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令嬢アリス・ガーフィールドの華麗で奇妙な事件簿  作者: 片栗粉


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13/39

逃げたウサギは何処へ行く?

 「それで? 何か面白い事でもあったのかしら?」


 金糸をあしらった薄桃色のドレスを纏った、ソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツは白と黒のチェス盤を前にして、対面する赤髪の青年にそう言った。


「ええ。久しぶりにそう思えるような出来事がありました」


 青年が笑みを浮かべてビショップを動かすと、王妃の片眉がピクリと動いた。


「あらまあ、生意気になった事。チェスを教えたのはわたくしだと言うのを忘れたの? ライアン」


 王妃がクイーンを逃げに動かす。


「ええ。かなりスパルタでしたね。お陰でチェスと人を見る目は鍛えられましたよ。叔母上」


 ライアンのポーンがナイトを取る。王妃がにやりと笑った。


「全く。口も達者になって。わたくしの膝にまとわりついて甘えていたのに。ところで、先日の夜会だけど。あの仔ヤギちゃんが活躍したそうね」

「仔ヤギちゃん?」

「あの子よ。アリス・ガーフィールド」


 その言葉に、ライアンが口にしていた紅茶に咽せた。

 王妃が満面の笑みを浮かべて溺愛する甥を見つめる。


「お耳が早い事で。ご心配なく。あの場は私が収めましたので」

「あらそう。また貴方目当ての令嬢が増えそうね」

「やめてください。私はまだ結婚するつもりは……」

「チェック」


 王妃のクイーンがライアンのキングをぱたりと倒した。

 シャーロット王妃の甥、ライアン・ルイス・フリードリヒは肩をすくめて敬愛する叔母を見つめた。


「参りました。まだまだ叔母上には敵いません」

「そうでしょうとも。ライアン、あの子はどうなの?」

「あの子とは?」

「アリスよ」


 ライアンは今まで出会った令嬢の誰とも違う不思議な魅力に溢れた彼女の姿を思い出した。

 誇り高く、孤高で美しい。

 昔訪れたインドで見た野生の虎のような。


「やっぱり気になるのね」


 にやにやと甥の顔を覗き込んで王妃が言った。


「な、違います!」


 ハンサムな顔を真っ赤に染めあげた、愛すべき甥をシャーロット王妃が面白そうに覗き込んでいる頃。



「ふ、ふわぁっくしょい!」

「あらやだ! アリスお嬢様! そんなはしたない! お嫁に行けなくなってしまいますよ!」

「いや、あの、別に行けなくていいんだけど……」


 メイフェアのガーフィールド邸では、アリスの盛大なくしゃみにメイド長が口うるさく説教をしていたとかいないとか。



 デビュタントという名の子牛の品評会を終えたうら若き令嬢たちには、婚礼という名の試練が待ち構えている。

 お披露目会後の夜会が終わると、紳士達はお目当てのご令嬢の邸宅へ決して安くはない花束を送ったり、はてまた挨拶ついでにたわいもない世間話をしに訪問したりと、まるで雌の気を引く孔雀の雄のように振る舞うのである。紳士達の贈り物や訪問は、令嬢たちのある意味ステイタスとなり、自分の今の価値でもあった。

 

 だが、ガーフィールド邸ではどうも違うようである。

 

 ーー盗難騒ぎを令嬢が解決?まるで探偵小説のような鮮やかな活躍に会場は騒然。

 ーーライアン殿下が泥棒達を捕え、無事に引き渡す。

 

 「なんなの! これは!」

 

 クラウディア・ガーフィールドの金切り声が朝日の差す邸宅内に響き渡り、丁度クランベリーのスコーンに齧り付いていたアリスがびくりと肩を震わせた。

 母は手にした新聞を見ながらわなわなと震えている。

 

 「お母様……あの」

 

 はしたないと言われて怒られる前に謝ってしまおうと口の中のスコーンを嚥下しながら母を見る。

 

 「あなたの名前が出ていないじゃないの!!

 「へ?」

 

 予想外の言葉にアリスは肩透かしを食らった。

 

 「私達の娘があんな素晴らしい活躍をしたのに、名前が出たのはライアン殿下だけなんて! 」

 

 憤懣やるかたないと紅茶を飲み干すクラウディアに鏡を見ながらタイを締めていた父ジョサイアが笑った。

 

 「まあまあ。あの場にいた皆は知っている事だ。私達の娘が素晴らしく聡明で勇敢だと言う事は誇らしいよ」

 

 親馬鹿な嫌いがある父母はアリスを絶賛しているが、あの庭で起きた事を知ったら、卒倒しかねない。

 一生黙っておこう。と次のブルーベリーのスコーンに手を出そうとしたが「これであなたに求婚者が沢山来るかもしれないわね!」と言う母の言葉にびしりと固まった。

 

 「いや、お母様……それは」

 

 すると老執事のタボットが入ってきて、アリスは次の言葉を告げることは出来なかった。

 

 「旦那様、奥様、お客様です。アリスお嬢様に」

 

 クラウディアが目を輝かせて両手を合わせる。だが執事は気まずそうに目線を向けた。

 

 「その、恐らくは奥様が思っていらっしゃるお客様では…ええと…」

 「もう、はっきりしないわね。いいからお通ししなさい。アリス、食べかすを取ってから客間に行くのよ」

 

 アリスは死んだ魚の目みたいになりながら「はぁい」と言って立ち上がった。

 

 

 「いいから、私が先だ」

 「いいえ、わたくしよ!」

 「私は三十分も前から待っているんだ!」

 

 客間には、まるでダウンタウンの食堂みたいに豪華な服を着た紳士と何故か淑女たちがひしめき合っていた。

 アリスは怪訝な顔でそれを見つめ、傍らの母も呆気に取られたように立ち尽くしている。

 

 「あの、皆様。本日はどう言ったご用件で……?」

 

 クラウディアが言うと、全員が一斉にアリスの方を見た。

 

 「ミス・ガーフィールド! お願いだ! 妻が飼っていた犬のララちゃんが逃げてしまったんだ!見つけてくれ!でないと妻に殺される!」

 

 と膝に縋り付かんばかりに年嵩の紳士が泣きついてきた。だがそれを押し退けるように、中年の淑女が前に出た。

 

 「わたくしが集めていた壺の一つが無くなったの!! 誰かに盗まれたんだわ! お願いよ、探してちょうだい!!」

 「そんな物どうでもいい! 目をかけていたメイドの一人が居なくなったんだ! 頼む、君の力で探してくれないかミス・ガーフィールド!」

 

 他にも何かを探してくれ、見つけてくれ、果ては主人の浮気相手が誰か突き止めてくれだの、クラウディアが期待していたものとは全く違う来客達に、アリスはほっとしたのが半分、半分は限りなく面倒くさい事になったとげっそりした。

 

 好き勝手に主張を続ける客達に、アリスはおもむろに右手を上げ、客間の後ろ側を指差して、大きく目を見開いて言った。

 

 「あーーーーーっ!!???」

 

 全員が全員、後ろを向く。

 アリスは脱兎の勢いでその場から逃げ出していた。

 「ミス・ガーフィールド!」と自分を呼ぶ声を振り切り、廊下を突っ切って、飛び降りるように階段を降りると銀盆を持ったタボットが目を丸くしながら走り去るアリスを見送った。

 エントランスを抜け、外に出る。

 丁度馬車が屋敷の前に停まっていたのが見えて、何も考えずに扉を開けて飛び込んだ。

 

 「ふー。参ったぜ……」

 

 汗で額に張り付く髪をかき上げながら、一息ついていると目の前に座る人物にようやく気づいた。

 

 「アリス……?」

 

 驚きに翡翠色の目を丸くしてこちらを見る青年に、アリスは引き攣った笑みを浮かべて、言った。

 

 「丁度よかった。 ライアン、頼む。しばらくこの中に匿ってくれ」

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