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東方連小話  作者: 北見哲平
小野塚小町 〜 死神と少女と赤いスケジュール帳
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小野塚小町 - その5

コンコンッ

「うりゃー、死神こまっちゃんが来たぞー!」

 予定通り計画通り仕事をサボったあたいは、約束通り碑妖璃の家の扉前まで来ていた。

 昨日碑妖璃が書いてくれた下手くそな地図を元に探していたのだが、意外も意外、これがすぐに見つかった。つくづく何事もやってみなければ分からないというのは真実だと思う。

 そして、更に意外なことにかなり立派な家だった。

 あたいはてっきり、あの妖怪達と一緒に暮らしているのでもっとボロボロで今にも崩れそうな、最悪屋根が無い家を想像していた。しかし、実際見た目は新築、敷地も人間の里にある標準的な民家が4つ入ってもまだ余る程度あり、おまけに二階建て。恐らく、意外とあっさり発見できたのにはそれもあったのだろう。

 碑妖璃の家は、誰もが憧れるような木造の一軒家だった。


 ……それにしても、誰も出てこないな。

 玄関扉をノックして数十秒、特に反応は返って来なかった。

 家が広いので聞こえてないのだろうか?

 それとも留守?

 別にいつ頃行くとは言っていなかったからね。時間はまた午前9時半を少し回ったところ。流石の碑妖璃もこんなに早い時間に来るとは思っていなかったとか……むしろ、この時間ならまだ寝ているという可能性もある。あくまであたい基準の場合だけど。


 とりあえず、もう一回呼んで反応が無かったらどこかで時間を潰してくるか。

「んっ」

 もう一度ノックをしようと扉に手を伸ばした時、扉の向こう側に誰かの気配を察知した。妖気も感じるので碑妖璃ではないようだ。


ガシャ、キィ~

 鉄製のノブが回り扉が開く。

「うにゃ~、こんな朝早くにくるかね~?」

 ……猫だ。

 あたいを出迎えたのは碑妖璃ではなく、まだ見ぬ碑妖璃の家族?

 二足立ちする妖怪の少女は、見た感じ間違いなく猫の妖怪だった。猫耳も尻尾も、ただのコスプレではないようだ。妖怪としてはまだ若いのか、人間年齢だと碑妖璃よりもかなり下に見える。それにしても小動物系の妖怪ばかり紹介されていたので、猫ではあるが人型の妖怪が妙に新鮮だ。

猫又ねこまた……?」

 あたいが何となく思い当たる猫の妖怪を口ずさんでみると、少女はそれだと言わんばかりにあたいを指差した。

「いかにも、あたしは猫又のにゃん子。別に化け猫でもいいけどね。ふ~ん、あんたがこまっちゃん。……思っていたよりも胸が大きいね。……チッ!」

 なんだこいつは。あたいと胸の大きさで張り合いたいならもう少し大人になることだね。そして、毎日牛乳を飲め!

 それにしても……にゃん子ちゃん。


「にゃん子って愛称か何か?」

 あたいがそう聞くと、彼女はムスッとした表情で返してくる。

「にゃん子はあたしの名前!ひよりんが付けてくれた大切な名前よ!それをバカにする奴は絶対に許さないんだからっ!」

 ああ成程ね。

 因みに、ひよりんというのは聞くまでも無く碑妖璃のことだろう。

「いや、別にバカになんてしていないよ。可愛くていい名前だと思うよ。よろしくにゃん子ちゃん」

 何となく「ちゃん」付けで。

「ふ~ん、それなら別にいいけど。とりあえず中に入って。扉閉めたい……寒のは嫌いだから」

「寒いって、今はもう春だけど」

「あたしは極度の寒がりなの!」


バタンッ

 あたいが中に入った途端に急いで玄関扉を閉めたにゃん子。いくら猫とはいえ、寒がりにも程がある。


 玄関を含め家の内部は、見る限りでは簡素で小ざっぱりしていた。よく整っているというよりは、整えるほどのも物を置いていないと言った方がしっくり来る感じだった。

「で、にゃん子ちゃん。碑妖璃は今出かけてたりするのかい」

 あたいの予想では、十中八九碑妖璃が出迎えてくれると思っていたので、にゃん子が出てきたということはつまりそう言うことなのだろうと判断した。

「ひよりんと他のみんなはいつもの辺りに遊びに行った……あたしは寒いから今の季節はお留守番。ひよりんから、自分達が帰ってくる前にこまっちゃんが来たらもてなしておくように頼まれているの」

 いつもの辺り?……ああ、つまりそう言うことか。

 あの、凄まじく荒れた森の一部は妖怪達が遊んだ後ってことか。まあそれにしたってやり過ぎ感は否めないけど、皆遊びたい年頃なのかもしれないね。

「毎日遊びに行ってるのかい?」

「基本的にはね。あいつらみんな暴れすぎだから。定期的に体を動かさないと家の中で暴れ出すし……新しい家が建ってからは外で遊ぶようにしてるけど、前の家なんて壁が傷だらけで屋根も吹っ飛んでいたし。あれは、冬場だったから凍えて死んじゃうかと思った」

 成程ね。最近になって家を建て直したってことか。

 因みに建て直す前の家は、ここに来る途中あたいが想像していた碑妖璃の家そのものだったようだ。

「にゃん子ちゃんは皆と一緒に遊べなくて寂しくないのかい?」

 これまでのにゃん子の言動を見聞する限りでは、彼女が碑妖璃のことを深く慕っているのは疑いようのない事実。だとすれば、碑妖璃とは1分1秒でも長く一緒に居たいと思うのは当然のこと。体質で寒い所にいられないというのであれば仕方ないとしても、にゃん子にとっては例え家がボロボロになろうが、屋根が吹っ飛ぼうが碑妖璃には側に居てほしいと考るのが普通ではないか。そう思ったのだ。

「寂しくない、って言ったら多分嘘だけど、お留守番にはお留守番にしかできないことがあるから。……帰ってきたひよりんに「おかえりなさい」って言ってあげられるのは、あたしだけ。それに、一緒に遊べなくたって、ひよりんのことが一番好きなのはあたしだって自信があるから」

「それは、随分な自信だね」

 あたいがそう言うと、にゃん子は嬉しそうに、白い歯を見せながら答えた。

「当然!だって、あたしはここにいる連中の中で一番長くひよりんと付き合ってきたんだから!」

「ふ~ん」

 ってことは、当然碑妖璃のことについても一番詳しいということか。

 碑妖璃が人間のことを嫌いなったのには、何らかの理由があるはずだ。あたいはそれが知りたい。初めはただの暇潰しの好奇心からだったけど、今は純粋に碑妖璃のことに興味があるのだ。

 ただ当然のことながら彼女のことを、仕事を増やす天敵だとか、本気でそんな風に思っているわけではない。


「まっ、とりあえずひよりん達が帰ってくるまでここでダラダラしててよ」

 にゃん子に案内された部屋は、客を迎える為に用意した部屋だろうか?割と広い畳部屋だった。まあ、この家にそこまで頻繁に客が出入りすることは考えにくいことではあるが。そもそも、あたいは碑妖璃の友人であって客じゃないし……まあ、待遇が良いに越したことは無いのでどっちでも構わないけど。

 部屋の中心には横長のテーブルが置かれている。そして、それを囲むように、畳部屋にはあまり相応しくない座布団が並べられている。

「じゃあ遠慮なく」

 あたいはとりあえずその座布団の上に胡坐をかいて座る。正座は足が若干疲れるから嫌いだ。説教好きの上司のせいで、あたいの正座レベルは落語家並みだが、どうせなら楽に座る方がいいに決まっている。説教をされているわけでもないのに、わざわざ畏まる必要は皆無だ。

「うっ、なんか気持ち悪いね……この座布団」

 それより問題は、やはりこの座布団である。全体にあしらっているのは動物の毛だろうか。とにかく、肌触りが気持ち悪い。常に誰かに足を撫でられているみたいだ。人によっては、このふさふさ感?が心地よいというのだろうか……あたいには理解不能だ。

「え~、酷~い。それあたしの毛で作ってるんだよ」

「え、そうなの?」

「あっ……ごめん違った。それはデンデンの毛だった!あたしのはこまっちゃんが座っている右隣のやつだった」

 電電って、あの雷獣の毛ってわけか。確かにふさふさした毛が手触りよさそうとか散々思っていたが、こういうのは手で触って楽しむもので、足で触れてもむず痒くなるだけだ。

「っていうか、自分達の体の一部を使うとはなかなか斬新だね」

「そう?これってあたしがひよりんに提案したんだけど。体の一部で日用品を作れば、今よりもっとみんなを身近に感じることができるじゃん。それに、骨董品っぽくてカッコいいでしょ」

「いや、確かに何となく分からんでもないけど、骨董品はちょっと違うような気がする。……まあ、あたいも碑妖璃と友人になった身だから我慢させてもらうよ。……それにしても、茶と茶菓子はまだかな~」

 とか言ってみる。朝飯を食べて来なかったこともあって少し小腹が空いた。

「え~!自分で言う?……何かあったかなぁ」

「もしかして食糧難だったりする。それなら無理しなくてもいい感じだけど」

「まさか。この森は春夏秋冬オールシーズン食物の宝庫だよ。何かはあると思うから少し待ってて」


 そう言うと、にゃん子は部屋を出て行った。多分茶菓子の意味が分かってないんだろうなと感じながら、あたいは畳に仰向けで寝そべってみる。窓を突き抜けて入ってくる光が地味に暖かくて、地味に眩しかった。でもそれが妙に心地よくて、寝不足だろうか?目をゆっくり閉じればつい寝てしまいそうだった。仕事をサボって作った貴重な時間だけど、たまにはこうやってのんびりと過ごすのもいいかも知れない。お茶をすすりながら、畳の匂いを吸い込みながら、足にもじゃもじゃとした違和感を覚えながら碑妖璃が帰ってくるまでゆっくりとした時間を過ごす。これが、幻想郷古来からの正しいサボりではないか。


 ……嘘。そんなことは知らん知らん。

 正しくない行為の正しさについて説いても仕方ないって!

 ま、あたいにとってはサボりこそ正義!サボりこそ生き甲斐!サボることはこれ人生なり!だからね。


「それにしても、あ~喉乾いた~。お茶まだかな~」

 と、わざと家中に聞こえるくらいのボリュームで叫んでみる。自分で言うのもなんだが、傍から見ると若干質が悪い。

「あっ!」

 そこへ、ちょうどにゃん子が戻ってくる。それとなくお盆を持ってはいるのだが……何を驚いている?

「ごめんこまっちゃん。お茶を入れて来るの忘れてた。とりあえずこれでも食べて待ってて」

トンッ

 にゃん子は可愛く舌を出しながらそう言うと、テーブルの隅にお盆を置いて再び部屋を出て行った。

 全く、人の話を聞いていないなにゃん子は。まあ、四季様の説教を全く聞いていないあたいが言えることじゃないけど。


「それにしても……」


 ……。

 …………やっぱり懸念していた通り、お茶菓子が食べたいというあたいの願いは伝わっていなかったようだ。

 っていうかこれは、

「なぜに干しキノコ。お菓子ですらねぇし」

 お盆の上に置かれていたのは、カラッカラに干乾びたキノコだった。このあたいについ突っ込みを入れさせてしまうあたり、にゃん子もなかなかどうして侮れないやつだと思った。

 春夏秋冬オールシーズン食物の宝庫じゃなかったのか?これじゃ明らかに、秋に大量収穫して乾かし、いつでも食えるように保存していたとしか考えられないぞ!

 まあでも、

「何も無いよりはましか……」

 仕方無く干しキノコを口に入れて噛むと……。

「いや、確かに美味いんだけどね。うひ~、グアニル酸が口の中に広がる~」

 とまあ、案外食が進むあたいだった。



「おまたせこまっちゃん!」

 それから暫く、干しキノコ一皿を完食したところで、ようやくにゃん子が湯呑を持って帰ってきた。

「それ、美味しかったでしょ」

 空になった皿を見て自信たっぷりに聞いてくる。その妙に自信たっぷりな態度に少し文句を言ってやろうとしたが、2分余りで完食しておいてそれもどうかと思ったのでとりあえず保留した。空腹感はやや満たされたが、その代わりに軽い敗北感を覚えたことに関しては、わざわざ語る必要はないだろう。

「美味い物を不味いと言うのはあたいの主義じゃないからね。美味かったよ」

 まあ、あくまで干しキノコの中ではという意味だけどね。

 ただ、それを聞いたにゃん子は少しオーバーなくらい口を大きく開けて喜んだ。

「でしょ。美味しかったでしょ。それはひよりんと一緒に森で見つけたキノコなんだよ。二人で採って、二人で切って、二人で干したものなんだよ。美味しくないはずがないよ!」

 成程、碑妖璃と一緒に作って、それでこの喜び様ね。何となくその気持ちは分かる気がする。

 それにしても美味しくないはずはないか。これならあたいの敗北感も、まんざら無駄では無かったってことだね。

「よし、それじゃあ碑妖璃が帰ってくるまで、ゆっくりと寛がせてもらいますか。お茶でもすすりながら」


ズズ~

「きゃん!」

 超不味い!クソ苦い!ついつい悲鳴が出てしまうくらい!

 これは果たして本当に「茶」なのか?葉緑素を含んだ目薬とかじゃないだろうな。いや、目薬とか飲んだことは無いのだが。

「きゃん?……それって何かのおまじない?」

「気にするべからず。あたいの口癖さ」

「ふ~ん。成程ね」

 なんだか妙に納得されてしまったが「きゃん」がここまで似合う死神は、世界広しと言えどあたいぐらいなものだ。


「……あ、あのさ。改めて聞くけど、こまっちゃんって死神なんだよね」

「ん、それは今更だね。碑妖璃から聞いているんだろ。それにほら、この大鎌。いかにも死神っぽいじゃないか」

 そう言って壁に立てかけておいた大鎌を指差した。今となっては常に持ち運びするほど身近なものになっている。ほら、棒状の長い物って色々役に立ったりするじゃない……手放せないっしょ。

「そっか……やっぱり死神なんだ」

「どうしたんだい。あたいが死神だと何か問題でも?」

 さっきまで嬉しそうにしていたにゃん子の様子が一変した。確かに死神は死の象徴であり恐怖の象徴。あたいは見ての通りサボり魔の象徴みたいな奴だけど「死神」とだけ聞いていい気分になる奴は、相当な物好き以外はまずいないだろう。

 ただ、にゃん子にとっては分かっていたことだろう。わざわざ確認するというのは何か理由があると考えるのが普通で、それはまるで、あたいが死神であるのを嫌がっているかのようだった。

 あたい自身、正直なところ一つだけ心当たりがあるのだが、今はそれを言うべきではないだろう。

「いや、別にそう言うわけじゃないんだけど……こまっちゃんに一つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 ん?

「奇遇だね、あたいもにゃん子ちゃんに聞きたいことがあったんだよ。にゃん子ちゃんの質問に答えるから、あたいの質問にも答えてもらう。この際、交換条件ってことでどうだい」

 思いがけず碑妖璃のことを聞き出すチャンスが巡ってきた。

「……分かった。でも、絶対に本当のことを話すって約束してくれる」

「あたいは嘘をつくのが大の苦手なんだ。安心しな」

 もし今の言葉が嘘だとすると、あたいは嘘をつくのが大得意ということになるけどね。などと余計なことは言わない。多分大丈夫。あたいを信じろ!信じなければ始まらない!信じる者は救われる!


「ということで、あたいの方から聞くけどさ」

「って!ちょっとちょっと、こまっちゃんが先なんだ」

「当然!これはにゃん子ちゃんの方から振ってきたんだからあたいが優先。クライアント優先、お客様第一主義、レディーファースト!オーケイ?」

「うぉっ……ウォーケイです」

 少々強引に先制の権利を得た。っていうか、こんなのは先に言ったもん勝ちだ。自慢じゃないけど、先行したら逆転されたことが無いからねあたいは。


 さあ、にゃん子ちゃんの昔話の始まり始まりってな感じかな。

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