蛇女と二人旅を。 ~二日目
翌朝。
霞が目を開けると、時刻は6時だった。隣では皐月が気持ちよさそうに眠っている。二度寝しようと思ったが、皐月の寝顔を見ていると、その気持ちは消えていった。自然と微笑みが浮かぶ。もう少し眺めていよう。
本当に可愛い寝顔だと思う。自分のような蛇女にはもったいないと何度も思うが、それを口にすると皐月は嫌な顔をする。
霞が蛇女とか、関係ない。オレは霞が好きなだけだから。
皐月の家に住み始めてから、その言葉を何度か聞いた。こんな男に見初められて、自分はつくづく幸せ者だ。
「う……ん……」
視線を感じたのかどうかはわからないが、皐月が寝返りをうった。寝顔観察はここまでにしよう。目が冴えたからテレビを点けようかと思ったが、テレビの音で皐月を起こすのも悪い。
そうだ、朝風呂にでも入ってこよう。
霞はタオルを持つと、人間の姿になり、音を立てないように大浴場に向かった。
大浴場には誰もいなかった。昨日は寝る前に一度入ったが、そのときは他人がいたので人間の姿で入った。
しかし、今は誰もいない。大浴場は広く、蛇の体を伸ばしても十分足りる。
霞は人の気配がないことを確認すると、蛇女の姿に戻り、湯につかる。
「……ん~~~っ!」
風呂で体を伸ばす。それはとても気持ちよく、思わず声が漏れた。
これで皐月が側にいたら申し分なしなのだが、それだと昨日のような密着は期待できまい。彼の性格からして、わざわざ広い浴槽で近付いてくるとは思えなかった。
まぁ、そういう恥ずかしがりなところも可愛いのだが。
そんなことを考えていると、体がだいぶ温まってきた。ちょっと体を冷ますべく、浴槽から出る。
そのときだった。
「ふぁ~……」
浴場の扉が開き、若い女性があくびをしながら入ってきた。
そして、蛇女の姿の霞と目が合う。
「……はうあ!」
女性は叫び声をあげると、浴場から飛び出した。
まずい、見られたかも。霞は人間の姿に化けると、浴槽に戻る。
しばらくして、先程の女性が戻ってきた。
「……あれ、さっき蛇を見かけた気がするんだけど……」
「蛇?」
平静を装いつつ首を傾げる霞を後目に、女性が浴槽に入ってきた。入るときに霞の下半身をちらりと見て、ため息をつく。
「まだお酒残ってるのかなぁ……。昨日飲み過ぎたし……」
どうやらうまくごまかせたらしい。霞もため息を漏らす。こちらは安堵のため息だが。
ぼろが出る前に引き上げよう。霞は女性に会釈して、浴槽から出た。
部屋に戻ってみれば、皐月はまだ眠っている。霞はくすりと笑ってから蛇女の姿に戻り、窓際の椅子に腰掛けた。窓からは朝の温泉街が見える。昨日は賑やかだったのに、今は誰もいない。ちょっとした非日常だ。
「うーん……」
少しして、皐月の声がした。布団を眺めてみると、皐月が起きていた。
「皐月、おはよう」
「……うん、おはよう」
皐月は眠たそうに目をこすりながら、霞の向かいにある椅子に座る。寝起きだからか、皐月の声には元気がない。
「眠そうじゃの。朝風呂でも入ってくるか?」
「……うん、そーする。霞はもう入ったの?」
「つい先程に入ってきたぞ。気持ちよかった」
「そっか。じゃ、行ってくるね」
朝風呂のことはまた後で話そう。
霞は皐月が風呂に向かうのを見送ると、時間潰しにテレビを点けるのだった。
朝風呂の後、朝食―バイキングだった―を済ませると、待っているのは帰り支度。
昨日の楽しさを思い出すと、帰るのは名残惜しい。
そして、名残惜しいのは宿ではなく、二人きりの時間。
皐月は思わずため息を漏らした。
「うん? どうしたのじゃ?」
「いや、帰るのがもったいないな、って」
時間が許すのなら、ずっと二人きりでいたい。そう思う皐月だった。
「確かにな。こうして二人でいられる時間が終わるのは、なんだか名残惜しいぞ」
とはいえ、帰らなければならないことに変わりはない。連泊など、資金も時間も許してくれない。
「よし、荷造り終わり。霞、忘れ物ない?」
「大丈夫じゃ。全部鞄に入れたぞ」
「そっか。じゃ、帰ろ」
皐月は部屋の中を見渡すと、テレビを切って、外に出た。霞が鞄を持ってついてくる。
明日からまた学校。非日常はこれで終わり。
なんだか憂鬱な気分になるが、日常あっての非日常。慣れないことが起こるからこそ、楽しいのかもしれない。毎日が好物なら飽きてしまう。それと同じなのだろう。
次に非日常が起こることを期待しながら、皐月はフロントに向かうのだった。
自宅に帰ってきて、土産の菓子を雷電に渡す。霞は弥生と話し込んでいた。旅行の報告だろうが、きっと恥ずかしい話ばかりしているに違いない。またしても弥生にエサを与えてしまった。
土産はあと二つ。友達と食べるための菓子と、千歳宛ての菓子。彼女には何度か宿題を見せてもらっているので、世話になっている。霞も皐月と千歳が幼馴染なのは知っており、購入を勧めてきた。
買ったからには渡さないと。千歳宅のチャイムを鳴らす。
「はーい」
出てきたのは千歳だった。いいタイミングである。
「あ、さっちゃん。どうしたの?」
「……えっと、温泉、行ってて。それで、これ。お土産」
菓子を千歳に渡す。彼女はそれを受け取ると、しばらくぼーっとした表情を浮かべていた。
「……あ、好みじゃなかった?」
「ううんっ! ありがと、大事にするね!!」
千歳は嬉しそうなのか、悲しそうなのか、よくわからない表情になって、頭を下げた。
「いや、早めに食べてね」
ボケなのか素なのかよくわからない。とりあえず目的は果たしたので、自宅に戻ることにした。
「じゃ、また明日ね」
「うん、また明日。本当にありがと!!」
声の調子からすると、喜んでくれたようだ。一安心して、自宅に戻る。
戻ってみれば、居間で雷電が土産の菓子を食べていた。よくある饅頭で、千歳に買ったものと同じだ。
「お、皐月よ。これイマイチだな」
「え」
試しに一つ食べてみると、雷電の言うようにイマイチの味だった。美味いとは決して言えないが、滅茶苦茶不味いという訳でもない、ネタにならない味である。
最後の最後でやっちゃった。皐月は土産選びを後悔しながら、仕方なしに饅頭をもう一つ口に運ぶのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
うん、いちゃラブが書きたかっただけなんだ。ロールミーが書きたかっただけなんだ。
旅館の描写は記憶が頼りなので危ういです。一人旅だとビジネスホテルしか泊まらないから……。
後日譚はもう一つ考えていますので、また気長にお付き合いください。