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不思議の国に迷い込んだのは

「あら! アリスお嬢様! ダメですよまだ寝ていなくちゃあ!」


 廊下中に響き渡るその声に、アーサー・バートレット、もといアリス・ガーフィールドは華奢な肩をびくりと竦ませた。


「あ、ええっと、マーサさん。いや、そのう。ちょっと腹が、じゃない。お腹が減って」


 アーサーがこの深窓の令嬢の姿になって数日が経った。この広々とした屋敷はバンダ—ウッド侯爵であるジョサイア・ガーフィールドのものであり、自分はその娘で、アリス・ガーフィールドであるという事と、クラウディアという母、ミゲルと言う弟がいる事が解って来た。

 そしてこのお喋りで身体も声も大きいメイドはメイド長であるマーサだというのは早々に知った。


 裾を引き摺るネグリジェに辟易しながら、アリスはマーサを見て気まずそうに笑った。

 本音を言えば、屋敷内を見て回ろうとしたら、広すぎて迷ってしまっただけなのだが。


「もう、それなら呼び鈴でお呼びくださいな。何かお作りしてお持ちしましょうね」


 十年以上、イーストエンドを跋扈するギャング達や犯罪者を相手にしてきたアーサーには、呼び鈴で使用人を呼ぶ等と言う環境とは無縁だったのだ。無駄に広い屋敷や、せわしなく部屋に入ってくる使用人、飾られる花や、つつましやかな量の食事には正直うんざりしていた。


「その、できればベーコンがいいかな。分厚いやつ。スクランブルエッグも」


 そう言うと、メイド長は肉付きのよい顔を怪訝そうにしてこちらをじっと見た。

 しまった。とアリスがそう思った時だった。


「あらあら。ようくお食べになる事。珍しい。お嬢様は細すぎるからもっとうんと食べてくださいよ。ミンスパイもありますよ? どうします?」


 アリスはほう、と心の中で息を吐いて「ええ。お願いします」と言った。


「じゃあ、すぐお作りしてお持ち致しますね」

「ああっと! ちょっと待って!」


 そう言って立ち去ろうとしたマーサの背をアリスはハッとして引き留めた。

 重要な事を聞くのを忘れていたのだ。


「私の部屋って、何処でしたっけ?」



(何だってこんな事に)


 深窓のお嬢様の突飛な発言は、どうやらメイド長の中では病み上がりの奇行と処理されたようだ。

 どうにかこうにか部屋に辿り着くと、アリスはぼふりと柔らかなベッドにダイブした。

 目が覚めたらホワイトチャペルのボロアパートに戻っているのではないかと思ったがそんな事も無く、隅々まで掃除の行き届いた見知らぬ部屋が広がっているだけだった。


 そう、あの時、サウスエッジの人喰い狼を埠頭まで追い詰めた所までは覚えている。

 そこで何者かに後ろから撃たれて……。


(その後の記憶がさっぱりねえ。てことは何だ? 俺は死んだのか?)


 ぺたぺたと顔や身体を触る。ボクシングで鍛え上げたはずの胸板は別の柔らかなふくらみに変わっていて、何とも言えない気分になる。


「いや、生きてるのか……違うな……これは俺じゃないし……」


 うーん、と終わりの無い思索に唸っていると、ノックの音がして思考が中断された。

 お嬢様、お食事をお持ちしましたよ。という声にアリスは仕方なく身体を起こし、入るように促した。

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