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ティータイムのお菓子は噂話で

 波乱含みのガーデンパーティから翌朝。

 アリスは疲れの抜けきらない身体をベッドからのそりと起こした。既に太陽は高い位置にあって、いつもよりも大幅に寝過ごしたのは明らかだった。

 あのパーティの後、不安がる母クラウディアをなだめすかして、テディと共に逃げるように屋敷に帰って来たのだ。クラウディアはショックを受けていたようで、気分が悪いと早々に自室に引っ込んでしまった。母には悪いが、テディから服を預かり、裏口から脱出させるには好都合だった。

 かと言って、メイド長のマーサに見つかるととても面倒な事になるので、さっさと服をひん剥き、元着ていたシャツと上着を押し付けて裏口から放り出してやった。帰り間際に『酷い!俺のことは遊びだったのね!?』なんてふざけた事をのたまったので、尻を蹴り上げてやったが。

 くあ、とあくびをしていると、ノック音が響いた。

 どうぞー。と間延びした声を掛けると、銀のトレイを持ったマーサが入ってきた。


「調子はいかがですか? お嬢様」


 トレイの上には温かいミルクの入ったマグと、シナモンがかかったライスプディングが乗せられていて、マーサが心配そうにサイドテーブルに置いた。


「大丈夫。少し疲れていただけだから。お母様は?」

「奥様はまだ体調が悪いと仰っておいでで、今日は一日自室でお休みになるそうです」

「そう……分かったわ。着替えたらちょっと出かけるわね。五時には帰るから」


 マーサはため息をつきながらも「分かりました。旦那様にもお伝えしておきます」と言って下がっていった。

 アリスはそれを見送ってから、トレイの上のライスプティングをかき込むように胃の中に収めて、ミルクを一気に飲み干した。


 普段着用の生成色のドレスをクローゼットから取り出し、着替え始める。日に日にドレスを着るのが上手くなっていく自分になんとも言えない気持ちになりながら、アリスはネグリジェをベッドの上に脱ぎ捨てる。

 暫く鏡の自分とにらめっこしていると、アクセサリーを付けていなかった事を思い出す。

 クラウディアやマーサに外出する時はアクセサリーを付けろと毎回こっぴどく注意されるのだが、正直面倒臭い以外の何者でもない。

 鏡台の手前にあるジュエリーボックスを開けて、適当なネックレスを取った。


「ん……?」


 何気なく取ったネックレスを見やる。トップに深い紫色のアメジストをあしらった上品なネックレスだ。


(そういえばこれ、何処かで……)


 顎に手をやりながら考えるが、思い出せない。

 ま、いいか。と切り換えて、アリスはネックレスをほっそりとした首元に付けた。


 メイドたちに出かける旨を伝え、馬車に乗り込む。メイフェアの街中にあるカフェへ行くふりをしてホワイトチャペルまで行くつもりだった。

 とりあえず、あのタウンゼント邸で起きた事件がどうなったのかを聞いておかないと寝覚めが悪いと思ったからだ。

 各新聞社に出入りしているテディならば何か知っているだろう。

 それに、苦労して持ち帰ってきた【証拠品】達を預けているからだ。

 アリスは馬車の窓から身を乗り出して、御者に声をかけた。


「デイジーズカフェの近くでいいわ。そこからは歩いていくから。先に帰っていていいわよ」

「わかりました」


 デイジーズカフェはメイフェアの中でもスコーンとクッキーが美味しい評判のカフェであり、淑女たちの社交場でもある。ダウンタウン風に言えば溜まり場という所だろうか。

 今日もテラス席まで人が埋まっていて、盛況のようだ。

 アリスは馬車を降り、つば広の帽子を目深に被り直した。


(知り合いに見つかりませんように)


 カフェの前を通り過ぎようとした時である。


「おや、ミス・ガーフィールドではありませんか?」


 背後から掛けられた声にびくりと肩を震わせてしまった。

 恐る恐る帽子の影から後ろを見ると、ぴんと背筋を伸ばした駿馬のような堂々たる体躯の長身に赤毛の美青年がこちらを見つめていた。


「うわ出た」


 ライアン・ルイス・フリードリヒ。社交界の頂点かつ王妃シャーロットの甥であるが、アリスはまだその事実を知らない。

 ライアンをどこぞの貴族のボンボンだという認識しかないアリスは、まるでお化けにでも出会ったかのような顔で彼を見た。

 どんな令嬢も彼を見ただけで目を潤ませて頬を赤らめるから、どの令嬢たちとも違うアリスの表情にライアンはひどく可笑しそうに笑った。


「相変わらずですね。あなたもカフェに?」

「いや、ちょっと行く所があって」

「また【あの場所】ですか?」


 ライアンが悪戯をした子供のようにこちらを覗き込んだ。


「……うるせえな。悪いかよ」


 アリスは低い声で唸りながらライアンを睨み付けるが、ライアンは全く意に介していないようだ。


「ですが、既に注目を浴びてしまってますよ。ここは一度カフェに入ってから私が馬車でお送りしましょう」


 周りを見れば、テラスに陣取るいかにも口が軽そうな貴婦人たちがこちらをチラチラと見ながら話している。

 アリスは盛大に舌打ちをしたくなったが溜息だけにとどめた。


「お前のせいだぞ。全く。それとも私とのお茶が目的か?」


 ライアンは「さあ、どうでしょう?」と微笑むばかりで、アリスは仕方なく彼の完璧なエスコートに従う事にした。



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