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それは物語のように

作者: まつか

どうでもよかった話


「お前のような本の虫の馬鹿女を嫁にもらってやるんだ、ありがたく思えよ。」


それが私の婚約者様の口癖です。

私の家は大きな商家から祖父の代に成り上がった男爵家でした。財力だけはある我が家に目を付けた国が、王妹が降嫁した事もある由緒正しいが財政難で傾きかけた辺境伯家を立て直す為だけに、我が家を男爵家から子爵家に陞爵してまで半強制的に結ばれた婚約です。

本来ならもっと私を大事にするべき状況なのでしょうが、プライドの高い彼は私が下位貴族なのが気に入らなくてしょうがないようでした。



ところで私の通う貴族向けの学園には大きな図書室があります。

寄贈された今では手に入らないような貴重な本もあり、本好きな私はそこが大好きでした。

私が好きなのは魔法の出てくる冒険譚や、お伽噺のような恋愛劇です。一つ歳上の婚約者様からは「そんな低俗な物を読む暇があったら、勉強の一つでもしたらどうだ。」と見つかる度に嫌味を言われます。しかし物語の中の広大な世界は、貴族と言う抑圧された環境で本を通していろんな世界を夢想し「こんな自分になりたい、こんな事が起きたら良いな。」と自分を奮い立たせる事が出来る大切な趣味なのです。

ですから私は、何度婚約者様からキツく当たられようとも図書室に通う事をやめませんでした。



「やっと我が家の再建の目処が立った、お前との婚約はこれで破棄させてもらう。父上とも話はついている、お前のような成金の(けが)れた血は我が辺境伯家にふさわしくない!」

いつものように放課後図書室で読書をしていた私の元へドタドタとやって来た婚約者様は、ふんぞり返って鼻息も荒く言いました。まだ目処が立っただけだと言うのに、何故そんなに得意気なのでしょうか?

私はゆっくりと本を閉じ、静かに「わかりました。」とだけ伝えました。


「アレを放置してよかったの?」

ドスドスと帰っていく婚約者様を見送りながら、私の隣にいた友人が心配そうに優しく問いかけてきます。

「えぇ、こちらももう辺境伯様とはお話がついておりますから。」

そう言うとニコリと微笑みました。

安堵したように息をつく友人を横目に、私は閉じた本を再び開きます。

「学年3位の才女を馬鹿呼ばわりしていた本物のお馬鹿が、滑稽なものね。」

「学年2位の貴女が言うと嫌味だわ、それと彼は自分以外に興味がないのです。私の顔も顔合わせの時からまともに見た事はありませんし、人混みではきっと私を見つけられないのではないでしょうか。」

そう零すと、それを聞いた友人はクスクスと笑いました。

「頭が良く、こんなに可愛らしい貴女を手放すなんて本当に愚かな男ね。」

そう言うと、友人は私の髪にソっと触れました。そのまま楽しそうに毛先を指にくるくると絡めて楽しんでいます。


「あっ!姉上、また彼女の邪魔をしているのですか!?」

そこに彼女の双子の弟が現れました。

彼女に似た優しげな笑顔で、私と彼女の間に割り込みます。

「ズルいですよ姉上、僕だって彼女ともっと話したい事があるのに我慢してるんですから。」

「ハイハイ、どうやら首尾よくいったみたいね?」

と言いニヤリと笑う彼女に「勿論だよ。」と彼女の弟もまた、よく似た顔をニヤリとさせるのでした。




「ずっと努力家で真っ直ぐな貴女をお慕いしておりました。どうか僕…いや、私と共に辺境の地で暮らしてくれませんか?必ず貴女を守ると誓います。」

そう言いながら跪きその手を差し出す彼に私は、

「はい。私も、お慕いしておりました。喜んで。」

と微笑んでその手を取りました。

両親や友人、相手方のご両親も拍手でお祝いしてくださいます。

和やかな空気の中、婚約の手続きが進んでいたそんな時でした。

「どういう事だ!!」

と使用人の静止を振り切って、我が家の庭まで侵入してきた者がいました。

元婚約者です。

「ごきげんよう、元婚約者様。見ての通り、本日は私と彼の婚約についての話し合いの場ですが何か?」

そう強めに言い微笑むと、彼は何時もより強気な私に一瞬怯み言葉に詰まりながらも叫びました。

「お前なぞどうでもいい!何故唯一の子の私が廃嫡され、ソイツが辺境伯家の跡継ぎになるんだ!そんなのはおかしいだろ!!」

そう言いながら、私の愛しい婚約者を指差します。

「彼は貴方の従兄弟、辺境伯様の姉君であらせられるお義母様の子です。辺境伯家の血を引いた子が養子になり辺境伯家の跡継ぎとなるのになんの問題がございますでしょう?」

私がそう言い返すと彼は尚も口を開こうとしましたが、友人に遮られました。

「そもそも、有事は嫡男の弟ではなく私が我が伯爵家を継ぎ、弟が辺境伯家を継ぐという叔父様とのお約束です。『王命で下された婚約を破棄しようとする男に、大事な辺境伯家を継がせられない。令嬢と交流があるのなら、このまま辺境伯家を継いで彼女と婚姻を。』との叔父様からの頼みを我が家は受け入れただけなのですよ。」

友人がそう言うと、

「僕は姉上の昔からの友人である彼女を愛していました。辺境伯家の事もあり諦めていましたが、貴方が彼女を手放すのなら私が幸せにします。勿論、辺境伯家も僕達で立て直すつもりです。」

そこまで言われると、彼はギリギリと歯を食いしばって押し黙りました。


「お客様のお帰りだ、門までお送りしなさい。」

お父様がそう言うと我が家の護衛が数名、彼の周りに集まります。

護衛に囲まれ連れて行かれる元婚約者に、愛しい彼が急に駆け寄って行き何かを囁きました。

その瞬間、元婚約者は狂ったように暴れ出し護衛に抱えられるように外に追い出されて行きました。


「もう、危ない事するんじゃないわよ。」

友人、いえこれからは義姉ですね。彼女が彼に注意します。私も、同意して心配そうな顔を向けました。

彼はペロリと舌を出すと、いたずらっ子の顔で「ごめんごめん」と謝りました。



その後の元婚約者の事は知りません。わざわざ調べようとも思いませんでした。

まともにお茶会や贈り物すらもした事がなかった私達の関係など、その程度だったのですからしょうがない事です。

時折、親友であり義姉が私の溜飲を下げる為になのでしょうか、「どこそこで盗みで捕まった」等と聞かせてくれますが、興味もないのですぐ忘れてしまいます。



後日、夫となった彼にあの時なんと言ったのかと問いました。

「あぁ、やっぱり物語だったらこういう時はこれかなぁ、と思って『ざまぁ!』って言ってやったんだよ。」

そう言うと、夫はあの時のようないたずらっ子の顔で笑うのでした。

ヒーローは学年1位で、元婚約者は学年50位くらいです。

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