秋穣子 - その6
「あれ? いつの間に帰って来たんだろう?」
今さっき博麗神社を出発したばかりなのに、気が付けば私は人間の里に居た。
ここは、昼間見て回った場所。田園地帯のほぼ中心。結界を展開するならここが一番最適だと、そう考えていた場所。
確か、全速力で空を飛んでいると突然目の前の空間が裂けて、ブレーキを掛けようと思ったけど駄目で……。あれ? それで、気が付けば目的地に到着しているなんて。
「あれは何だったんだろう? ……霊夢?」
私は、スペルカードが手にしっかり握られていることを確認する。……よかった。夢だったとか、そういう展開ではないようだ。
手に握られたスペルカードが3枚。霊夢に教えてもらった結界形成方法を元にして完成させたスペルカード。豊符「豊穣守護結界」。1枚だけでは心許ないので3枚用意してみた。……今の私にとっては、この3枚のスペルカードだけが頼り。
ビュウゥゥ~
突風で体が少し流され、服が大きくなびいた。
「風が強い、もうすぐ嵐の本体が来る」
風は唸りを上げ、雨は大地を濡らし、雲は天を覆い隠した。日が沈めば、恐らくここは漆黒の闇に包まれるだろう。
私には見えるよ、豊かに稔った貴方達が黄金色に輝いている姿。……だから、どんなに真っ暗になっても大丈夫。
私には聞こえるよ、貴方達の声が。……だから、私が挫けそうになったら応援して。
ゴオオォォーーー
叫び声を変えた風は、更に勢いを増し「暴風」となり襲ってくる。辺り一面に広がる穂に豊かな稔りを施した稲達が、苦しそうに体を傾ける。
「今楽にしてあげるから」
嵐は朝になれば必ず過ぎ去る。だから、それまで持ちこたえることが出来れば!
私は、3枚用意したスペルカードの1枚を右手に持ち直した。
「いきますっ!」
思い切り気持ちを集中させて、右手を上に振りかざす。
「豊符っ! 豊穣しゅご」
「うわぁぁ〜」
うわぁぁ〜って、え?
スペルカードを発動させようとしていた刹那、聞き覚えのある声が突然頭上から降ってきた。何のことかと考えるよりも先に、声のする方向を見ると……、
「あっ!」
ドスンッ!
「ふぎゃぁ」
何が起きたのかはすぐに分かったのだが、どうしてこんなことが起きたのかは全く分からなかった。
「いたたたたぁ~」
何故か空から降ってきて、何故か私に直撃して、何故か今私にのしかかっているにもかかわらずなかなか退こうとしない、私のよく知っている人物。
「痛いのは私の方です。とりあえず、早く退いてくれませんか、姉さん」
突然空から降って来たのは私にとって唯一無二の姉、秋静葉だった。
「ごめんごめん穣子」
姉さんに手を引いてもらって立ち上がる。これからのことを考えると気にしている余裕なんてないんだけど、服がドロドロに汚れてしまった。もう、洗濯は姉さんにやってもらうんですから。
「はぁ~、と言うか何で姉さんが空から降ってくるんですか?」
「え~っと。……まあ、色々あってね。……それより穣子、人間達のこと忘れてない? 嵐が来て大変なのは作物だけじゃないんだよ。多分、今頃家が吹き飛ばされないかどうか、心配で堪らなくなっているはずだよ」
分かってる。人間達は、今自分達の身を守ることだけでも精一杯なんだ。田畑の側に人影一つ見当たらないのはきっとそういうこと。……だからこそ、里の作物は私が守る。
だから姉さんは、
「あれぇ? でも、そっちは姉さんが何とかしてくれるって、私は思っていたんだけどな~」
どうして空から降ってきたのかは、未だにちっとも見当が付かない。でも、私は姉さんのことをよく知っている。ずっと二人で暮らして来て、誰よりも理解している。
だから姉さんが今ここに居るということは、ここに来てくれたということは、つまりそういうことなんだと、妙に確信だけはあった。
「ちぇっ、相変わらず我が妹は、察しがいいな。ここはお姉ちゃんらしく、カッコよく決めるつもりだったんだけど」
登場シーンで、それはもう外してるけどね。
「……穣子は、作物を守ることだけに集中して。人間の住居の方は私に任せて」
姉さんの手には3枚のスペルカードが握られていた。……やっぱり、私達って似た者姉妹です。
「姉さん、ありがとう」
「お礼の言葉は、明日の収穫祭が無事に迎えられた時に言って」
「そうですね。……姉さん大好き!」
「おっ、突然どうした我が妹よ。……でも、穣子からそんなことを言ってもらえると、これからの励みになるね」
姉さんは気恥ずかしそうに、人間達の住居がある方向へ体を向きなおす。そして、半身捻って私の方に顔を向ける。
「幻想郷中探しても、穣子ほど愛おしい妹はいないよ。他の誰が何と言おうが、それだけは私にとって絶対変わらない事実だから。……大好きよ穣子」
姉さんは、そう言うと私に背を向けて飛んで行った。
「確かに、これは励みになるなぁ。……姉さん」
雨にも負けず、風にも負けず、頑張れ姉さん、私、秋姉妹!
ゴゴゴオオォーー
「うぅぅ〜」
風はさっきよりも、更に一層強くなっていた。しっかり気を張って、足を踏みしめておかなければ吹き飛ばされてしまいそうだ。雨で柔らかくなった土に、裸足が半分埋まる。
私は、改めてスペルカードを掴み、大きく天に振りかざす。
今度こそ、本当に行きますっ!
「豊符『豊穣守護結界』」
私の叫び声と共に、スペルカードが発動する。そして、里の田園全体を覆う光の膜が展開される。
豊穣守護結界。本来なら、私の力じゃこんなにも大きな結界を出現させるのは非常に困難なこと。でも、霊夢は教えてくれた。結界は、拒むものを最小限にすることで負担は軽減される。
私の結界が拒むものは、風雨のみ。つまり、空気の流れと、水の侵入を遮断する。
「それだけで充分っ! だって、これは大切な物(者)を守るための守護結界だからっ!」
私にとって、長い戦いが始まった。