小野塚小町 - その1
三途の水先案内人 - 小野塚小町の話です。
ルーミア、レティときて突然の小町です。はい、突然です。
それにしても彼女はよくサボります。社会人として不相応な表現や言動がたくさん登場しますが絶対に感化されないように……。
そのくせ、この小町は意外と行動的だったりします。まあ、誰もサボって寝ているところばかり書きたくないってことで。
でもやっぱり、死神ってどことなくカッコいいですよね。
「へぇ~、森で妖怪に襲われてそのまま、そりゃ災難だったね~」
ギィ~ギィ~
幻想郷と彼岸とを隔てる川。所謂、三途の川に船を漕ぐ音が響き渡る。船上に居るのはあたいと、あたいのお客さんが一人だけ。
最近はどの世界も平和なようだ、少し前と比べて死者の数が激減している。いや、死者が少ない=平和と決め付けるのは語弊があるかもしれない。死者の数が少ない一つの理由として考えられるものに「平和」がある。そう言い直しておこう。
まあ何にせよ、仕事をサボるのが本業のあたいにとっては随分と微笑ましいことではあるが……。
あたいは小野塚小町。一応死神だ。死者の魂を彼岸へ送り届ける、三途の川の船頭を副業としている。……悪い、嘘だ、多分これが本業かもしれない。担当範囲は幻想郷。船を漕ぐのは意外と肉体労働で、死神間ではあまり人気が無いこの仕事だが、あたいはかなり気に入っている。誰かと話をするのは楽しいし、場所的にも地獄から離れているので、堂々とサボっていても四季様にばれにくい。あたいの性分にピッタリとハマっているのだと思う。因みに、四季様というのはあたいのボス、死者の魂を裁く閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥ様のことである。趣味はお説教。サボっているのがばれると、かなりこっ酷く叱られる。
今回のお客さんは中年の男で、どうやら妖怪に殺されたようだ。
まあ殺されたと言っても、実際のところ男の魂は今もこうやって生き生きしている。人間の死とは、あくまでも肉体の死を意味するもので、魂に関してはそう容易く死ぬものではない。あたい達妖怪と違って虚弱だと言われている人間だが、新しい肉体さえ手に入れば滅びることが無い。だからあたいは、人間のことを決して弱い生き物だとは思っていない。
まあ、魂の抜けた空の肉体なんてそう簡単に手に入るはずがないから死神が必要なわけだけどね。
因みに、本来なら不確定である魂の姿も、あたいの目には生前の姿で映る。体は透けているけどね。
これは人間誰しも、多からず少なからず生きていた頃に未練があるからだと聞いたことがある。例え魂になってしまったとしても、誰だって生ある姿を愛おしんでいたということなのだろう。
その未練を感じ取ることができる者にとっては、どうやらこれが普通らしいのだ。あたいは一応死神だから、その程度の能力は標準で兼ね備えている。その他にも、死神には特殊な能力が備わっているが、それは出て来た時に紹介することとしよう。
「ああ、もうたまんねぇぜ。ちょっとした好奇心で森の中に入ってよ、俺の勇気を武勇伝として語り継がせようかと思っていたんだ。……誰に?とかは聞かないでくれよ!」
「あたいは、聞くより先に考える主義なんだ。そうだね……どうせ、おまえさんの奥さんか子供。あ~、悪い悪い。それは無いね。兄弟かペットの犬ってところかい」
「かぁ~、死神のねえさんきっついね~。ま、案外それが当たってたりするから、俺としてはぐぅの音もでねぇわな!ガッハッハッ……」
幻想郷の人間は本当に楽観的で、あたいとしては非常に助かっている。自分が死んだ時のことをまるで笑い話の様に楽しく話して来る人間がほとんどである。そりゃあ、時には自分が死んだことを素直に受け入れられない人間や、残された家族のことばかり考えている人間もいる。
いくら賑やかなことが好きなあたいでも、そういう時はすっかり気が滅入ってしまう。肉体を失った魂にかけてやれる同情の言葉など、あたいは持ち合わせていない。
まあ客の選り好みはよくないのだが、誰にだって似たような感情はあるだろう。
その点に関して言えば、この男は実に話しやすくて絡みやすい……銭はあまり持っていなかったが、あたいにとっては、つまりいい客だ!
ただ、この男の魂にもはっきりとした姿があることを考えると、やはり死ぬのは不本意だったのだろうというのも分かる……まあ、それは当り前か。あたいが船に乗せた人間の魂の中で全く未練が感じとれなかった者など、ただ一人としていなかったのだから。
「そういや、この……三途の川って言ったっけな。随分見た目よりも川幅が広く感じるが、これは一体どういうことだ?」
楽天家にしては意外と鋭い指摘だ。
「いやぁ~、この船意外と遅いんでねぇ。結構進んでいるように見えて、実は全然進んでなかったりするわけよ。もう櫂もボロボロで、そろそろ船ごと買い変えて欲しいと思ってるんだけど……うちの部署って予算が少なくてさ、下から文句言っても全く聞いてくれそうにないんだ。もういっそのこと、この鎌を櫂代わりにして船を漕いでみるか。その方が、よっぽど早く彼岸に着きそうだね」
一部は本当、一部は嘘。あたいは話を盛り上げるためなら平気で嘘をつく。
因みに、川幅の割になかなか彼岸まで辿り着けないのはあたいの能力。距離を操る程度の能力が働いているからである。この力を使えば、川幅を実際より長くすることなど容易だ。当然、川を深くすることも可能で、どう変わるかは全てあたいの気分次第ということだ。
この能力は、死神の中でも三途の川の船頭にしか扱えず、習得も非常に難しいらしい。別に無くても仕事にはなるので、習得していない船頭も中にはいるってことだけどどうだろう。
あたいは3日でマスターしたけどね。
自分で言うのもなんだけど、どうやらあたいは天才肌らしい。本当に自分で言うのもなんだけど……。四季様も、当初はあたいに期待していたみたいだ。「いずれ小町は死神の幹部になれるかもしれない」ってな感じだ。
このサボり癖さえなければ、あたいも今頃出世していたのだろうか?……ま、興味無いけど。
期待は裏切る為にある!(ビシッ!)
すみませんね四季様。
「ふ~ん。地獄には上下関係が存在するのかい。そりゃあ大変だね~」
「そうなんですよ~。凄くお説教臭い閻魔さまがいましてね」
無論、四季様のことだ。
「閻魔様っ!……やっぱりおっかねえのか?」
「そりゃあもう。見た目はただのちっちゃい子供なんですけど。口を開くと、地獄でも1,2を争う説教マニア。あたいもしょっちゅう怒られてるんだよ」
「そりゃあ、あんたの素行が悪いからじゃねぇのか?」
「まさかぁ~、あたいは地獄じゃ百万本の指に入る程の勤勉死神だよ。……因みに、下から数えたら、間違いなく十本の指に入っちゃうけどね。得意技はサボタージュってな感じさ。って言うかさ、美少女サボり死神ちゃんの小野塚小町って言ったら、一部じゃ有名だろう!」
そう、サボりに行く場所は基本的には幻想郷になるわけだから、あたいは死神と言っても、割と人間に知られている方である。勿論、サボリ魔だと言うことも、知る人ぞ知る事実として幻想郷中に広まっている。……別に、どうでもいいけどね。
「う、うぜぇ!……叱られる理由しか見つからねぇ!」
「まあね~。でも、四季様……ああ閻魔様のことね。は、基本的に誰にでもお説教ぶちかますから。おまえさんもあまり過去の行いをほじくり返されないうちに、さっさと白黒付けてもらった方が無難だね」
「ご親切痛み入るぜ。ありがとよ、巨乳死神の小野塚小町ちゃん」
「あら、こまっちゃんの服の下がどうなってるか気になる?」
「興味無し!」
「きゃん」
……とまあ、いつもの様にくだらない話をしている内に、船は彼岸の目と鼻の先まで進んでいた。小野塚カンパニー(大ウソ)の楽しい船旅は、遂に終わりを告げようとしていた。
……あ、そうそうその前に。
「そう言えばさ、おまえさんを襲った妖怪ってのは、一体どんな奴だったんだい?」
「おっ、気になるかい。……うーん、それが一見人間で言ったら十代後半くらいの美少女だったぜ。髪は腰のところまで伸ばしたロングヘアー。落ち着いた面立ちとミステリアスな雰囲気が、黒髪と見事にマッチしていたぜ。……今思い出しても、いいよな~」
……あんたは、そのミステリアスガールに殺されたんだろうが。
まあそもそも、この男の場合は意味も無く妖怪が潜む森に足を踏み入れたのだから、ほとんど自殺志願者の様なものだ。聞くからに馬鹿なので、これで自分の死を激しく悔やんで落ち込むようなら、それはもう救いのない大馬鹿と言うことになる。
もしそんな奴が居たら、あたいは無性に言いたくなる。命を尊く思うのなら、もっと大事にしろ。お前は馬鹿か?馬鹿なのか?……別に、あんたみたいなのが増えると、仕事が増えて嫌だから言っているわけではない。誰にとっても命は大事なもの。特に人間は群れて暮らしているのだから、自ら危険に飛び込むなんて愚の骨頂だ。他人の迷惑ってものを考えないのか。そもそも、命ってものはだな……っと、いけない。説教臭くなるところだった。
説教は、受けるだけで十分腹一杯だ。
因みに、無謀者と自殺者は違うのだが、自殺した者はほぼ例外なく地獄へ落とされる。楽になりたくて自ら命を絶ったはずなのに、それよりもつらい地獄の苦しみを永遠と受けることになるのだ。……救われない。いや、あたいは救われる必要すら無いと思っている。あたいは慈悲と慈愛に満ちた女神様などではなく死神だ。無銭じゃ絶対船には乗せてやらないし、気に入らない奴は三途の川に突き落として魚の餌になってもらう。
少しつらい事があったからって自ら命を断つなど……虫唾が走る。
まっ、今目の前に居る男の様にただ馬鹿で暴走気味の人間は、結構あたいは好きだけど。
安心しな。あんたの武勇伝は、誰に知られずともあたいの胸の中にだけひっそりとしまっておくこととするよ。
「それで、その黒髪のミステリアスガールは一体どんな妖怪だったんだ?」
「……分からねえ」
男は首を横に振って答えた。
「やっぱり、おまえさんは真性の馬鹿なのか?」
馬鹿……と言ったらやはりあの「バカ」が思い浮かぶ。その、つまりアレだ。氷精チルノだ。別に仲良くはない。むしろ迷惑している。同じ一人称「あたい」グループに、あんな100年に一人の逸材みたいなのが混じっていたら、あたいまで同類だと思われてしまう。しかも、割と人間と仲が良いところも質が悪い。
何で、初対面の人間の前で「あたい」と言っただけで「フッ」とか「ヘッ」とか鼻で笑われなければいけないんだよ。かと言って、それを話のネタにするのは癪に障る。
取り敢えず、今はチルノを見掛ける度に一発殴るようにしている。そして、怒りだすともっと質が悪くなるのですぐに逃げる。殴って逃げる!
ヒットアンドアウェー……これが対チルノには有効なのだ!(ビシッ!)
「死神ちゃ~ん。何をボソボソ言ってんだ?」
「きゃん」
って、何を手に汗握りながら熱くなってるんだよあたい。
「悪い悪い~。で、何の話だったっ……そうそう、ミステリアスガールについてだ!自分を殺した相手のことが分からないって、一体どういうことなんだい?」
「まあ、死神ちゃんも十分過ぎるほどミステリアスガールだけどね」
「あたいほど分かりやすい死神はいないと思うんだけどね~」
冗談抜きで!
「……まあそれは一先ず置いといて!……いや、本当に分からねえんだ。ミステリアス美少女に見とれていると、いつの間にか体の至る所から血が噴き出していたんだ。それから完全に意識が無くなるまでにそれほど時間は掛からなかった……あれは、妖術に違いねえ。あっ、もしかしたら妖怪変化かもしれねえ。美女に化けて、俺を油断させてから……」
「って言うかさ。あんたみたいな隙だらけな奴は油断させるまでもないんじゃないかい」
「ぐぁっはっはっはっ……。相変わらずきっついねぇ~。ま、今回も当たってるけどな!ぐぁっはっはっはっ……」
ふぅん。離れた距離から気付かないうちに攻撃されたってことは、風を操る妖怪、透明もしくは高速弾幕の使い手か……どちらにしても危険な奴だ。かなり興味が湧いてきた。
「後もう一つ、その襲われた大体の場所って分かるかい?」
「ん?……死神ちゃんもしかしてあの妖怪の所にちょっかい出しに行くってんじゃあ?……もしそうなら止めといた方がいいぜ」
「別に、ケンカを売りに行くわけじゃないさ。こう見えてもあたいは、超平和的死神なんだよ」
「かぁ~、滅茶苦茶嘘くせぇ~」
まあ、嘘だからね。
「まっ、俺が止めるようなことでもないから好きにしな……そこまで詳細な場所を知らなくても、近くまで行けばすぐに分かると思うぞ」
「ん、それはどう言うことだ?」
「それがな……」
……。
…………!?
「ふ~ん、成程ね」
ますます興味が湧いてきたじゃないか。こんなにもそそられる案件は久しぶりだ。
あっ、因みに案件などと大げさに言ってはいるが、要するにサボりのネタである。
あたいが今の仕事を気に入ってるもう一つの理由。それは、死者の話はネタの宝庫だと言うことだ。確かにあたいは仕事をサボってはだらしなく怠け、怠惰死神としてその名を幻想郷中に轟かせているが、心の奥では常にスリルと衝撃と感動を求めている。
そもそも、折角仕事をサボっているのに、それを「暇」に過ごすこと以上の罪があるか?
それは無い!(キッパリ!)
そう、あたいの命はいつだって熱く燃えているのだ。いざ、エクスプロージョン!バーニンッ!イエィ!(意味不明)
これはもう、明日は仕事をサボるっきゃないね!