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蛇女とラブソングを。  作者: あびす
後日譚
10/13

蛇女と二人旅を。 ~一日目後編

『次はー、文雄温泉ー、文雄温泉ー』

 車内放送で、皐月と霞は指を止めた。指だけでできる簡単な遊びをいくつか教えていたら、随分と時間を潰せた。

「あ、そろそろ着くね」

「みたいじゃな」

 駅に着くと、二人は電車から降りた。ここらでは結構有名な温泉地なだけあって、降りる人は多い。

 改札をくぐって駅から出ると、真っ赤な中国風の門が目に入った。

「うわ……」

「おぉ……」

 いきなりの異質な光景に、二人はしばらく言葉を失う。どうやら温泉街の入口のようだ。

「なにやら凄い建物じゃのう……」

「うん。びっくりした」

 時計を見てみれば、午後4時。見物の前に、まずは荷物を置くことにしよう。皐月は荷物から宿の地図を取り出して、宿に向かった。

 宿は駅から徒歩5分。なかなか大きい旅館だ。玄関をくぐって、受付に向かう。

「いらっしゃいませ」

「あの、如月といいますけど……」

 福引きでもらった宿泊券を取り出して、受付の仲居に見せる。

「少々お待ちください……。……はい、如月様ですね。本日はありがとうございます」

 仲居が部屋の鍵を取り出して、案内のためにカウンターから出てきた。

「お部屋は303号室になります。ご案内しますね」

 大浴場の位置と風呂に入れる時間の説明を受けながら、階段を上る。部屋は3階にあった。中に入って、荷物を置く。和室である。

「お疲れさまでした。お食事は何時にいたしましょう?」

「わしはいつでもいいが、どうする?」

「うーん、じゃあ6時ぐらいにしよっか」

「うむ」

「では、6時にお持ちしますね。何かわからないことなどございましたら、フロントは内線9番となっておりますので、そちらのほうにおかけください」

「はーい」

「では、ごゆっくり」

 仲居が部屋から退出すると同時に、皐月は畳に寝転がる。

「ふー、やっとついたね」

「じゃな。……疲れたのう」

 霞は蛇女の姿に戻りつつ、寝そべっている皐月に覆い被さってくる。

「わ、もう、いきなり何?」

「慣れたといっても、やはり人の姿は疲れるのじゃ」

「そこはわかるけど……」

「よいではないか、二人きりなんじゃしな」

 霞は笑顔を浮かべ、抱きついてきた。顔を皐月の胸にこすりつけ、甘い声を出している。ここまで崩れた霞は初めて見る。

「もう、霞、二人きりだからって……」

「うん? 皐月は嫌なのか?」

 嫌ではないが、恥ずかしい。霞の悪戯っぽい笑みは可愛らしいと思うが、それはそれである。

「嫌じゃないけど、恥ずかしいっていうか……」

「二人きりじゃ、何を恥ずかしがる必要がある?」

 霞の返答は予想通り。抱きつかれたままで、心拍数が上がりっぱなしの皐月である。

「もう、せっかく温泉に来たんだから、お風呂入りに行こうよ」

「む、風呂か」

「霞は大きなお風呂に入ったことないでしょ?」

「うむ。……では、続きは帰ってからじゃな」

 まだくっつき足りないのだろうか。この調子だと、この旅行はなんだか疲れそうだ。皐月はこっそりとため息をつくのだった。

 着替えとタオル、それと財布を持って、二人は共同浴場に向かった。



 共用浴場から出て、周辺をぶらりと散策して戻ってくると、午後6時前。自宅への電話も済ませたし、ちょうどいい時間だ。

「温泉、気持ちよかったね」

「うむ。のびのびできてよかったぞ。できれば元の姿で入りたかったのじゃがな」

「……それは大騒ぎになっちゃうからやめてよ」

 とはいえ、リラックスする場所である温泉に変身した姿でしか入れないというのはなんだか気の毒だ。

 何気なく宿のパンフレットをめくると、家族風呂の案内があった。料金は一時間で1000円とのことだ。

「霞、貸し切りのお風呂あるんだって」

「貸し切り?」

「貸し切りだったら霞も元の姿で入れるでしょ?」

「うむ。じゃが、高いのではないか?」

「いいよ、小遣いもらってるし。ご飯の時に聞いてみるね」

「じゃあ頼む。……いらぬ気遣いをさせてすまぬな」

「ううん、やっぱりお風呂にはのびのび入ってほしいしね」

「やはり皐月は気が利くのう。そういうところが好きなのじゃ」

 霞は笑顔を浮かべて抱きついてきた。今日は本当にここ一週間分ぐらい抱きつかれている気がする。

「ちょっと、そろそろ仲居さん来ちゃうから!」

 なんてドタバタしていると、ノック音が聞こえてきた。

「失礼します」

「あ、はいっ」

 霞を無理矢理引きはがすと、努めて平静を装う。霞は未練惜しそうに指をくわえていた。

「お食事のほう、お持ちしました」

「あ、すみません」

 仲居がテーブルに手際よく料理を並べていく。和食中心の、いかにも旅館の食事といった趣だ。

 料理を並べ終わった頃合いを見つけて、皐月は仲居に声をかける。

「あの、すみません」

「はい、なんでしょう」

「家族風呂って、今からお願いしても大丈夫ですか?」

「えっと、少々お待ちいただいてよろしいですか? 確認後にお電話させていただきます」

「あ、じゃあお願いします」

「では、失礼します。ごゆっくりどうぞ」

 仲居が出ていった。これで取れなかったら、なんだか間抜けだ。空いてることを祈る皐月だった。

「じゃ、食べよっか」

「うむ」

「「いただきます」」

 夕食は美味だった。久々に豪勢な食事をした気がする。

「おいしいね。……お父さんとお姉ちゃんは、今頃何食べてるのかな」

「案外贅沢しておるのかもしれぬぞ?」

 霞の予想は微妙なところで、弥生は友人と遊びに行っており、雷電は飲みに出かけていた。二人とも普段なかなかできないことをやっているといえば、贅沢をしているのかもしれない。

 閑話休題。

 半分ほど食事を終えたところで、部屋の電話が鳴った。おそらく家族風呂の件だろう。皐月が電話に出る。

「はい、もしもし」

『フロントです。先程お問い合わせいただいた家族風呂の件ですが、ちょうど空いております。何時からになさいますか?』

 一安心。皐月は時計をちらりと見る。時刻は18時20分。

「あ、じゃあ7時からお願いします」

『かしこまりました。料金は一時間で1000円となっておりますが……』

「えっと、一時間でお願いします」

『7時から一時間ですね、かしこまりました』

「お願いします」

 電話を切って、テーブルに戻る。

「どうじゃった?」

「7時から一時間。ご飯食べたらちょうどいい時間になるでしょ」

「じゃな。ふふ、楽しみじゃのう」

 食事を終えると、18時40分。ちょっと早い。

「……あ、浴衣があるよ」

「浴衣か。じゃあ着替えるとするかの」

 霞はそう口走ると、おもむろに服を脱ぎだした。皐月は思わず顔をそらす。

「ちょ、いきなりすぎるでしょ!!」

「うん? 皐月になら別に見られてもいいがの?」

「そういう問題じゃなくてー!!」

 皐月も慌てて浴衣に着替える。霞のほうを見ないようにしているが、衣擦れの音がどうしても気になってしまう。

「ふふ、終わったぞ、皐月」

「……もう」

 皐月にとって、和服姿の霞はしっくりくる。霞も最近は洋服を着ることが多くなったが、馴れ初めの頃は和服姿であったため、和服の印象が強い。

 とりあえず着替え終わったので、霞のほうに向き直る。

「皐月、浴衣が左前になっておるぞ」

「左前?」

「それは死人に着せる格好じゃぞ」

「そうなんだ。慌ててたから……」

 皐月は蝶結びにしていた帯を解いて、浴衣を手直しする。

「ちょっと待っておれ、帯を結んでやろう」

 すると霞が背後に回り、帯を結んでくれた。結び方がわからなかったので、ちょうどよかったといえばちょうどよかった。

「失礼します」

 ノックと共に仲居が入ってくる。ちょうどいいタイミングだ。

「お食事のほう、お下げしますね。あと、お布団の準備もさせていただきます」

「あ、すみません」

 時計を見てみれば19時前。そろそろいい時間だ。

「霞、お風呂行こっか」

「うむ」

 食事の片付けをしている仲居にお辞儀をして、二人は旅館内の家族風呂に向かった。家族風呂が備え付けられているとは、やはり大きな旅館である。

 更衣室は広くて、ちょっとした部屋のようになっている。

「じゃ、霞、先に入っていいよ」

「うん? ……二人で入るのではないのか?」

「えぇっ!?」

 どうやら霞は二人で風呂に入れると期待していたようだ。皐月の言葉に、あからさまに落胆の色を浮かべている。

「せっかくいい機会じゃと思っておったのに……」

 しょんぼりしている霞を見ていると、なんだか気の毒になってきた。そもそも、二人で風呂に入るのは恥ずかしいだけで、嫌というわけではない。霞を期待させてしまったのは自分だし、彼女を落ち込ませたくない。

 恥ずかしいという意識にそう言い訳をしながら返答する。

「じょ、冗談だよ。……一緒に、その、入ろっか」

「うむ!」

 皐月の言葉に、霞ははちきれんばかりの笑みを浮かべて、蛇女の姿に戻る。

「時間が決まっておるのじゃろう? 早く入ろうぞ」

 霞が帯を解き、浴衣を脱ぐ。その姿をちらりと見た皐月は思わず赤面した。

 霞は下着をつけていなかったからだ。

「ちょ、霞、下着は?」

「着物は下着をつけぬのじゃぞ? ……あぁ、洋服のときも『ぱんつ』ははいていなかったがの」

「はい!?」

「この姿になるときに邪魔になるからの。安心せい、そう見えるものではない」

 確かに霞のスカートの丈は膝の少し上程度と、そこまで短くなかった。そんな事情があったとは知らなかった。

 とりあえず皐月も浴衣を脱いで、霞の裸をできるだけ見ないようにしながら浴場に入る。浴槽はなかなか広く、二人で入っても余裕がありそうだ。

「皐月、そうそっぽを向くでない」

 そんなこと言われても、無理なものは無理。

 とりあえずかけ湯をして浴槽につかる。少しして、霞も入ってきた。霞が入ると、蛇女の姿なだけあってか、一気に湯が溢れる。

「ふう……これはいいのう。極楽極楽」

 霞は本当に気持ちよさそうだ。蛇の体は伸ばせていないが、それでも自宅の風呂よりは大きく、それに余計な気を遣わないでいいのは大きいようだ。

 霞と向かい合わせになっている皐月は、なんかもう凄く恥ずかしく、口まで湯につかっていた。

 目線はちょうど霞の胸の高さ。こうして見ると、霞は本当に巨乳である。大きくて、柔らかそうで――。

 って、何を考えてるんだよ、オレ。

 皐月はやましい気持ちを振り払うかのように首を横に振って、鼻まで浴槽につかるのだった。




 部屋に戻ってきてみれば、布団が二組敷かれていた。とりあえず布団の上に座って、テレビを点ける。

 隣の霞は、蛇女の姿に戻ってほくほく顔だ。

 無理もない。何せ、家族風呂では皐月に抱きつき、巻き付き、のしかかりとやりたい放題であった。

 霞とは対照的に、皐月は疲れきった表情である。つっこみ疲れと、軽い湯あたりだ。帰りに買ったペットボトルの茶を飲み、一息つく。困惑こそしたが、満更でもなかった。

「皐月、家族風呂を借りて正解だったのう」

「まぁね……」

「いやはや、風呂であんなことができるとはのう。広い風呂は良いものじゃな」

 風呂のことを思い出すと、赤面しかしない。皐月は寝転んで、テレビのチャンネルを適当に変える。

「あ、わしは今の番組がいい」

「だと思った」

 霞はクイズ番組を好む。問題はわからなくても、自分の知らない知識が入るのが嬉しいようだ。問題一つ一つに一喜一憂する霞を見ていると面白く、如月家のゴールデンタイムはたいていクイズ番組が流れている。

 いつものように二人で問題に挑みながら時間を潰す。時刻は20時過ぎと、寝るには少し早い。

「……皐月、今日は本当に楽しかったぞ」

 CMに入ったとき、霞が唐突に呟いた。

「普段できないことばかりできたからの。皐月には迷惑だったかもしれぬが」

「……迷惑なんかじゃないよ。オレも、楽しかった」

 皐月の言葉は嘘偽りない。何度もつっこんだし、何度もドキドキしたが、それも非日常。本当に楽しい一日だった。

 ともあれ、皐月の言葉で霞は目を輝かせる。

「そうか。……楽しかったのなら、よかった」

 なんて呟くと、皐月に覆い被さって巻き付き、そして抱きつく。

「夜はまだまだ長いぞ。今夜は寝かさぬからな♪」

「それってどういう意味!?」

 そんなこんなで、夜は更けていった。

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