小野塚小町 - その4
地獄に戻ってきたあたいは、今日の出来事を振り返っていた。
碑妖璃は是非自分達の家に招待したいと言ってくれたのだが、今日はもう時間だったので次の約束を交わして別れることにした。月一度の、四季様への仕事の報告日だったのだ。で、次の約束というのは明日になるのだが、家の地図を書いてもらったので、サボり次第すぐに向かうことができる。しかし、地面に書いた下手くそな地図だったので、流石のあたいでも絶対に辿り着ける自信はない。
ぺしっ
「あいてっ!」
「何をボーっとしているのですか。早く報告しなさい」
「四季様、ぺしぺし叩かないでください。バカになります」
遠路はるばる仕事の報告をしに来たあたいの頭を悔悟の棒でぺしぺしと叩いているのは、あたいの上司であり、死者の魂を裁く閻魔様、四季映姫・ヤマザナドゥ様である。因みにチビなので、あたいの頭を叩く為に若干……いや相当高い位置に立っている。
「月末の報告書も出したはずですよ。幻想郷は平和なものです。28日までの死者数は35人。一日当たりの死者数はジャスト1.25人。魂の回収率は100パーセント。……全く、あたいときたらどこまで仕事熱心なんでしょうね~」
ベシッ
悔悟の棒で思いっきり叩かれた。
「痛いですぜ」
「全く、どこの口が仕事熱心などとぬかしているのですか。死者の魂からクレームが上がっています」
げっ、クレームとな!
「例えば「三途の川まで来ても船頭が居ないし、居てもなかなか船を出してくれない」などというのがあります。どう言うことですか!」
チッ、誰だよそんなことチクッたのは。あのお喋りなおばさんか?それともあの短気な青年か?
「四季様女の子にそんなこと言わせます?トイレっすよトイレ!船が出せないのは……腹痛?そう腹痛ですよ。無理はよくないですからね~」
バシィー
かなり痛い。
「……ほんっとにバカになりますよ。突然あたい最強とか言い出したらどうするんですか?マジで!(若干キレ気味)」
「バカでも真面目に働いてくれるのであれば構いません。魂を裁く立場でありながらクレームをよこされるよりはマシです」
「はぁ、そうですね」
あたいはまるで他人事であるかのように、適当に相槌を打つ。
これからどこへ行くかも分からない魂の声に、いちいち耳を傾ける必要はないと思うけど。組織っていうのは何かと面倒なことが多い。
「こうなれば仕方ありませんね」
「何がですか?」
「貴方がサボらないように一人目付役の死神を配置しましょうか」
なっ、目付役だと!
「四季様~。それはやりすぎですよ~。第一、そんな理由でこんな地方まで飛ばされる死神が可哀相ですし、人員もいないでしょう。それに、あたいは確かにサボりはしますが、果たすべき使命はしっかりと果たしているじゃないですか。余った時間の有効活用!これでどうだ!」
バシィー!
……だからいてーよ、このガキャ!
「業務中の時間を私事に使って何が有効活用ですか。余った時間は勉強につぎ込んだり、死神としての能力を磨いたり、自分を高めるために使うべきです。全く、本当にあなたときたら……」
ケッ、またおっぱじめやがった。これは長くなりそうだ。
ふぅ~、耳栓用意してきてよかったよ。河童に特注で作ってもらった超強力なやつ。
キュッ
「…………」
スゲェ!
それをばれないように耳に嵌めると、まるで音のない世界に来たのではないかと思うくらい、それ程見事なまでに外からの音を遮断した。ふんっ、聞こえんな~。
河童の技術力もなかなか侮れない。
さあ、というわけで「余った時間」ならぬ「余計な時間」ができてしまいそうなので、もう少し今日のことを整理しておこう。
碑妖璃について、まだ分からないことが幾つもあるし、あの後ずるずると登場した彼女の家族たちも再整理する必要がある。
……さてと、
「折角だから、帰っちゃう前に私の家族だけでも紹介します。みんな出ておいでー!」
碑妖璃が声を掛けると、何体かの妖怪が倒木や草葉の陰から顔を出して彼女の元に集まってきた。それにしても、鎌鼬も雷獣もそうだが、やけに小サイズの妖怪ばかりが目立つ。
「おっ、碑妖璃ファミリー全員集合ってところか」
「ごめんなさい。みんなとまではいかないけど……風吟っ」
ヒュッ
碑妖璃が合図を送ると、彼女の肩に留っていた風吟があたいの方に向かって飛んでくる。
えっ、ちょっと、マジで、危ないって!
ザッ
「おおう」
右肩に感じるしっかりとした重み。そちらに首を向けると、そこには碑妖璃の肩に留まっていた時と同じ格好で風吟が乗っかっていた。
「これって成功率100パーセント?」
碑妖璃は穏やかな表情で微笑みながら言った。
「こまっちゃんが動かなければね」
「そりゃ随分と危なっかしい100パーセントだね」
妖怪であるあたいが妖怪を肩に乗せているなんておかしな気分だ。
「その子は、こまっちゃんもご存知の通りで鎌鼬の風吟。本当はすごく人懐っこくて優しい子なんですよ」
肩に乗った風吟は、あたいの頬をペロペロと舐めてくる。……くすぐったいね!
成程。敵には滅法厳しいけど、根はいい奴ってことか。……だからくすぐったいって!
「フフフ……。もう風吟もこまっちゃんのことが気に入ったみたいですね」
「鳥でも飼って肩に乗せておきたい気分になったよ」
どうせなら青い鳥がいいか。幸せを運ぶ、青い鳥を肩に乗せた赤い死神。……紛らわしいか。
あっ。でもしっかり躾を行っておけば買い物行かせたり、四季様の様子を偵察したりと色々役に立つかもしれない。つまりはあたいの奴隷……いやパートナー!
「次はこの子。雷獣の電電です」
碑妖璃の横に、礼儀正しくちょこんと座っている電電は「ワンッ」と吠えて挨拶?をした。って、鳴き方も見た目も、まんま犬だったのか!
「こまっちゃんにこれからよろしくって言っています」
碑妖璃が電電の犬語?を通訳する?
やっぱり彼女は、本当に言葉が発せない妖怪とも会話ができるのだろうか?
「よろしくな電電。それにしても、よく風吟の身代わりになったもんだ。あたいが力を加減していたから良かったものの、本気で死者選別の鎌を食らっていたら危なかったよ。結構威力あるんだぞあれ」
「ワワンッ」
……やっぱり犬だ。
「え~と、電電は」
「待った!……通訳がなくても分かるよ。ここの連中、つまり碑妖璃の家族は、お互いを守る為に命懸けになれるってことだろ。風吟が危ないと思ったから考えるよりも先に体が動いた。恐らく立場が逆だったら風吟は電電を庇っただろうし……勿論、碑妖璃だって身を投げ出して皆の盾になるくらいの覚悟はあるってことだろ」
「はいっ!家族はお互い支え合って、守り合って生きていくものです。だから、皆を守るのに理由も覚悟もいりません」
「ワンッ」
電電が強調するように吠える。
「ふっ、あたいにはなかなか真似できないことかも知れないね」
口で言うのは簡単。しかし実際、それは相当難しいことだと思う。誰だって自分のことが一番大事。あたいだってそう。自分よりも他人を大切に思えるなんて、あたいには考えられない話だった。だから余計に、自分の身を投げ打ってでも誰かを救える彼女達がどうして人間を殺したのかが気になった。
「それでは、次はこうちゃんとあんちゃんの紹介をします」
こうちゃん、あんちゃん?……ああこいつらか。
碑妖璃の足元に二人並んで、しかも手を繋いでいる妖怪。身長40~50センチ程だろうか、相当小さい。
それにしても、こいつらは一体何て言う妖怪だ?
体は球状で、感じ的にはその球状から短い手と足が生えただけの様な全身。目もその体に後付けしたみたいで、出目金の様に出っ歯っている。口も無駄に大きく、しかもたらこ唇。その上全身毛むくじゃらときたものだから、未確認生命体もいいところだ。子供が工作した謎の物体に、命が宿ったとしか思えない。正直全然可愛くない。
「二人はキジムナーのこうちんとたーあん。私はこうちゃんたーちゃんって呼んでいます。こう見えても二人は夫婦なんですよ」
へぇ~そう……ってメオトかよっ!
ああ成程、だから手を繋いでいたわけか。仲睦まじいようで何よりですな~。
「僭越ながら、どちらが男性でいらっしゃいますでしょうか?」
夫婦ということは、片方が雄で片方が雌!あたいからすれば、人間の双子を見分けるのよりはるかに難しく感じた。一人だけなら特徴の塊だが、二人並べると特徴は急に無くなる。
因みに、キジムナーという妖怪については初めて知った。案外ローカルな妖怪なのかもしれない。
「こうちんが男の子で、たーあんが女の子です。見れば分かると思いますが……」
いや、普通は分からない。絶対に!(強調)
「何なら証拠を見てみます。こうちんにも男の子にしか無いモノがしっかり付いていますよ」
そうそうあたいには付いてないんだよねーって、アホかっ!(ノリ突っ込み)
「これこれ碑妖璃。何を言っているんじゃ!恥ずかしいじゃろう。……ポッ」
はぁ~。さいですか。どうでもいいわっ!
「とにかくよろしく。わしはこうちんじゃ」
「うちはたーあん。よろしくたのんますねこまっちゃん」
「今後ともよろしく」
なぜか急にテンションが下がったような気がした。
「そして、今ここに遊びに来ている中では最後になってしまいましたけど、豆狸の金太です。あっ、私は金ちゃんって呼んでいますけどね」
「ご紹介にあずかりやした、あっしは金太と申しやす。どうぞ末永く付き合ってくださいやし」
いつの間にかあたいの前までやって来ていた金太。
しかし、豆狸で金太とは……いやはや何ともストレートと言うか、何と言うか。因みに豆狸とは……女の子が説明するには少し恥ずかしい妖怪だ。想像してごらん。
……きゃん!
「ストレスたまった時とか、袋を蹴り割っていい?」
でもあたいは全然平気!
「はうっ、どうぞそれだけはご勘弁を~」
金太は両手で股間を抑えながら、地面に額をゴシゴシ擦り付ける。なかなか面白いなこいつ。
「冗談冗談。……まあよろしくな」
鎌鼬の風吟。雷獣の電電。キジムナーのこうちん、たーあん。そして豆狸の金太。一通り紹介してもらったところで、そろそろ時間的にも帰らなければならなくなった。四季様に報告に行くのが遅れると、それだけで説教のネタにされる。まあ例の通り、どのみち説教は確定だが、出来ればそれは1分でも短い方がいい。
「じゃあ、また明日な」
「はい。他の家族も紹介します。……また、皆と遊んでくださいね」
「ほどほどに、だけどね」
「はいっ」
碑妖璃はまだ幼さの残った表情で微笑んだ。
……。
…………。
バシィィーー!
「ってえ、なにすんだテメェ!……あっ」
目の前に映ったのは四季様の、実に不機嫌そうな表情だった。音が聞こえないから忘れていたけど、今はお説教の真っ最中だった。
「へへへ~、痛いですってボス~」
ズッ!
「きゃん!」
四季様は何も言わずにあたいの耳に指を突っ込む。そして、スポッという爽快な音と共に耳栓を引き抜いた。
「小町、これは何ですか?」
河童特製超強力耳栓をあたいの目の前にかざしながら四季様。
「これはこの前来た時買うたんです(意味不明)」
「訳の分からないことを……つまり貴方は私のありがたい説法を聞いていなかったってことですね」
「はい。ですから、四季様のありがたいお言葉をもう一度初めからお聞かせ願えないでしょうか」
ここで逆らっても、長い延長戦が追加されるだけ。あたいは覚悟を決めた。
「よろしい。では……」
それから数時間にも及ぶ説教が続き、あたいは次こそばれないようにサボることを心に誓うのだった。
怖いもの知らずの死神こまっちゃんが唯一怖いモノを挙げるとすれば、それは四季様のお説教だったりして。
洒落にならないよ、マジで。