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#5

 九月一日。新学期が始まる日。

 始業式の後、皐月は担任の来島くるしまに連れられて、六年二組の教壇に立たされていた。クラス中の視線が集まり、なんだか恥ずかしい。クラスの人数はパッと見で三十人ほどか。それが一学年四クラス。前に通っていた西高田小学校は一学年三クラスだったので、前よりもだいぶ大きな学校だ。

 クラスの中には千歳の姿が見えた。それと、花火大会のときに少しだけ話した深雪の姿もある。縁があるものだ。

 教壇を挟むように配置されている机が気になる。そこには腕白そうな少年が座っていた。変な席順だ。

「それじゃ、さっきも紹介があったと思うけど、転校生を紹介するぞー」

 来島が皐月の名前を黒板に書く。彼は三十代前半に見え、中肉中背で今一つ特徴のない外見をしている。優しそうな雰囲気はあるのだが。

「月野町から引っ越してきた、如月皐月君だ。如月君、自己紹介して」

「あ、はい。……えっと、月野町の西高田小学校から来ました、如月皐月です。上四日かみよっか町の市営団地に住んでます。あと半年ですけど、よろしくお願いします」

 皐月はぺこりと頭を下げると、拍手が聞こえた。トチらずに喋れて一安心。

「席は白雪の隣が空いてるから、そこに座ってな」

「あ、はい」

 教室の後ろ、窓側に空いている席があった。そこに向かう。千歳がこちらに小さく手を振っていたので、返事に小さく手を振り返す。

「や、如月君。白雪深雪よ。改めてよろしくね」

 席につくと、深雪が声をかけてきた。ずいぶんと人懐っこい少女だ。そっちのほうが話しやすいといえば話しやすいのだが。

「うん、よろしく」

「花火大会の時に会ったよね。ちとっちゃんとも一緒だし、不思議な縁があるのかも」

 深雪が笑った。この様子だと、千歳と仲がよさそうだ。

「ちとっちゃんも喜んでたよ。幼馴染なんだって?」

 どうやら千歳は昔のことを深雪にいろいろ話しているのかもしれない。なんだか面倒な展開になりそうなので、話を変えてみる。

「うん、まぁ、そうだけど。ところで、前の席。あれって?」

 さっきの自己紹介の時に気になっていた、教壇を挟んでいる机について聞いてみる。

「あ、あれはスペシャルシート。授業中に五回怒られると、あの席行きだよ。あたしも一回行ったなぁ」

 教壇の左右とかスペシャルすぎる。ということは、黒板の隅に書かれている名前と「正」の字は怒られた回数ということだろうか。

「授業中に怒られると、あそこに名前書かれるの。名前書かれる子は決まってるんだけどね」

 かく言う深雪も二回怒られているらしい。五つほど並んでいる名前の中に、堂々と「白雪」という文字がある。

 そうこうしているうちに、クラスメイトの自己紹介が始まったので、深雪との話を切り上げ、自己紹介に集中する皐月だった。



 今日は始業式だったので、ホームルームだけで学校は終わり。休み時間の質問責めで、皐月はだいぶくたびれていた。早く帰って、霞に今日のことを話しておこう。

 花火大会の後は、天気が悪かったり、宿題をまとめていたりと忙しく、霞のところには一回しか行けなかった。そのときは普段通りに話せた。やっぱり、この前の変な雰囲気は、霞の気まぐれだったのだろう。

「如月君、如月君」

 帰り支度をしていると、肩を叩かれた。振り返った先には、二人の少年がいる。一人はどこか育ちのよさそうな美少年、もう一人はスポーツ刈りの腕白そうな少年。そういえば、腕白そうな少年はスペシャルシートに座っていた。

「えっと……」

 自己紹介は済んでいたが、それだけで名前を覚えられるはずもなく、皐月は二人の胸元にある名札に目をやった。

「あ、名前わかんねーか。オレは井上成美いのうえ なるみ。こいつがエドワード」

「あはは、角田洋一すみだ よういちだよ」

 腕白そうな少年が成美、美少年がエドワードこと洋一らしい。名札にもそう書いてある。

「上四日団地だよね。一緒に帰ろうよ」

「え、井上君と角田君も?」

「うん。僕はA棟で、なるちゃんがC棟。如月君は?」

「オレはB棟だけど」

「B棟なら、千代田さんと一緒のとこかな?」

「近道とか教えてやるから、一緒に帰ろうぜー」

 成美が肩を組んできた。同じクラスに同じ団地の人が三人もいるとは、友達を作るにはいい環境だ。

「うん。じゃあ、一緒に帰ろう」

 霞に話すことも増えた。とりあえずこの二人とは友達になりたいものだ。

 ともあれ、皐月はランドセルを背負って、二人と一緒に靴箱に向かう。この学校は鞄が自由らしく、成美はランドセルではなく市販品のリュックサックを使っている。

「ところで、角田君ってなんで『エドワード』なの?」

「エドワードっぽいから!」

 身も蓋もない答えが返ってきた。確かに育ちのよさそうな洋一は「エドワード」っぽいといえば「エドワード」っぽい。

「あー。なんとなくわかるかも」

「だろー?」

「女子にも定着しちゃってるもん。先生までたまに使うし」

 そこまで理由のないあだ名が定着するとは、洋一も気の毒というかなんというか。本人が嫌がっていないせいもあるのだろうか。

 三人は下足に履き替えて、団地に向かう。団地までの話題は昔の学校だったり、テレビゲームだったり、バラエティ番組だったり、他愛ない話。

 だけど、久々の他愛ない話は、とっても楽しくて。

「じゃ、飯食ったらそこの自販機に集合な!」

「うん!」

 霞と会うよりも、成美達と遊ぶことを優先させるのだった。

 友達を作るためだから、霞も許してくれるよね。

 そう、自分に言い聞かせつつ。




 二学期に入って、初めての土曜日。

 学校は昼まで。成美と洋一との三人で団地まで帰ると、荷物を置いて昼食を取って、皐月は霞のところに向かっていた。

 やはり、授業が六時間目まであると、放課後に時間は取れないし、成美や洋一と帰る流れで少し遊んでしまう。木曜日は五時間だったが、その時は友人と日が暮れるまで遊んだため、霞のところには行けずじまい。今日は友人に「用事があるから」と言って、時間をなんとか作り出すことができた。霞と会うのは楽しみだが、少し気まずくもある。

 霞さん、怒ってないかな。

 なんてことを思いつつ、皐月は自転車を走らせた。


 皐月と最後に会ってから、何日が経っただろうか。

 霞は床に寝そべって、ぼーっと天井を眺めていた。

 こうなることはわかっていた。いくら皐月がよくしてくれるとはいっても、自分のような異形の者よりも、年の近い友人と話したり遊んだりしたほうが楽しいに決まっている。ここにはもう来ない。そうなっても不思議ではない。

 だけどその一方で、皐月ならきっと来てくれるという気持ちもあった。自分のことを「友達」とはっきり言ってくれた、初めての人。

 だから、独りの時間はとても寂しく、静かで、長かった。

 皐月の暖かさを知ってしまった以上、それを忘れることはできなかった。皐月に会いたい。会って、話をして、お菓子を食べる。それだけでいい。いや、声を聞くだけでいい。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。こんなことになるのなら、会わないほうがよかった。霞は自分の両肩を抱いて、少し震える。

「かーすーみーさんっ」

 皐月の声とノック音で、霞は跳ね起きる。

 皐月が来てくれた。胸が高鳴っている。ひょっとしたら顔も赤くなっているかもしれない。

「皐月かっ!?」

 思ったよりもずっと大きな声。あぁ、声に出てしまった。

「霞さん、こんちは。久しぶり」

 皐月がはにかみながら入ってくる。ずっと見たかった顔。ずっと聞きたかった声。胸が凄く高鳴っている。こっそり深呼吸。

「……うむ、久しいのう。元気にしておったか?」

「うん。霞さんも?」

 皐月が目の前に座る。とても近い、手を伸ばせば触れられる距離。

「元気といえば元気じゃったな。……じゃが、寂しかったぞ」

「……そっか。ごめんね。新しくできた友達とばっか遊んでたから」

 皐月が申し訳なさそうにはにかんだ。

 友達と遊んでいた。自分よりも、新しい友達を優先した。胸の中に、なんだかもやもやした気持ちがたまってきた。

「そ、そうか。やはり、友達ができたのじゃの」

「うん。同じ団地に住んでる人がいて。おもしろい人ばっかりで、楽しくやってるよ」

 皐月が楽しくやっている。それは喜ばしいことだ。だけど、心の中のもやもやは晴れなかった。これは嫉妬なのか。皐月の言う「新しい友達」への。

 こうなることはわかっていたはずだ。しょせん、自分は異形なのだから。普通の人と遊んでいたほうが、皐月のためになるのだろう。

「……霞さん?」

 今の気持ちが顔に出てしまっているのか、皐月が心配そうな口調で問いかけてきた。

 このままじゃまずい。ひょっとして、自分は皐月を縛り付けているのではないのか。無理して来ているのではないのか。

「……今日は、友達と遊ぶ約束はあったのか?」

「え? ……うん。誘われたけど、霞さんと会いたかったから」

 やっぱり。「一人にしない」とはっきりと約束してくれた皐月だ。その約束を守ろうとしてくれているのだろう。

 駄目だ。このままでは、皐月に依存してしまうし、彼を縛り付けてしまう。

 少しの間、沈黙が場を包んだ。皐月はきょとんとした表情を浮かべている。こちらが喜んでくれると思っていたのだろう。確かに嬉しかった。だけど、その一方で、申し訳なさも感じていた。

 ……お互いのために、言おう。

 きっと後悔する。だけど、皐月のため、自分のため。

「……もうよい」

「え?」

「もう、来なくて良い……」

「えっ!? それ、どういうことっ!?」

 皐月が前のめりになる。その表情には驚愕が混じっている。

「もうよいのじゃ!! もう、そなたは必要ないっ!!」

 皐月の顔を見ると、絶対にそんなことは言えない。だから、目を逸らしながら言う。

「わしを一人にしてくれ……。頼む、これ以上、わしに関わらないでくれ……!」

「霞さん……」

「帰れッ!!! わしなんぞに付き合う義理はなかろうッ!!」

 涙混じりの、強い口調。本当に心が痛い。だけど、だけど、ここまで言わないと、皐月は諦めてくれそうにない。

 皐月は俯いて、言葉を探しているようだった。

「……ごめん。余計な、こと……、しちゃった?」

 ようやく聞こえてきた皐月の声は途切れ途切れで、とても悲しそうだった。

 違うと言いたい。余計なことなんかじゃない。来てくれて本当に嬉しかった。そう言いたい。

 だけど、ここでくじけると、完全に皐月に依存してしまう。

 だから霞は、歯を食いしばって、何も言わなかった。

 沈黙が続く。それは何時間も、何日間もあるように思えた。

「……ごめん。今日は、いったん……帰るね」

 皐月の声は寂しそうだった。

 声を出せば引き留めてしまいそうだ。いや、絶対に引き留めてしまう。だから黙っている。

 皐月が立ち上がって、出口に振り返る。その背中はとても遠く見えた。思わず手を伸ばす。

 皐月は振り返らずに、ほこらから出ていった。霞は外に出ると、階段を降りて行く皐月の背中を見つめる。彼の背中が少しずつ小さくなっていく。

 もう、会えないんだろうと思う。だけど、それでいい。皐月はこれからの人間だ。未来のある人間を、自分のような理外の者が縛り付けておいていい道理はない。

 九月の風が霞の髪を揺らす。それは温かったが、霞はとても冷たく感じていた。

「……さよならじゃ、皐月」

 皐月の姿が見えなくなったところで、霞はそう呟いた。

 涙が一筋、頬を伝った。



 霞さん、どうしたんだろう。

 皐月は力なく自転車を漕いでいた。霞から一方的に突き付けられた絶縁宣言。

 来たときは本当に喜んでいたのに、あそこまで怒られるとは思っていなかった。正直なところ意外で、とても悲しい。胸が凄く痛い。

 霞が寂しがっていたのは本当だと思う。じゃないと、あんなに嬉しそうに返事はしてくれない。なら、なんで豹変したんだろうか。

 友達と楽しくやっていたと言ったせいか。霞を放って、友達と遊んでいたのが悪かったのだろうか。

 それが悪いというのなら、どうしようもない。人間の友達を放って、霞と一緒にいるなんて、できそうにない。

 だけど、霞とは一緒にいたい。

 霞が友達だから? 違う。

 霞への同情? 違う。

 ひょっとして、自分は霞のことが――。

 いろいろなことが頭をよぎって、考えがうまくまとまらない。皐月は霞の最後の表情を思い浮かべながら、力なく家路を辿るのだった。




 およそ二週間後の金曜日。

 あれから霞のほこらには何度か足を運んだ。だけど、声をかけることはできなかった。霞があそこまで言ったからには、何か理由があるはず。だけど、それがわからない。それがわからないと、会ったところで何も話せないだろう。

 成美や洋一といった友人と遊んでいる間は楽しかった。だけど、一人になったとたん、霞のことが脳裏に浮かぶ。

 寂しくないのだろうか。元気にしているのだろうか。

 霞への感情は、弥生とも、千歳とも、深雪をはじめとするクラスメイトとも違う。霞のことを考えると、胸が高鳴って、そして苦しくなる。

 自分はきっと、霞のことを好きになってしまったのだと思う。

 外では雨風が強まっていた。

『非常に強い台風十八号は、依然強い勢力を保ったまま九州に上陸しており――』

 テレビのニュースでは、台風情報が流れていた。暴風雨に翻弄される都市の姿が映っている。

「うわ、直撃コースじゃないの」

「明日はヤバそうだな。爺ちゃんは大丈夫かね」

「学校休みにならないかしらねー」

 進路予測では、明日に辛木市に上陸しそうだ。弥生は休校を期待して笑顔になっているが、雷電は出勤の辛さを想像してしかめっ面だ。

 非常に強い台風。霞のいたほこらはボロボロだった。ひょっとして、台風で壊れてしまうんじゃないのか。

 そのことを考えていると、どんどん不安になってきた。霞の顔を見たい。

 決めた。

 台風が過ぎたら、霞に会いに行く。何と言われても構わない。霞の顔が見たい。

「さっちゃん、お風呂大丈夫?」

 弥生の声で、皐月の思考は中断された。そういえば、風呂に湯を張っていた。

「……あっ」

「溢れてるんじゃない? 早く見てきなさいよ」

 風呂場に行ってみると、案の定溢れていた。何を話すかは、風呂に入りながら考えよう。

「溢れてたんでしょー? 先に入りなよ」

 弥生の言葉に甘え、風呂に入る準備をする皐月だった。

スペシャルシートは私が小学生の頃に実在しておりました。

二回ほど座らせていただきました……w

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