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1話: 下愚なる一族



 ーー昔から、この時間が嫌いだった。


「モレク様。時間で御座います」


「――うん。今行くよ」


 いつも通り、何の面白味もない閉塞感漂う図書館で一人きりで勉強をさせられていると、男の執事から声をかけられた。

 俯く少年は禁術に関する分厚い本を閉じると入口へ向かう。


 ――モレク・アンダーラス 8歳。


 金と銀の毛が入り混じる軽い巻き毛、天使と見間違える程の美少年であり、右目の下には小さな星型のホクロがある。


 その数十秒の間も頭を下げ続ける執事は、物心付いた時からモレク専属の世話係をやっている。

 この島を治めるドーラス家には八人もの兄弟が存在しているのだが、ここまで優遇されている人物は他には居ない。


 何故ここまで、本当に父から愛されているのかどうかさておき、異例とも言われる待遇を受けているのかはモレク本人にも分からない。

 一見優しそうなこの老紳士も、一回たりとも真実を話そうとはしなかったのだから。


 モレクは執事の側で立ち止まると、俯きながら問うた。


「本当に、本当に人を殺さなきゃ……駄目?」


「はい。モレク様、ひいてはドーラス家の未来の為で御座いますが故」


「未来、ね」


 モレクは溜め息と共に吐き捨てると、トボトボと重い足取りで "いつもの場所" に向かう。

 いつもの場所とは、つまり "処刑場" 。このドーラス家を象徴するものである。


 ――そう、この一族は罪人の捕縛・処刑を生業としているのだ。


 元々は国と連携しての犯罪組織の撲滅、そして指名手配犯の捕縛だけをメインにしていた。

 しかし三十一年前、突如 現れた墓崩しの存在により、各国が死刑制度を廃止せざるを得なくなってしまったのだ。

 勿論、犯罪組織の撲滅も事実上不可能となったのだが、その世界中で膨れていく需要に応えたのが、このドーラス家なのである。


 そうして依頼をこなしている内に、いつしか世界の番人と呼ばれ、様々な貴族から支援を受けるようになり、ここまで大きくなったという訳だ。


「長い歴史から見たらこの日課も大切な事ってのは分かる。分かるさ。だけどーー」


「モレク様。いずれ貴方はこのドーラス家を背負っていくお方。どうかご理解を」


「――――」


 モレクは途中で言葉を遮られてしまい、ただ黙りこくるしかなくなった。


 いつだってそうだ。全員が全員、自分が抱いた不満に対する理由を教えてくれない。

 本当に正しい意味を心に込める事なく、ただ人を殺していくのは苦痛だ。ただ、只管に。


 ――終わらない吐き気。

 モレクは後頭部がくるくると回る感覚に耐えていると、いつしか処刑場に着いていた。


 このまま真っ直ぐ繋がる道の中央には、天からの光が降り注ぐ円状の御立ち台があり、そこに薬漬けにされた罪人が跪かされていた。

 加えてそれらを囲む様に従者達がおり、全員がもれなく感情の無い笑みを浮かべている。

 

「おぉ! 今日はモレク様ですか。ささ、こちらに」


「……うん。ありがとう」


 その中の一人、痩せ乾いた笑みを浮かべた従者がこちらに目線を合わせながら左腕をすっと伸ばす。

 それを見たモレクは精一杯の微笑みを浮かべると、ぞりぞりと重い足取りで歩いていった。

 

 ――毎日、この孤島に罪人が送られてくる。


 それ故に生まれして人殺しが日常に組み込まれている。

 別に罪人を助けたいだとか己の使命から逃げ出したいという訳ではない、筈だ。


 ただ、殺した人数分だけ得体の知れないナニカが心の横から覗いてくるのだ。


 だが この非日常に対し、毎日交代で処刑する三人の兄、そして周りの人間は何も思っていない。

 殺しても殺しても、どれだけ返り血を浴びても何も感じない。そういう人間だらけだ。


(誰もこの気持ちを理解してくれない……僕がおかしいのか? 人を殺したくない、人を人として扱う事はおかしいのか?)


 人が人としてなり得る常識から外れている相違感、言い換えられぬ気持ち悪さ。

 そういった感覚を覚えるのはここでは稀有な存在だろう。


 モレクは従者から丁重に手渡された民族衣装を羽織ると、跪かされている今日の罪人の元に立った。


「刀を」


「――――」


 片手で受け取った途端にずっしりとした、鉄のではない重みが掌を圧迫してくる。

 この刀で幾百もの命を屠ってきた。いつか報いを受ける日がくるだろう。


 そうしてモレクが物思いにふけっていると、痺れを切らしたのか、右に立つ従者が促す様に声をかけてきた。


「――さぁ。そろそろ」


「分かったよ」


 従者は下衆張った笑みを浮かべ、全身を小刻みに揺らす。彼だけではない。その他も同じ様な反応だ。

 自分より弱い立場の人間をいたぶり、殺す。昔からそうだが、その行為を心の底から楽しみ、己の嗜虐心を満たしているのだ。


 ――悪寒がする程の邪悪。

 モレクは不機嫌さを隠す事なく答えると、深呼吸と共に顔を上げた。


 天の光で成仏出来るようにと開けられた大穴から雲一つない空が見える。

 人生で一回も綺麗だと思った事はない。ただ丸く、丸く落ちてくる感覚を覚えるだけだ。


「ぉ うぁ   えが  ?  」


(出来るだけ、苦しめずに)


 モレクは腹を括ると、暴れないよう薬漬けにされた罪人への間合いをはかり始めた。


 ――自分の影がじりじりと罪人の全身を覆っていく。


 息を一定間隔で吐きながら抜刀し上段に構えるのと同時に、額から逸り汗が流れ落ちてくる。


 いつまで経っても胸から拭えぬ緊張感。周りのプレッシャーによる焦燥感。

 必死に嫌悪感と嘔吐感を喉奥に詰め込んでも詰め込んでも、食道の裏から胃液と共にめり上がってくる。



 早く苦しみを断たなければ

                じゃないと可哀想だ


   自分が。自分だけが   救える



「ぇ え    あぉ」


「ごめん」


 ――人は、合法的に壊せるものを探している。



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