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東方連小話  作者: 北見哲平
小野塚小町 〜 死神と少女と赤いスケジュール帳
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小野塚小町 - その9

 碑妖璃と出会ってから、早1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あたいは、毎日のように仕事をサボっては碑妖璃に会いに行った。スケジュール帳の赤の部分は、ほぼ碑妖璃と一緒に居たと言っても過言ではない。


 様々な話題について話をした。

 少し危険な遊びに何度も付き合った。

 斗柳の背中に乗せてもらって空を飛んだ。

 クソ不味いお茶の味が、次第に分かってきた。

 電電の毛で作った座布団にも違和感がなくなってきた。

 声を聞かなくても、こうちんとたーあんの区別ができるようになった。


 そして、少しずつではあるが客人から友人、友人から家族へと変わりつつある皆の対応に、あたいは不思議な喜びを感じているのであった。



「小町、最近以前にも増して仕事を厳かにしているようですね。報告とクレームが上がっています」

 最も嫌な時間、仕事の月次報告を行った去り際のことだった。あたいは毎度御馴染の如く四季様につかまってしまった。いつも覚悟していることなので、今頭の中はどうやってお説教を回避するのか。それでいっぱいになっていた。

「それは、何かの間違いじゃないですかね。多分あたいの才能に嫉妬した誰かが、あたいを陥れる為にでっち上げた」

ペシッ

「きゃん」

 また悔悟の棒で頭を叩かれた。……痛い。

 そもそもずっと気にはなっていたのだが、この棒は一体何の為に持っているのだろう。持つべき人が持ったら、それとなく威厳が増しそうではあるが、何と言っても四季様はチビ。威厳も何もあったものではない。閻魔様と言う肩書きが無ければ、むしろただのガキである。こんなこと、死んでも本人の前で口に出しては言えないが……。

 するってえと、つまりこの棒はあたいを叩く為に持っているということか。むしろ、それ以外で役に立っているところを見たことが無い。くっ、なんて迷惑な棒だ!

 全く、変なことに役立てないでほしいものだ。


「もし、今しかできない大切なことと、いつでもできるどうでもいいことがあれば……四季様ならどちらを優先しますか?」

「むっ、小町にしては珍しく意味ありな質問ですね。……それは、今しかできないことを優先するべきでしょう」

「四季様なら分かってくれると思っていました。……つまりそう言うことです!」

「つまり死神の仕事は、いつでもできるどうでもいいこと……そういうことですね」

「はい!」


 この後、説教はみっちり4時間続いた……。




「ふぅ~、昨日は酷い目に遭った。全く、四季様はあたいというものが全然分かっていない。仕事をサボってこそあたいだろう。むしろ、勤勉なあたいなんて誰が見たい?今や幻想郷を歩いているだけで「こまっちゃん相変わらず豪快にサボっているね~」と声を掛けられるあたいだ。今更「こまっちゃんは本当に働きものだね~。うちの若い衆も見習ってほしいよ」とか言われてもそれは嘘だ!」

 懲りることを知らないあたいは、今日も気の向くままスケジュール帳のままに仕事をサボり、碑妖璃に会いに行く途中だった。

 ぶつくさとくだらないことを呟きながらではあったが、それでも幻想郷の空を飛ぶのは気持ちいい。追い風に乗るのは「あたいのサボりを幻想郷が後押ししてくれてるんだー!」ってな感じでテンションが上がるし、向かい風に立ち向かうのも「あたいの燃えるサボりの魂は、この程度の風じゃ吹き消せない!どえりゃー!」ってな感じで更にテンションが上がる。

 今日の様に無風で晴天の日は、あたいらしくのんびりふらふらと空の散歩を楽しむことができる。これがいかにも自分らしい。自分が風になるとか、そんなカッコいいことは考えたことが無い。

「あと10分で到着ってところだね。くっくっくっ、今日はどうやって金太で遊んでやろうかな~。んっ、あれは?」

 その時、あたいと同じく空中散歩を楽しんでいる人影を発見した。

 よく見覚えのある人物だったので、声を掛けることにした。あたいは、若干飛行速度を上げてその人物の隣に並ぶ。


「どうも~。おひさしぶりで~す」

 そして、馴れ馴れしく声を掛けた。

「んっ、ああ小町殿か。ご無沙汰している。それにしても、相変わらず堂々と仕事をサボっているようだな」

「空中散歩を楽しんでいるのさ。……そう言う慧音さんも、寺子屋の仕事をサボって「一人空から巡る幻想郷ツアー」の真っ最中だったりします」

「失敬な、小町殿と一緒にされては困る」

 空で偶然出会ったのは、人間の里を守り続けてきた半獣人、恐怖の女教師、上白沢慧音だった。

 彼女とはそれなりに長い付き合いがあり、どういう人物なのかもおおよそ把握している。仲も悪くない。本当にやることが無い時は、彼女の仕事先である寺子屋に遊びに行って、霊魂で子供達を驚かせ……バレて頭突きを食らう。それは、悔悟の棒で頭ペシペシなど比べ物にならないほど痛い。

 今ではそうでもないのだが、出会った当初、彼女は妖怪のことを人間に仇なす存在として完全に敵視していた。人間の里に近付くだけで攻撃してくるほど好戦的だった時期もある。特に、それが満月の夜だったりすると最悪だ。ハクタクは色んな意味で怖い。正直あたいでも勝てる自信が全く無い。

 ま、と言ってもあたいと慧音は今までに一度も衝突したことは無い。死神というのは、彼女にとっても例外だったらしい。里を訪れた時などは普通に迎えてくれた。まあ、自分が愛する人間が死後お世話になるのがあたいと考えられるし、人間を襲うことなど以ての外が掟の死神だったので、それが敵対する理由に勝ったということだろう。それどころか「誰々は無事に三途の川を渡れたか?」とか「誰々は天国に行けただろうか?」などと聞いてくる始末。やはり気になって仕方が無いのだろう。少し面倒ではあるが、あたいはそんな彼女も嫌いではなかった。

 因みに、あたい程度の下っ端の死神じゃ、人間の天国行き地獄行きの結果を知ることはできない。以前に一度だけ、四季様に迫ってみたことがあったが、やっぱり悔悟の棒でしばかれた。痛いので、それ以来聞いていない。どうやら、知っているのは地獄でもほんの一握りしかいないようで「知りたければ出世しなさい」と言われた。……それは無理だ。諦めよう。

 死神の大幹部、小野塚小町とか言われてもむず痒くなるだけだ。


「そう言えば、つい最近私の生徒の曽祖父が亡くなったのだが、無事に彼岸へ渡れただろうか?」

 そう。慧音はあたいに会うと二言目にはこういうことを聞いてくる。

「ん、どうだっただろう。御幾つ位の爺さんだい?」

「確か……88歳だったと思うが」

「ふ~ん。米寿とは、それは随分大往生だったんじゃないかい」

「ああ、里でも十本の指に入るご高齢だったからな。たくさんの人にみとられながら旅立って逝ったよ」

 で、旅立った先があたいの仕事場ってわけか。自分で言うのもなんだが……なんか気の毒だ。

「話は戻るが、無事に川を渡れただろうか?」

「うっ」

 実のところ、記憶に御座いません。と言いますのも、最近仕事と言う仕事はほとんどしていないので、恐らくは……。

「あの方は、あたいが無事に彼岸まで送り届けたよ」

「……ありがとう。感謝する」

 申し訳ない、慧音。

 流石のあたいも、こういう嘘をついた後は若干悪い気持ちになる。ただ、下手なことを言って彼女を心配させるよりは、嘘でもいいので彼女の望んでいる答えを返した方がよかったのだと、自分自身にそう言い聞かせて納得する。本当のところは頭突きが怖かったからだということは、あまり考えないでおこう。


「でも、いつも人間の里でしか会わない慧音さんと、こんなところでばったり会うなんて珍しいね。今日はどうしたんだい?」

「ん……そうだな。小町殿の仕事に多からず少なからず関わってくることかも知れんな。……実はだな、小町殿も知っての通り、近頃人間と妖怪との距離が急激に近付いてきたこともあって、妖怪の森の立ち入り禁止が解除されたのだ」

「ふ~ん、それはかなり思い切ったことをしたね。まだ人間にとって妖怪の森は危険じゃないかな」

「うむ。そうだと思って、あまり深くまで入り込まないことを条件としていたのだが……昨日里の若者が、かなり森の深くまで入り込んでしまったのだ。本人曰く「自分は里一番の俊足なので妖怪が襲ってきても逃げ切れる!」と言う理由からだったらしいが……まあ、実際に逃げ切ったみたいなのだが取りあえず帰って来たところで頭突きの仕置きをした。逃符「90分間の逃走劇」などというスペルカードまで用意して、絶対にふざけているだろ」

 人生の半分以上をサボって生きているという自覚があるあたいには、ちょっと何も言うことはできなかった。まあ、別にふざけているわけではなく、あたいがサボる時はいつだってド真剣だけど。

「でも、結局慧音さんからは逃げ切れなかったってことね。……つまり、森で妖怪に襲われたと」

「ああ。話によると、里からかなり離れた場所まで入って行ったらしく、大体の場所しか分からないのだが。……とにかく見つけ出して、事情を説明して厳重注意を行う!」

 人間を襲った妖怪に対して厳重注意か……慧音も随分と変わったものだ。以前は、人間に害をなす妖怪は問答無用で退治していたのに。彼女の中で、妖怪のイメージが大きく変わったのか。それとも、妖怪との共生の中にこそ、人間にとって本当の幸福があることを見出したのか、詳しいことは知らないけど頑張ってほしいね。

「で、その手掛かりを教えてくれないかい。まあ、あたいも一応目的地があるわけだからずっとは付き合えないけど、到着するまでだったら一緒に探しても構わないよ」

「ありがとう。それは助かる。……まずは、かなり立派で、恐らく新築だと思われる家が建っていたそうだ。そこで、風のようにすばしっこい妖怪と、雷を操る小さな犬、巨大な怪鳥に襲われた。そして、それらの妖怪を束ねていたと思われるのが……黒髪が美しい、謎の美少女だったらしい」

 ……うっ。


「悪い慧音さん。さっきの言葉訂正。もしかしたら最後まで付き合えるかもしれない」

 なんとなく嫌な予感はしていたけど。

 成程。昨日は四季様へ定例の報告を行っていたから……。その間にそんなことがあったのか。

「ん。それはどういうことだ?」

「つまり、あたいが今向かっているのはその新築の家。しかも、その黒髪の少女の名前は碑妖璃。あたいの友人、友達、フレンド!おっけい?」

「なにっ!そーなのかー!」

「そうなんですよ。驚いた?」

「た、多少はな。しかし、それよりも探す手間が省けた。早速案内してくれないか。……いや、目的地が同じなのだから案内ではないか」

「りょーかい!ただ、人間に対してはとことん好戦的な連中だよ。あたいが居るから多分大丈夫だと思うけど、もしかしたら襲ってくるかも知れないよ。その姿で大丈夫かい」

 慧音はそれなりに強いし、純粋な人間ではない。だから、彼女の身を本気で案じているわけではない。一応忠告として、予備知識として話しておいた方がいいと思っただけだ。

「心配は無用だ。私を誰だと思っている!悪い子には、その悪い子度合に応じて、おしりペンペン、拳骨、頭突きを見舞ってお仕置きだ!」

 慧音は実に爽やかな表情で答えた。うわ~、何かこの人無敵そうだな~。

 逆に碑妖璃の方が心配になってきた。

「あたいの友人だから、どうぞお手柔らかに頼むよ。……それじゃ、少しだけ飛ばすからしっかりとついてきな」

「了解だ」


 半獣人。人間の体と人間の心、妖怪の体と妖怪の力を併せ持った特異な存在。死神のあたいから見てもそれは変わらない。もし自分が、慧音と同じ立場であったなら、これほど煩わしいことは無いと思うだろう。生き方の選択肢は増えるかもしれないが、どれも楽で平坦ものではない。

 慧音の様に、人間と共に生きることを選んだだろうか。碑妖璃の様に、人間を捨てて森で妖怪として暮らすことを選んだだろうか。……それとも、やっぱり今みたいに死神としての毎日を送っているだろうか。

 分からない。あたいには慧音の様な強い意志は無いし、誰かに聞かせてあげられるような未来像も無い。毎日を、ただ自分の思うように楽しくのんびりと生きていければいい。そんなことを考えている能天気でバカ正直な妖怪と、実際のところ何も変わらない。

 だから、もしあたいが慧音だったら、生き方を見失ってしまっていたかもしれない。

「慧音さんはすごいと思うよ」

「……ん、何か言ったか?」

 ……。


「碑妖璃の入れるお茶は死ぬほど不味いから覚悟しておいた方がいいよって言ったんだ」


 慧音と碑妖璃は非常によく似ている。彼女達は人間として生まれながら、妖怪と共に生きる術をそれぞれ与えられた。慧音は妖怪の姿と力を。碑妖璃は妖怪と心を通じ合わせることができる能力を。

 ……ただ、二人が選んだ生き方はまるで正反対だった。

 慧音は人間を選び、碑妖璃は妖怪を選んだ。

 慧音は人間を守り続け、碑妖璃は妖怪に守られ続けてきた。


 あたいは、碑妖璃に慧音を会わせることで何かが変わることを期待しているのだろうか?

 慧音が碑妖璃のところまで辿り着けないように妨害することもできたはずなのに、あたいはそれをしなかった。

 そもそも、あたいは碑妖璃にどうなってほしいのだろうか?

 誰かを憎みながら生きて行くのが本当の幸せのはずがない。でも、現状維持は最も無難な選択肢。

 それを理解しているからこそ、碑妖璃の過去を知りながら、全くそんな素振りを見せずに彼女と付き合っているのだろうか。

 ただ、あたいが碑妖璃の友人であるならば、もう長く生きられないことを知っているからこそ、彼女の為にしてあげられることが何かあるのではないか。

 人間のことを好きになれとは言わない。ただ、にゃん子の想いを知らないまま死なせてしまっていいのだろうか。

 あたいの船には心の傷も、未練も、何もかも持ち込んでいい。でも、今のまま終わらせてしまったら、逆にあたいの心の中に未練が生じてしまうような、そんな気がする。それだけは我慢ならない。

 だからこそ、あたいは慧音を連れて行くのだろうか。自分の代わりに、碑妖璃を諭してもらう為に。自分がどうしたいのか自信が持てないが為に、その代役を慧音に任せようとしているのだろうか。


 ずるいなあたいは。

 でも本当は……妖怪とか、人間とか、その関係がどうとか。そんなどうでもいいようなことを真剣に考えるのが、ちょっと面倒になっただけなのかもしれない。

 好奇心旺盛で、知りたがりなあたい。

 それがどうでもいいなんて、きっと妖怪のくせに、死神としか見られたことがないから言える戯言なんだと思う。

 中途半端に首を突っ込んだくせに、結局何も出来ないまま終わってしまう。更には何もしようともしない。挙句の果てには、こんな言い訳染みたことを考えてしまう。


 そんな自分に、後々未練が残らないかが心配なんだ。

 船で彼女を送る時、笑顔になれないのはもしかしたらあたいの方かもしれない。

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