表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

乳母車を引く女

作者: 相川 健之亮

※カクヨムにも転載しております。

僕の友達から聞いた話です。

その友達をAとします。


Aは小学校のころから一戸建て平屋のアパートに、父と母と3人で住んでいました。


何度か遊びに行ったことがあるのですが、四角い土地の中に4軒のアパートが2列に並んでいて、4軒の間がちょうど十字路のようになっていたのですが、その一角にAのアパートがありました。


それほど広くなく、せいぜい30平米ほどの広さでしょうか。

Aの家庭の詳細は分かりませんが、決して裕福ではありませんでした。

その狭めのアパートで、家族3人、身を寄せ合って暮らしていました。


Aが4歳か5歳か、物心のついたころ、こんなことがあったそうです。



その夜はいつものように居間で、家族3人で川の字になって寝ていました。


Aの母は夜遅くまで寝付けず、気づくと深夜の2時を回っていたそうです。


なんとか寝ようとするのですが、寝ようと意識すればするほど寝ることができません。


視覚を働かせずにじっとしていると聴覚も敏感になってくるもので、家の内外の静寂が気になり始めました。

すると、家の外から妙な音が鳴っていることに気が付きました。

何かが動いている音でした。

その音は段々と明瞭になってきて、はっきりと聞こえるくらいの音になりました。



がらがらがら、がらがらがら



何か固いものを引きずっているような音でした。

 

Aの家の周りには田畑が多く、おおかた近隣の住人が農作業の準備か片付けをしているのだろうと、Aの母は思ったそうです。


ただ、こんな時間に大きな音を立てて作業をしているのを聞くのは初めてでした。

その日は少し不思議に思いながら、そのまま眠りにゆっくりと浸っていきました。



しかし、その翌日も同じ時間に、同じ音が聞こえてきました。



がらがらがら、がらがらがら



と家の近くで何かを引きずっているような音がします。

そして、なんだか家の周りをぐるぐると回っているように聞こえ始めました。

何かの嫌がらせだろうか、そう思ったAの母は、眠っていた父を起こして、音を鳴らしている人に注意をしてもらおうと思いました。

起こされたAの父は、何がなんだか分からない様子でしたが、しぶしぶ家の外を見に行きました。

その途端、あの何かを引きずるような音が止みました。


父は「誰もいないじゃないか」と言ったそうです。



しかし、その次の日も深夜になると同じ音が聞こえてきます。


がらがらがら、がらがらがら



Aの母は、やはりその音が自分たち家族へのいやがらせのために鳴らされているように思えて、だんだんと腹が立ってきました。


今日こそは犯人の正体を見てやろうと思い立ちました。

そして、がらがらがらと聞こえる方の窓を見上げた、その時です。


窓には、人の影が映っていました。

細身で髪の長いのが分かり、おそらく女性の影だと思ったそうです。

その女性は何か、腰くらいの高さのものを両手で押しながら歩いていました。


乳母車だ。

乳母車を引いている女がいる。

そう思ったそうです。


ただ、それだけではなく、得体の知れない恐怖がこみ上げてきました。

深夜に、乳母車を引いて歩いているなんて、どう考えても異常です。

何より、直感的に、この影はこの世のものではないと思わせるような、異様な雰囲気があったそうです。


その影が通り過ぎ、がらがらがらという音が聞こえなくなるまで、Aの母は動くことができませんでした。

金縛りにかかったわけではなく、単純な恐怖のために、身がすくんで動くことができなかったんです。

それほど、その影からは、何か嫌な感じがしたそうです。



そして、その次の日も同じように、がらがらがらという音とともにその影が窓の向こうに現れました。


前日までと違ったのは、途中で音が止んだことです。


しかし、影はまだ窓の向こうに見えていました。


Aの母はその日も身がすくんでしまいました。

なぜならその影は前日までと違って、窓に正面を向けて、つまり家の方を向いて立ち、こちらをじっと伺うように佇んでいたからです。


何やら恨めしそうに佇んでいるその影に向かって、Aの母は気づくと謝罪の言葉を述べていたそうです。


ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。


何について謝ったのかは自分でも分かりませんが、無意識に言葉に出ていたそうです。



どれくらいそうしていたか分かりません。

顔を上げるとその影は消えていました。


助かった。

許してもらえた。

解放された。

安堵したAの母はそう思ったそうです。



その翌日から、がらがらがらという音も、その影も現れることはありませんでした。

そして、深夜まで眠れないこともなくなり、しっかりと睡眠をとることができるようになりました。



それから少し経ったある日、Aがあることをうったえてきました。

左腕の手首と肘の中間辺りが痛いと言うのです。

Aの母が確認して見ると、Aの腕に痣のようなものができていました。


その痣は少し奇妙でした。

Aは、どこかへぶつけてもいないし、急にこの痣が現れたと言いました。

そして、打撲したような痣ではなく、何かが強く巻き付いた跡のような形になっていました。


Aの母は少し心配に思いながらも、実際はなんともないかもしれないので、少しだけ様子を見てみることにしました。



その日の夜のことでした。


Aの父は出張で家におらず、Aと母の二人で床を並べて寝ていました。


深夜になり、Aの母は目を覚ましました。

隣で寝ているAの様子が変でした。

低いうめき声をあげながら、苦しそうにしています。


A、大丈夫?

と声をかけ、Aの布団をめくったその時でした。


顕になったAの左腕は、他の誰かの手に掴まれていました。


Aの母親は悲鳴をあげ、Aの腕を掴んだ手を払いのけて、Aを抱き上げました。

Aを抱きかかえたまま部屋の端に身を寄せると、部屋全体を見渡しました。


すると、部屋の反対側の隅に、誰かがいました。

真っ暗でよくは見えませんでしたが、細身の女性だということは分かりました。


あの、乳母車をひいていた女。あの女が家の中に入って来た。

そして、Aを連れ去ろうとしている。乳母車に乗せて、Aを連れて行こうとしているのだ。

そう思ったそうです。


女は、部屋の隅からこちらに少しずつ近づいてきます。

物欲しそうに、両手を前に出して。


この世のものではない何かが、目の前にいて、それがにじり寄ってくる。

それだけでとてつもない恐怖でした。


しかし、

なぜ、うちの子なの。

なぜ、うちの子がこんな目にあわなければならないの。

そう思うと、次第に恐怖よりも怒りの方が勝ってきました。

そして、こう叫んだそうです。


こないで!

Aは絶対に渡さないから!

もう私達の前に現れないで!


すると、女は動きを止めました。



Aの母はAを強く抱きしめ、


絶対に渡さない


と念じ続けました。



気づくと、Aの母はAとともに布団から離れた床に突っ伏していました。

朝になっていて、窓からは朝日が差し込んでいました。


急いでAを起こすと、Aはキョトンとして、何がなんだか分からないといった感じでした。

体の異常はどこなく、腕の痣は残っていましたが、もう痛みはなかったそうです。











ここまで話すと、Aはシャツをめくって左腕をあらわにしました。

そして、こう言いました。



それがその時の痣。

見てみろよ。ちょうど手に掴まれたような跡になってるだろ?

この痣だけはずっと消えなかったんだよ。

けど、命は助かったんだ。

貧乏な家庭だったけど、母さんには感謝してるよ。









もちろん、Aが皆を怖がらせるために、自分の腕の痣にかこつけて作った話かもしれません。


しかし、僕はこの話が本当だと思っています。


Aの家の近くに住んでいた同年代の子どもが、幼くして亡くなった。

その子どもはある朝突然、家の布団の中で死んでしまった。

そして、腕に大きな痣があった。


そんな噂を、僕の母が同年代の母親たちと話していたのを聞いた記憶があるからです。

お読みいただき本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ