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東方連小話  作者: 北見哲平
小野塚小町 〜 死神と少女と赤いスケジュール帳
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小野塚小町 - その11

「ふぅ~。初めはこんな不味い物は死神の飲み物じゃないと思ったけど、最近はどこか愛おしい味なんだよね。うぃ~、不味い、もう一杯!」

 人間サイズなら4人は座れるであろう大きな切り株に腰を下ろしながら、例の雑草茶を嗜む。こんな洒落た場所で朝のティータイムを満喫できるなんて、ちょっとした貴族になった気分には……残念ながら全くならない。

 ふんっ。所詮あたいは、チンケな下っ端死神さ。


「よっす!こまっちゃん!」

 と、背後から猫っぽい気配がしたかと思えば、

「珍しいね。朝の空気はまだにゃん子ちゃんにとっては寒いんじゃないの?……ああ、碑妖璃に追い出されたわけか」

「ちっ、違うよ!何か大切なお客さんが来てたみたいだから。他のみんなは裏庭で遊んでる……あたしは、こまっちゃんが来てるって聞いたから」

「あたいに会いに来てくれたってわけ?よせやい、照れるじゃ~ないかい」

「照れて無いじゃん」

 バレた?

「……隣座るよ」

「ダメだと言ったら」

「……噛みつく」

「流石は肉食。どうぞ~」

 あたいがそう言うと、にゃん子はゆっくりと切り株に腰かけた。そして、あたいが飲んでいた雑草茶の残りを一気に飲み干した。っておいおい勝手に飲むな!どんな教育されてんだ!

「因みに、そのお客さんってのはあたいの知り合いで慧音さん。教師、独身、現在料理の上手な旦那を募集中だそうだ」

「……こうは、料理とか割と上手だけど」

「いやいや、そこまで守備範囲が広かったら、流石の慧音さんでも、未だに独身ってことはないでしょう」

 因みにこうはこうちん(キジムナー男)のことです。まあ、あれはほとんど未確認生命体だからあたいも無理だね!ってか、こうちんは一応既婚者。思いっきり不倫じゃねえの?うわ~。

「そして、慧音さんは世にも珍しい人間とハクタクのハーフ。つまり半獣人。満月の夜には変態して攻撃力が5割増しに……どうよ、ビビってトイレ行きたくなったっしょ?」

「ちっとも」

 あらま。

「慧音はずっと人間の里で、人間と一緒に暮らしてきた。妖怪これ排除。人間にとっては絶対的守護者。人間ラブ。人間こそ我が命。人間の為なら例え火の中、水の中、フジヤマヴォルケイノの中。……ただ、最近は妖怪に対しても優しいね。心が動かされるような出来事があったって話。妖怪が人間の里に出入りできるようになったのには、慧音さんが妖怪のことを認めたというのが大きかったんだと思うよ、多分。つまりキーパーソン的な存在だね。……と、まあこれが今日のお客さんである慧音さんのステータスかな」

 説明終わり。あたいって説明上手だねマジで。


「こまっちゃんって、何気に顔広いよね」

「まかせとけって!」

 そう言いながら親指をビシッと立てて決めてみる。

「でも、そんな慧音さんがどうしてひよりんに会いに来たの?」

「ん、ああそれは、元々人間を無条件で襲ってくる悪い子に説教をする為だったらしいよ。昨日、あたいが居ない間に人間との接触があったんだろ?……つまり、その報告を受けてさ。尤も、今は少し目的が変わっているとは思うけどね」

 あたいがそう言うと、にゃん子は少し不安そうな顔で見上げてくる。

 その気持ちは、勿論分からなくもない。

「心配しなくてもいい、悪い話じゃないよ。慧音さんは人間と妖怪との「共存」ではなく「共生」を望んでいる。分かるかい?共に生きるってことだよ。……あたいには想像も付かないくらいスケールの大きな話。今幻想郷が保っている、絶妙とも言えるバランスが崩壊してしまう。そんな壮大さだよ。或いは、それが人間でありながら妖怪の力を得た自分の使命だと感じているのかもしれない。何と言っても責任感の強い慧音さんだからさ。責任感の欠片も持ち合わせていないあたいとは大違いだね!」

 勿論、慧音がそう変わったのもつい最近のことだ。あたいは例外とはいえ一応妖怪なので、慧音が妖怪のことをボロクソに言うと複雑な気持ちになったし、彼女の気持ちの変化にはバカ程驚いた。長い年月を生きてきた慧音だからこそ、そんな自分の生き方には確固たる自信と信念があったはずだ。だから、まさかそれを覆してしまうほどの出来事があるとは……にわかには信じられなかった。聞く話によると、ある人物に影響を受けたとのことだけど……さぞかし立派で偉大で、公明正大な心の持ち主なんだろうね。


「だからにゃん子ちゃんが望んでいた、碑妖璃がまた人間達と一緒に暮らせるようにって願いが叶うかも知れないよ。勿論、にゃん子ちゃんも一緒に」

「……そんなこと、できるのかな」

 別に、にゃん子を喜ばせようとしたわけではないけど、それでも思っていたよりは後ろ向きな反応が返ってきた。

「やっぱり不安?」

「……不安しかないよ」

 にゃん子が、慧音のことをあまり快く思っていないことは何となく分かったし、理解もできた。人間の世界で暮らすことが、碑妖璃にとって一番の幸せなのだと言っていたにゃん子。

 でも、それには大きなリスクを伴う。最悪、碑妖璃の心は今以上悪い方向に傾いてしまうかもしれない。そんなことになるくらいなら……今更、そう……だって今更。


 にゃん子に出会ってから、ずっとそうなのかもしれないと思っていことがある。

 これはあたいの勘。

 でも、あたいの勘は意外とよく当たる。


「ねえこまっちゃん?」

「ん、なんだい?」

「このあいだの続き……あたしが聞きたかったこと聞いてもいい?」

「どうぞ」

 にゃん子は顔を上げ、あたいの顔をしっかりと見据えながら言った。


「どうして、こまっちゃんはひよりんに会いに来たの?」


 ……やっぱりそうなんだ。

 にゃん子から何を聞かれるかは分かっていた。だって、なぜならあたいは死神。このあまりにも在り来たりだけど、あまりにも答えが単純な質問を受けて、それを確信した。


 彼女は碑妖璃の命がもう長くないことを知っている。


 人間の魂を導く者……。

 そして、本来であれば妖怪であるにゃん子とは全く無縁な存在。

 ただ、たった一人の、それも人間の少女の為に生きていくことを決めた彼女にとってはある意味……他の誰よりも恐れていた存在。本当は、慧音よりもずっとあたいの方が快く思われていなかったんだと思う。


「知ってるだろ。あたいは根っからのサボり魔なんだよ。だから、わざわざこんな辺ぴな森の中まで来るのに、他にどんな理由もないってわけさ!」

「……本当のことを話すって約束したはずだよ」

 確かにそう言う約束だった。にゃん子も、碑妖璃の過去を包み隠さず全て話してくれた。

 ただ、あたいは本当のことを言ったはずだ。嘘は一切無い。……でもこんな本当を信じてくれるのは、あたいが毎日仕事をサボっては幻想郷中をふらつき、更に興味本位で何でも首を突っ込み、挙句の果てにはそれが上司にばれて叱られてばかりのダメ死神だと知っている、そんな幻想郷に暮らすほとんどの住人しかいない。

「嘘なんか言っていないよ。にゃん子ちゃんもあたいのスケジュール帳を見ただろ?あれがあたいの生き方を物語っている。赤の日は全部休み!絶対仕事なんかしない!」

 あたいが若干強めの口調で言うと、にゃん子はグッと唇を噛みしめた。どれだけ前向きに考えても信じてもらえてないって顔だ。無理もないことだけど……。

「そう……。じゃあ質問変えてもいい?」

「認めず!あたいはもうにゃん子ちゃんの質問に答えたからね」

 いつも無茶苦茶ばかり言っているあたいだけど、今回は間違っていないはずだ。一度出した手を引っ込めてもう一度なんて、大抵の物事において反則だ。あたいはいつだってフェアプレイの精神で生きてきた死神なんだ!

 多分、もっと直接的な質問に変えようとしたのだろうが、そんなことになると今度は本当に嘘をつかなくてはならなくなる。

 サボり魔と言っても、やっぱりあたいは死神。本当のことを話すわけにはいかない。人間と濃厚接触しているだけでも死神としてギリギリのあたいなので、本人もしくはその周りの人物に寿命を告げたなんてことになると……失業する可能性120パーセントだ。説教ばかり垂れているが本当は部下想いの四季様でも、流石に庇いきれないだろう。

 何度も言うようだけど、死神は人間の寿命に関与することを禁じられている。あたいが何を話しても、どうにかなることではないとは思うけど、まあ神経質になるところではあるね。本当、組織っていうのは色々と面倒だ。

「そ、そっか。そりゃそうだよね。……無理言っちゃってごめん」

「気にしない気にしない」

「うん。気にしないでおく。……じゃあここからはあたしの友達として質問させて。勿論、絶対に答えないといけないなんてことはないよ」

 そう簡単には引き下がらないか。

「ま、そう言うことならどうぞ~」

「……ありがとう」

 にゃん子はあたいに礼を言うと、ほんの僅かだけ表情を緩めた。別に悪いことをしているわけではないんだけど、礼を言われるのも複雑な気分だった。

「ねえ、もしひよりんがあたいにも内緒にしなくちゃいけないことがあるとしたら、それはどんなことが考えられるかな?」

「……ん?」

「ひよりんは、ここ最近ずっとあたしに大きな隠し事をしてる。……ひよりんは、それを必死で悟られないようにしているけどあたしには分かるんだ。だって、あたし達はずっと一緒に暮らしてきたんだから。隠そうとしたって隠せないよ。むしろ、隠そうとすればするほど、ちょっと無理が出てくる。……でも、そうなると考えてしまう。一体、あたしにも秘密にしたい隠し事って何なのかなって。確かに、ひよりんは優しいし、皆には心配を掛けないようにって気を使うところあるけど……あたしにだけは何でも話してくれるし、不安事や悩み事も相談してくれるって思ってた。こまっちゃんにも話したけど、人間に虐げられていた時だって、あたしにだけは相談してくれた。ひよりんにとって特別の特別。あたしにはその自負があったし、それだけが自慢だった。ひよりんも、そんなあたしの気持ちを知っていたからこそ何でも話してくれるんだと信じてた。だから……ひよりんの秘密事はあたしにも言えないほど大きなことなんだって思った。でもそれ以上は分からなかったし、ひよりんが秘密にしている以上それを無理に聞き出すことなんてあたしには出来なかった。本当は……聞くのが怖いっていうのもあったかもしれない」

 もし碑妖璃が自分の死期を悟っているのであれば、それがにゃん子にも話せない秘密で間違いないだろう。だとしたら、どうしてにゃん子に話せないのかあたいにも何となく分かる気がする。


「ひよりんのことで一つでも分からないことがある。しばらくは、ずっと不安に思いながらもそんな日々を過ごしていた。でもそんな時……こまっちゃんがひよりんの前に現れた。その出会いをひよりんの口から聞いたあたしは一つだけ、絶対ひよりんがあたしに打ち明けられないことがあることに気付いた。それは、多分あたしにはどうすることもできないほど大きなことで、あたしに悲しい想いをさせるってことが分かっていて……もし本当にそうなら、どんな気持ちでひよりんがそれを内緒にしていたかを考えると、胸が苦しくて潰れそうになった」

 そこまで話すと、にゃん子はあたいの顔を直視した。今のあたいにとっては、目を背けたくなるような眼差しだった。

「隠さないで教えて!……こまっちゃんは、ひよりんのことを迎えに来たんでしょ!」

 真剣そのもの。それでいて、縋るような瞳であたいに尋ねる。先程の質問と違って、答えは「はい」か「いいえ」の二択のみ。

 そして、あたいの嘘の無い回答は「いいえ」だった。

 でも……、

「それは少し話が飛躍しすぎてないかい?確かにあたいは死神だけど、業務内容は三途の川の船頭だよ。そんな客の呼び込みみたいな七面倒なことしないって!」

 ただ単に否定することが出来なかった。

「だって、突然死神が現れたら誰だってそう思うよ!ここに人間は、ひよりんしか居ないんだから!……何かあたし間違ってる?もしそれが全くの的外れなら、そう言ってこまっちゃん!」

「……」

「ひよりんは言えない!言えるはずがない!……自分が死んじゃうかもしれないなんて、あたしにだけは絶対に言わない!他のどんなことを話してくれも、それだけは絶対に話してくれない!……だって、あたしは悲しむから。それを聞かされて世界で一番悲しむのはあたしだから。それで……それを誰よりも理解しているのはひよりんだから。だからこそ言わないよ!……きっとあたしじゃひよりんを救えないことを、ひよりんがよく分かってるんだと思う。何も出来ないあたしは、きっと自分の無力さを、役立たなさを嘆いて責める……ひよりんは、あたしにそんな思いをさせるようなこと絶対にしない」

 にゃん子の言っていることは間違っていない。恐らく碑妖璃は自分の死期が近いことを悟っている。そしてそれをにゃん子に相談できない理由は、彼女の考えそのままだと思う。

 ただ、あたいが碑妖璃の魂を迎えに来たというのは間違い。他の世界と違って狭いこの幻想郷では、基本的に人間の魂が自らの足で三途の河まで移動する。迷うことも無いだろうということらしいが、実際のところは、そこまで人員を割くだけの余裕がないのではとあたいは睨んでいる。例外として、未練がましく幻想郷の一定の場所に居座る者に関しては、少々強引にでも連れて行かなければならないが、それもあたいの仕事じゃない。あたいの仕事は、あくまでもサボること……いや三途の川の船頭であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから、にゃん子にその辺のことをよく説明すれば、あたいの言っていることが嘘じゃないと信じてもらえるかもしれない。

 しかし、碑妖璃の余命が短い以上、あたいはどの道嘘付きになってしまう。嘘を付いて嘘付きと言われるのは別に構わない。でも本当のことを言って嘘付き呼ばわりされるのは納得いかない。

「じゃあ聞くけどさ、にゃん子ちゃんはそれを知って一体どうしたいのさ?碑妖璃がわざわざ秘密にしていることを知って一体どうしようとしているのさ?もしそれが真実だとしたら、碑妖璃の気持ちを無下にしてしまうかもしれないんだよ。そうなると、あたいだって碑妖璃の友達も、死神も失格ってことだね。まあ、あたいは元々失格気味な死神だけどね」

「そ、それは……」

 碑妖璃が生きられるのは後1カ月。これだけはどうしようもなく、もう決まっていること。にゃん子は、自分では碑妖璃を救えないと言ったが、それは正しい。時には寿命が迫った者を、少しでも生き長らえさせる為に奔走する者もいる。しかし、人間の運命を変えられるだなんて自惚れも甚だしい。自分がその者の運命を変えたなどと思っているとすれば、それは大きな間違いだ。人間は生きるべき時は生き、死ぬべき時は必ず死ぬ。

 だから、そういう人間達を見ていると言いたくなる。そんなに頑張ってもどの道死ぬ。そんなに頑張らなくてもまだ死んだりしない。

こんなことを考えるあたいは、やっぱりつまらない死神なのかね。でも、……それが現実なのさ。


「あたしは、あたしは……ひよりんに」

「小町殿!」

 これからにゃん子が何かを言いだそうとした時、玄関の方から慧音があたいの名前を呼んだ。どうやら碑妖璃との話も終わり出てきたようだ。タイミングが悪いと言うか何と言うか……でもあたいは少し助かったかも。

「あっ、慧音さん。碑妖璃とゆっくり話が……できたようだね」

「ああ、それなりにな。しかし、分かったこともあれば、まだ分からないこともある。今日は色々と忙しいので、また明日訪れることにするよ」

 慧音はそう言うと、にゃん子の方を見て小さく微笑んだ。

「初めまして。碑妖璃の話の中に何度も登場したにゃん子ちゃんだな。私は上白沢慧音だ。よろしく頼むぞ」

「あ……うん。よろしくね」

 唐突に自己紹介され、にゃん子は若干戸惑いながらも握手を交わす。

「慧音さん、碑妖璃は一緒じゃないのかい?」

「まあな。見送りは遠慮してもらった。また明日も来るのだからな」

 慧音さんが、実際碑妖璃になんて言ったかは分からない。でも、恐らく語っただろう。自分ことを、今現在人間と妖怪の関係がどうであるか、そして自らの理想を。

 それを聞いて、碑妖璃がどう思ったか、どう感じたか。


「では小町殿、私はこれで。また明日な」

「う~ん。あたい明日は仕事なんだけどね~」

「明日も、の間違いじゃないか!」

 慧音はニヤリと笑みを浮かべる。流石、よく分かってらっしゃる。


「なあ慧音さん。慧音さんは、碑妖璃にとって一番の幸せってなんだと思う?」

 唐突に聞いてみる。あたいよりもずっと深い考えを持っているであろう慧音さんの気持ちが、少し気になったのだ。

 慧音さんは、少し考える素振りを見せてから答えた。

「そうだな……碑妖璃が心から、自分が幸せだなと思えるのなら、それが幸せだと思うぞ。だが、それが一番かと聞かれたら違うだろう。そもそも、幸せの一番など存在するのだろうか。幸せの上には、更に幸せがあるだろう。その上には、更に更に幸せがあるだろう。自分が幸せだと思っていても、もっと幸せになりたいと感じるだろう。幸せには、恐らく頂きも底辺も存在しない。だから私は、碑妖璃にとって今が幸せで、もうそれ以上の幸せを望んでいないのであれば、このままでも構わないと思う」

 成程、定量化できない事柄に関して一番上も一番下も無いわけか……確かにその通りかもしれない。

「でも、それでも碑妖璃に構おうとするのは、やっぱり慧音さんが根っからの」

「お節介なのだろうな」

 慧音はため息をつきながら微笑んだ。

「なあに、それが慧音さんのいいところじゃないか」

「そう言ってもらえると助かるよ。……私と碑妖璃はよく似ているんだ。私は人間を愛し守りたいと想う気持ちから、碑妖璃は自分の仲間を大切に想う気持ちから、それぞれ妖怪と人間を拒絶してきた」

 碑妖璃は自分の仲間を大切に想う気持ちから、人間を拒絶してきた?

「ちょっと慧音さん。ちょっと今のところあたいの認識と違うんだけど」

「ん、そうか。まあ小町殿の認識も間違ってはいないと思うぞ。碑妖璃は人間を心から憎んでいるということだろ?……確かにその通りだ。碑妖璃は人間を憎んでいる。そしてそれは、仕方のないことだ。だが、もう半分の理由は別なのだと私は思う。いや、こちらの気持ちの方が強いと私は信じている」

「もう一つの気持ち?」

「人間にたくさんの仲間の命を奪われた時、碑妖璃が一番強く感じたのは人間に対しての憎しみではなく、人間のことを信じてしまった自分に対する苛立ちと、そのせいでたくさんの仲間を死なせてしまったことへの後悔だったとしたらどうだ?人間との関わりを断つことで、人間を拒絶することで、自分が人間だという事実を忘れてしまうことで仲間を守ろうとしたのではないか。確かに、怒りや憎しみの感情が表面化してはいる。だが碑妖璃は、本当は優しい人間なのだ。今日再会した時、まず碑妖璃は私の心配をしてくれた。人間と一緒に暮らしていて大丈夫かと……。私は怒ってしまったが、それが碑妖璃の優しさなのだと思う」

 確か、にゃん子が過去話で話していたっけ。仲間達が人間に殺された後、碑妖璃は何度も何度も「守ってあげられなくてごめん」と繰り返した、と。

 そう考えれば人間に対する怒りよりも、皆を守れなかった後悔の方が強かったという慧音の考えは間違っていないのかもしれない。そもそも、本当に人間を憎んでいるなら、こんなところでひっそりと暮らさずに人間を根絶やしにすることを目論んでもおかしくはないし、碑妖璃にはそれができるだけの能力がある。

「だとしたら、慧音さんと碑妖璃の生き方はそっくりだね」

「そうだな。少し前の自分を見ているようだった。……だからこそ放っておけない。碑妖璃には、私が犯そうとした過ちを犯してほしくないのだ。……以前の私は、妖怪のことを知らなさ過ぎた。知ろうとしなさ過ぎた。そのせいで、今私を慕ってくれる、頼ってくれる、そして共に歩んでくれる妖怪達を、自分の手で殺していたかもしれなかったのだ。私は知った。妖怪の中にもいろんな考えを持った者がいる。妖怪の中にも人間と同じように笑える者がいる。妖怪の中にも人間を認めてくれる者がいる。そんな妖怪達が、今私の目の前から消えてしまっていたかもしれない。それを考えると、私は変われてよかったと、過ちを犯さなくて良かったと、心からそう思う。妖怪達を、有無も言わさず殺してきたそれ以前の私の行為が、全て過ちだったとは言わない。それも、私は確かな信念を持って行ってきたことだ。否定はしたくない。……ただ私自身、過去の自分より今の自分の方が好きだから。自分のことが好きな度合いとは、結構重要なことなのだ」

「確かに、そりゃあ言えてる。あたいは自分が嫌いになったことがないから、いまいち有り難味が分からないけどね」

「それはそれで、良いことだと思うぞ」

 仕事を毎日のようにサボって、何度四季様に説教を食らってもめげずにまたサボって、いい加減で、意志が弱くて、自分の欲望に常に忠実で、そのくせ割と義理深くて。貪欲で、嘘付きで、死神のくせに自由人で、死神のくせに割と人気があって、社会で働いている自覚なんてこれっぽっちも持ち合わせていない。

 他人から見たら、いいところなんてほんの少ししか無い。

 でも、そんなあたいだけど……嫌いになっちゃあ可哀相だからね。好きになってあげないとダメでしょう。……せめてあたいだけでも。

 もしかしたらそれが、幸せってやつに直結するのかもしれないね。


「では、私はこれにて失礼するよ。2時限目まで自習にするわけにもいかないのでな」

「おつかれ~」

「あっ、慧音さん!」

 にゃん子が、去ろうとした慧音を急に呼び止めた。

「ん?」

「……ひよりんのこと、よろしくお願いします」

「碑妖璃の家族であるにゃん子ちゃんや、友人の小町殿を差し置いて、まだ彼女のことを何も知らない私がしゃしゃり出て申し訳ない。……だが、了解だ!」

 そう爽やかに答えると、慧音はフワッと浮き上がり、人間の里の方角へと飛んで行った。



「碑妖璃のことよろしくだなんて、不安がっていたのにどういう心境の変化?」

「えっ、その。……なんか、慧音さんが本当に優しい人なんだって、それがすぐに分かったから。ひよりんを傷付けるようなこと絶対しないって、すぐに確信できたから。……こまっちゃんの言うとおりだったよ」

「あたい達を差し置いてってとこは、若干皮肉っぽく聞こえなくも無かったけどね」

「皮肉……そう?」

 まあ、それもそのはずか。

「どこかやましく感じることがあるから、あたいにはそう聞こえたのかもね」


「……でも、あたし達がひよりんの枷になっていたなんて考えもしなかった。そりゃあ、まだひよりんが人間の里で暮らしている頃は、あたし達妖怪の存在が人間との関係に亀裂を生じさせたけど……あの時、たくさんの仲間を失った時、ひよりんはもう人間を捨てたんだと思ってた。それだけひよりんは、いっぱいいっぱい泣いたから。……でも、慧音さんの話を聞いてそれは間違いなんだって気付いた。ひよりんは人間を捨てたわけじゃない。自分は人間だけど、その事実を無理に仕舞い込んで、あたし達を守ろうとしてくれただけなんだ。……あたし、情けないよ。ずっとひよりんと一緒に居るのに、ひよりんのことを一番知っているのは自分とか威張ってたくせに。ひよりんの大切な気持ちを見落としていた。……ひよりんはいつだってあたし達のことを一番に考えてくれて、自分のことなんてそっちのけで大切に想ってくれて、どうしようもないくらい優しいんだって。だからそんなひよりんが、個人的な憎しみの感情そのままに、人間を傷付けることなんて絶対にない。あたしはバカだ、あたしは……そんな優しいひよりんを信じることが出来なかった」

「でも、まだ慧音さんの考えが真実とは限らないよ。慧音さん自身が言っていたじゃないか。それは、あくまで可能性が高い方の考えだって。……あたいだって、慧音の話を聞くまで択が無かったんだからさ」

「ううん。それは多分違うよ。慧音さんは確信してた。あんな言い方をしたのは、きっとあたし達に気を使ってくれたから。……初めて出会った頃、人間達に疎外されて、親や友達にまで見捨てられながらもあたし達と一緒に居てくれたのがひよりんの優しさ。みんなに心配を掛けまいと、大きな悩みを自分の中に背負い込んでしまうのがひよりんの優しさ。極寒の吹雪の中、命を掛けてあたしを助けてくれたのがひよりんの優しさ。ひよりんは、いつだって自分のことよりあたし達のことを考えてくれた。ひよりんの行動の根底には、あたし達の為に、あたし達の幸福を願って、あたし達を守りたいという気持ちが常にあるんだよ。……だから、慧音さんの考えは間違っていない。……間違っていたのはあたし。何でだろう?少し考えれば分かったことなのに……本当に情けないよ」

 にゃん子は俯いてしまう。


「にゃん子ちゃんは、碑妖璃に似ているよ」

「えっ?」

「碑妖璃が自分の為にじゃなく、常ににゃん子ちゃん達のことを考えて動いているのであれば、にゃん子ちゃんだって自分のことをそっちのけで、碑妖璃の為に一生懸命になれるじゃないか。にゃん子ちゃんは、碑妖璃の為に生きていくって決めたんだろ。恐らく他の連中だって、にゃん子ちゃん程ではないとしても、碑妖璃の為なら命すら惜しくないって思っているはずだよ」

 そう。決して一方通行ではなく、双方向に支え合ってるんだ。

「本当にバカだと思うよ。自分を犠牲にして、誰かの為に何かをしようだなんて。あたいには絶対真似できないし、真似したいとも思わない。結局あたいは自分が一番大事だし、自分が不利益を被るくらいなら碑妖璃やにゃん子ちゃん達がどうなろうが知ったこっちゃない。だからあたいは、自分で楽しめると思ったから死神になったし、自分の為以外で仕事をサボったことはない。誰かの為に仕事をサボって、それで上司に説教を食らうなんて、そんなのあたいじゃない!……あたいの心は廃れていると思うかい?でも、普通はそんなもんだよ。そんなのはごく普通の感情だよ」

「でも、バカだと思いながらも毎日あたし達に会いに来てくれるのはどうして?」

「それは、あたいがあんた達に興味を持ったからさ。あたいが普通だと思っている感情を、1から100まで否定するような連中ばかりでさ。何だか妙にお互いを認め信頼して深い絆で結ばれて。種族も見た目も生まれた場所だって全く違うくせに家族とか言って。変に温かくて。そのくせ、人間が嫌いとか言ってあたいの仕事を増やすし……あたいはこの死神って仕事を通して、様々な人間に会ってきて、そりゃあ色々な人間がいたさ。でも、こんなにも普通じゃない状況は初めてだったんだよ。こんなにも興味深くて、こんなにも有意義で、こんなにも楽しい暇つぶしは初めてだ。……まあ正直、碑妖璃の過去は重たかったし、ちょっと考えるのが面倒なくらい、余計なことに首を突っ込んでしまった気もしなくはなかったけど、もし慧音さんの考えが正しかったら、もしそれをにゃん子ちゃんが信じるなら……碑妖璃はまだまだこれからじゃないか!」

 碑妖璃はまだまだこれからか……。余命が後1ヶ月と知りながらなんて無責任なことを言ったのだろう。

 でも、後ろ向きになりかけたにゃん子に掛けてあげる言葉は、嘘でも建前でも前向きな方がいいと思ったのだ。


「ありがとうこまっちゃん。あたし、こまっちゃんがただサボりに来ただけだっていう話、信じるよ。だから、さっきあたしが聞いたこと忘れてもいいよ。……あたし、とてもずるいこと考えてた。もし本当にひよりんが長くないなら、一か八か自分の気持ちを打ち明けて、最後に人間である自分を取り戻してほしかった。それが、あたしがひよりんにしてあげられることだと思っていたから。でも、違うよね。そうじゃないよね。……あたし、ひよりんに直接聞いてみる。何で悩んでいるのか。何を不安に思っているのか。ひよりんは絶対に躊躇うだろうけど、あたしはどんな結果でも受け入れるから。それで、あたしの気持ちを打ち明けてみる。もう、今のままでいいだなんて思わない。ひよりんには一番の幸せを目指してほしいもん!」

 非常に前向きな笑顔。まあ、やっぱりこうじゃないとね。

「あたいの出る幕は無いようだね」

「無いっ!」

 はっきりきっぱり言われてしまった。ノリで自分第一主義みたいなことを言っちゃったからな~。

 でも、実際これで構わない。ようやく何かが動き出そうとしているんだ。あたいが軽々しく横槍を入れていいはずがない。碑妖璃とは、今まで通り友人として付き合うことにしよう。


 それに、まだ手遅れなんことは無い。碑妖璃はまだ生きているんだから。

 碑妖璃はまだ、1ヶ月も生きられるのだから。


 そう、あたいは皆と出会って、1ヶ月でここまで仲良くなれたじゃないか。


 クソ不味いお茶の味が、次第に分かってきた。

 電電の毛で作った座布団にも違和感がなくなってきた。

 声を聞かなくても、こうちんとたーあんの区別ができるようになった。


 ほら。どれも、最初は無理だと思っていたことばかりじゃないか。


「大丈夫だよ、にゃん子ちゃん」

「ん、どうしたのこまっちゃん?……何か言った?」

「……いや、何にも」

「ふ~ん」


「さっ、今日もいつも通り金太でもからかって遊ぶかな」

「あたしも~」



「ピィィーーーー!」

「ん!?」

 その時、突然聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。

「風吟?」

 あたい達が居る場所から家を挟んで真逆側。裏庭の方。……でもこの声は、人間を威嚇する時の……まさかっ!

「裏庭行くよっ!」

 にゃん子は顔を引き締め、無言で頷いた。

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