秋穣子 - その9
あの嵐の夜から数週間が過ぎたある日、私は再び姉さんと一緒にあの里を訪れていた。
「相変わらずの豊作ねぇ。こんなに作って、この里の住人だけで食べきれるのかなぁ?」
「姉さん、人間は基本的に自給自足だけど、余ったら食糧に困っている里に供給してあげることだって当然できるんだよ。それに、お米だったら何年かは蓄えができるしね」
「まあ、穣子がいれば食糧難っていうことはあまりないんじゃない?」
「そんなことないよ。天災っていうのは、私達じゃどうしようもない世界の話だからね」
「ふ〜ん、天災ねぇ」
姉さんと並んで話をしながら、目的の場所へ向かう。
「あった!」
見つけたそれを指差して、大きな声を上げる私。
「ん、どれどれ……おっ! いい感じに成長してるじゃん」
「うんっ!」
沢山の野菜達が混在する中、立派に成長した大きなカボチャ。嵐の前は、まだトマトくらいの大きさだったのに、よく頑張ったね。
「約束通りまた来たよ。……私が食べちゃっていいかな?」
…………。
「ねえねえ穣子。カボチャは何て言ってんの?」
「え~とねえ。……どうぞお食べください。煮物にして食べると美味しいですよ。それにしても、穣子ちゃんまじで可愛いっすよぉ〜。僕と結婚してくださいだって」
「それ本当?」
「ごめん。ほとんど全部嘘」
「だよね。私はカボチャなんかに、穣子を嫁にはやらないよ」
カボチャのツルが萎れる。
「あっ! 姉さん何てことを言うんですか! カボチャさん元気無くなっちゃったじゃない!」
「えっ! って、おい。どこまでが本気なのよ」
ワンテンポおいて、姉さんの方へ振り返る。
「さぁ~て、どこまでが本当でしょうか?」
「知らないよ、そんなこと」
姉さんは、不貞腐れたように頬っぺたを膨らませて、プイッとそっぽを向いた。
姉さんをからかうのに、最近ハマリ気味の私です。
「穣子様、静葉様」
知っている声が後ろから飛んできた。この声は十矢かな……やっぱりね。
「こんにちは十矢……と、千歳?」
ぱっと見ただけでは十矢だけだと思ったんだけど、よく見ると、十夜の後ろに隠れるようにして千歳が引っ付いていた。
……何で?
「ど、どうしたの千歳?」
「……静葉様を……いじめないで」
はあ?
「こらっ! いきなり何言ってるんだ」
「え〜と、ん? どういうこと?」
全く予想だにしなかった千歳の反応に、私はどういうリアクションをとっていいのか分からない。私が姉さんをいじめたって? ……何でこんな話しになってるの?
「フフフ……。私、あの収穫祭の日から毎日、穣子ちゃんキックに怯えながら暮らす毎日なのさ」
なっ!
「ね、姉さん! 千歳に何を吹き込んだんですか! って言うか、私が唯一穣子ちゃんキックを繰り出したとき、姉さん泥酔してて何も覚えてないじゃない」
「くっくっくっ……。穣子ちゃんキックと言えば、この里じゃ既に、そのあまりの破壊力と残虐性で伝説になっているほどだからね」
「ざっ、残虐性って! 私、そういうキャラじゃないよ。た、確かにちょっと力の加減を間違って、姉さんの体が地面にめり込んじゃったけど……。あっ、だからと言って誤解しないで千歳。あれ以来、穣子ちゃんキックは一度も使ってないから。いじめるなんてとんでもない。私と姉さんは、幻想郷一の仲良し姉妹なんだよ」
ガシッ
姉さんの手を握って前後に大きく振る。
「ねっ?」
私は必死で焦った笑顔を作る。千歳はそんな私をまじまじ見つめてくる。そして、隣からは姉さんのかすかな笑い声。
おのれ姉さん、今度また思い切りからかってやる! 覚えてろよ~。
「本当に仲良し?」
十矢の陰から出てきた千歳が、姉さんの方を見る。
「う〜ん、そうね。まっ、確かに仲はいいかもね」
姉さんがそう言うと、千歳の顔がみるみる明るいものに変わっていく。
「そっか。良かった」
そして、太陽の様に笑った。
「あっ、そうだ! 私、静葉様に見て欲しいものがあるんだ」
「え、何だろう」
姉さんの手を引っ張って「行こっ! 行こっ!」と、子供の様にせがむ千歳。って、まあ子供には違いないんだけどね。やっぱり、可愛いな。
……まるで本当の母娘みたい。
ちぇっ、何だか少し羨ましいかも。
「姉さん、私はここで十矢と話でもしてますから、行ってきたらどう?」
「あっ、うん。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。千歳行こっ」
姉さんがそう言うと、千歳は全力で走り出す。そして、姉さんはその半分くらいのスピードで追いかける。
「はやくっ! はやくっ! お母さ〜ん!」
うんうん……やっぱり、まるで本当の母娘みたいに仲良し……!
「って、お母さん! ……お母さんって言ったよね今!」
えっ! えっ? ……どういうこと、つまり千歳は姉さんの隠し子! ……って、そんなわけあるかっ! えっ! じゃあお母さんって一体? 確かいつもは静葉様だよね。……はぁ?
「十矢。これは、一体どういうことなのかな?」
私は、助けを求めるように十矢の方を見る。彼も私の方を見ていたらしく、思い切り目が合う。
「あっ! ……え〜っと、つまり、そうですね、千歳と静葉様は親子の様に仲が良い……ということではないでしょうか」
十矢は、少し焦った口調で答える。明らかに動揺している。
まあ確かに、私も二人を見て母娘みたいって思ったけど、いきなり「静葉様」から「お母さん」って……どう考えてもおかしい。しかも、十矢まで何か隠し事しているみたいだし。
こうったら、後で姉さんを問い詰めて吐かせてやる!
こういう時の「穣子ちゃんキック」じゃない。フッフッフッ……。
あっ、いけないっ! ……封印封印っと。
「そうだよね。不思議なものだよね、人の関係って。あはははは……」
あ〜、何か笑えてないな私。
「穣子様、以前と印象が変わりました」
十矢が言う。
「あ〜、うん。私もそう思う」
って、あれ? 私変なこと言ってる? でも、自覚があるんだから、別にいいんだよね。
「私、今人間の里で、人間と一緒に暮らしているんだ。慧音さんっていう、怒ると怖いんだけど、とっても優しい人がいてね。話をしたら空き家を貸してくれたんだ。勿論、姉さんも一緒だよ」
「人間と一緒に?」
「うん。毎日がすっごく充実して楽しいんだ。それで今はね、稲刈りとか、その他作物の収穫を手伝わせてもらってるんだ。変だよね、豊穣神のくせに稲刈りするの初めてなんだよ。だからまだまだ練習中かな」
私は、小さな傷がたくさん付いた両手を、十矢の前で広げて見せる。
「来年はね、鍬や鋤で畑を耕作したり、田植えも一緒にやるんだよ。後、肥料のあげかたとか、作物のお手入れとか、まだまだ覚えることがいっぱい。……あれっ、どうしたの十矢?」
私の話がつまらなかったのか、十矢は不貞腐れたように下を向いていた。
「先に、僕に話をしていただけていれば……穣子様を大歓迎していましたのに」
あ~、つまりそういうことね。
「私、人間の里で暮らしながら、人間の文化も一緒に学んでいこうと思うの。でも、人間の文化って地方によって全然違うじゃない。だから、いつか十矢が暮らすこの里にもお世話になりに来るから、その時まで待っててね」
すると、十矢の顔がみるみる内に明るくなっていった。やっぱり兄妹、千歳とよく似ている。
「はいっ! 穣子様が僕達の里の仲間として、一緒に農業に励める日を心待ちにしています」
十矢は元気よくそう言った。
「あと十矢。その「穣子様」って呼び方はもう止めて欲しいな。私ってほら、そんなに大層な人物じゃないしね」
「えっ、それでは何とお呼びすれば?」
「うーん、結構皆、色々な呼び方をするよ。「穣子」ってそのまま呼んだり「さん」や「ちゃん」を付けて呼んだり。後は「みのさん」とか子を省略して「みのり」って呼ばれたりもするよ」
「みのりさんですか」
「うん。あっ、でも私のお勧めは他にあるよ!」
「え、それは何ですか?」
私は、2、3秒間を開けて答える。
「『みのりん』っだよ!」
私の最高の笑顔に対して、十矢は見事なまでの苦笑を返してくれた。
え~、可愛いじゃない。
これからずっと人間と生活を共にして、誰よりも人間の文化に精通し、誰よりも人間に近い神様になってやる!
人間のような神様。誰に笑われたって、馬鹿にされたって平気。
どれだけ時間が掛かっても構わない。
だって、私には悠久とも言える長い時間があるのだから。
……いつかきっと。
―秋穣子編 完
大体、神様が強いなんて誰が決めた。神様など人間にとって、所詮信仰の対象でしかない。だからこそ、そんな神様と人間が普通に共存している。そんな幻想郷に魅力を感じます。
とことん自虐的な穣子さん。でも、最終的には私のイメージする穣子さんに収めよう。そんな気持ちで楽しく書きました。
こんな私の、くだらない脳内全開の小話をここまで読んでいただいてありがとうございます。こんな話でも、何かを感じていただいた方、おいおいそりゃないだろうと思っていただいた方。応援/お叱りのコメントをいただければ幸いです。
この後は、今回の話の番外編的なものを1話書いて、次のキャラクターの話に移る予定です。
あまり期待せずに、ご期待してください。(どっちだよ!)