小野塚小町 - その12
「ピィィーーーー!」
「ガルルルーーー!」
「イツマデーーー!」
あたいとにゃん子が裏庭に到着すると、風吟、電電、斗柳がそれぞれに威嚇の声を上げていた。それにしても「イツマデーーー!」って面白いな。「アシタマデーーー!」って返したくなるね!……って、そんなこと考えている場合じゃないか。
彼らが威嚇する先は、
「人間の子供が二人とは……一体最近の人間は子供にどんな教育をしているのかね~」
人間の少年と少女。兄妹だろうか?10歳程度の兄に、それより幾分か幼い妹の様に見える。どういう経緯でこんなところまで入り込んだかは知らないが、かなり危機的状況だ。
まさに、蛇に睨まれた蛙。大ガマに飲み込まれたチルノ。
風吟達に威嚇され、逃げることも出来ずその場にへたれ込んでいる少女。そして、それを守ろうと少女の手を握り、睨み返すような表情で、必死に虚勢を張る少年。体が震えているのが遠目にも確認できる。
「こまっちゃんこまっちゃん。どうしよう」
「風吟達がいつ飛び掛かってもおかしくない状況なんだ。取り敢えず放ってはおけないだろ。それにあたいの仕事が増えちゃ堪んないよ」
「こまっちゃん、こんな時にそんなことを」
「大丈夫。何とかするさ」
辺りを見渡すと、二人をガン見威嚇しているのが風吟、電電、斗柳の最強トリオ。こうちんとたーあんは見当たらないけど、多分どこかの陰にでも隠れているはずだ。金太は……まあどうでもいいか。そして、肝心の碑妖璃だがまだ姿が見えない。あたいなんかよりも先に、いの一番に駆け付けてきそうなものだが……らしくない。
ただ、それはそれで好都合。碑妖璃が来ると面倒なことになるのは目に見えているので、今の内に二人を逃がせば取り敢えずこの場は収まりそうだ。
よし、ここは一つ!
「ダメーーーー!風吟も電電も斗柳も落ち着いて!」(碑妖璃の真似……あまり似ていない)
ふっ、刮目したかあたいの技を!これぞ、芸は身を耕す作戦!
「ピィィーーーー!」
「ガルルルーーー!」
「イツマデーーー!」
……あれっ?おかしいな。確か慧音の時はこれで収まったはず。
何かが違うのか!
「ちょ、ちょっとこまっちゃ~ん」
それならこれでどうだ!
「大丈夫!この子達は人間じゃないから」(碑妖璃の真似……むしろ別人)
「ピィィーーーー!」
「ガルルルーーー!」
「イツマデーーー!」
……これは、もう聞いていないな。やっぱりあたいじゃ抑止力は無いようだ。
とまあ、そんな感じに時間稼ぎをしている間に、あたいと子供達との距離を「0」にする。距離を操る程度の能力を使えば、造作も無いことだ。
「ひっ!……お姉さんいつの間に!」
あたいの言葉に抑止力は無い。ただし、あたいが二人の前に立てば風吟達も攻撃はして来れないはずだ。
「こらあんた達、こんなところまで入ってきちゃダメじゃないか!」
コツンッ
「うっ!」
兄妹?を勝手に代表して、少年の頭を軽くどつく。
「怖かったな。……でも少年、この子のことをしっかり守ってあげようとして偉かったよ」
そして頭を撫でてやる。かなり優しめに。
あたいのイメージと違うって言われそうだけど、子供の扱い方は下手じゃないと思っている。常に人員が足りていないのが死神だ。よって、幻想郷に小児専門の死神など居るはずもない。むしろ、担当はあたいだけなので、自ずと子供の扱いが上手くなる。最近は激減しているが、それでも幻想郷では死者の半分以上は妖怪に襲われた者が占める。力の弱い子供は連中にとって格好の的なのだ。って、あたいも妖怪か。
「取り敢えず、お姉さんが家まで送ってあげるよ。どこから来たんだい?」
「に、人間の里」
って、おい!人間の里って慧音が住んでいるところだろ!
「それは随分遠いところから来たね。遠足?ピクニック?それともスタンプラリーってところかい?」
「森で迷ったんです」
「あ、やっぱりそう」
そりゃまあ、子供がこんなところまで入ってくるのは9割以上迷ってに決まってるけど……ボケたのに真面目に返されてしまった。これだから子供は侮れない。
「森で遊んでいる時に妹が落し物をして、それを昨日探しに来たらいつの間にか迷子になっていて……」
するってえと、この森で一晩過ごしたってことか……それは怖かったろうね。それと、兄妹という見立ては取り敢えず合っていたようだ。
それにしても、森で遊んでいる時に落とし物か……森の一部が解放された、即ち人間と妖怪との距離が近付いてきたことによる弊害か。
「分かった分かった、あたいが人間の里まで送ってやるよ。もし、あんた達に何かあったら悲しむ人がたくさんいるはずだからね。それに、慧音さんにだって迷惑掛かるからね」
「慧音先生のこと、知ってるの?」
人間の里在住で、慧音のことを知らない人間はまず居ない。
「まあね。慧音さんとは遠い昔、魔王を倒すために共に戦ったものさ!」
「……嘘?」
バレた?
「まあ冗談はさておき、あたいは慧音の友人にして死神。小野塚のこまっちゃんさ!」
と、自己紹介したのはよかったんだけど、少年は何かに気付いたかの様にあたいのことを指差した。
「あ~!そうだった。寺子屋で勉強した、人間の三大義務の一つ「働く義務」の悪い例で登場してたこまっちゃんだー!」
教材化してるしあたい!ってか悪い例だと?……いや、決して良い例にはなれないと思うけど。
それにしても人間の三大義務だと?……最近の寺子屋はそんな難しことも教えているのか?
因みにあたいの三大義務は「サボること」「怒られてもサボること」「何度怒られてもサボること」の三つだ!つまり要約すると「サボること」だ!
「まあ、そのつまりだ……つまりそのこまっちゃんで間違いないだろう」
「うん。慧音先生がとてもいい死神だって言ってた」
ってことは、あたいを悪い例に推薦したのは慧音だということか?いや、今は褒められているようなので、ここは素直に喜ぶべきか。
ま、この辺の細かいところは後で慧音に問い詰めるとして、
「と言うことでにゃん子ちゃん、その他の諸君、あたいは一旦この子達を人間の里まで送ってくるから。碑妖璃にもよろしく~」
「あっ、ちょっとこまっちゃん!」
相変わらず、今にも襲って来そうなほど風吟達は荒立っている。どうでもいい話より、まずはこの子達を連れてここを離れることが優先だと考えた。
去る者追わず。あたいも一緒に居ることだし、流石に追っては来ないだろう。
しかし……、
「あっ」
突如、裏庭と家とを繋ぐ入口の扉が開き、中から見知った少女の姿が現れる。
どうも、簡単な話じゃ無くなってしまったかもしれない……。
バタンッ
「みんな、騒がしいけど何か…………」
無論、家の中から出てきたのは碑妖璃だった。人間の兄妹の姿を見つけた碑妖璃は、全身の動きをピタッと止め、目を大きく見開いて二人を凝視する。
いつもは透き通るほど美しい瞳が、急激に透過度を失い暗く濁っていくのが分かった。
「……どうして、人間が私達の前に居るの。どうして、こまっちゃんが人間と一緒に居るの」
全く感情が読み取れない口調で、どこか機械的に音を連ねた碑妖璃。その声音は、輝きを失った瞳、無機質な表情と見事にマッチし、異常なまでの冷たさを醸し出していた。碑妖璃は人間であることを忘れようとしていたが、あたいはそんな彼女の中にも、どうしても隠しきれない人間らしさを見出していた。しかし、今の碑妖璃からはその人間らしさが一つも感じられなかった。異常な冷たさは、次第に不気味さに変わり、普段は温和な碑妖璃が、人間を超越した恐ろしい存在のように感じた。
にゃん子は碑妖璃と人間とを会わせない為、一度だけ人間に手を掛けた。その行為の、真に意味するところが今分かったような気がする。
碑妖璃の優しさを、本当の笑顔を知っている者なら、こんな変わり果てた碑妖璃の姿は見たくない。愛しい人には、こんな姿になるような想いをしてほしくない。
「この子達は、探し物をしててここに迷い込んだらしい。だから、これからあたいが里まで送ってあげようとしてるとこ」
ここであたいが動じてはいけない。
「送る必要はないよ。だって、生かして帰すわけにはいかないから。……こまっちゃん、そこをどいて」
冷たい口調で、いとも容易く残酷な言葉を口にする碑妖璃。いつもあたいに対して敬語を使っていた彼女が、初めて命令口調で言葉を投げかけてきた。
「それは随分穏やかじゃないね~。相手はまだ子供だよ。将来有望かもしれない子供。あんまり怖いこと言って泣かせちゃダメだよ」
「うぅ~」
少女は怯えているようだった。兄である少年の手をより一層強く握りながら、不安そうに小さな声を上げる。
そりゃあ、10にも満たない少女にとって、今の碑妖璃は怖すぎる。あたいだって、正直少し怖いんだから。
「子供でも誰でも、私達に会った人間を生かして帰すわけにはいかない。だから、今すぐどいて」
「どかない。あたいは、自分の仕事が増えるのは嫌だからね。それに、この子達が碑妖璃達に何か危害を加えるとは思えない。今もこうやって怯えて、震えて、不安で堪らないんだ。こんなにもか弱い存在が、碑妖璃の家族を傷付けたりできるはずがない。……だから、大人しく帰してやりな」
あたいがそう言うと、碑妖璃は目を細め、眉間にしわを寄せた。今度ははっきりと分かる、適度に怒りの籠った表情だ。
「子供だから私達に危害を加えられない?……もしここで生かして里に帰った時、私達に襲われそうになったことを周りに話したらどうなる?人間達が武装して、大勢を引き連れて、私達を襲撃してくるかもしれない。みんな殺されてしまうかもしれない。……私はどうなっても構わない。でも、みんなが傷付くのは絶対に嫌。私には耐えられない」
慧音の言った通りだった。碑妖璃は人間をただ憎んでいるわけではなかった。人間のことを、大切な者達に危害を加える存在として敵視しているだけだった。
ただあまりにも過敏で、あまりにも過剰。それはもう、異常とも言えるほど。
一度体験した悲劇から、もう二度と同じことを繰り返したくないと、繰り返してなるものかと、繰り返してはいけないという強い意志が伝わってくる。
そしてもう一つ分かったことがある。こんな話をあたいに対して当たり前にしてくるってことはつまり、あたいが碑妖璃の過去を知っていることを知っているからだと考えてまず間違いない。
しかし、いつどこでそれに気付いたのだろう?あたいは、碑妖璃とは過去そっちのけで付き合ってきた。それを感付かれるような下手な付き合い方はしていないつもりだ。にゃん子がわざわざ報告することもちょっと考えにくい。
となると、あれか?当初あれほど知りたがっていた人間嫌いの理由を、急にあたいが聞かなくなったから気付かれてしまったということか。……いや、そんな曖昧な理由じゃない。先程の話ぶりは、あたいが全てを知っていることを確信しているようだった。
となると……まさか、とは思うけど。いやしかし……考えられなくも無いか。
だとしたら……。
「でも現に、その報告を聞いて今回やって来たのは慧音さんだった。慧音さんが、碑妖璃達を傷付けるように見えたか?碑妖璃が考えるような目的でここに来たと思うか?」
「それは……思わない。でも、そんなのはただ運が良かっただけ。昨日人間に逃げられてから、私は気が気でなかった。不安で堪らなかった。突然どこからか人間が襲ってくるかもしれない。その時、私にみんなが守れるの?どうやってみんなを守ったらいいの?怖かった。……みんなに話そうともした。でも、それでみんなを不安な気持ちにさせたくはなかった。……だから、今日はこまっちゃんが来てくれるのが嬉しくて頼もしかった。こまっちゃんは強いから。こまっちゃんは、私達の味方になってくれると思っていたから。……でも、それは勘違いだったの?こまっちゃんは、人間の味方だったの?」
無論、あたいは別に人間の味方と言うわけではない。
ただ、もしあたいが嘘でも人間の味方だと宣言すると、その時はどうなるのだろう?
人間の味方。それは即ち、碑妖璃にとっては敵。あたいを攻撃してくるのだろうか?
ググッ
鎌を持つ手に、次第と力が籠ってくる。
「あたいは人間の味方じゃないよ。かと言って、妖怪の味方というわけでもない。みんなのこまっちゃんってな感じだね」
「だったら、お願いだから今すぐそこをどいて!」
あたいは首を横に振る。
「……どけないね。それは、あたいが人間の敵とか味方とかじゃなく、どけない理由があるから。あたいにはこの子達を守らなければならない理由があるから」
「そこをどいてっ!」
碑妖璃の口調はより一層強くなる。
「何を何度言われようと、あたいはこの子達を守る方に回らせてもらう」
「……こまっちゃん」
あたいの名前を力なく口にすると、碑妖璃は遂に悲しそうな表情を浮かべ俯いた。どうやら、あたいを説得するのを諦めたようだ。
「じゃあ取り敢えず、この子達は里に送って来るとするよ。まあその後は、一緒に金太でもいじめて遊ぼうじゃないか」
「はうっ」
どこからともなく金太の声が……。やっぱり、どこかの草陰か木の裏にでも隠れていたようだ。
「さあ、早く里に帰るよ」
あたいは子供達の方に振り返って、頭を撫でてやる。どうよ、こまっちゃんの手は優しくて温かいだろう。
安心したわけじゃない。なぜなら風吟、電電、斗柳が放つ殺意を含んだ妖気は、今もなお容赦なくこちらに浴びせられている。並の人間では、いや妖怪でさえ足がすくんで動けなくなる程の重圧だった。勿論、元々それはあたいに対してのものではない。ただ、子供達にはなるべく届かないようあたいがシャットアウトしているので、実質あたいが全て受けているようなものだった。
それに碑妖璃自身も、あたいを説得するのは諦めただけで、この子達を生かして帰すことを認めたわけではない。
あたいも鎌を握る手を、先程より一切弛めたつもりはない。
そして、
「風吟、電電、斗柳……行って。でも、こまっちゃんだけは傷付けないで」
「ちょっと、ひよ……り、ん」
にゃん子は、止めようとした手をすぐに引っ込めた。
大丈夫、あたいに任せな。
「ピピピィィーーーー!」
「ガルゥゥーー!」
「イ・ツ・マ・デェーー!」
碑妖璃の攻撃命令で、一斉に襲い掛かってくる妖怪トリオ。立つ位置が違うのは今だけだと思う。彼女もそれを理解した上での命令。あたいだけは傷付けないで、か……碑妖璃らしいよ。
「お兄ちゃん、こまっちゃん。怖いよ~」
「大丈夫だ、しっかりとお兄ちゃんの手を握ってなよ!お兄ちゃんも、しっかり握っててやりな!」
「はい」
「いい返事。流石お兄ちゃんだね!」
ぎゅっ
あたいはリラックスするように小さく息を吐き、鎌を両手でしっかりと握り直して構える。
「10秒で蹴散らす!」
あたいを避けて攻撃を仕掛けてくるのであれば、それで十分だよ。
斗柳は上空に飛翔し、電電はご主人様の投げたボールを追う愛玩動物の如く突進してくる。そして、一番厄介な風吟は、目で何とか捉える事の出来るスピードであたいの横手側に回り込む。予想通り。風吟は確かに超高速で移動できるが、そのせいで小回りは利かない。あたいや碑妖璃の肩に留まる時のように弧を描いて飛ぶこともできるが、速度はガタ落ちだ。となれば、自分と標的との直線上にいるあたいを避ける為に中継ポイントを定め、くの字型に強襲してくるのは至極当然のこと。
ガッ!
「ピグエッ!」
常にトップスピードで仕掛けてくる風吟をピンポイントで捉えることなど、距離を操らずとも造作も無いこと。初見では出来なかったが、あれから毎日の様に彼らと関わってきた。風吟が緩急をつけてくることはまず無い。
風吟が突進してくるタイミングを見計らって振り上げた鎌。木製の柄の先端が、風吟の腹に見事にクリーンヒットした。確かに、風吟が携えている刃は鋭利で、正面からぶつかればあたいの鎌など呆気なく分断されるだろう。しかし、全身が刃で無い以上、前方に攻撃力を集中させると上下左右、そして後方が手薄になる。
「ピィィィ~~~」
鎌でかち上げられるように下方からの打撃をまともに食らった風吟は、ほぼ地面とは垂直に、まるで打ち上げ花火のように上空へ吹っ飛んだ。生半可ではなく、確実に戦闘不能状態まで持っていく必要があるので、今回はほとんど手加減抜きだ。それ故の、地面とほぼ垂直だと考えていい。
「風吟っ!」
碑妖璃が、打ち上がった風吟を心配そうに見上げる。
悪いけど碑妖璃、あたいは手を緩めるつもりはない。視線を下げると、こちらに向かって猛進してくる電電の姿が映った。電電の放電も風吟のスピードと同様に厄介だが、あたいを攻撃できないとなればほとんど意味は無い。子供達を狙っても、あたいを巻き添えにしてしまう可能性が高い攻撃だからね。超至近距離からだと多分あたいには当たらないと思うけど……近付けさせないよ。
あたいは振り上げた鎌をそのまま大きく振りかぶり、間髪いれずに思い切り振り下ろした。電電との距離は10メートル程度。当然あたいの鎌でも攻撃は届かない。でも……、
ブワンッ
「きゃうんっ」
思い切り鎌を振り下ろした際に発生する剣圧が、風の刃となり空気中を伝わって電電に直撃した。この死神の鎌と、あたいの実力を以てすれば、自力でかまいたちを発生させることも可能だということだ。尤も、風吟の突進に比べたら切れ味はずっと劣るけどね。
ドガッ
「ギャインッ!」
剣圧をまともに食らった電電は、そのまま後ろに吹き飛び木に叩き付けられた。こちらも手加減抜き。暫くは起き上がれないだろう。
「電電っ!」
碑妖璃の声など全く聞こえないと言わんばかりに、あたいは懐からスペルカードを取り出す。上空を見上げると、斗柳が獲物を見定めるように旋回している。言い換えれば、あたいと子供達との距離が離れるタイミングを見計らっているってところだろうか。斗柳は上空を旋回するだけで地上を影で覆い、曇天だと錯覚させてしまうほどの大怪鳥。鉤爪の一つ一つも人間の頭部程あり、民家を襲撃するならともかく、狙った人間だけを攻撃するのには、余りにも不向き。
風圧から考えて、距離はせいぜい40メートル。距離を操るまでも無く、射程範囲ギリギリ。
「スペルカード発動!」
カッ
スペルカードの発動を宣言すると共にカードを天高く放り投げ、一度振り下ろした鎌を、もう一度大きく振り上げた。
賢い君は恐らく覚えているはずだ!そう、あたいのお気に入りスペル「死符「死者選別の鎌」」である。カードが姿を変えた光の矢は一瞬にして上空へ翔け上がり、斗柳の更に上に停滞した。
「あっ、あれは!斗柳逃げて!」
碑妖璃はこの技をしっかりと覚えていたみたいだね……賢いよ。でも、あの時は威力を2割までセーブした。今度は手加減抜きの本気だ!
「どうしてこまっちゃん!みんなはこまっちゃんのことを傷付けたりしないのに、どうして!どうしてそこまでして人間を守ろうとするの。こまっちゃんのことが大好きなみんなを傷付けてまで守らないといけない存在なの。こまっちゃんにとって私達より、人間の方が大事なの?」
「くっ!」
鎌を振り上げたままの状態で硬直する。何だろうこの気持ち?無性にイライラしてきた。
どうしてあたいが、こんな非難にも似た言葉を受けなければならないんだ。
あたいは別に人間を守りたいわけじゃない。皆を傷付けたいと思っているわけではない。かと言って、本当に仕事が増えるのが嫌などと思っているわけでもない。
だったら、死神のあたいにどうしろと言うんだ?
この子達はここで死ぬべきではない。いいや、どう足掻いたってまだ死んだりしない。あたいの能力が示す寿命はまだまだずっと先。今日でなければ明日でもない。1か月後でなければ1年後でもない。何10年もずっと先の話。
ほら見たことか。
何が人間と関わりを持つことは、人間の寿命を左右させる第一級の危険行為だ!碑妖璃的に言ってしまえば、あたいは今大切な仲間を傷付けてでも人間を守ろうとしているんだぞ。人間の命が失われないように、それを防ごうと鎌を振るっているんだぞ。断言してもいい。あたいが守ってやらなければ、この子達の命運は確実に尽きていた。
説教どころじゃない。始末書程度じゃ済まない。死神免許はく奪ものの超一級の行為じゃないか。
しかし実際はどうだ?あたいの目に映る現実は、それがどうしたと言わんばかりに事実だけを示す。あたいが今ここに居ることは偶然なんかじゃない。いけ好かない言い方をすると、運命だったのかもしれない。あたいには、子供達を守る自分の姿が見えていた。目に映らなくてもそれが必然だと心は感じていた。
……本当に腹が立つ。忌々しい能力め。
やっぱりこんな能力要らない!何の役にも立たない!
これじゃまるで、あたいが運命に弄ばれているみたいじゃないか。運命の上で踊っているようじゃないか。
死神になり、組織の一員になりつつも、自由奔放に生きてきたこのあたいが。死神としてではなく、あたい「小野塚小町」として、嘘偽りなくここまで来たはずなのに……。サボりたい時にサボって、サボりたい時にサボって、サボりたい時にサボってきた。それは全て、あたいの意思で行ってきたことだ。誰に命令されたわけでもなく、本能のままに生きてきた。
でも、それらは全て運命に塗り固められた予定調和だったのだろうか。あたいが今、こんなにも言い知れぬ怒りを感じているのも、運命様は全てお見通しだったと言うのか?
「いや……違う!」
あたいは、鎌をより一層強く握りしめ、全身に力を込めた。
「死符「死者選別の鎌」」
鎌を思い切り振り下ろすと、上空に停滞していた光の矢が容赦なく斗柳に降り注いだ。斗柳にとっては初見の技。そうでなくとも、斗柳のスピードでは、高速で襲ってくる光の矢をかわせるはずも無かった。
ガッ
「イヅゥゥゥーーー!」
直撃を受けた斗柳は突然の衝撃に耐えられず、光の矢の先端に磔にされたかのように、地上に向かって急落下する。
「斗柳ーーー!」
ズズズズズゥーーー!
「おわっ!」
落下の衝撃で地面が大きく振動する。予想以上の揺れと強烈な風圧に、流石のあたいも体勢がぐらつく。一応皆には安全な位置に落としたつもりだったけど、こりゃ参ったね。
「マデェェェーーー!」
光の矢は、地面に叩き付けた斗柳を更に激しく大地に押し付けていたが、暫らくして消滅した。
「……」
そのまま「いつ」とも「まで」とも言わなくなった斗柳。怒り任せに鎌を振り下ろしたこともあって、いつもよりも若干力が乗っていたのかもしれない。斗柳は何も悪くないのに、そんな自分勝手なイライラ感を一緒にぶつけてしまったようで、今更ながらそれを後悔した。
「斗柳ーーー!」
ピクリとも動かなくなった斗柳が一番絶望的な状態と見たのか、碑妖璃は心配極まる表情で彼の元に駆け寄った。
約12秒か……。10秒で終わらすつもりだったけど、色々考えているうちにロスった。
「斗柳!斗柳!しっかりして!」
「安心しな。図体がでかけりゃ、それに見合うだけの体力があるはずだ。これくらいで死んだりはしないはずだよ」
あたいが無神経にそう言うと、碑妖璃は瞳に涙を浮かべて、怒りと悲しみが入り混じったような表情で睨み返してきた。
「どうしてっ!どうしてなのこまっちゃん!……こまっちゃんは、私達の大切な仲間だと思っていたのに!こんなこと、こんな酷いことを!」
酷い。酷いか……ああ確かに酷いかもな。これじゃ、あたいは完全に悪者だ。
にゃん子の方を見る。……彼女は、元居た位置から一歩も動かずに、あたいの方をじっと見ていた。
どんなことを思っているのだろうか?
やはり碑妖璃と同じで、酷いと思っているのだろうか?
いや……。
そうだね、たまには悪役も悪くないか。
「碑妖璃。あたいは確かに妖怪の味方じゃない。妖怪の為に戦ったりしないし、無理をしてまで守ろうとも思わない!……でも、だからと言ってあたいは人間の味方ってわけでもない。人間を守りたいとも思わない!あたいは、他人の為に何かを捨てることができない自分本位な死神だよ!……だけど。そんなあたいだけど、碑妖璃の力になってやりたいとは思ってる。……誰の味方でも無いわけじゃない。あたいは碑妖璃の味方だよ」
そうだ。
運命とか、宿命とか、定めとか、そんな決まったレールの上をあたいは歩いているわけじゃない。歩いてきたわけじゃないんだ!
「こまっ、ちゃん?」
悪いねにゃん子。碑妖璃のことには口出ししないつもりだったけど……、
「いい加減に気付けよ!いや、本当はもう気付いているんじゃないか?……碑妖璃がもし、いつまでもそんな風に逃げてばかりいるのなら……あたいに傷付けられたこいつらを見ても、まだ人間を殺そうと思うなら……もうその時は容赦しないよ!」
「……」
そう、運命なんてクソ喰らえだ!
「その時は、あたいが碑妖璃を殺す」
そう言った瞬間、あたいの目に映っていたはずの碑妖璃の寿命が、ゆっくりと消えていった。