のために生きた…。その生き様は、時に英雄と讃えられ、時に悪魔と恐れられた。ですが、彼らが歴史の海に描いた航跡の大きさ、その鮮やかさに、果たして優劣などつけられるのでしょうか」


(あすか、少しいたずらっぽく微笑む)


あすか:「…ええ、つけられるのです。少なくとも、この場所では。今宵、歴史の海で最も大きく帆を張り、最も深く錨を下ろした4人の『王』が、時を超えて、この円卓に集います」


(あすかの言葉に呼応するように、スタジオの奥に設置されたスターゲートが『ゴォォ…』という重低音と共に起動。眩い光が渦を巻き始める)


あすか:「さあ、扉が開きます。最初の王は、その名を聞けば子供も泣き止み、歴戦の船乗りさえ震え上がったという、恐怖そのものを味方につけた男!カリブ海を震え上がらせた、海賊の中の海賊!歩く恐怖、黒髭、エドワード・ティーチ!」


(スターゲートが閃光を放つ。中から現れたのは、腰に複数のピストルを差し、編み込まれた長い髭からは硝煙の匂いが漂ってきそうな、巨漢の男。黒髭は酒瓶を片手に持ち、野卑な笑みを浮かべながら、その場にそぐわぬ尊大な態度で歩き出す)


黒髭:「ケッ!なんだぁ、この小奇麗な場所は。俺様を呼ぶってからに、もっとこう、酒と喧騒に満ちた酒場かと思いきや…墓場みてえに静かじゃねえか。おい、嬢ちゃん。他の奴らはまだか?ションベンでもちびって、来るのをやめたのか?」


(黒髭は、あすかに軽口を叩きながら、指定された席にドカッと音を立てて座り、テーブルに汚れたブーツを乗せる)


あすか:(眉一つ動かさず、冷静に)「ご安心を、黒髭殿。あなたという嵐の到来に、少々気圧されているだけかもしれません。…さあ、次なる王のお出ましです。女王陛下の懐刀にして、探検家。無敵艦隊を打ち破り、富と名声を手にしたイングランドの寵児!女王陛社の海賊、サー・フランシス・ドレーク!」


(再びスターゲートが輝き、今度は洗練された身なりの紳士、ドレークが現れる。彼は自信に満ちた笑みを浮かべ、スタジオ全体を興味深そうに見渡す。黒髭の姿を認めると、面白そうに片眉を上げた)


ドレーク:「おやおや、これはこれは。随分と威勢のいい先客がいたものですな。まるで、打ち上げ前の祝砲のようだ」


黒髭:「あぁ?んだテメェは。ヒョロっとしやがって、船乗りか?それともどこぞの貴族様のご子息か?」


ドレーク:(黒髭の挑発を軽くいなし、優雅に一礼する)「どちらでもあるし、どちらでもない、というところですかな。私はサー・フランシス・ドレーク。以後、お見知りおきを。…して、この立派な舞台、どうやら役者はまだ揃っていないようですな」


(ドレークは黒髭の向かいの席に、優雅な仕草で腰を下ろす)


あすか:「ええ、まだお二人。ですが、次のお方は、あなた方お二人の存在そのものを、快くは思わないかもしれません。…大英帝国が生んだ不世出の英雄!その名采配は海戦の歴史を塗り替え、国家に100年の平和をもたらした、海の守護神!不屈の海神、ホレーショ・ネルソン!」


(スターゲートが、これまでで最も荘厳な光を放つ。片腕を失った海軍提督の軍服に身を包んだネルソンが、背筋を伸ばし、威厳に満ちた足取りで姿を現す。彼の鋭い隻眼が、先に着席している二人を捉えた瞬間、スタジオの空気が凍りついた)


ネルソン:「……なんだ、これは」


(ネルソンの声は低いが、確かな怒気が含まれていた)


ネルソン:「あすか殿、と聞こえたが。これは一体何の茶番だ。私が呼ばれたのは、歴史に名を残す海軍指揮官による、崇高な議論の場ではなかったのか。なぜ、このような…」


(ネルソンは、言葉を切り、侮蔑の視線でまず黒髭を、次いでドレークを一瞥する)


ネルソン:「…無法なゴロツキと、女王の名を騙る盗人が、同じテーブルに着いているのだ?私の誇りが、このような者たちと同席することを断じて許さん」


黒髭:「あぁん?やんのか、この野郎。こっちだって、お前みてえな堅物のお説教なんざ、聞きたかねえんだよ!」


ドレーク:「これは手厳しい。ネルソン提督、あなたのお気持ちも分かりますが、海という舞台は、王室のサロンほど堅苦しい場所ではありませんのでな。それに、私の働きがなければ、あなたの愛する大英帝国の財政も、少しばかり寂しいことになっていたかもしれませんぞ?」


ネルソン:「黙れ!貴様のような私掠船乗りがもたらす富など、国家の品位を貶めるだけだ!英国の栄光は、我ら正規海軍の血と汗によって築かれてきたのだ!」


(一触即発。黒髭は腰のピストルに手をかけ、ネルソンは微動だにせず殺気立つ。ドレークは面白そうに二人を見比べ、あすかは静かにその様子を観察している)


あすか:「皆様、お静かになさって。まだ、最後の王がお待ちです。…この混沌を、あるいは一言で鎮めるやもしれぬ、真の王が」


(あすかの言葉に、三人の視線がスターゲートに集まる)


あすか:「東の海に、巨大な海上帝国を築き上げた孤高のカリスマ。失われた国家の復興を誓い、その生涯を大義に捧げた海の覇者。…その名は日本でも『国性爺』として知られる、明の末裔。延平王!国姓爺、鄭成功!」


(スターゲートから、豪華な東洋の装束を纏った鄭成功が、王の風格を漂わせながら静かに現れる。彼は他の三人のように言葉を発することなく、泰然自若として歩みを進める。その両眼は、目の前の小競り合いを意に介さず、もっと大きな何かを見据えているかのようだ。彼が席に着くと、不思議なことに、あれほど張り詰めていたスタジオの空気が、彼の持つ圧倒的な存在感によって支配され、静まり返る)


黒髭:(ブーツをテーブルから下ろし、思わずごくりと唾を飲む)「…なんだ、こいつは…」


ドレーク:(トレードマークの笑みを消し、真剣な眼差しで鄭成功を見つめる)「…これは…本物の『王』か…」


ネルソン:(敵意は消えぬものの、相手が只者ではないことを認め、警戒するように姿勢を正す)「……」


鄭成功:(全員が着席したのを見届けると、初めて口を開く。その声は静かだが、スタジオの隅々にまで響き渡った)「…揃ったか。ならば、始められよ」


あすか:(鄭成功に深く一礼し、改めて全員に向き直る)「皆様、長旅お疲れ様でございました。ようこそ、時空の円卓へ。ご覧の通り、今宵は、海と共に生きた、あまりに個性豊かな王たちにお集まりいただきました」


(あすか、クロノスに指を走らせる)


あすか:「早速ですが、皆様に伺います。この番組のテーマ、その言葉の響きを、あなたはどう受け止めますか?多くの者が求め、そして夢破れていったその(いただき)…」


(あすか、一人一人の目を順に見つめながら、核心の問いを投げかける)


あすか:「あなたにとって、『海を制する』とは、一言でいえば何ですかな?…では、口火を切ってくださった黒髭殿から、お願いしましょうか」


黒髭:「ハッ、決まってんだろ。そんなもん…」


(黒髭、ニヤリと笑い、テーブルの中央を指さす)


黒髭:「…『奪う』ことだ。欲しいモンを、欲しい時に、欲しいだけな。船、財宝、酒、女!力ずくで奪い取って、自分のモンにする。海に落ちてるもんは全部、俺様のもんだ。文句がある奴がいるか?」


ドレーク:(やれやれ、と肩をすくめ)「芸がないですな、黒髭殿。奪うだけでは、ただの獣と変わらない。より重要なのは、『富を得る』ことです。それも、スマートに、そして継続的にな。敵国の船から『いただく』のは、あくまで手段の一つ。未知の航路を開拓し、新たな交易の可能性を探る。そうして得た富で、女王陛下も、国も、そして私も豊かになる。これこそ『文明人』のやり方というものです」


ネルソン:「…どちらも聞くに堪えぬ戯言だ」


(ネルソン、テーブルを拳で軽く叩く。重い音が響く)


ネルソン:「『海を制する』とは、断じて私利私欲を満たすことではない!それは、絶対的な『秩序』を打ち立てることだ!我ら大英帝国海軍こそが、その秩序の番人たるべき存在。無法な海賊を駆逐し、敵対する国家の艦隊を完膚なきまでに叩き潰し、世界の海に、我が国の平和と正義を行き渡らせる。そのための名誉ある戦いこそが、海を制するということだ!貴様らのやっていることは、その秩序を乱す害悪でしかない!」


(ネルソンの熱弁に、スタジオが再び緊張に包まれる。黒髭は舌打ちし、ドレークは困ったように微笑む。そして、これまで沈黙を守っていた鄭成功が、ゆっくりと口を開いた)


鄭成功:「……奪う、富、秩序。いずれも、小さいな」


(その一言に、三人の視線が鄭成功に突き刺さる)


鄭成功:「海を制するとは、そのような目先のことではない。それは…」


(鄭成功、遥か遠くを見るような目で、言葉を続ける)


鄭成功:「…『大義』を成すための、礎を築くことだ。海とは、国そのもの。交易とは、国を養う血流。そして戦とは、その国を守り、失われたものを取り戻すための、最後の手段に過ぎぬ。個人の欲望や、一時の勝利ではない。我が見据えるのは、海のかなたにある、次代の民が安らかに暮らせる国の姿。そのための航海であり、戦なのだ。それこそが、真に海を制するということだと、私は知っている」


(スタジオは完全な静寂に包まれる。四者四様。あまりに異なり、決して交わることのないであろう四つの哲学が、今、このオープニングで鮮明に提示された)


あすか:(その静寂を破るように、穏やかに、しかし確かな興奮を声に滲ませて)「奪うこと、富を得ること、秩序を築くこと、そして、大義を成すこと…。ありがとうございます、皆様。わずかな言葉の応酬でさえ、これほどまでに魂がぶつかり合う。この対話が、どこへ辿り着くのか…わたくしも、楽しみになってまいりました」


(あすかがクロノスを操作すると、スタジオの中央に『ROUND1』の文字が浮かび上がる)


あすか:「では、最初のラウンドへと、錨を上げるとしましょう」

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