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東方連小話  作者: 北見哲平
小野塚小町 〜 死神と少女と赤いスケジュール帳
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小野塚小町 - その8

「へぇ~、死神にも色んな人がいるんですね」

 雑談を開始すること、あたいの正確な体内時計で2時間強、死神についての話で盛り上がっていた。

「そうそう。あたいのように妖怪で死神ってのが結構多いけど、幽霊で死神ってやつもかなり多いな。どっちかと言うとそっちの方が死神のイメージに近いんじゃないかい?」

「確かに。私もこまっちゃんに会うまではそう思っていました」

「あたしもあたしも~。死神って、白骨でドクロな方限定のお仕事だと思っていたよ。白い歯をチラつかせながら……ってな感じでね」

 ……やっぱりね。まあそれがイメージなのだから仕方がない。どこから伝わったかは分らないが、大抵の世界の、大抵の住人はそういうイメージを持っているらしい。

 多分、ああいう世にも恐ろしい連中のせいで死神は恐怖の象徴とか言われるようになったんだと思う。その上、一部では死神は皆不死者だとかいう噂まで立っちまうし……いい迷惑だ。あたいは普通の妖怪だっての!

「それに、ちょっと珍しいのには天使や悪魔で死神になった奴もいるね」

「テンシ?アクマ?」

 碑妖璃は首を傾げる。

「あ~、幻想郷には居ないかもしれないけど、別の世界に行けばそういうのもいるんだよ。翼とか生えてて、何だか妙に眩しくて神々しい連中だよ。偉そうな奴が多いから、あたいは好きじゃないけどね」

「っていうことは!こまっちゃんは色んな世界に行ったことがあるの?」

 にゃん子が目を輝かせながら聞いてくる。まあ、確かにそこは気になるところではあるが……。

「残念ながら無いね。まあ、当然地獄も一つの世界だけど、実際あんなに居心地の悪いところは無いよ。あたいは幻想郷一筋!幻想郷で生まれて、幻想郷で育った。そして幻想郷で死神の仕事をしている。だから、箱入り死神ってところだね」

「そうなんだ。残念」

「期待に応えられなくて悪いね。あたいの場合は異動もあまり考えられないし、かと言って勝手に別の世界に遊びに行って、それがバレたら死神免許はく奪ものだからね。流石のあたいもそれは勘弁してほしいって言うか……あたいは今の仕事に不満は無いよ。サボりたい放題だし……それに、幻想郷が好きだから。だから他の世界なんかに興味は無いし、一番好きな場所で仕事ができるって、それだけで幸せなことだろ」

 これは、紛れも無いあたいの本心。他人伝いでしか知らない世界に行くくらいなら、あたいは幻想郷を選ぶ。幻想郷はいいところだ。幻想郷よりもいい世界がある筈がない。

 幻想郷しか知らない奴が何を言ってるって感じだ。こんなに狭くて、楽しみの少ない世界のどこがいい?……そう思うかもしれない。でも、自分の故郷を大切に想う気持ちは人間だって、妖怪だって、死神だって同じだろう。

 あたいは幻想郷を愛しているんだ……大っぴらに言うのは、流石に少し恥ずかしいけどね。

「何だか、こまっちゃんから幻想郷が好きとか、そんな言葉が出てくるなんてちょっと意外だね」

「それはどういう意味だいにゃん子ちゃん」

「いや、ごめん。何となくそんな感じがしただけ」

 まあ、その気持ち分からないでもない……自分で言うのもあれだけど。


「人間の死神っていうのは……いないんですか?」

 碑妖璃が聞いてくる。少し意外な質問だった。

「う~ん。あたいは聞いたこと無いね……まあ探せばいるかもしれないけど、普通に考えたらまずいないね。何しろあたい達の商売している相手だからね。一応試験は受けられるって聞いたことはあるけど、そんなものを受けにくる人間は相当なもの好きに決まっている。まあ、元人間で妖怪化したって奴ならたまにいるけど……やっぱり長年続けていくなら、人間の寿命じゃ厳しいってことかもしれないね」

「……そうですか」

「何だ、もしかして碑妖璃は死神になりたかったとか」

「えっ!……違います。そんなわけ、あるはずがないです」

 碑妖璃はそう言うと俯いてしまった。

「悪い……愚問だったね。忘れて」

「いえ……ただ、私に会いに来てくれたのがこまっちゃんで本当によかったなって思っただけです」


 人間でありながら死神になりたいと願う者がいるとすれば、理由は何が考えられるだろうか?

 いくつか考えられる。しかし人間を憎み、人間との関係を、自分が人間だという事実すらも投げ捨てた碑妖璃が、わざわざ死神になりたいと考える理由は思い浮かばなかった。

 まあ、あたいみたいにカッコよくなりたいっていうのは考えられなくも無いけどね。なんたってあたいは……冗談だよ。

 今や子供を躾ける時に名前が出てくるあたいだ。憧れを抱くなどと、限りなく愚考で愚行だ。碑妖璃は確かに変わった人間ではあるが、どこぞの妖精のようにバカではないと思う。

 妖精の死神は、人間以上に聞いたことが無い。バカには無理な仕事だ。

 因みに子供を躾ける時の言い回しは「こらっ!怠けて宿題をサボってばかりいると、こまっちゃんみたいに落ちこぼれて、ついには自分のことあたいとか呼びだして、いかにもバカっぽい大人になっちゃうよ~」ってな感じだ。すると子供は大抵「いやぁーーーー!」とか泣き叫び出す。殴ってやろうかと思ってしまうのは言うまでも無い。

 言っておくが、半分は確かにあたいの責任だが、もう半分は明らかに別の誰かの責任だよ。



「一つ聞きたいんだけどさ。碑妖璃ってどうしてあたいに対してだけ敬語使うわけ?大体語尾が「です」で終わることが多いじゃない」

「えっ?」

「あ~、分かったよ。あたいが死神なもんだから「です」と、死神を表す「デス」を掛けているんだね!……うまいっ!」


 ……。

 …………シ~ン。


「ん?」

 碑妖璃が心底意味が分からないという風な顔をしたところで体の力が抜けた。

「いや、何となくこうなるとは思っていたけどね。……心の中でリアルに「シ~ン」とか言っちまった」

「えっ!えっ?も、もしかして私、今こまっちゃんに何か酷いことを?……ごめんなさい」

「大丈夫だよひよりん。あたしも意味がさっぱりだった!むしろ、意味が分からなくて正解だったかもしれないよ。だってほら、あたしって寒いの苦手だから」

 くっ!この猫がぁ!

「いやごめん、取り敢えず今のは三途の川にでも流して」

 そして魚に食われて今すぐ忘れるんだ!さあ今すぐ!

 さあっ!さあっ!さあっ!……はぁ~。

「私、別に自分で話し方を変えているつもりはないんですけど、何だかこまっちゃんってかっこいいし、美人だし、胸も大きいし……その、緊張して。あの~、こまっちゃんは素敵です!」

 素敵に無敵とな!(※注 無敵とは言われていない)

「それは……ガラにも無く照れますな~。あっ、でも絶対にあたいに憧れたり、あたいみたいになりたいとか思っちゃダメだよ。ご存知の通り、あたいは社会人……もとい、社会妖怪失格だからね」

「はいっ!」

 ……いや、そんな滅茶苦茶素直でいい返事を返してくれなくても。……そりゃあ、絶対にあたいみたいになっちゃいけないけど、少し複雑だ。

「まあ、自分の姉のように思ってくれて結構だよ」

「へいアネキっ!」

 へい姉貴って……それもちょっと違うんじゃないかな~。



「あっ!ようやくみんな帰ってきたみたい」

 と、唐突に碑妖璃。

「んっ、皆って風吟達のことか?」

「はい。早く玄関まで迎えに行きましょう」

 どれだけ感覚を研ぎ澄ましたとしても、あたいには風吟達が帰ってきたのを感知することは出来なかった。物音がしたわけではなく、楽しげな話し声が聞こえてきたわけでもなく、妖気で空気が振動しているわけでもない。やっぱり碑妖璃だからこそ、家族だからこそ感じるものがあるのかもしれない。


カチャッ

「くぅ~、やっぱり外は寒いねぇ~」

「中に居ればいいじゃないか」

 玄関の扉を開いただけでにゃん子は、身をすぼめてブルブルと震える。って言うか今の時期、屋内も屋外も体感温度は対して変わらない。本当に寒がりなんだなにゃん子は。

「みんな~、おっかえり~」

 碑妖璃が空に向かって両手を振る。……その先には、特に誰も居ない。まだ誰も帰ってきてないじゃないのか。ほら、にゃん子ちゃんも寒そうにしていることだし中に……。

 んっ?いやちょっと待て。晴れた空に小さく見える点、徐々に大きくなっているような気がする。

「もしかして、あれか!」

 あたいは指を差して碑妖璃に尋ねる。

「はい。そうですよ。こまっちゃん、結構目がいいんですね」

 ニッコリと微笑む碑妖璃。どうりであたいに気配が感知できないわけだ。碑妖璃はどんな感覚しているんだ?限度ってものがあるだろ。

 やはり、テレパシーか何かを使っているのではないかと疑ってしまう。

「因みに、あの子は以津真天いつまでん斗柳とりゅうです。とても大きいから、いつも私を背中に乗せてくれます。多分、他のみんなも乗ってると思います。正直、ゴツゴツしてあまり乗り心地はよくないんですけどね。でも、思いやりがあってとても優しい子なんですよ」

「ふ~ん」

 大怪鳥以津真天か。今は点にしか見えないけど、近くで見るとそれは大きいんだろうね。


「みんな~、おっかえり~!」


 …………。


「みんな~、おっかえり~!」


 …………。


「みんな~」

「ちょっとストップ碑妖璃。多分、まだ斗柳達には聞こえて無いんじゃないかな。あれを見てみなよ。まだ点だよ、点!」

「こまっちゃん面白いですけど、あれは以津真点じゃなくて以津真天の斗柳ですよ~。おっかしいです。……みんな~、おっかえり~!」

「……」

 こいつ、いっぺん殴ったろうか。

「そう言えばさ、一つ疑問に思ったんだけど。ここから例の遊び場まで結構距離あるよね。いつも、斗柳に乗って移動しているんだったら、今日はどうやって帰ってきたの?」

「ん?……この森は私の庭みたいなものです。全力で走れば半時間で帰ってこられますよ。それに、一緒には暮らしていなくても、この森のみんなは私の友達です。お願いすれば乗せてくれます。まあ、今日は走って帰ってきましたけどね。とても疲れました」

「ふ~ん……」

「みんな~、おっかえり~!」

 …………。


 その後、まさかまさかの6分25秒待たされたところで、ようやく声が届く位置まで斗柳達が帰ってきた。因みに、にゃん子ちゃんは1分でリタイアして家の中に消えて行った。と言うことは、にゃん子ちゃんですら、まさかこれほど待たされるとは思っていなかったってことか。多分、碑妖璃と一緒に皆を出迎えるってこと自体あまり無かったんだろうな。

バサッ、バサッ……ドスッ

 それにしても成程、これが以津真天……確かにでかい。着地しただけで地震が起きたかのように地面が揺れる。それに鋭く尖ったおっかない爪。恐らく、例の遊び場の木に刻まれていた爪痕は彼?のものなんだろうな。

「おっかえり~!風吟、電電、斗柳、こうちゃん、たーちゃん、金ちゃん!」

「ただいま碑妖璃。それよりどうしたんじゃその声?少し掠れているようじゃが……」

 この声は、多分こうちんの方だね。

「え~、そうかなぁ?……何でだろう、分かんないよ。……それよりも、先に帰っちゃってごめんね」

「いやいやいいんすよ。お客さんが来るってんじゃしかたねぇ。いつまでもにゃん子一人に任せるって言うのも頼りねぇ話ですし。ったく、だらだらと情けない奴っすよあいつは」

「そう言うあんたは変態妖怪の金太だったっけ」

「ビクンッ!そりゃあねえっすよこまっちゃ~ん」

 名は体を表す。碑妖璃のネーミングセンスは安直って言うか、素直だと思う。まあ、名探偵こまっちゃんの推理が正しければ、碑妖璃と金太との付き合いは結構長い方だね。子供っぽいネーミングは、碑妖璃がまだ幼い頃に付けたと考えると、にゃん子との付き合いが最も長いというのも合点がいく。


「皆の衆、一日ぶりだね。それと、初めまして斗柳。碑妖璃から話は聞いているよ」

 取り敢えず、爪と握手。それにしてもでかい……どれくらいでかいかは、想像にお任せするよ。

「いつまで……」

「んっ?何だって?」

 いつまでに……何?

「こまっちゃん。斗柳は「いつまで」しか喋れないんです。因みに、今は「よろしく」って言ってます」

 以津真天だからいつまで?……そりゃ、変わった妖怪だ。

「まあよろしく。……それにしても、突然いつまでとか言うもんだから仕事の話かと思っちゃったよ。これが結構厳しくてね。少しでも遅れるとこっ酷く叱られるわけ。報告書をいつまでに提出しろ!とか、いつまでにお客さんを全員彼岸に送り届けろとか……組織の一員として働くのも色々と面倒なんだよね」

「……いつまで」

「今のは「別にそう言う意味じゃないから安心して。っていうか、こまっちゃんはサボってばかりいるから締切に追われるんじゃない」って言っています」

「いやまあ、その通りなんだけどね。っていうか、今そんなに喋ったか?」

「気にしない気にしない」

 何やら、軽く詐欺に遭った気分だ。因みに、あたいにサボるなと言うのは、子供に外で遊ぶなと言っているようなものである。だから、これからもあたいはサボり続けるだろう。締切とは、それこそお腹が痛くなってトイレに行っているだけでもう間に合わなくなるとか。そんなギリギリの切羽詰まった状況を楽しむ為にある。そして、そんな状況だからこそいつもなら考えられないくらいのすごい潜在能力とかが発揮され、うお!あたいすげえじゃん!などと自分でも知らなかった力をディスカバリーできる!そんな貴重な機会を与えてくれるのが、この締切や納期という、社会で生きていく中では嫌でもついてくる、煩わしいだけの決まりごとなのだ。


「ピーピピピィー!」

「今のは「こまっちゃんのこともっとよく知りた~い。死神ってどんなお仕事なの?昨日は何食べたの?どうやったらこまっちゃんみたいに胸が大きくなるのか教えて」と言っています」

「いや、だからそんなに喋って無いって。取り敢えず、最低でも胸のくだりは碑妖璃のオリジナルだろう」

「えへへ、バレちゃいました。……だって、金ちゃんがずっとこまっちゃんの胸元ばかりチラチラ見てるんですよ。少し妬いちゃいます」

「うおぇっ!あ、あっしは!」

 一同の視線が、一気に金太に集中する。

「……エロ狸」

「ちっ!違いやす!あっしは……そうっ!こまっちゃんの胸元に付いた葉っぱが気になっていただけで……取ってあげるでやんすよ~」

「きゃん!いやっ、この狸今あたいの体に……やめて怖いっ!さわらないで!誰か助けて!きゃ、きゃーーーーーーーん」

「ピィィィィーーーー」

「風吟は「金ちゃんのろくでなし!クズ男!変態!エロエロフェスティバル!」と言っています」

 エロエロフェスティバルって……一体どんな祭りだよ!ちょっとだけ行ってみたいけど……。

「いつまで……」

「斗柳は「チラ見までは許容範囲。でも、ボディータッチはご法度よ!本性を現したな化け狸!空中逆さ吊り湖ポチャの刑だ!」と言っています」

 いや、むしろその罰は碑妖璃が受けるべきだろう!……そんなことを思ってしまう今日この頃。大体、チラ見は許容範囲だったんなら、そっとしといてやればよかったのでは?それに、あたいは胸をガン見されてもいいけど……別に減るもんじゃないし!

「酷いっすよ~」

「……酷いのはどっちよ!あたいの体に触っておきながら……もうお嫁にいけないわ!お父さんお母さんごめんなさい。きゃーんきゃんきゃんきゃん……」

 あっ、因みにこれ泣いているのね。

 それに、知ってると思うけど父母いないから気にしないでね。

「おなごを泣かせるとは、恥を知れい!」

「もし、うちが同じことされたら、もう恥ずかしゅうて生きていけません」

「ワンワワン!」

「電電は「俺達のアイドル碑妖璃ちゃんを差し置いてこまっちゃんに現を抜かすとは、裏切り者め!裏切り者は電気椅子の刑だ!」と言っています」

 ってか、自分で自分のことアイドルとか……何言ってるのさ!それに電気椅子って……さっきからどんだけ拷問好きなんだよ!実はドSだろ碑妖璃!

「あっしは。あっしは……」

「金ちゃん。こまっちゃんのはダメだけど、私のちっちゃなおっぱいだったらいくら触ってもいいんだよ。それで満足かどうかは分からないけど……しゅん」

「碑妖璃っ!あっしは……あっしはそう言うつもりじゃなかったでやんすよぉぉーーーー!」

ズザザザーーー。


 ……金太は悲痛な叫び声を上げながら森の奥へと消えて行った。


「くっくっくっ……あいつおもしれぇ」

「こまっちゃん新しいおもちゃを見つけた悪い子の顔してます。金ちゃん可哀想……」

「よく言うよ。碑妖璃も結構ノリノリだったくせに。さっきのやり取り中にあたいは心の中で三回だけ突っ込んだけど、全て碑妖璃のセリフの後だったよ」

「あれ、またバレちゃいましたね。金ちゃんのことだから、30分もすればまた帰ってくるはずです」

 悪戯に成功した子供の様に、ちょこっと舌を出す碑妖璃。成程、家族のことは何でもお見通しってわけか。……でも、正直ちょっと酷いぞ。

「う~ん。でも、金ちゃんがまさかおっきいおっぱいが好きだったとは……そうだっ!今日は一緒にお風呂に入って、私のだってそんなに捨てたものじゃないよって思い知らせて、そしてその後は……」

 ……全く、碑妖璃ってやつは、

「あたいは長年死神やってるけど、碑妖璃みたいなやつに会うのは初めてだよ」

「えっ、……はい。私も、こまっちゃんみたいな死神さんに会うのは初めてです」

「あれぇ~。碑妖璃って死神に会うのってあたいが初めてじゃなかったっけ」

「えへへ~、バレちゃいました」

「バレバレだって。……一つ教えてあげるよ。碑妖璃は嘘をつくのが滅茶苦茶下手だね」

「そう言うこまっちゃんは……嘘をつくの得意ですか?」


 ……。

 一呼吸置いてあたいは答えた。


「苦手だね。あたいは嘘をついたことがないからね」

 ……嘘だった。



 死神には、他の者には無い特殊な能力が幾つも備わっている。

 その一つに「人間の寿命が見える」っていうものがある。便利なようで、結構不便な能力だ。勿論あたいにも備わっている。


 だから、あたいには碑妖璃の寿命がはっきり見えていた。


 碑妖璃の寿命は……あと2ヶ月。

 あたいの目に映るそれは、現実であり事実。初めて彼女を見た時に知って、特に驚きもしなかった。それを知ったところで、あたいにはどうすることも出来ない。死神が人間の寿命をコントロールすることは禁じられている。そもそも、例えその禁忌を破ろうとしたところで、それをコントロールすることなど出来るはずがない。人間は、それほど単純な生き物ではない。……本来だったら、死神であるあたいが人間と関係を持つことは、その掟を破る可能性がある一級の危険行為なのだが、これまであたいの出会った人間で寿命が変わった者など一人としていなかった。

 もし、あたいと人間とが出会うことが、仲良くなることがイレギュラーなことでも何でも無かったとしたら。寿命を司る人生の中に元々組み込まれていたとすれば、始めから死神に人間の寿命を左右させるだけの力は無いということになる。

 そして、あたいは経験上それが真実だと確信している。

 だからあたいには、碑妖璃を救ってやることは出来ない。寿命を引き延ばすことが碑妖璃にとって救いなのかどうかさえ分からない。こんな能力は無意味だ。こんな能力何も役には立たない……悲しくなるだけだ。


 せめてあたいに出来ることは、碑妖璃の友人として出来ることは……あたいの船に乗る時に、彼女と笑顔で語り合えるような、そんな関係を築き上げることだけ。心の傷も、未練も、何もかも持ち込んでいい。ただ、せめてあたいの船の上でだけは、それを全て忘れ去ってしまえるような……今だけは、あたいに何もかも委ねてしまって構わない。そう思ってもらえるような強い信頼関係。


 これまでに何度も、生前親しくしてくれた人間を特別な想いを持って送り出してきた。三途の川の上で1日中語りあったこともある。もう会えなくなると思うと、なかなか船が前に進まないのだ。

 死神としては間違いなのかもしれない。しかし、友人としては決して間違ったことじゃないとあたいは思う。


 湿っぽい別れは……大嫌いなんだ。

 だからあたいは、もう会えなくなる友人をいつだって前向きな言葉で送り出してきた。


 残された短い時間で、あたいはそれを見つけることが出来るのだろうか。


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