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流し目  作者: 山神伸二
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馴れ初め

 あやめが横にいながら、米村は妻の葬式で次の嫁は若い方が得だと友人に言われたことを思い出した。

 米村はその際に葬式でまだ妻の悲しみに打ち剥がれている自分にそのようなことを言うのは随分と不謹慎ではないのかと憤慨した気持ちを持ったものだが、まさか数年後に本当に若い嫁をもらうとは思わなかった。

 妻を亡くしてからはしばらく一人暮らしをしていたが、その友人を始め、周りの人達はもう一度細君を持った方がいいと何度も助言のような事を言い、米村はその言葉に気が向いたと言うより、その言葉が嫌になり、その言葉が聞きたくないがために再び細君を取ることにした。

 親戚の勧めで幾人かの女性とお見合いをしたが、米村は乗り気ではなかった。女性は全員が若く、未来に希望を持っているように見えた。六十を過ぎた米村には彼女達の夫になる権利はないように思えた。お見合いを断ろうと思った時、あやめと言う一人の女性と出会った。

 容姿は他の女性と変わらず、品のある美しい少女の面影を残した女性であるが、彼女の家の小暮家はいわゆる没落貴族やら斜陽貴族やらと言われる家であり、米村の若い頃には名家として知られている家であった。

 なるほどと米村は思い、小暮家は今、愛娘をこうしてでもやらなければならない程であるのかと哀れみを抱いた。

 そして全ての人とお見合いを終わらせた時、米村は断るつもりでいたが、ふと、あやめと顔を合わせた際のあやめの不安と悲しみに満ちた顔が頭の中に現れた。

 自分が夫になって、彼女は幸せになるのだろうか。そう思ったが、米村は自分の家には金がある、彼女達を助けることはできるだろうと考えた。

 そして米村は改めて、あやめの意思を聞き入れた上で彼女に結婚を申し込んだ。

 小暮家はその申し出を受け入れた。そしてあやめも米村に嫌な顔を見せず、米村の細君になる事を選んだ。

 そんなあやめを米村は常に不憫に思っていた。そのため、初夜は行わず、あやめは常に自由な身として夫婦生活を営んでいた。

 妻としての責務など果たさなくても良い、どこへでも自由に出掛け、また、好きな男がいたら愛し合っても良いと常にあやめに言い聞かせていた。米村にとってあやめは嫁ではなく、娘、または孫のように思っていた。

 ただ、あやめはそんな事をせず、献身的に米村を支えた。夜のことは一切行わないが、二人の間に夫婦としての思いが小さく芽生えていた。

           ・

 前妻の葬式を急に思い出し、あやめに悪いと思い、米村はあやめを横目に見ながら、顔だけは真っ直ぐ見つめていた。

 米村は前橋の友人に用があり、そのついでに伊香保にも立ち寄った。

「私も連れて行ってくれるのですか?」

 あやめは健気にそう言ったが、米村は妻なのだからだと言い、あやめの手を引っ張るように旅のお供に指名した。

 石段沿いにあるカフェに立ち寄り、あやめを前に米村はあやめの目の周りの窪みや綺麗に作られた鼻の形などを流れるように見つめた。

 そしてあやめはテーブルに置いてある小さな生花に目を奪われていた。

 周りからは自分達はきっと夫婦には思われないだろうと思った。米村は自分自身が夫婦の自覚がないのだから当然かと声に出さないまでも心の中でそう呟いた。

 あやめの後ろには椅子に縄で縛られた裸の少女の絵が飾られていた。米村はこの絵があやめの背後に飾られていたことに安堵した。

 あやめは男との付き合いもない処女であり、米村は彼女の初めての相手は彼女としっかりと愛し合う男がいいと希望していた。そうでなければ、あやめとセックスを許すつもりはなかった。

 米村はあやめを前妻に比べると美しくはないが、二十歳を超えても可憐な雰囲気を残す、少女の匂いを感じさせる女性であると思っていた。米村は彼女を好きになる男は変態的な欲望を持った男が大半のような気がしていた。それは若い頃の友人がそうであり、彼は自分よりも年下のそれも十歳ほど若い女性を好んでいた。ただ、常識を弁えていた彼は容姿が若い女性と恋に落ち、年齢を自分の中で偽りながらその女性と暮らしていた。

 その女性と似た雰囲気を持つあやめにはそのような男が擦り寄ってくるように米村は思っていた。

 そんなあやめを米村は自分の年齢のせいか、セックスすらも知らない10代そこらの箱入り娘だと思ってしまう節があった。

 時々、酒を嗜むあやめを見ると、米村は彼女が成人しているのだと心の奥底で思い知らされ、その時ばかりはあやめを女性だと思い、米村が感じている年齢差の壁が消えるのである。ただ、それも日を跨ぐとやはり、あやめが子供のように見えてならず、老人と少女の壁が立ち、米村はあやめを可憐な娘として接するのであった。

 あやめ自身はきっとあの絵を見ても顔を赤らめたりはしないのかもしれないが、米村の中のあやめは未だに箱入り娘なのである。

 天井の方から小走りする音が聞こえ、近くの階段を一人の店員が駆け足で降りてきた。

 急いで珈琲を他の店員から受け取ると、それを客に運んでいた。

 汚れた窓に映る自分は情け無い老人に見え、あやめは不憫な女に見えた。

     

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