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昼下がりの茶会はヤバいぜ

 ミゲル・ガーフィールドは酷く苛立っていた。

 原因不明の高熱に見舞われていた姉が、奇跡的な回復を遂げたというのにも関わらずである。

 目覚めた姉はまるで別人のようだった。

 優しく、聡明な姉をミゲルは愛していたし、崇拝にも似た感情を抱いていたのも確かだ。

 だが、目覚めた彼女は、ミゲルが愛していた控えめなスズランのような清楚で美しい女性では無かった。

 悪い妖精が体内で操っているかのような彼女の振る舞いや、それに気づかぬ父母や使用人たちにも苛立ちを覚えた。


(どうにかして、元の姉さんに戻してあげないと)


 騒がしい室内の声を聴きながら、ミゲルは眉根を寄せて踵を返した。


 ————


 それからまた数日が経ち、アーサーもアリスとしての立ち回りを何とか覚え、淑女として振舞えるくらいにはなっていた。

 娘を溺愛している父母には一切疑いの目は向けられることは無かったし、時折ぼろが出てメイド長に大きな眼でぎょろりと睨まれる事はあったがもう慣れっこであった。

 ただ、一つだけ、アリスのこまっしゃくれた弟の眼だけはどうにも慣れない。

 彼だけは自分と話そうともしないし、遠くから疑いの目で睨み付けられている事も良くあった。

 今一番重要なのは、弟ミゲルに疑われない事だと、アリスは感じていた。


 昼下がりの事である。アリスは病み上がり後初めて母クラウディアからテラスでのお茶に誘われた。

 真っ白なクロスの上には所狭しと焼き菓子やジャムが置かれていて、正直、朝食だけでは物足りなかったアリスの腹は限界に近く、空腹で腹の虫が鳴りそうなのを必死にこらえた。


「元気になった貴女とお茶が出来るなんて、ほんとうに夢のようだわ」


 若草色のドレスを纏った侯爵夫人は涙ぐみながらこちらを見てそう言った。アリスは申し訳ない気持になりながらも「私もよ。お母様」と答えた。


「それでね。お父様ジョシュと相談をしたのよ。貴女のデビュタントの事なのだけど」


 早速スコーンを手に取り、齧ろうとして留まった。

 一体、何の話をしているのか。


「デビュタント……? ですか?」

「そう。デビュタント。今シーズンに貴女の社交界デビューを済ませてしまいましょうという話になってね」

「はぁ」


 何とも気の抜けた返事を返しながら、アリスはクリームとスグリのジャムをたっぷりと付けたスコーンに噛り付いた。ほろりとしたスコーンの食感に、クリームのまろやかさと紅いスグリの爽やかな酸味が合わさって、何とも言えない幸福感に包まれる。

 執事が優雅な仕草でカップに紅茶を淹れてくれて、そのカップを手に取った。


「それでね。社交界のご意見番でもあるレディ・ダントンのアドバイスもあって、一週間後のお披露目会デビュタントに参加できるようになったわ。明日、ドレスを作りに行きましょうね」


 その言葉に、アリスは思わず紅茶を噴き出した。ゲホゲホと噎せていると「あらあら、大丈夫?」と暢気に紅茶を啜る母親と、オロオロとしている執事が視界の端に見えた。


(俺が……? 社交界デビューだって?)


 アーサーはまるで悪い冗談だとばかりに、カップの紅茶を飲み干した。



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